書評『「下り」はつかり 鮎川哲也傑作集2 著/鮎川哲也 編/北村薫』

著/基線


 解剖台の上には、バラバラの人体が転がっていた。それは美貌をうたわれた女子医大生、香月エミ子の屍体であった。しかし殺害時、解剖室は完全な密室であったことが判明し――(『赤い密室』)
 本格ミステリの巨匠、その短篇を集成した傑作選の第二集。趣向に溢れた十一篇を収録した。

 戦後本格推理小説の巨匠、鮎川哲也。
『回廊』の読者には、この名前を聞いたことがない方も、多くいると思う。また、名前を聞いたことがあっても、小難しいんじゃないか、地味なんじゃないかという印象を持っている方もいるんじゃないかと思う。だが、この場を借りて強く主張したい。
 それはもったいない。鮎川哲也を読まないのはもったいない。特に、彼の短篇を読まないのは。
 北村薫によって編纂されたこの傑作集の第二巻は、傑作『五つの時計』や『道化師の檻』などを収録した第一巻にもましてバラエティ豊かである。なにしろ、冒頭に収録されている『地虫』はミステリではないのだ。百合の精のあとを追って死んだ男を描く、〈純真無垢なものへの哀歌〉をうたったファンタジーなのである。他にも、この集では『絵のない絵本』もファンタジー色が濃い。一種のバカミスとして見ることも可能だが……。
 だがやはり、鮎川哲也といえば、巧緻にして大胆な本格推理である。この巻では『達也が嗤う』と『赤い密室』が知名度、完成度ともに筆頭だろう。特に前者は日本探偵作家クラブの犯人当てゲームとして朗読され、なんと本当の意味での正解者を一人も出さなかったのだ。プロ相手に、完全に騙しきったのである。以後五十年近くにわたってこの作品は読者を騙し続けてきた。作中仕掛けられた罠の切れ味たるや――自分の眼で確かめてほしい。後者の完成度ももちろんそれに引けをとらない。
 スペースがなくなり始めてしまった。ほかにもこの短編集には『誰の屍体か』や表題作のような本格味の強い作品や、ハードボイルドの枠組みを使用した『他殺にしてくれ』など、傑作が目白押しだ。とにかく今読んでも面白い。だからもう一度繰り返す。鮎川哲也の短篇を読まないのはもったいない!


Amazon.co.jp: 本: 下り“はつかり”―鮎川哲也短編傑作選〈2〉下り“はつかり”―鮎川哲也短編傑作選〈2〉 創元推理文庫
鮎川 哲也 (著), 北村 薫 (編集)
文庫: 604 p ; サイズ(cm): 15 x 11
出版社: 東京創元社 ; ISBN: 4488403026 ; 2 巻 (1999/03)
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