『虫のいたずら』

 あるラジオDJが、テレビの深夜番組でゲスト出演した際に喋っていた話を、春になると思い出します。……いえ嘘です。本当はネタのために考えて、やっとのことで思い出せました。
 さて、そのDJが喋っていた話とは、なんでも彼がパーソナリティを務めている番組に、悩み相談のコーナーがあったそうで、毎回取るに足らないギャグめいた悩みや、それこそ深刻な悩みまで、実に多種多様な相談が寄せられるらしかったのですが、その時紹介した悩み相談とは、ある高校生の話でした。
 相談を寄せた彼には好きな女の子がいるらしく、春の卒業を前に、在学半ばから思いを寄せていたその子に対して、何らかの形で思いを伝えたいのだけど……という、この季節にはよくありがちな恋愛相談でした。その高校生に対してDJが言ったことは、「明日死ぬと思ったらなんでもできるから、勇気出して今告白しろ!!」という簡潔明瞭で、無謀なアドバイスだったそうです。
 しかし実際番組中、その高校生に勢いで告白させ、見事彼は好きな女の子と付き合えたという話でした。
 うまくいかなかったらどうなっていたんでしょうかという疑問はさておき。
《明日死ぬと思ったら、今なんでもできる》というのは、いかにも死なないことを確信している上での想定で、本当に明日死にそうな人には言えないよなぁと、僕はこの言葉自体は好まないのですが……。僕なりの解釈はですね、ようは決心や覚悟を、《何かのきっかけで呼び覚ます》という意味なのかなぁと。
 つまりは、決心や覚悟を持つには、その前に実はもう一段ステップがあるのではないかと。
 そういえば覚悟という単語で、僕が真っ先に思い浮かべるのは、夏目漱石の小説『こころ』に登場するKという男。簡単に説明すると、Kは主人公から先生と呼ばれている人物の、大学時代の同輩で、先生と同じ家に下宿している人物です。かなり禁欲主義な人で、「向上心のない者は馬鹿だ」というのが口癖。
 ここ数年『こころ』を読み返した覚えはないのに、内容が胸のひだに深く染み付いているような気がします。それほど、当時の僕にとってインパクトがあったのですな。興味のある方は、一読してみてください。Kの覚悟や《きっかけ》は、Kの性格と相まってある種凄惨にさえ思えます。ちなみに、『こころ』の中でも印象強い、Kがある事を決断実行するシーンがあるのですが、季節は初春を過ぎた春でした。
 さて、Kは、修験者のようなストイックさで覚悟し、生きていましたが、例えばその精神力は現代で言うなら、ビジネスで成功する青年企業家などが、似たようなものを持ちえているのでしょうか。僕の頭に浮かぶのは、そのようなイメージです。クリエイターやアーティストとして成功する方も、漫画書くのが好き、ゲーム作るのが好き、デザインを思い描くのが好き、そして、小説書くのが好き、などの《好きだから》という思いが精神力とイコールで結べるような気がします。いずれにせよ、何らかの決心や覚悟をしてきたはず。そしてその決心をした強い精神力が、その人を作るんでしょうね。
 春は何の季節でしょう。出会いと別れの季節という定番のフレーズに浸るのもアリですが、この春僕が提唱したいのは、決心や覚悟のような一大事ではなく、その一つ手前の《きっかけ》探し。あなたには、決心したいことがありますか? 何かやりたいことを目の前にして、覚悟がイマイチできないあなた、《きっかけ》を探してみるのもありですよ。覚悟できなかった自分にさよならを告げて、決心できた自分に出会うために。

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