『MEDAL OF DOUBLE HELIX / EGOISTIC IMAGINATION CASE.3』

 何かが右肩を掠める感触。後ろを振り向くと、仲間の一人の胸が紅く染まっていた。それで、今自分を掠めたのが銃弾であることに気付く。仲間は顔を顰め、低音のうめき声を残して地面に倒れこみ、そのまま動かなくなった。
 彼は仲間の死体を見やる。鮮血が飛散し、木々に付着している。近づく。確かに血だ、しかし、と彼は思う。これは同時にテクスチャでもある。彼にはできないが、解像度をもっと落とせばわかるだろう、この血痕が正方形の集合体であることが。彼の仲間も同様だ。なら自分はどうなのだろう、彼はいつも思うが、答えは出ない。
 彼はいまゲームのなかにいる。しかし彼は、英雄ではあるが、勇者ではない。兵士である。
 兵士なので彼は、自分が助かってよかったとまず思った。

                  *

 彼にはゲームのなかに入る直前の記憶が無い。ふと気付くと、ステージ1にいた、としか説明できない。ゲームのなかに入る前の日常は思い出せるのだ。家族や親友の名前、学校のあった場所。そこで自分がいかにすごしたか。国語が苦手だった。数学は得意だった。そういうことは覚えている。しかし、どうしてゲームのなかに入ってしまったのか、そのきっかけがまるで思い出せない。ゲームをしていたらとか、眠って起きてみたらといったそういうものだ。だから、「ふと気付くと・・・・・・」と、彼にはそうとしか表現できない。そういうことは、前の彼にもよくあった。ふと気付くと・・・・・・、校門をくぐっている。しかし、登校のあいだ電車に乗っている時のことが何ひとつ思い出せない――そういったことが。
 すべてがあいまいなまま移行してしまった。
 では何を根拠に、彼はここをゲームのなかであると判断しているか。それは繰り返される死である。彼は死んでもコンティニューできる。もっともステージの最初に戻ってしまうので、先に進みたかったらある程度集中しなければいけないのだが。実際、彼は三度死んで、ここがゲームのなかであるということに思い当たったのである。

                  *

 ふと気付くと・・・・・・森だった。
 木々の鮮やか過ぎる・・・・・・蒼が、視界の上半分で揺れていた。遠くから外国語で何か叫んでいるのが聞こえた。断定できないが、英語だとすれば「急げ」という意味の言葉を叫んでいるのだろうと彼は思った。もっともそれは彼がそれまで聞いたことがある、テープで流されていたりあるいは字幕の向こう側で漂っていたりしていた「英語」と重ね合わせて判断しているに過ぎないので、結局彼は最後までそのとき何と聞こえていたのか正確に知ることができなかった。
 ――Hurry up!
 ともあれ、彼にはそう聞こえたのである。
 そのときの彼は何かを考えるということができなかった。彼にできたことといえばその空気、蒼、樹の匂い、雑音、そういったものに身をゆだねることだけだった。たとえるなら、冬の朝に布団のなかで目覚めたときのような状態だったといえる。
 しばらくその場に佇んでいると、「急げ」らしき声がだんだん大きくなっていることに気付いた。そして前方から叫びながら人がやってくるのが見えた。かなり近くに来るまでわからなかった。というのも、近づいてきた人影がまわりの風景にまぎれるような服装をしていたからである。よりはっきり記すなら、迷彩柄のアーミールックだ。その人影がさらに近づき、彼は影が男性であることを認識した。そこまできて、彼は初めて思考するということを開始した。何故だろうか、と考えたのである。何故眼の前の男はアーミールックなどをしているのか、何故急げと叫ぶのか、何故おれのほうに近づくのか。彼は男に声をかけようと考えた。ええと、何を言おうか、とそこまで思考した瞬間のことだっただろう。
 何かの残像が横切り、男の腹から赤色がほとばしったのは。

 今の彼なら、ここが戦場であり、また同時にバーチャルであるという前提を知っているのだからそのことで動揺することなどけしてない。しかしそのときの彼には、与えられるべき情報が与えられていなかった。叙述トリックを使用したミステリを読む読者のように。彼の思考はまた無に戻った。そこには死体と彼だけが残された。
 大きなざわめきと怒号が近づいてくる。しかし彼にはそれが聞こえなかった。鼓膜で遮断されていた。彼の神経は眼前の光景を処理するのにすべてのメモリを使用していた。
 そしてそのときがきた。突然だった。彼の一回目の死。先ほどとは違った叫び――それは自分のものであると、彼は後に認識する――が聞こえた。ついで、彼の意識は「えぐれる」という言葉を導いた。えぐれる・・・・。痛みは最後に訪れた。そしてすぐさま拡散した。幾多もの棘が内部から身体全体を突き刺す。視界が揺れる。身体が支える力を失う。倒れる。地面が近づく。黒がすべてを塗り潰す。彼は死んだ。

 そして生き返った。また「急げ」が聞こえる。巻き戻されたように、場面が最初のそれになる。彼はまた同じことを繰り返し、同じように死んだ。彼は一度目に、そこで起こったことに戸惑い、二度目はそれが繰り返されたことに戸惑った。何をするべきかを完全に見失っていた。だが三度目は違う。そこにもう戸惑うべきものは何もない。三度生き返った彼は冷静に周りを見回した。どこまでも森である。異状は見受けられない。やがて三たび聞こえる叫び、――急げ。彼は従い、急いだ。前進し、男のもとに近づく。「ここだ」と聞こえる。なおも前進する男に近づくと、男は立ち止まった。何か話しかけてくる。おそらく英語。わからない。
 そこで、おかしいと彼は思った。男に対して、自分が勝手に流暢な英語を話しているのである。なんとか聞き取ろうとするが、断片的にしか理解できない。彼はリスニングがそれほど得意ではなかった。
 それ、北、行く、突然に、撃つ……

 文章というのは基本的に単語の連なりであるわけだから、ある一定以上の長さの文章はいくつかの単語を拾うだけでかなりの精度をともなって理解できるものだ――ただし接続詞には気をつけなければいけないが。彼は接続詞の罠にかかることもなく単語を拾うことに成功したので、なんとなくこれから何をするべきかを悟った。自分はまだ何か話しているが、これはまったくわからない。とにかく北へ奇襲を仕掛けるのだろう、だが、誰に仕掛けるのかはよくわからない。どうしてそんなことをするのかもよくわからない。ああ、今おれがしゃべったのはSVOCの五文型だな。それはわかった。

 ところで、彼は思う、おれは果たしておれなのだろうか?

 彼と男(仲間なのだろう)は前進を始めた。北を目指しているのだろう。そのころには彼は今自分が何を持っているのかを意識していた(不思議と、一、二度目はそれを意識していなかった)。銃。その方面に詳しければ型番のひとつもわかるのだろうが、彼はまったくそちらには通じていなかった。しかし、それが何をするものかはわかる。それで充分だろう。
 とりあえず、ここにいたって、彼はここが戦場であることを理解したのである。まだわからないことはいくつもあるが、とにかくひとつのことを完全に呑みこんだ。それは確かなこととしてとらえていいだろう。
 そしてそれは、同時にひとつのことを意味する――自分はこれから、人を殺しに行くのだ。
 その事実を彼は、何故か自分でも驚くほどすんなりと受け入れることができた。

 しばらく歩いたときだった。不自然に茂みの奥が揺れ、葉が擦れあう音がした。仲間がびくりと身体をふるわせ、叫びながら音がしたほうを向く。彼もそれに倣った。銃を構える。緑の奥に、揺れる肌色。人だ。そして彼は瞬間的に特定した――あれは敵である。すぐさま銃を構える。狙いをつける。一発。反応がない。はずしたか。もう一度。当たらない、くそ、彼は無闇に銃弾を放った。やがて草の向こうで血飛沫が舞った。やった・・・、そう思った。彼は血飛沫の方向に行こうとした。それが命取りだった。衝撃。眼の前が文字通り赤。赤。染まる。頭を撃ち抜かれた・・・・・・・・。一瞬。咽喉を、口内を、熱が通り過ぎていく、吐き出されて初めてそれが何か知る、もちろん血だ。
 そしてまたスタート地点。
 コンティニューしたのだと、彼は初めてそのことを、この時点で自覚した。

                  *

 それからの彼の順応には目覚しいものがあった。彼はすぐに戦場の勘を掴み、効率よく殺戮する方法を自力で学んだ。そして殺戮の快楽を知った。何の罰もなく人を殺せる場所。いかに痛めつけるか、苦痛を与えるか。彼はそれまで遊んでいた娯楽よりも楽しいものを発見した。歪む表情、分断される身体。多分パソコンのゲームなのだろうと彼は考えた。家庭用ゲーム機でここまでできるとは考えづらい。敵の右腕を銃弾がえぐる。怯んだ所で脚を狙い、這い蹲ったその後頭部を撃つ。
 彼が楽しんでいく間に、添え物程度の物語は進んでいく。
 テロリストを追う主人公(つまり彼だ)率いる掃討隊の前に現れるのは、抜け殻の基地と置き去りにされた残党だけだった。しかしその敵の量は増している。おそらく指導者が現れるのも近いのだろう。
 彼にわかるのはその程度のことである。そもそも彼はそのテロリストの正体も知らない。だがそんなことはどうでもいいのである。彼は敵を殺せれば良い。哀れな残党のあげる咆哮を壊すことが、彼の今いちばんの興味。

 あるステージでは、遠い昔のように思える鬱蒼が、また再現されたように思えた。データの再利用じゃないだろうな、と彼は思う。非常に細やかな・・・・・・・テクスチャの集積が、圧倒的な現実感とともに彼の前に迫る。彼はすでに、ここがゲームのなかであるという事実を忘れそうになることがあった。戻るということが、彼のなかでそれほどの重要度をともなわなくなっている。

 イベントシーンの間は、彼の身体は自由にならない。自分が他の誰かになる。視点は一人称ではなく、ちょうど幽体離脱したときのように――したことはないが――空中のどこかから自分を含んだ光景を見ている。そこでの彼は温情深く部下に慕われているリーダーだ。部下の戦死を心から悲しみ、彼らのひとりが遺した想いの欠片――セピア色の写真が挟まったロケット――を常に持ち歩いている。しかしイベントシーンが終了し、再び視点が彼のものになった瞬間に、想いの欠片は単なるアイテムになる。何の効用もないくせに、捨てられない。
 いつものように本当のそれとはまったく似つかない自分を見下ろしながら、そろそろ最終ステージなのだろうか、と彼は思った。というのも、テロリストの首領が彼の、六歳の時に生き別れた弟だということがわかったのだ。いつものようにもぬけの殻になった基地を掃討していると、奥の部屋から直筆の指令書が発見されたのだ。文書の末尾に記されたサイン。彼は乱れがちな筆記体を解読して、記された文字を読むまでもなく、首領の正体を悟った。彼は慟哭した。何においても彼と正反対だった弟。彼が悩んだ末母のもとについていくことを決心したとき、弟は父を選んだ。引き止めるべきだったろうか。無慈悲なテロ行為を繰り返し、無辜の人々を虐殺したテロリスト集団。単なる掃討対象が、肉親とわかった瞬間。彼は、声なき叫びを発した。
 しかし一人称の彼にはまったく関係のない話である。掃討対象は掃討対象のままだ。一回クリアすればこの煩わしいイベントもスキップできるようになるのだろうかと彼は考えてすぐにその思考の奥底に潜むものに行き当たる。彼はこれまでなんとなく一回クリアすれば戻れるのだろうと考え続けてきた。理由を持たぬゆえに彼のなかで確固としたものになっていたその楽観を今、彼は自ら放擲したことになる。彼はここから出られないと、自分でも考え始めていた。

 苦悩は彼の中で続いているらしいが、一人称を取り戻せばそこにあるのは単調な殺戮である。彼は飽き始めていた。この世界に慣れるとともに、明確に限界が見えてきたのである。この世界は誰かによってデザインされ、与えられたものに過ぎない。右腕から撃つか、左腕からか、はたまた肩。その程度の自由しかここにはないのである。飽きるのも当然だ。ゲームにはいつか飽きる。この世界も同様だ。彼はなかば義務的に敵を抹殺する。

 敵の動きが俊敏になっていると彼は思った。実のところ、このステージに入ってから彼はもう三度死んでいる。このゲームはコンティニューが無制限だからいいものの、もしクレジットが有限だとするとゲームオーバーになりかねない数字だった。そうなればきっと、待つのは文字通り永遠の闇。彼は気を引き締め、感覚を研ぎ澄ます。相手は結局、if文の連鎖でしかない。身体にそのアルゴリズムを叩き込めば、簡単に動きを読むことができる。強いか否かというのはつまるところ、if文の巧みさに収斂する。
 血が舞う。
 赤いテクスチャのかたまりが。
 異様な緊張感に彼は包まれていた。焦燥。なんだか一度死ねば終わりになるような、現実の戦場にいるみたいだ。しばらく進むと、自分とよく似た顔。最終ボスだ。弟だ。掃討対象だ。

 悲しみと怒りと激情がその場を支配していた。兄弟は語り、罵り、叫んだ。結果、決裂した。彼には最初からわかっていたことだった。ころすしかないんだよ、と一人称を再び獲得した彼は声には出ずに呟く。対談の場所がすぐさま果たし合いの会場になった。テーブルが跳ね上がり、空中で分解した。それに気をとられている隙に喉を撃ち抜かる。慣れた激痛、赤、そして黒。再び叫びとともにテーブルが舞う。学習したので、それには気をとられない。冷静に弟に銃口を定めるが、いつのまにか眼の前から消えていた。背後をとられているのでは、という焦り。方向転換をする。いない。いない。どこにもいな――いた。奥の部屋に逃げ込もうとしている。罠の可能性を少しだけ考慮し、しかし彼はすぐに追った。罠などどうでもいい、お望みなら一度だけかかってやる。俺はプレイヤーで、それはこの世界で最強ということを意味する。
 罠はなかった。しかし彼が隣の部屋に移り扉を閉めた瞬間に鍵がかかった。まわりには爆弾とおぼしき物体がある。不用意に撃てば引火し、彼と弟を巻き込み爆発するだろう。後には滓しか残らない。落ち着け。これはプログラマの考えた最終試験だ。方法がある。一つだけ。いや一つではないかもしれないが、少なくともそのうちの一つを自分は知っている。彼はこれみよがしに動きまわる弟に銃口を定めた。おいおい危ないぜ、と弟が言う。彼はそれを無視して撃った。途端、火が舞い、炎にその場が包まれる。彼は燃える中で銃口を四方に向け撃ち続けた。ひとつだけ新たな爆発音が聞こえない場所があった。そこに爆弾はない。そこを背に弟が立った瞬間に撃てばよい。つまり、一度死ぬ必要があったのだ・・・・・・・・・・・・。彼は視界を失いながら、次について考えた。またテーブルが舞うところからやり直しか、面倒だ。

 どこからかファンファーレが聴こえる。それまでいた森とはまったく違った建物の中。瀟洒な内装が施されている。拍手と歓声がファンファーレに被さった。それを眺めている彼はふと弟の欠片のことを思い出した。高級そうなスーツを着た男が自分の前に立ち、何か渡した。一層大きくなる拍手と歓声。彼の身体は軍服のポケットからロケットを取り出し。開く。彼は何か拍手の方向に言った。死んだ、あの男のために、とだけ聞き取れる。歓声がさらに増し、熱狂を含み始める。エンディングも佳境だ。
 男(どうも大統領らしい)が自分にメダルを渡している。それに視点はズームする。ありふれているのかもしれない、ワンシーン。しかしそれはすべてを壊すためのサイン。

 fake.

 メダルにはそう刻印されていた。身体中に鳥肌が立つ。その刻印は彼にあることを気付かせた。そういうシナリオなのだ・・・・・・・・・・・。彼には「前」など存在しなかったのだ。自分の存在が架空のものであったことに始めて彼は気付いた。その証拠に、残酷な現実と裏腹に、彼の心は弾んでいた。やっと手に入れた、これを。感情が上気する。乖離する精神。何の価値もないメダル、つまりフラグを手に入れることにカタルシスを覚えるのはまさしく、ゲームのなかのキャラクタであることの証拠。自分の今までの感情の動きはすべてシナリオライターの創作。つくられたこころ。操作されている自分。今、突きつけられた現実。
 なんのことはない、少しシナリオがひねってあるゲームだっただけのことだった。
 少し前にRPGの世界に入り込むというシナリオのゲームがあった。あるいは、シリーズの三作目でそれまでの作品をメタ的な仕掛けでひっくりかえしてしまい大不評を買ったRPGもあったはずだ。それらと似ていただけ。これは、ゲームのなかにいつのまにか入り込んでしまった人間を主人公にしたゲームなのだ・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・。自分の視点もまたシナリオの一部。自分もまたif文の集積。

 押しつぶされそうになる感覚に襲われる。架空の自分。しかし、彼ははたと気付く。今、自分はそのことに気付いたではないか。自分は今、真の客観性を保持しているのだ。いつのまにか銃が手の中にあった。最初の時みたいだ、と彼は思った。イベントであるのに、身体が自由に動く。彼は躊躇わず銃口を大統領に向けた。それが今、自分がするべきことだと彼は自然に思えていた。大統領の表情が引き攣る。テロリストが見せなかった表情。愉快で仕方がない。引き金を引く。スーツの下から血が溢れ出る。呻き。リアルだ、と彼は思った。これが現実だ、これ以外に、この血以外に、リアルは存在しない。
 すでに会場には悲鳴がこだましていた。彼は悲鳴の方向に銃口を向けると銃を乱射した。無限に・・・弾が発射される。赤が、溢れ飛散し、その場の壁を濡らし、交じり合う。

 さて彼はもちろんリアルなんかではなくゲームの中にいる。ゲームのプラットフォームは彼が推測したようにパソコンだった。パソコンでは解像度やビットで表される色彩の数などを自由に設定することができる。パソコンのスペックと釣り合わない設定にしてしまうと、処理が遅くなる。この場合も、設定は、ややアンバランスだったといってよかった。これまではなんとか処理ができていたが、しかし限界が訪れたのである。プレイ時間が長くなりパソコンは熱を持ち始めていた。そして観衆の身体から溢れた大量の血が止めとなった。液体は計算処理のためにメモリを食う。ひとつひとつの液体がどのように舞い、どこの何に当たるか、どのように痕を残すかをすべて計算しなければいけないからだ。
 結果、処理限界をオーバーした。
 徐々に動きは緩慢になり、しばらくして、完全にフリーズした。

                  *

「止まっちゃった?」
 アツシが訊くので、ぼくはキーボードやマウスをさんざんいじくりまわしてから答えた。
「ぜんぜんだめ」
「やり過ぎなんだよ、もう夕方じゃん。午前中からやってたのに」
 それからアツシははっ、と声に出して笑った。
「お前明日帰るんだろ? なんだか短い夏休みだったな。お前が来たのが七月の…二十五日、だっけ。もう一ヶ月以上か。最後の日を、こんなつまんねえゲームで潰しちまったな」
「……いや、」
「いいって、気にすんな。それにしてもびっくりしただろ? 田舎にやってきたのにパソコンなんかがあって、そんで、中に入ってるソフトがこんな変なシナリオで……」
「だから……」
 ぼくはなんとか言葉を止めようとするけれど、アツシはしゃべり続ける。それからアツシは、どうでもいい話を懸命に続けた。
「もう帰るな」
 アツシが言ったのは、少し経ってからだった。
「……明日の十時ごろ、出るから」
「ん、ところで」
 気のない返事。それに続けて、
「最近さ、ゲームのなかにミニゲームがあるようなゲームって、あるじゃん」
 いったい、何の話だろうか。
「そうかな」
「あるんだよ。ゲームのなかでゲーム機を調べると遊べたりする。最近のゲームに使われてるメディアって、大容量じゃん? だから、そういったミニゲームのボリュームも大分大きくできるんだよな」
「それが、どうしたの」
 知らず知らずのうちに、声が震えていた。
「いや、別に」
 アツシは出て行った。ぼくはなんだか腑抜けたように窓に近づいて、外を見た。いつのまにか黒が世界を包んでいた。黒の向こうには、本当に宇宙があるのだろうか、ぼくはふとそんなバカげたことを考えていた。
 ただ、四角いフレームと黒があるだけではないだろうか? そして、その向こうには、誰かの顔が…………

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