『MONOCHRO-ME-LODY』
そのピアノは、なぜか、鍵盤を弾くと悲鳴が聞こえる。白鍵は女の、黒鍵は男の悲鳴。鍵によって、悲鳴は微妙に違う。別人のものだ。
わたしはためしに和音を弾いてみた。悲鳴は重なり、響いた。鼓膜を揺らしたそれは、わたしを恍惚とさせる。指先の熱が、身体に伝播する。悲鳴は、ほんとうに鬼気迫るものだった。まさに、死がすぐそこに迫っている、そういう悲鳴だった。それがよかった。生命を操っているような気になっていくのを自覚していた。わたしがこの悲鳴をあげさせているのだ。白鍵の女を殺し、黒鍵の男を殺しているのだ。わたしは官能的な快感を覚えていた。
一曲、弾いた。巨匠の最後の作品だった。あらゆる悲鳴が、組み合わさり、お互いを増幅させながら、美しい曲となってわたしに届いた。わたしはいつのまにか、曲にあわせて、かすかにだが悲鳴をあげはじめていた。掠れたような高音がひび割れる。わたしはこの曲の一部になれるような気がしていた。
どこまでがわたしが自分の意志であげていた悲鳴なのか。どこからが、刺されることによる悲鳴なのか。
いつのまにか部屋に横たわっているわたしの視界には、おそるおそるあのピアノに触れる、片手に包丁を持った彼女の姿、わたしがそうしたように、表情をすこしずつ恍惚とさせていく。
紅に塗れた白鍵が弾かれたとき、わたしの喉からも悲鳴がほとばしる。

| トラックバック (0) | コメント (0)

