書評 『弥勒戦争 著/山田正紀』

 強大な力を持ちながら、ただの人間として滅びて行く定めを自ら課した人々、独覚。かの一族の悲哀と人類の未来を、朝鮮戦争当時の日本を舞台に虚実織り交ぜて描く、山田正紀「神」シリーズ第二弾。物語は残酷にすぎる仏教の闇を論じながら、サイキックアクションともいえる独覚達と秘密機関の戦いへと展開していく。人間にとって進化とは何か、という問題を突きつけながら。「神」に続く、著者の大テーマ「進化」の初登場だ。
 人が進化と呼んだ物は、結局退化と特殊化に過ぎず、それを前提に置くならば、人間は既に袋小路へと嵌り込んでしまった存在である。しかしその袋小路を破る可能性こそ、超常能力者である「独覚」だと言う。独覚とは仏教用語で、独りで覚り、人を救ったりはしようとしない聖者の事だ。
 主人公が属する「裏小乗」からすれば、ブッダもまた独覚であり、菩薩よりも下位に位置する彼らは、大乗仏教の側からすれば外道でさえある。
 つまり、独覚は人類を進化の袋小路から救い出す気などないのだ。なぜなら、彼ら独覚が人を救わんとその力を解放すれば、人の上に不幸と災いをもたらすしかないからである。それ故の滅びの定め、掟だったのだ。だが、真実は更に苛酷だった――。
 独覚の中より生まれる「弥勒」とは何者か。悟りを得ることが「遺伝」で決定されるとしたら、独覚とは?
 古い作品であるだけに、超能力者(独覚)=新たな進化の可能性、という設定に目新しさはない。だが、仏教という過去と、進化という未来のどうしようもなく昏いヴィジョンは容赦がなく、そしてそれ故にたまらなく愉しい。昏い闇は、かすかな希望の光を見出すには必要だから。
 そう、本書は「人類は不幸だ、未来は絶望だ」と囃し立てて読者を恐がらせる物ではない。かといって、明確な希望を答えとして用意している訳でもないが、それでいいのである。これは一流のエンターティメントであり、よく出来た上質のフィクションなのだから。

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