『積読にいたる病 第四回』

『積読にいたる病 第四回』

著/踝 祐吾


 冬眠暁を覚えず、と言い続けて早一年(と四か月)。
 連載当初は『回廊』の喜国雅彦を目指すぜ! と言っていたのにもかかわらず、結局の所、それを上回るだらだらっぷりを発揮してしまい、昨年は小説のみならず漫画すらあまり読まない、さらには一号すっぽかしと言う体たらく。買うだけで読まない男の本領発揮とでも言いましょうか(そんな本領は発揮しなくていい)。
 とはいえ、睡眠時間を除けば自分が一日に自由になる時間は約三時間。その余った時間をどこにつぎ込んでいるのか、と言うと困った事にネットだったりする。ああ、インターネットは僕をダメにする。そういえばインターネットは米国の軍事機密のネットワークから生まれたものだと聞く。そうか! ネットの発展は即ち人間をどっぷりネット漬けにする事によって骨抜きにさせ、あるいは言論弾圧の国においてその影響力を根底から覆すためのアメリカの陰謀だったんだよ! なんだってキ○ヤシーーー!!! ……とまぁ、適当に陰謀論でカタをつけてみたわけではあるんですが、そんな事でネット漬けがあっさりと直るわけもなく、こうして日がな一日ネットサーフィンを(惰性で)楽しんでいるわけですが。その時点でなにか間違っている気がしないでもないんですけれどね。ネットは一日一時間!
 そんなわけで、僕が本を読まない原因は、間違いなくネットにある。「ネットだって活字じゃん」と早速反例が出てくるわけですけれど、活字だけがネットでしょうか。情報を検索するだけではありません。買い物もできる。井戸端会議もできる。同好の士を見つけるにもたやすい。世間のしがらみにも縛られることはない。いいじゃん、ネット。ネット最強じゃん。そのうち家庭の全部がネットなしでは生きられなくなるのでは。まさしく「未知との遭遇」。これぞSF。いわゆる攻殻機動隊の世界ですな。ネットは広大だわ……。

 ……そんなわけで今回はSFについて触れてみようと思ったんですが、僕はSFらしいSFを全く読んでないと言う、かつて大学でSF研究会の会長をしていたとは到底思えないような人間です。そんな貧弱な本棚を絞り出して、今回はSF短編の至宝とも言われているジェイムズ・ティプトリー・Jrの『たったひとつの冴えたやりかた』をちょいとご紹介。この中に描かれているテーマこそ、SFの王道「未知との遭遇」であります。おお、見事な鉄板小説紹介になってきたぞ。
 ティプトリーといえば元々覆面作家で、本名はアリス・シェルドン。その本名すら亡くなったときに初めて発覚したくらいで、どれくらいの徹底ぶりかと言うと、とある大御所作家をして「最近のSF書きはティプトリーを除いて女ばっかだ」(注・ティプトリーも女です)と言わせたほど。自殺と言うショッキングな最期とは異なり、作風はとても穏やかで、なるほど、女性作家と言われてみれば一種の少女漫画のようなはかなさを感じてしまいます。その最期と文体を考えた時に、最近再評価の気運が高まっている金子みすゞさんを思い出してしまうわけですが(彼女も自殺と言う最期を迎えていますし、どちらも夫がらみだと言う奇妙な符合もあります)。
 さて、表題作の『たったひとつの冴えたやりかた』 は、主人公の少女が冒険を求めて宇宙へ出る。そこでの地球外生命体との出会いと悲劇。彼女における「未知との遭遇」とはなんでしょう? これで泣けない人は人ではない、と言われるほどの感涙のストーリーであります。表題作だけでも是非。
 ちなみにこの本を読んだのもSF研究会で推薦していた先輩がいるからで、会で座談会を開いて会誌に載せよう、と言う極めて不純な動機だったりします。なんだそれ。

 さて、今回の元ネタに触れたところで、しかし、SFのテーマの一つとなっている「未知との遭遇」とはなんぞや? と考えてみるわけです。昔「じゃん、じゃじゃん! 未知! じゃん、じゃじゃん! との! じゃん、じゃじゃじゃんじゃんじゃん! 遭遇!」なんて歌を歌っていた時期がありましたが(元ネタ知りません。確かとんねるずだったと思います)、そんな事は全く関係なく。本屋の格言に「発売日とはお客様が本の存在を初めて知った日である」とありますが、それこそ「未知との遭遇」ですね。僕もよくあります、そのタイプの遭遇は。購読している漫画の新刊が「え、今月だっけ?」と思う事なんてしばしば。しかもいつも読んでいるのに限ってノーチェックだったりします。最近はAmazonさんのおかげでチェックはしやすくなりましたが(新刊情報検索ソフトなんてのもありますし)。
 では、そんな本の将来はどうなるんでしょう? それこそ「未知との遭遇」みたいな部分はありますが。せめていろいろ想像してみたい部分はあります。ネットで本は買える、本のデータをダウンロードできる、はもう既に実現しちゃってますし。なに? 本に将来はないの? それって厳しくない?
 ……と言うわけで、本の将来を考えてみましょう。考えるのかよ。

『積読にいたる病 第四回』
 本の将来と言えば、藤子・F・不二雄の『ドラえもん』の中に、漫画のバーチャル・リアリティ化をテーマにした作品がありました。簡単に言うと、自分が主人公になってその世界で戦う、と言う話。むしろそのアイデアだけ聞くとそれはRPGの未来のような気がしますが、そのエピソードの中に使われていたアイデアの出し方が。まぁ、簡単に言えば。
 ――「アイデア具現化」。
 下手すると月姫世界の空想具現化よりも更にマッシヴな世界なわけで、アイデアをそのまま原稿(と言っても、ストーリーラインを映像化したものですけれど)に流し込み、そのままデータとして落とし込む、と言う脳科学が発達しないとできない所作であるわけで(これをアクション物にしたら、先ほどの攻殻機動隊になるわけですな)。
 ただ、この具現化の問題点としては、アイデアが出てこないとなんともならないと言う点。つまり、作家は永遠にアイデアを出し続けなければならないのです。アイデア生産装置。なんかそんな小説もあったなぁ……。
 そして、今までにあったアイデアはなにかの装置にストックされて、がしゃがしゃがしゃポーン、と自動的にストーリーラインが出てきてしまう。最近はマーケティング、と言う言葉もありますからね。作家はそのストックにあるアイデアを全て検証して、新しいアイデアを生み出さないといけないわけです。でないと、どこぞの漫画家さんだったり作家さんだったりのように、「盗作だ」「剽窃だ」「こっちは引用しているけど著作権法で認められてるから大丈夫」と曝し挙げられたりするわけです。しかもいつの間にか自分の作品の検証サイトができていたり。作家にとっては無間地獄でしかありませんね。うーん、これでは物語に未来は無いような気がしてきたぞ。

 本読みにとっての「未知との遭遇」って、結局は先に述べたような「新たなストーリー(知識)」との出会いなわけですけれど、あまりにも斬新すぎると「○年早かった」とか言われるんでしょうね。デビューが二年前なのに「十年早く出てきた天才」とか言われる事もありますし。その辺のさじ加減が難しいのかも知れません。だからと言ってマシーンでストーリーを作られてもなぁ、と言う気がします。
 じゃあ、新時代の小説ってどうなるんでしょう? 考えれば考えるほどわけが分からなくなってしまいますね。
 結局のところ小説にしても漫画にしてもアイデアだけでは成り立たないわけで、前述の「アイデア具現化」が実用化してしまうと、ある問題が生じます。
 ……絵描きいらないじゃん。
 まぁ、突き詰めれば簡単な話で、自分で考えるだけで話ができ上がるなら、今あるような「原作・漫画の分業体制」とか「アメコミ風プロダクション制」なんかは見事に崩壊してしまうわけですよ。原作者が絵も考えてしまえばいいわけですから。
 それに、小説のアイデア具現化はむしろ意味がないでしょう。文章の巧さと内容の素晴らしさはまた別の話ですし、それこそ今後文章の余地があり得るものになってくるんでしょうし。
 そんなわけで、アイデア具現化は魅力的ではありますが、実現の可能性は極めて低いでしょう。アイデアのデータベース化はあるかも知れませんが、それだと売れる小説しか書かれなくなるのかな、と言う気がしています。小説の資本主義化ですか。愛は死にますか。空は死にますか。元ネタなんだっけ。
 まぁ、本の未来と言っても、そんなに大きくがらっと変わるわけではなく、媒体の進化はあっても内容に大きな進化があるとは思えないんですよね。むしろ利用される小道具に変化があるくらいで。それに古典的名作、と言うのも存在しますから、そう言うのが急速に衰えると言うのも考えにくいです。
 いつでもどこでも読書できる時代。本が掌に入る時代。既に実現しているところはありますが、そのうちバーチャル・リアリティで立ち読みできる書店なんてのも出てくるでしょう。触感グローブをつけて、本の重さをじっくり感じて。万引きがないとはいえ、なぜかはたきを持った店主(しかも小難しい)がいて……古きよき小書店ですよ。なんつーアナログな、と言う気はしますが、デジタルを突き詰めると今度はアナログ的なものを求めるようになるのかなぁ、としみじみと感じています。古きよきものに出会う事はある意味「未知との遭遇」だよー、と言えるのかも知れません。
 え、僕自身? もちろん目標は「自分の本屋を開くこと」ですよ?……それが私のたったひとつの冴えたやりかた(別にたったひとつでもなんでもないんですけどね)。


                                         (第四回・おしまい)


ビーケーワン:たったひとつの冴えたやりかたたったひとつの冴えたやりかた (文庫)
ジェイムズ・ティプトリー・ジュニア (著)
浅倉 久志 (訳)
文庫: 387 p
出版社: 早川書房 ; ISBN: 4167110075 ; (1987/10)
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