『覚醒する世界』

 目を醒ますと、やけに体の感覚が鈍かった。
 時間は朝、正確な時刻は分からない。カーテンを通した日光の強さから、どうやらよく晴れた日のようだ。あとは肌寒いとか明るいとか、大まかに言葉で括ってしまえる程度の情報しか得ることが出来ない。俺を取り巻く世界のデイティールはひどく曖昧で、まるで泥酔者の視界のようだ。
 昨夜は酒を飲んでいないから、宿酔の可能性はない。なら、世界のクオリティが激しく劣化しているのか。いや、まさか。これは世界ではなく、俺の方に変化が起こったと考えるべきだ。意識の上でだけ首をかしげながらベッドから降りると、今度は転びそうになった。
 今朝の俺の身体能力が、もともとの想定からすると低過ぎてバランスをとり損ねたのだ。意識と肉体の連携がとれていない。念入りに体操をしなくては、まともに服を着替える事もおぼつかなかった。チキショウ! 何でこんなに体が重くて、鈍くて、のろいんだ? ああ、うざったい。
 そういえば、さっきから赤蝉刀(しゃくぜんとう)の気配もしなければ、姿も見えなかった。これがいつもなら視神経に干渉ナンタラと講釈を抜かしながら目の前に現れて、のほほんとした笑顔で朝の挨拶でもしてくるのに。――さっきから、何もかもに違和感がありすぎる。
 一通り家探しをしてみたが、どこにも赤蝉刀は見当たらなかった。日本刀なんて目立つ物、そう無くして見つからなくなる物だろうか。どこかに丁寧にしまった覚えなどないし、泥棒が入ったにしては他の物に手がつけられていなさすぎる。アイツが勝手に動けるなんて話しは、聞いたこともない。というか、自分では動けないから俺に自分を握らせていたんじゃないのか。まさか、新しい持ち主を見つけたとか言うんじゃなかろうな。
 知り合いに連絡をとってみることにした。大学教授だの、ヴァンパイアハンターだの、裏社会の仕事請負人だの、我ながら壮々たる人脈だ。最も、そのほとんどは赤蝉とかかずりあったばっかりに縁が出来たようなものなのだが。あいつはいつも、この世ならぬ騒動を持ちこむ。
 ……ダメだ、誰にも連絡が取れない。留守番電話すら出ない。電波届いていないのか? これだけ頭数揃っていて、話し中でもないし機械音声のメッセージもない。不自然なくらい、向こう側と繋がらない。あげく、やっと繋がったかと思えば、「現在、この番号は使われておりません」。
(何だってぇんだ、糞ったれ! 俺の知り合いがまとめて消えちまったのか!?)
 居ても立ってもいられなくて、俺は家を飛び出した。バイク……は、このあいだの蜘蛛神がスクラップにしてくれたんだっけ。くそう、あの化け蜘蛛、今度会ったら覚えてろよ。仕方なくママチャリで走る。坂道をヒーコラ言いながら、ペダルを踏むのは学生時代以来だな。筋力の下降が著しい。
 苦行の末に十年来の親友の家に辿りつき、俺は無遠慮なノックでヤツを叩き起こした。ふと思い出して腕時計を見ると、既に午前十時だ。しかし今の今まで眠っていたらしい悪友は俺の顔を見ると、大層不機嫌な顔で出迎えた。それを無視して、俺は畳み掛けるように質問する。
 昨日までの自分と、今朝からの自分。一体どちらが本物なのか。
 妙に鈍い身体、急に姿の見えなくなった赤蝉と依り代の刀、連絡のつかない知り合い達。最初は仏頂面で、次は怪訝な表情で、最後は呆れ顔で俺の話しを一通り聞き終えた友は、深く深く溜め息をついて厳かに肩を叩いてきた。そして、妙に爽やかな笑顔をむける。
「しっかりしろよ、俺達の現実は一ツだぜェ」
 昨日まで『仲間』だった友人は、さらりと俺の記憶を無視してくれた。
「お前、夢でも見てたんじゃないか? 羊さんの垣根をあっさり飛び越えるなよ、な」
 その言葉に、俺は俺の日常へと沈んでいった。
 化け物なんていない、特別な力なんてない、只者じゃない知り合いなんていない。そう、[自分]だけがいない、俺の日常へと。


                                          了

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