『UNSTOLEN JEWEL』

著/秋山真琴

『星々は盗めない宝石。
 人の手は悲しいほどに短く、その手はこの星にいちばん近い星すら攫えない。
 伸ばした手の先、白鯨のような体躯をした紙魚が泳いでいる。大口を開けた紙魚は、泳ぎながら世界を食べている。夜空に昇った星が食われ、その列なりが乱されてゆく。まだ見えない太陽はすでに咀嚼され、夜明けはもはや永遠に訪れない。空にぽっかりと穴があいているのが見える。あの穴の向こうには何があるのだろうか。あの紙魚が降りてきたとき、この大地も穴ぼこだらけになるのだろうか。根こそぎ食い散らかしてゆく、あの怪異をこの手でくいとめる術などないのだろうか。
 ああ、我々は何と無力なのだろう。この世界はなんと冷たいのだろう。神の慈悲は尽きたのか。安らかなる終焉は残されていないのだろうか』「ならば、私が終わらせよう」
 パタン。
 夕賀恋史は穏やかな手つきで本を閉じると、丁寧な仕草で本棚に戻した。
 静かな室内に、紙魚の透明な悲鳴が響きわたる。

『墨染通信』409文字

| トラックバック (0) | コメント (0)

この作品をはてなブックマークに追加はてなブックマークで感想を書く