『つながる超短編』回廊チーム

つながる超短編

回廊チーム

0.『DANCE WITH DANDELION』

著/水池 亘


 召喚された僕が目を開けると、そこは一面のタンポポ畑だった。遥か遠くまで延々と続くタンポポの群れ、そして傍らに佇む少女がひとり。
「来たわね」
「来たよ。僕は何をすればいい?」
 彼女は唇の両端を少しだけ上げて薄く微笑み、僕へ向けて右手を差し出した。
「さあ、踊りましょう」
 返事も聞かずに彼女は素早く僕の手を掴むと、くるくると回りだした。細い彼女の腕に振り回される僕。わけがわからない。わからないけれど、とにかく僕は彼女に合わせて下手なステップを踏んだ。曲もない。足元もおぼつかない。それでもそれはまぎれもなくひとつのダンスだった。
「ねえ、何で僕らは踊っているのかな」
 そう尋ねると、彼女はまるでペットにいたずらしている子供のようにあははと笑った。
「奴らに見せつけるのよ」
「奴ら?」
「地面を見なさいよ。そこらじゅうにいるでしょう。奴らに私たちのダンスを見せつけてやるのだわ」
 僕は思わずあたりを見回した。タンポポたちが一斉にそっぽを向いた。


『タンポポ・ダンス』417文字






1.『YOU'RE JUST A THING』


著/桂たたら



「俺の言うことを聞いて欲しい」
 女はそれを聞いて微かに目を伏せた。それが了承の合図だった。
「それも、もうやめるんだ」
 女は不思議そうに男を見つめ返す。それですら男の命令の範囲外のことで、女はそれだけその言葉に驚いていたということだった。
「肯定の意思を示すときは、はい、否定はいいえ、だ。応答は俺の許したときにだけ行えという命令は、今を以って破棄とする」
 女は少しだけ目を丸くする。まるでそれ以外に驚愕の感情を表す方法を知らないみたいだった。
 何かを言おうとして口を噤み、男は頭を掻いた。それは彼の困惑を表現するときに使う方法だった。
「……昔に言った言葉は取り消す」
 女は話を聞いているのか判然としない、ともすれば茫洋とも言える表情を保っている。
「お前は、もう立派な……」
 男は突然、女に向かって手を差し出した。視線は自分の肘を向いている。
「俺はお前にどうやって報いて良いか分からない。花束をすら贈ることが出来ない」
 女はその手を見つめている。
「だけど、一緒に踊ることなら……、いや、それくらいしかできない。いつも夜中に、あれ、ワルツだろう? ……教えてくれないか?」
 女はおずおずとその手を取る。握られた手の暖かさに、男は涙を流しそうになった。
「はい」
 消え入りそうな声で女は了承の意を示す。「わたくしで、良ければ」


『遠き悔悟』548文字






2.『A ROSE FOR NOTHINGNESS』


著/キセン



 溺れ死んだ恋人の墓に供えようと買った青い薔薇が、電車のなかで突然痛みを訴える。週末であまり混んでいないが、人に聞かれるとまずいので、とりあえず花弁を手でふさいでみる。ちょっと、何するのよ、苦しくて息ができないじゃない。声がだんだん絶え絶えになり、ほとんど聞こえなくなったところで、電車は目的地に着く。無人駅のホームに降り立って、花弁を塞いでいた手を離すと、薔薇は激しく僕を罵倒し始める。このはなごろし、あたしの足首を切り落として、こんないなかに連れてきて、どうする気なの。別に僕が切断したわけではないのに。どこまでも続く、墓地までの一本道を歩く間、僕は薔薇に恋人の話をする。薔薇は感動して、涙を流す。それが棘に滴り落ちる。墓地に着く頃には、すっかり薔薇は僕に同情している。供えて立ち上がると、薔薇が声をあげる。待って、あたしあんたといたい、連れて行って、こんなところでひとりぼっちになりたくない。僕は薔薇に口付けをしてから、花弁をひとつ残らずむしり取り、墓石に撒く。……これで、五ヵ月後に彼女は生き返るはずだ。黒くて素敵だった彼女の髪が青くなってしまうのは残念だけど仕方がない。赤くなるよりはいい。


『虚無への供物』500文字






3.『DANCING FINGER』


著/フルヤマメグミ



 踏んづけられたエアパッキンのような音を立てて、脳細胞が死んでいくのがわかる。
 納期はあさって。テキストエディタを敲いては消し、推しては消して、コンパイルエラーと闘うあたし。
 髪に花でも飾れば少しは華やぐんだろうが、そんな余裕はない。『}』が足りない、SQL文がおかしい、とコンパイラが訴えるたびに、髪の毛は掻き毟られてぼさぼさになる。女失格。つーかその前に人間失格。
 御花畑ってどこの駅だっけ。検索エンジンにかけてみる。あ、秩父鉄道ね。乗ったことないや。どこか別の地名で、お花茶屋ってのもあったな。瑣末なことに逃げるのは、余裕のない証拠。
 スピーカからは小沢健二。十年後の自分が、こんな風にキーボードの上で指を躍らせてるなんて、予想もしてなかった。
 作業に没頭していると、しだいに視界がモニタでいっぱいになり、他のものは目に入らなくなる。
 呪いの靴を履かされた少女のように、あたしの指は踊り続ける。
 背後を真っ白な菊で包まれても、まったく気づかないだろう。
 このモニタが、あたしの棺桶となる。
 菊と一緒に燃え尽きるまで、十本の指は踊り続けるにちがいない。
 一番最期に燃え残るのは、たぶんこの両手だ。


『指は最期まで』500文字






4.『SLOW SLIP WALTZ OUT OF THE WORLD』


著/赤井 都



 雪菜が死んだので、雪菜のデジタル3Dモデルを隣人に作ってもらいました。雪菜は猫の遺伝子を白薔薇に配合した、きれいなペットでした。大好きだったのに、死んでしまいました。
「雪菜を完璧に作ったら、結婚してくれる?」
 隣人は冗談めかして聞きました。
 私は返事をしませんでした。
 デジタル雪菜は完璧に仕上がりました。
 デスクトップの上で、ゆったりと横たわる姿、葉で花びらを撫でるしぐさ、軸を立ててくるりくるりと回る動作、どれも雪菜そのものです。
 手を伸ばしても、液晶画面の表がへこむだけで、雪菜に触れることはできません。蘇った雪菜は、もはや抱きしめられない、異次元の猫薔薇です。
 隣人が私の横に立っています。
 私が雪菜にしたように、そっと体に両腕を回してきます。
「結婚してくれる?」
 冗談めかして、隣人は聞きます。わたしは答えません。体を巻く腕の力が強くなってきます。隣人は、見ていたのかもしれません。わたしが雪菜にしたことを、隣人はわたしにします。ぎゅっと強く抱き締められて、わたしは萎れます。
 デジタル雪菜がくるりくるりと回ります。その隣に、もうすぐわたしの3Dモデルが並ぶと思います。


『ゆっくりと滑り出すワルツ』491文字

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