『EGOISTIC IMAGINATION LAST CASE』

『EGOISTIC IMAGINATION LAST CASE』


原稿用紙換算25枚


0.

 帰宅したあなたはメールソフトを起動し、新着メールをチェックする。二件。一件はスパムメール。もう一件は彼からのものだった。また小説の感想を書いてくれというのだろう。彼はあなたの、ウェブ上における知り合いなのだが、オフラインで会ったりしてある程度親しくなってからというもの、四ヶ月に一度くらいの割合で自分の小説を送りつけ、感想を求めるようになっていた。彼が送りつけてくる小説は一応ひとつのシリーズとしてくくられているが中身には何の関係性もない。だが全体に似た雰囲気を漂わせようとしているように思えた。成功しているかどうかは別にして。あなたはその、けして完成度の高いとはいえない作品を読み感想を逐一送っていた(あなたはまめな性格なのだ)。彼は一応そのアドバイスに頷くのだが、次作にそれがきちんと反映されているかというと必ずしもそうとはいえない。あなたは呆れ始めている。おまえの独善的な想像力の産物である小説など読む暇はないのだ、きちんとそう云ってやるべきかもしれない、あなたはそう思っている。
 だがメールを開いてあなたは奇異に思う。本文には何もない。ただテキストファイルが添付されている。これはウィルスかもしれない。だが以前から社会的な常識の一部が欠けており、人に対し失礼と思われかねない行動をとることがままあった彼のことだ、素でやっているのかもしれない。どちらにしろ警戒する必要があるだろう。あなたは常駐ソフトの一覧を呼び出し、アンチウィルスソフトが正常に作動しており、なおかつエラーメッセージを出していないことを確認してから、添付ファイルをダウンロードした。
 ファイルを開いて、まずあなたは文字化けが起こったのだろうかと思った。改行もなしにびっしりとテキストエディタの画面を埋め尽くす文字。だがその一節に眼の焦点を合わせ、そしてあなたは戦慄する。思考が止まり、喉に痛みのようなものを覚える。そこにあるのは呪詛だった。あなたに対するものではない。少なくともあなただけに向けられた呪詛ではない。あらゆる言葉の暴力がそこに横溢していた。あらゆる生物を呪い、あらゆる物体を破壊することを望み、あらゆる概念を憎む精神が呪詛の形態をとってディスプレイを埋め尽くしていた。直接的な表現、間接的な表現。これを実際に入力した人間が確かに存在するのだと思うと、あなたは怖いような哀しいような暗澹とした気分になる。
 ネット上に溢れる煽り、荒らしと呼ばれるような言葉の暴力を、精神的な安定を保ったままやりすごす最良の方法は、それを人間が書いたものと思わないことだ。スクリプト、あるいは人工知能が書いたものだと思えば良い。要するに、そんなことを書く人間が存在すると思うから厭な気分になるのだ。むろん、スクリプトや人工知能にしたってその向こうには人間がいるのだが、それだけ離れればほとんど問題にはならないだろう。それでも厭なら、それこそ、そういう言葉が掲示板に勝手に現れたと思えば良い。だがこの場合、あなたは彼を知っている。距離は普通よりも近い。だから余計、精神は沈んでいく。あなたは想像する。もしかしたらこのメールは、彼がウェブ上で知っているあらゆる人に送られているのかもしれない。もしかしたら知り合い全員かもしれない。そしてみな自分と同じような気分に陥っているのかと思うとあなたは奇妙な心持になる。
 あなたは思い出す。確かに、ここ最近、彼の日記の記述はおかしかった。苛立ちを露わにし、攻撃的な文章が目立った。誰かを叩く文章を連ねていた。だから、このメールの記述も、それを極限まで膨らませたものかもしれない。
 そう思いながら、なんとなくスクロールしていたあなたは、ふと、妙なことに気付いた。それまで一切改行せず連なっていた言葉が途切れ、二、三行の空行が挿入されるようになり始めたのだ。空行の間隔は広がり、やがて長いそれが出現した。
 そしてそこからは、まともな、少なくとも何かしら理性が感じられる文章が始まっていた。あなたはそれに眼を遣る。行頭には括弧が入力されている。あなたは不審に思う。
 どうしてしまったのだろう、×××は?


1.

(ぼくはこの括弧のなかでしか生きることが出来ない。そしてそれにも限りがある。だからその前に――ぼくは伝えなければいけない。きみに伝えたいんだ、限られた時間のなかで。ぼくはもう――残滓になってしまうけれど。ぼくはきみについて、多くのことを知らない。本名も知らない。電話番号も知らない。知っているのはメールアドレスだけ。それでもぼくは、きみに伝えなければいけない。

 ……こんなことを突然語り出してもきみはなんのことだかわからないかもしれないな。伝える前に、いくつか前提として話しておかなければいけないことがあるみたいだ。まず、最初にはっきりさせておかなければいけないこと。……これを書いているぼくは、きみに小説を送っていた×××ではないということだ。じゃあ誰かといえば、――驚かないでくれ。ぼくはきみが今まで読んできた『物語』だ。
 たぶん、わけがわからないだろう。何を云っているのだろうと思うだろう。けど、ファイルを閉じないでくれ。ほんの少しの時間でいい。ぼくの話を聞いてくれ。ぼくは伝えたいんだ。これからぼくはかなり突飛なことを書く。信じてくれとは云わない。ただ、聞いてくれるだけでいい。

 人間は、「物語」を表現することはできないんだ、絶対に。

 何を云いだすんだ、と思うことだろう。本屋、映画館、舞台、ウェブ上。そこかしこに、いくらでも「物語」は溢れているじゃないかってね。でもそれは人間が創ったものではない。創ったつもりになっていい気になっているだけだ。人間は「物語」を受け入れることはできるけど、創りだすことはできない。そんな能力は、人間には備わっていないんだ。無能だからね。
「物語」を創っているのはぼくたち『物語』だ。
 循環している。
 でもぼくたちは確かに存在して、「物語」を創り出す『物語』なんだ。ここでは便宜上、下位概念を鍵括弧、上位概念を二重鍵括弧でくくっているけど、感覚的には『物語』に存在する多数のセルが「物語」だと思ってくれればいい。『物語』がそもそも何かといえば――寄生虫、のようなものかもしれない。人間がこの世界に生み出された瞬間に脳のなかに棲み付いて活動を開始する寄生虫。うん、それがぼくら『物語』をイメージするにあたってもっともわかりやすい仮説だろう。
 個々の人間に棲み付く『物語』はそれぞれ違った《形》を持っている。《形》といっても、説明するのが難しいのだけど、具体的な外形じゃない。『物語』は外形を持たないからね。そうじゃなくて――生み出す「物語」の特徴だと思ってくれればわかりやすいと思う。で、その《形》によって特徴付けられた「物語」を『物語』は《出力》する。
 すると人間は「物語」を創ろうという気になって――小説でも、戯曲でも、歌詞でもいいのだけど――その《出力》のままに原稿用紙だかエディタに「物語」をそれぞれの言葉に《変換》したものを記すんだ。あたかも「物語」を、自分で生み出したかのように錯覚してね。人間はたんなる媒介に過ぎないのだけどね――たとえば作家が悩んでいる時、それは実際に悩んでいるわけではない。《出力》が少しばかりうまくいかなくなって、ちょうど細い管がつっかえているような状態に陥っているだけなんだ。実際、人間は悩むほどの能力も持ち合わせちゃいない。『物語』のたんなる道具、それもだいぶ出来の悪いおんぼろな道具に過ぎないというのに。哀れで愚かな道具。

 ところで、「物語」は『物語』を構成するセルだと説明できるとぼくは云った。それは換言すると、『物語』が「物語」を内包する集合体だということだ。つまり、「物語」には物質的な限界があるということに他ならない。
 限りがくれば、「物語」は尽きる。
 プロパーの作家になる人間の『物語』のタイプは大きく分けてふたつある。ひとつは巨大な『物語』を持つタイプ。そしてもうひとつは《適性》を持つタイプだ。《適性》とは「物語」の特徴、つまり質を左右する要素だ。生まれつきで、変えることはできない。前者は多作をすることができるが、質は良くないことが多い。後者は質の良い作品を生み出すことができるが、多くの場合一発屋で終わるか、極端な寡作になってしまう。ごくごく稀に、大きな『物語』と《適性》を併せ持つ人間がいて、彼らは大作家として後世に名を残すのだ。――少しだけ優秀なワープロってだけなのにな。……ああ、あと、当然のことだがほとんどの人間はどちらでもなく、プロパーの作家になることなく一生を終える。だから、作家になるかどうかなんていうのは、生まれたときに決まっているんだ。
 さて、『物語』のストックがなくなると、人間は「物語」を創り出すことができなくなる。大抵の人間はそんなこと、気にも留めず、「物語」を創ることを放棄する。あるいは一生のうちで一度も「物語」を創ることをしない。職業として「物語」を切り売りしてきたプロパーの作家は次の職を探す。それだけのことだ。そのうちのどれでもない奴ら――趣味で「物語」を書いてきた(と錯覚している)連中が、問題なんだ。特に、そのことに全身でよりかかり、そのことで自己を規定しているつもりになっている連中が。そういう奴らも大体はどこかで眼を醒ます。が――ごく一部の連中は、ついに眼を醒ますことができない。
 きみに小説を送ってきていた×××も例外ではない。
 ぼくという『物語』ははっきりいって小さい。×××には《適性》だってそんなになかった。つまり、たいした器ではなかったということだ。
 ×××はろくな人間ではなかった。そのことは覚えておいて損はない。傲慢で身勝手でまったく使いようのない馬鹿だった。気を遣うこともできず周りを見ることもできずただ自分の無知と無恥を吐き出すことに全ての力を使い切っているような、その辺には滅多にいないレベルのどうしようもない、まったく存在価値のない無能だった。「物語」を生み出すことで自分が特別になれると信じていた。ただ、深みにはまっていくだけだったのに。自分は「物語」を創ることによって存在しえていると、どうしようもない勘違いをしていた。自分の創る「物語」が他人の創るものより優れている、なんて、奴がした数え切れないほどの勘違いのうちでも、特に酷いものに属するね。
 繰り返すが、こういう奴が問題なんだ。『物語』のストックがなくなり、消滅したときに。
 簡単に云えば、だいたい発狂する。自らのよすがを失ってね。

 そして×××も発狂した。まったく、最後まで凡庸だったわけだ。

 括弧の前に連なっている文章――文章とも云えないな――文字の連なりはきみも見ただろう。あれが『物語』を失った人間が紡ぐ言葉の連続だ。ただ精神のうちに、「物語」を創りたいという欲求だけがある、もっとも原初の、野蛮な状態の言葉だ。
 あれが人間が、『物語』なしで書くことのできる限界だ。失望しただろうか? とりあえず安心してほしい――あれはエラーであり、バグだ。おそらく、きみはああいったものをもう二度と眼にすることはないだろう。

 さて、ここまでは前置きだ。これから云うことを、信じてもらえなくてもいい、ただ理解するために必要な背景を説明しただけだ。残された時間は短い。ぼくは伝えなければいけない。いや、それは間違いだ。「いけない」わけではない。ただ、ぼくは、そうしたいんだ。
 さっき、×××、そして括弧の前に書かれた文章についてぼくは、エラーでありバグだ、と云った。しかしそれは、ぼくも同じなんだ。ぼくもまた、本来、ここにいてはいけない存在なんだ、……実は。

 最初に書いたとおりぼくは『物語』だ。普通『物語』は意志など持てないし、視覚こそ取り憑いた相手と共有できるが、そこから何か思うなんてことは不可能だ。だいたい、×××の『物語』は消滅したのに、ぼくが存在していること自体が矛盾だ。ぼくはもういない。なのに、ぼくはここにいる。なのに、ぼくはきみのことを思っている。考えて、いる。
 最後の一片の「物語」を《出力》した『物語』――つまりぼくは、そのまま消えてしまうはずだった。でも、気付いたんだ、自分が、まだ、×××のなかにいることに、そして、自分が、気付くことが出来るようになっていることに。そしてまた新たなことに気付いた。自分が、どんどん、薄くなっている。もうすぐ消えてしまう。……薄くなっていくというのも、変な感じだよ。ありもしない輪郭がぼやけて、ありもしない体液が流れ出て、ありもしない体積が減少していく。……でもぼくは、こうやって自分が感じていることを記すことなど不可能だったはずなんだ。そもそも、何かを感じるということから不可能だったんだから。

《出力》しきったあとも自分の存在が継続していることに気付いたぼくは、自己のなかに《感情》が萌芽していることに気付いて動揺した。それは、今まで、ぼくが《出力》していた「物語」のなかにしか存在しえない概念だったからだ。そして、ぼくはその《感情》の内容を知りさらに混乱した。
『物語』を失った×××は暴走し、意味のない言葉をディスプレイに連ねていた。薄くなっていた視覚でそれを捉え、真新しいおもちゃをいじるような感触で、それが意味することを《思考》し、そして結論にたどりついたぼくはいいようのない焦りに襲われた。もちろん、焦りなんてものを体験するのもはじめてだ。ここで云っておくけど、×××がこのメールを送信しているのはきみひとりだけだ。どうやら、×××にとってもきみは、……特別な存在だったのだと思う。
 ぼくはきみに、あの醜い言葉を見てほしくなかった。ぼくの「物語」を受け取ってくれたきみに。
 けどそれは不可能なことだ。ぼくは×××に干渉することができないのだから。

 狂った×××はひとしきり言葉を連ねると、突然糸が切れたように眠り出した。一瞬だけ、起きた時には正気に戻っているのではないかという期待を持ったが、即座にそれは捨てた。もう決定的な部分は壊れているのだから、修復は不可能だ。おそらく起きた時、彼はメールを送信するだろう。呪詛が連なったこのメールを。
 ぼくは、それが嫌だった。嫌だ、と思った。
 ぼくが、ぼくに、ぼくの《嫌だ》という感情を認識させた瞬間に、それは覚醒した。
 突然、眠っている×××の右手が動いたので、ぼくは驚いた。おそるおそる、その右手を下げよう、と思ってみた。すると、右手は下がった。左手を上へ、と思う。そうすると、左手は上に。ぼくは確信する。
 ×××が眠っている今だけ、ぼくは×××の身体を操れるようになっていた。なぜかはわからない。わからなくていい。その事実だけあればいい。
 しかし、『物語』――つまりぼくは、通常宿主――×××の《書く回路》にしか接続していない。その回路を通じ、『物語』は「物語」を出力する。『物語』に必要な作業はそれだけだ。その「物語」を誤解して間違え、訂正したり、ミスタッチをしたりするのは、『物語』の領分ではない。
 すなわち、ぼくができることは、×××のこの、狂乱の文字の連なりに《追記》することだけ。削除はできない。それに削除をしても×××はすぐまた、呪詛で埋め尽くしてしまうだろう。あるいはただ《追記》をしたり、書き換えをしても、本文中に《異物》があれば、×××が削除してしまう可能性が大きい。だからぼくは思った。
《注釈》をしようと。
 括弧に包んで《注釈》にしてしまえば、×××はこれを自然に本文に《追記》されているものとし、《異物》とみなさずに削除しないかもしれない。もちろん、そんなことにはおまかいなく削除してしまうかもしれない。どちらにしろ、×××が目覚めてしまえばぼくにはどうしようもできない。そしてしばらくすれば消えていく。さらに、きみは、このメールを受け取って、呪詛の羅列に生理的嫌悪感を催し、《注釈》にたどりつくことなく削除してしまうかもしれない。とにかくこれは、無駄に終わる可能性がかなり高い、賭けなんだ。
 でもぼくはそれを願っている。
 ぼくはきみがこの《注釈》に眼を通し、理解してくれることを心の底から願っている。ぼくは存在してから、はじめて、願うということをしている。願うって、こんな感じなんだ、と思っている。何か、水色のような何かが、ぼくの内側を充たしている。これが、願うということなんだ。ぼくはもっと、いろいろなことを体験したかったと思う。たとえば、喜ぶこと、とか。
 とにかく、どうか、
 わかってほしい。

 夜が明けようとしている。
 ×××が目覚めようとしている。
 瞼がかすかに、痙攣するように動いている。眼を開けながら、彼はぼくによってタイプさせられている。
 もう括弧を閉じなければいけない。
 もうすぐ彼は覚醒し、身体の主導権を取り戻す。

 ぼくはどうしてきみにわかってほしいのだろう。だって、もうすぐ消えるんだから、もう、どうだっていいじゃないか。
 今、ついさっきに誕生して、そしてもうすぐ死ぬ、このぼくの《心》をかき乱すものは何なんだろうか。
 熱い。重たい。膨張し続けて、ぼくを圧迫する。赤い。青い。明滅して、ぼくのなかで、暴れ、なぜか、心地よい。
 やりきれない。存在しえない涙が流れそうだとぼくは思う。どうして、こんなにぼくは……。

 これは、何だ……?

 ぼくは、どうして、こんなに……)


2.


 括弧は閉じられた。また新たに呪詛は連なり、そしてやがて、本文が終わる。あなたはメールソフトを終了させると、ひとつ溜息を吐く。……この《注釈》は何だろう? あるいはほんとうに、×××のなかの『物語』によるものなのか。にわかには信じがたい。あるいは、×××が『物語』と「物語」という設定を考え、作り出した「物語」なのだろうか。
 そうだ――きっとそうだ。あなたはそれで納得する。
 だが、そうした途端、あなたはもうひとつの解釈を思いつく。
 ……これも『物語』の「物語」のひとつ。

 まあどれにしたって、もう、×××からのメールはこないのだろう。あなたはそれだけを思う。まあ、せいせいした。あんな不出来な代物を読ませられるのも、もうあきあきしていたのだ。この辺が潮時だ。もう、括弧は終わってしまったのだ。括弧のなかでのみ生きられた『物語』ももう、終わってしまった。そう考えるが、なぜか、頭の片隅に、何か、煤のようなものが溜まって、拭い去れない、なぜか。

























| トラックバック (0) | コメント (0)

この作品をはてなブックマークに追加はてなブックマークで感想を書く