『リクエスト』

『リクエスト』

著/恵久地健一
絵/綾風花南

原稿用紙換算45枚


 その酒場を探すのに三週間をついやした。
「……マンハッタンをくれ」
 俺はカウンターのイスにすわり、目のまえにいる男のバーテンに酒を注文する。ウィスキーとベルモットを合わせたスタンダードなカクテルだ。よほどの辺境か禁酒圏の星でなければ、どこの店でも作れるだろう。なじみのない店でしゃれた酒を注文して「あいにく当店では……」などと言われて恥をかくのは俺の主義じゃない。
 カウンターのまえ――イスにすわる俺の背後――にはスペースのあるホールが広がり、にぎやかな客たちであふれている。客層が若いのだ。まだ店の内装は新しく、熟成された時間にしか作れない落ちつきをうす暗い照明でごまかしているが、若い客たちは店側の意図など気にすることなくさわいでいる。
 すくなくとも、俺のようにひとりで酒を飲む人間が来る店ではない。その証拠にカウンター席にいるのは俺だけだ。
 だが、この店でまちがいないはずだ。俺がこの街で探していたのは、この酒場だ。

 赤いチェリーをグラスの底にしずめたウィスキーレッドの液体に口をつけ、俺はカウンターの反対側に視線を向ける。
 壁の手まえ、いちばん奥の席。しかし、見るべきはカウンターではなく、壁のまえに置かれた大きな物体だ。
 見た目には黒い箱――地球産のアンティーク。机のかたちをした鍵盤楽器、ピアノだ。
 古い映像ディスクで演奏しているところを見たことはあるが、実物を見たのはこれがはじめてだ。ピアノとおなじ音を出す電子楽器は今もあるが、本物のピアノは演奏者が指先で複雑なギミックを操作して音を出す。
 似たような楽器にオルガンというのもあるが、この店に置かれているのはピアノだ。バーテンにも確認したのでまちがいない。
 だが、やとわれのバーテンはピアノが店に置かれた理由までは知らないらしく「うちのオーナーが趣味で置いたみたいです」とだけ答えた。それ以上のことは追求していない。俺にとって重要なのはここにピアノがあることで、くわしい理由を知る必要はない。

 俺に情報を教えた人間は、こう言った。
 ピアノのある酒場を探せ――と。
 ここの住人ならそれだけで理解できたかもしれないが、外世界人の俺にはまるで情報不足だった。街中を探し、ようやく見つけたのがこの店だ。ピアノなどというアンティークが似合いそうな、古びた酒場やちいさな店を中心に探したのが裏目に出た。
 にぎやかな店内に置かれたピアノはこの場に似合わしくない。壁ぎわにひっそりと置かれ、だれにも注目されず、置かれたことにさえ気づかない人間もいるだろう。じっさい俺もはじめてこの店に来たときは、壁ぎわに置かれたピアノの存在を見逃していた。
 だが、俺の目的はこの店を探して終わりではない。本当に用があるのは、店に来る人間だ。今はその人間を探して毎晩ここへ来るようになってから、もう十日が過ぎていた。

      *

 店の入り口に注目しながら最初の酒を飲み終えたとき、そいつらが入って来た。
 女がふたり、背の高い老婦人と少女だ。まるで葬式帰りのように、ふたりとも喪服に似た黒いドレスを着ている。老婦人は片手にステッキをもち、あいた片手を少女が取り、老婦人の横を歩いている。どう見ても、にぎやかな酒場に似合わしくないふたりだ。そう、この店に置かれたピアノとおなじように。
 うす暗い照明にとけ込む黒いドレスが姿をかくすのか、老婦人と少女はだれにも止められることなくカウンターへ近づいた。
 俺から見て反対側の席、ピアノのまえだ。
 老婦人はカウンターのイスにすわり、少女はピアノに近づくと演奏者用のイスを引き出し、そこへ腰をおろした。さすがにバーテンは気づいただろうと視線を向ければ、カウンターのなかでシェイカーを振り、いそがしそうにカクテルを作っている。
 俺はまるで自分にしか見えない幽霊たちを見ているような気分だった。しかし、少女が本物の幽霊であれば、ピアノのフタをあけて鍵盤にさわることはできなかっただろう。

 なんのまえぶれもなくピアノの演奏がはじまる。たたきつける豪雨のような早弾きだ。
 まったく聞いたことのない曲だが、俺の頭には逃亡劇のイメージが浮ぶ。なにか、おそろしいものから逃げる疾走感――足をはやらせる緊張と焦り、それを追うものの気配。
 むかし軍隊にいた音楽マニアの男が「音楽にはストーリーがある」と言っていた。
 第一小節が問いかけであるのに対し、第二小節はその問いに対する答えとなるよう音符をならべるのだと。
 さすがに店内の客たちも少女の演奏を気にしはじめた。彼女の近くにいる客たちから会話が消え、その静寂は徐々に広がり、しばらくしてピアノの音だけが店内を支配した。
 ──芸術的な音楽は、ひとを沈黙させる。
 音楽マニアの男は、そうとも言っていた。

 やがて、少女の演奏が終了した。店内の客たちから、ぱらぱらと拍手が上がる。
 そして、カウンターのイスにすわっていた老婦人が席を立ち、少女の背後へまわる。店内の注目を一身に集め、彼女は声を上げた。
「みなさま、むすめのピアノはいかがでしたか? もし、みなさまからリクエストがございましたら、クラシック、ジャズ、ロック、カントリー、どのような曲でもけっこうでございます。このむすめが、お客さまの希望する曲を演奏いたしましょう」
 ピアノの演奏に静寂した店内が、ざわつきを取り戻す。だが、老婦人の言葉に反応する声はなかった。店内はもとの状態へ戻り、若い客たちのさわがしさが息を吹き返す。
 ──あのふたり、何者だ?
 俺はバーテンにべつの酒を注文しながら、その質問をぶつけてみる。意外なほど、答えはあっさりと返ってきた。
「彼女たちですか? オーナーがやとったひとたちみたいですよ。一ヶ月に三回ぐらい不定期に来てピアノを弾くんですよ」
 ──なるほど、バーテンが気にしなかったのは顔見知りだからか。
「あいつらの名まえは知らないのか?」
「すいません、そこまでは」
「そうか……」
 ため息のように言葉を吐くと俺はバーテンから酒を受け取り、グラスに口をつける。
 まだ断定はできないが、俺が探している相手は彼女たちのどちらかだろう。
 手もちのすくない情報でわかっているのは相手の名まえと、それが若い女であること。そして、この街のピアノが置かれた酒場にあらわれ、そのピアノに近づく人間を探せと言われたのだ。
 若い女という条件なら、少女のほうに特定できる。だが、あの老婦人も見た目どおりの年齢とはかぎらない。今どき外見など、いくらでも取りつくろえる。
 ──さて、どちらだ。

      *

『リクエスト』
 ――声をかけて、たしかめるか。
 さほど悩まずに、俺はそう決めた。慎重さよりも時間が優先だ。この店を探すだけで、ずいぶん時間をついやしている。バーテンが言うように彼女たちが不定期にあらわれるとしたら、今たしかめなければ次がいつになるかわからない。それに、こちらは本物を確認するためのキーワードも入手している。
 そう考え、イスから腰を浮かせたとき、俺よりも先に老婦人へ近づく人間がいた。
 金色の髪をした若い男だ。流行らしいスーツをルーズに着くずしている。青年というより、まだガキだろう。遠目にも感じが悪そうで、頭もそれなりに悪そうだ。
 どうやら金髪のガキは、冷やかし半分にピアノをリクエストしているらしい。会話のすべては聞き取れないが、言葉の断片で判断する。目と耳のよさは常人より上なのだが、まわりの音もあるし、すこし距離もある。
 ふいに、老婦人のよくとおる声が聞こえた。
「一曲につき、百万でございます」
 俺は浮かせた腰をイスへ戻し、わずかに苦笑を浮かべる。彼女なりの冗談だろうか。いかにも年寄りの好きな言いまわしだ。十や百で買えるものにふざけた単位をつける。
 金髪のガキはズボンからサイフを取り出すと彼女にコインを渡したらしい。老婦人のよくとおる声が、ふたたび聞こえた。
「お客さま、これではあと九十九万と九千九百ほどたりません」
 老婦人の近くにいる客から、低く失笑の声がもれる。カウンターに顔を向ければ、目を合わせたバーテンが苦笑の表情を見せた。
 おそらく老婦人は、あのような冗談をいつも口にしているのだろう。だが、彼女が相手をする金髪のガキは、俺の予想よりもはるかに頭の悪いガキだった。

 金髪のガキがスーツから手を取り出すと、そこに照明を反射する銀色の光が見えた。
 俺は眉間に力を集め、目をこらす。
 ――ちっ、ナイフか。
 ナイフを取り出すと同時に「ざけんな、クソばばあ!」と叫ぶガキの声が聞こえた。
 ――クソはおまえだ、クソガキ。
 俺は心のうちで吐き捨てる。酒の酔いで興奮が増しているのかもしれないが、あれぐらいで短気をおこして武器を取り出すなど、馬鹿としか言いようがない。
 とは言え、あれをとめに行って老婦人に話を切り出すには好都合かもしれない。俺としても、あのクソガキを殴りたいところだ。
 ――いや、ちょっと待て。
 と腰を浮かせかけて考えなおす。
 もし、あの老婦人が俺の探している人間なら、あれぐらいのトラブルは難なく片づけるはずだ。じっさい彼女は、ナイフを取り出した金髪のガキに動揺する気配がない。
 そして、老婦人がわずかに動いた。
 ほんのわずか、片手にもつステッキをくるりと回転させ、すばやく振るだけの動き。
 金髪のガキが短く声を上げよろめくように体を引いた。ナイフを突き出した手をステッキで打たれ、手からナイフが落ちる。
 かたいフロアの上で逃げるように跳ねるナイフを、老婦人のステッキが押さえた。そして、彼女は片手を垂直にもち上げ、ステッキの先端をナイフの刃に突き立てる。
 金属の悲鳴が聞こえた――瞬間、ナイフの刃が音を立てくだけ散る。
 折れたのではない、くだけたのだ。老婦人がステッキを引き上げたあとには、フロアへ散らばる銀色の破片が見えた。
 そして、彼女はうやうやしく一礼する。
「もうしわけございません、お客さま。そそうをしたおわびに、ひとつピアノの曲をサービスいたしましょう」
 老婦人の声に、ふたたび少女は演奏をはじめる。さっきとおなじくテンポの早い曲だが追いつめるような緊張感はなく、短く切れる軽快な音と、おなじ和音のパターンをくり返すノリのよいジャズ。

 ――どうやら決まりだな。
 今度こそ、俺は確信をもって腰を上げる。
 俺の探していたのは、あの老婦人でまちがいなさそうだ。若い女という情報は彼女が化けているのか、あるいは情報が古いのか。
 ──それにしても仕込み銃とはレトロな。
 老婦人がナイフを破壊したときだ。ステッキで壊したように見えたが、俺の耳には弾丸の飛び出す銃声がわずかに聞こえた。推測だが、ステッキの先端にサイレンサーつきの銃口を仕込んでいるのだろう。
 時代錯誤なステッキ銃に苦笑しながらカウンターをはなれようとしたとき、またしても俺より先に老婦人へ近づく人間がいた。
 今後は複数、若い男が四人──いや、立ちなおった金髪のガキをふくめて五人。
 おそらく仲間のガキどもだろうが、五人というのは、すこし面倒だ。いくら相手が素人とは言え、あの老婦人でも目立たずに片づけられる人数とは思えない。
 ふと、カウンターに視線を向ければ、さすがにバーテンもやばいと思ったのか、うろたえた表情を顔に浮かべていた。
「おい、警備の人間はいないのか?」
 とバーテンにたずねる。
「ええ、今は外の入り口にいますが……」
「じゃあ呼んでおいてくれ。あれぐらい俺ひとりで片づくと思うが、いちおうな」
 ガキどもに取りかこまれる老婦人に視線を向け、俺はバーテンに意図をつたえる。
「お客さん、大丈夫ですか? あの、もしかして警察の方とか……」
 と歩き出す俺を、バーテンは遠慮がちに呼びとめる。その推測はあたらずとも遠からずだが、俺はそんな大層なご身分じゃない。
「……まあ、今は飲み屋の客だな」
 軽口でごかまし、俺は移動する。どうにも荒事になりそうな予感がした。

      *

 客席と客たちのあいだをすりぬけ、俺はピアノが置かれた壁ぎわにいそぐ。さいわい、さわぎが広がる様子はない。近くの客は見て見ぬ振りだろうが、へたに手を出されて事態が悪化するよりはいい。
 ガキどもの怒声にまじり、ピアノの音が聞こえる。ではまだ、あの少女が演奏しているのだ。それだけ余裕があるということか。少女の正体については今のところ予測もつかないが、あの状況でピアノを弾けるところを見ると、やはりただものではないだろう。
 そして、俺はピアノのまえに到着する。
 手まえにガキどもがふたり、こちらに背中を向けて壁のように立っている。その体と体のあいだから予想外の事態が見えた。あの老婦人がフロアへうつぶせに倒れ、身動きひとつしていないのだ。
 ――おいおい、ホントかよ……。
 カウンターからここへ移動するまでのあいだ、俺は老婦人とガキどものやり取りを見ていない。だが、ものの数分だ。そのわずかな時間で、彼女はガキどもにやられたのだろうか。すくなくとも、ガキどものなかに腕の立つ人間がいるようには見えなかったが。
 ──しくじったか……。
 そう思いながら、俺は手まえに立つガキのひとりに声をかける。
「おい、おまえ」
 とガキの肩に左手を置き、こちらへ振り向きざまに、かためた右こぶしでブンなぐる。
 顔面にひとつ、腹にひとつ。単調な作業のように、こぶしで体の急所を撃ちぬく。
 ガキは口もとから透明なよだれをたらし、フロアへ倒れた。両手で腹を押さえ、苦しそうにもだえている。最後にこぶしをたたき込んだのはみぞおちだ。しばらくは痛みと苦しさで、ものを考えることもできないだろう。
 さらに、もうひとり。
「あんだよ、オッサン」
 と俺にくってかかるガキの顔に広げた左手を振り上げ、顔面をわしづかみにする。
「クソガキが調子にのるんじゃないよ」
 言いながら、俺は左手に力を込める。指先が顔の皮へくい込み、ガキの口から痛みに対しての悲鳴と抗議の声が上る。
 のこるガキどもは三人。フロアへ倒れた老婦人を片足で踏みつけたふたりと、ピアノを演奏する少女の肩に手をかけた金髪のガキ。
 この状況でも、まだ少女はピアノを弾いている。まるでなにも見えず、なにも聞こえないというように、耳もとでおどされようが、肩をゆらされようが、少女は正確にピアノを弾きつづけていた。
 金髪のガキは少女の異常さにいらだちを感じているようだったが、今ガキどもの注目は俺のほうに向けられていた。
「面倒だ、三人まとめて来いよ」
 俺は左手のガキを放り出すと、片手のひと指し指をちょいちょい曲げ、挑発する。
 だが、ガキどもは動かない。俺のことを警戒しているのか。それとも仲間のだれかが先に動くのを期待しているのか。
 ――動かないなら、こちらが動くだけだ。
 あるいは、このまま話し合いにもち込む方法も考えたが、自分に利益のない相手との交渉は時間を無駄にするだけだ。頭の悪いクソガキなど、問答無用でブンなぐるほうが手間もかからずにすむ。

 そして、それを実行しようと俺がこぶしをかためたとき、少女のピアノがやんだ。今度はだれからの拍手もなく、少女は演奏者用のイスをしずかに立ち、こちらを振り向く。
 俺は隙ができるのもかまわず、少女に視線を向け、その姿を観察した。
 少女の顔は無表情だ。目にも口にも動きがない。こぶりのクチビルに、まつ毛のながい目。パーツのかたちがよいだけに、動かないそれは作りものを見るようだった。
 ふと、少女の顔が下を向く。
 俺はその視線を追う。彼女につられたのは俺だけではなく、三人のガキも視線の先を追うのが見えた。この場にいる全員へ影響するような、無言の少女には異様とも言える雰囲気があった。
 視線の先には、フロアの上で体をおこす老婦人の姿があった。どうやら倒れていただけで、意識に別状はないらしい。上半身を両手でささえて起こし、フロアをはうようにして少女の足もとへ前進する。
 老婦人に視線を落とした少女は両ヒザを曲げ、手足をフロアにつけ、犬のように四つんばいの格好で顔をまえに突き出す。
 老婦人は救いをもとめるように、ふらふらと片手をのばし無表情な少女の顔にふれる。
 そして、少女と老婦人は顔を近づけ、おもむろにクチビルとクチビルをかさねた。

 そのあいだ、俺とガキどもは動くことができなかった。まるで不健全なナイトショーへ魅せられたように、俺たちはフロアの上でかわされる少女と老婦人の不可解なキスシーンを、ただ呆然とながめていた。
 そう、不可解だ。俺には彼女たちの行為が意味することを理解できなかった。
 ――人工呼吸ってわけじゃないよな。
 おそらく治療とか人命救助とか、そんな常識的なものではない。もっと異質な行為、たとえば秘密めいた儀式のようなもの。
 しばしの口づけを終え、少女が老婦人から顔をはなした。そして、老婦人の体をまえから抱くように両腕をまわして立ち上がる。
 老婦人は少女に体をあずけながらステッキをつき、よたよたとカウンターのイスまでたどりつくと、くずれるように腰をおろした。
 老婦人が動きをとめ、少女が振り返る。
 こちらに向けられた少女の顔は、さきほどの無表情とは別人の顔つきになっていた。

      *

 少女の顔に浮かぶのは笑みだ。両目を大きく見ひらき、口もとを左右に広げる。きれいにならぶエナメル質の白い歯を見せつけるように、少女が口をひらいた。
「アタシがピアノで夢中なときに、よくもひとの入れものに乱暴してくれたじゃない」
 見れば少女は老婦人のステッキを手にしていた。それを片手で剣のようにかまえ、ガキどもに好戦的な笑みを向ける。
 そして、少女が動いた。ただ動いたのではなく、それは肉食のケモノが狩ることを前提にエサへ飛びかかるときの初動だった。
 ガキのひとり──老婦人を踏みつけていた片われ──のまえで、少女のドレスが強風へさらされたようにめくれ上がる。ガキは少女の動きに反応したが手おくれだ。すそのながいドレスを苦にすることなく、少女は片足を高く振り上げ、ガキの即頭部を蹴りぬく。
 見ているだけで目がさめるようなハイキックだ。この俺でさえ、足のかたちをとらえることができたのは、蹴り足が頭にあたり動きをとめたときだけだった。
 一撃でガキの体がフロアへ倒れる。それでも、まだ少女の動きはとまらない。蹴りのいきおいがのこる足を軸にして曲芸のように体をひねり、となりにいたガキの腹に遠心力をくわえた左足をたたき込む。
 さらに、少女は蹴りを入れたガキが倒れるのを確認する間もなくフロアを飛んだ。そして、背中を向けて逃げ出す金髪のガキへおどりかかり、左腕をのばして首の根もとを背後からつかみ、ガキの体を引き戻す。
 ここまでが、すべて連続した動作。カウンターのまえから動きはじめた少女の足は、一度もとまることがなかった。あれは最初の一歩を踏み出した時点で、一撃、二撃、三撃と最後の攻撃まで想定した動きだ。格闘技の型においては基本だが、少女の動きは型どおりのものではなく、どこか本能的な動きのままに暴力性を解放したような攻撃だった。
 ――こいつはホンモノだな。
 今度こそまちがいなく、俺が探していたのは老婦人ではなく少女のほうだと確信する。あの身のこなしはこちらの予想以上だったが、わざわざ依頼人が俺みたいなやつに大金を出してまで彼女を探そうとしたことにも納得できる。
 だが、俺は少女への確信とはべつに不安を感じた──少女が俺の要求を拒否したさい、腕ずくで連れて行くことができるだろうか? 
 できれば、まともにやり合うのはさけたところだが、仕事である以上は放棄するわけにもいかない。それに、あのまま少女をとめなければ金髪のガキが殺されそうだ。

 ガキの両足がフロアから浮いていた。少女は首をつかむ片手だけで、ガキの体をもち上げている。結果、首をしめる力に自分の体重がくわえられ、わずかに見えるガキの顔は青ざめ、血の気がうせていた。
 それでも、少女は手をゆるめない。口もとに笑みを浮かべ、相手の命をうばいかねないリスクさえ楽しむ雰囲気があった。
「そのへんでやめとけよ、お嬢さん」
 まえに出て声をかける俺に、少女は手にしたステッキの先端──つまりは銃口──をこちらに向けて振り向く。
「だれよ、オジサン。さっきからひとのことじろじろと見て」
「そんなに警戒するなよ。俺はキミの敵じゃない。状況を見ればわかるだろ?」
 俺は両腕を広げ、少女につたえる。こちらに敵意はないというジェスチャーだ。
「状況なんて見てないわ。アタシはピアノに夢中だったもの」
「まあ、俺はキミの客さ。ひとつ、ピアノをリクエストしたくてね」
 言いながら、俺は上着のポケットに片手を入れ、ぶあつい札束を取り出す。
「きっかり百万だ。こいつでキミにリクエストしたい。どうだ、わかるよな?」
「……そう、曲のタイトルは?」
「『生きながらブルースに葬られて』」
 この曲のタイトルが、彼女に仕事を依頼するさいのキーワードだった。
 少女の表情が真顔に変化する。理解したということは、やはり彼女は本物なのか。
 少女は金髪のガキをはなし、俺に近づく。
 俺は動けるガキどもへ「連れてさがれ」と追い払うように手を振り、意図をつたえる。
 少女が俺のまえで足をとめる。
 そして、札束を受け取ろうと少女が片腕をさし出した隙に、俺はその手首をつかみ、彼女の名を口にする。
「ジャニス・ブラインだな?」
 瞬間、少女のドレスがゆれた。目がそれを確認すると同時に、電撃のような緊張が反射的に俺の体をかけ上がる。
 ――右か、クソッタレ!
 俺はとっさに少女の手首をはなし、その腕を顔のわきで盾にして彼女の蹴りをふせぐ。
 ずんっと、砲弾をうけたような衝撃が腕から体を突きぬけ、俺はそれを両足で踏みこらえた。まさに、ぎりぎりのタイミングだ。ガキどもがやられるところを見ていなければ頭をブチぬかれていたかもしれない。

 蹴りのあとにつづく攻撃がなかったのは、さいわいだった。蹴りがふせがれることを想定していなかったのか、あるいは本気の攻撃ではなかったのか。
「ホントに話を聞かないお嬢さんだな。何度も言うようだが、俺はキミの敵じゃない」
 俺は蹴られた腕を振りながら顔をしかめ、腕の動きに支障がないのをたしかめる。
「オジサン、なにもの? ただの客じゃないでしょ。アタシのことをどこで知ったの?」
 だが、彼女は警戒をとく気配を見せず、真顔のままステッキをもち上げ、その先端を俺の胸に突きつける。
「俺はキミを探してくれと個人的に依頼されただけださ。フリーの探し屋なんでね」
 やんわりと答えながら、俺はステッキの先端を片手でつかみ、体の横へはずす。
「ふだんは古い機械のパーツだの古い本だのを探しているチンケな仕事さ。組織に属するのは表でも裏でも苦手なんだ」
「……だれに頼まれたの」
 彼女はステッキをもつ手に力を込め、俺のまえに動かそうとする。だが、俺もまたそれを押し返すだけの力を腕に込める。
「依頼した人間はハーレムの関係者だと言っていた。キミがジャニス・ブラインなら、それで理解できるだろ? 俺はそいつからキミの話を聞いて探せと言われただけで、それ以上のことは知らない。依頼人のことを知りたければ、俺と一緒に来ればいい」
「もし、アタシが誘いをことわったら、腕ずくで連れて行くつもり?」
「そうしたければ、すればいい。抵抗すれば押さえるし、逃げれば追いかける。ただ、無理に連れて行くつもりはない。それは誘拐屋のやり方で、探し屋のやり方じゃない。俺はキミが納得するまでつき合うだけさ」
 しばし、俺は彼女と無言で視線をかわす。
 緊張をといた表情で見つめる俺に、やがて彼女の口もとにもわずかな笑みが浮かび、ステッキを押す手から力がぬけた。
「オーケイ、追いかけられるのも面倒くさいし、仕方ないから一緒に行ってあげるわ。そのかわり、オジサンが最後までアタシを案内してくれるならだけど」
「ああ、もちろん。そいつは、探し屋の名にかけてうけ合うさ」
 俺も手から力をぬき、ステッキをはなす。
 そして、彼女は俺から受け取った札束をドレスのポケットへ無造作に入れると、手にしたステッキをカウンターの席にすわる老婦人の横へ置き、ピアノに向かった。

      *

 やれやれ──とひと息。
 さわぎがおさまったところで、まわりの客たちからも緊張のとける空気が伝わる。いつのまにか、客たちの声が消えていた。おおげさにするつもりはなかったのだが、さすがに注目を集めていたらしい。
 もともとの原因を作ったガキどもの姿を探せば、警備の人間らしい黒服の男たちに連れて行かれるところが見えた。
 とりあえず、一件落着だろう。俺はカウンターのイスへ向かい、老婦人のとなりに空席をひとつあけてすわる。ピアノのまえでもイスにすわる少女が演奏をはじまっていた。
 聞こえてきたのは、単調な曲だ。音は明るいが、どこかもの憂げなひずみのあるブルース。ピアノだけではものたりない曲だが、彼女が先ほど弾いた機械のように正確な演奏にくらべれば、なんとなく人間味があった。
 これが『生きながらブルースに葬られて』という曲なのだろうか? キーワードとして教えられただけで、じっさいの曲については知らないのだ。むかし知り合いにいた音楽マニアの男なら知っていたかもしれない。
 そんなことを考えながら、ふとカウンターの内側に近づく人間を見れば、男のバーテンだった。俺は彼に目を合わせ、頭をさげる。
「悪かったな、店をさわがせて」
「いえ、こちらこそすいませんでした」
 バーテンはそう言って頭をさげると、俺のとなりに視線を移した。
「あの、そちらの方は大丈夫ですか?」
 彼がたずねたのは、老婦人のことだ。彼女は微動だにせずイスにすわっていたが、バーテンが声をかけると表情のない顔を動かし、うなずくように頭をさげた。
「彼女のことは心配ない。ちょっと気分が悪いだけで、どこも怪我はないそうだ」
 と無言の老婦人にかわり、俺が答える。
「そうですか。では、なにか飲みものでもおもちしましょうか。サービスしますよ」
「……じゃあ、マンハッタンをひとつ」
 注文を聞いたバーテンが遠ざかると、俺は老婦人の首すじにこっそりと手をのばした。
 彼女はちらりと俺に顔を向けたが、やはり無言だった。指先が首の横にふれると、俺はすぐに手を戻す。確認したのは脈拍だ。べつに彼女の健康状態をチェックしたわけではない。そもそも老婦人の首からは、脈拍そのものが感じられなかった。
 それに、さきほど少女の手首をつかんだときにも確認したのだが、やはり彼女も脈拍がなかった。では話に聞かされたとおり、彼女たちは生きた人間ではないのだ。

 この世界へ無数にながれる噂のひとつだ。
 ある星に、ハーレムとよばれた区域があった。そこはアミューズメント化された売春街だ。地球史に起源を見れば、ハーレムとは王族が自分の欲望をみたすために、あらゆる美女を集めた施設とある。宗教的には「禁じられた場所」という意味のことばらしい。
 売春街のハーレムは、それを模倣したのだろう。繁栄した都市と都市の影であるスラムの中間という立地にあって、ハーレムはかなりの盛況をきわめたらしい。
 しかも、そこで客の相手をしたのはただの女性ではなく、人間の娼婦以上の快楽をあたえるために作り出された人工的な機械人――アプサラスとよばれた人造の美女たち。
 だが、それは数十年以上もまえの話だ。
 今はハーレムもアプサラスも存在しない。
 破壊されたのだ。ハーレムに依存して利益を上げた組織と、ハーレムに利益をうばわれた組織。それと、ハーレムの自治権をもとめたアプサラスたちが三つ巴の抗争をくり広げた結果、ハーレムは壊滅し、アプサラスたちはのこらず処分された――とここまでは史実として記録にのこされた話。
 噂によれば、処分をのがれたアプサラスがいたらしい。それだけでなく、彼女はハーレムを壊滅させた組織とひとりで戦い、全滅させたという話になっている。
 彼女の名はジャニス・ブライン――暗闇のジャニスだ。ときには体を売り、ときには殺しをうけおい、今もまだ裏社会に存在しつづけると噂される機械人の女。
 ハーレムの関係者を名のる人間から依頼をうけたとき、いつもなら怪しい依頼だとことわるところだったが、依頼人からその話を聞くうちに俺も個人的な興味がわいたのだ。

 演奏を終えた少女がピアノから引き上げて来る。俺は体を彼女に向け、声をかけた。
「どうして、キミはピアノを弾くんだ?」
 ささやかな賞賛の拍手を送りながら、俺は彼女に率直な疑問をなげる。
 もうアプサラスの娼婦ではない彼女が、客を相手に芸を売る必要はない。彼女がジャニス・ブライン本人なら、自分がひとまえで目立つべきではないことぐらい理解できたはずだ──まあ、そこには少女がジャニス・ブラインの知名度を利用したニセモノかもしれないという可能性もあったのだが、俺は彼女がホンモノだと確信していた。
「それは、アタシがピアノを弾くように作られたからよ。体がピアノを弾きたがるの。いくら頭で楽譜をおぼえていても、それを使わなきゃ忘れているのとおなじだもの」
 なるほど、と俺は彼女の答えに納得する。
 ようするに彼女は機械人としてプログラムされた本能にさからえないのだ。きっと彼女はハーレムでもピアノを弾き、ときには歌なども唄っていたのだろう。それは彼女の本能的な欲求というより、俺にはただ過去にしばられているだけのような気がした。
「……機械人らしい理屈だな」
 と俺がバーテンの置いていったグラスに手をのばしたとき、彼女はすばやく移動し、気づけばその体がすぐ目のまえにあった。
 そして、おどろくヒマもなく彼女は片手をのばし、俺の首を正面からつかむ。
「たいしたもんだな、お嬢さん。汎用の個体で、まだそれだけの動きができたのか」
「設計理念と製作工程のちがいよ。自分を基準に考えないでほしいわね、オジサン」
 と彼女は皮肉めいた笑みを浮かべる。
「やっぱり、キミはホンモノだな」
 と俺もまた、笑みを浮かべる。彼女は俺の首をしめる手に力を込めたが、それが本気でないことはわかっていた。
 こちらの首にふれたことで、彼女も俺の正体を理解しただろう。あるいは、もっと早くに気づいていたかもしれないが、どうせ彼女には話すつもりだったし、べつに秘密のままにしておくつもりはなかった。
「アプサラスはハンドメイドの個別生産タイプだったらしいな。もったいない技術だ」
「オジサンは工場で大量生産かしら?」
「ああ、フルオートの軍事工場うまれさ」
 俺は首をしめられながら、平然と話す。
 もとより俺には呼吸が必要ないのだから苦しくもないし、会話にも支障がない。それに首をしめられて苦しいという感覚も俺にはわからないので、その演技もできない。
 つまりは、俺も彼女と同族なのだ。作りと系統に格差はあるが、そもそも機械人とは俺のいた星で使われていた呼称だ。それは、かつて俺が呼ばれていた名まえでもある。

 もともと俺は軍事工場でうまれ、兵隊ではなく兵器として軍に参加していた。索敵と情報収集を目的に作られた機械人だった。正確な対人データを取るために人間とおなじように作られ、ふつうの人間なら気が狂いそうな環境で何日もデータを取りつづけた。
 だが、あるとき俺は軍から脱走した。俺の所属する軍が負けたのだ。派手な惑星間戦争ではなく、ただの内戦だ。国家つきの軍が内戦で負けたということは、革命がおきたということだ。俺のいた星は名まえを改め、今は俺のいた軍も解体されている。
「オジサンは、どうしてお酒を飲むの?」
 俺と老婦人のあいだにすわった彼女が、グラスをかたむけた俺を見てたずねた。
「べつに、これがふつうだろう。酒場に来て酒を飲まないやつは人間じゃない」
「つまりオジサンは、人間のマネをしてるわけね。お酒の味もわからないくせに」
 たしかに機械人の俺は味覚を感じることができない。だが、酒を飲めば量は減るし、金も減る。それで酒場は人間の客として俺を認めてくれるのだから、金はその参加費だ。
「……おおいなる無駄づかいだわ」
 俺のことばに、彼女は納得できないとつぶやいた。だが、人間なんてそんなものだ。
 酒好き、ギャンブル好き、女好き、音楽好き。俺は軍にいて、そうした人間たちを見てきた。命の代価として手にいれた金さえ、彼らはそんなことに浪費するのだ。
 ──なあ、いいか。マンハッタンと言やあマティーニとならぶ世界三大カクテルのひとつでな。そりゃもうカクテルの女王と呼ばれるもんで……。
 などと、俺みたいな機械人にカクテルの講釈をする酒好きの男もいた。そうした記憶は俺が機械人であることを捨て、この社会で人間として生きるにはだいじなものだった。
 戦場で死んだ彼らのかわりに酒を飲み、ギャンブルをすることが、俺の生きる目的のようなものだ。金と時間に余裕があれば、俺も人間たちにまじってギャンブルをやる。それぐらいしか仕事でかせいだ金の使い道がないのだが、それを彼女に言ったら、また「無駄だわ」と返されそうだ。
「じゃあ、アタシそろそろ行くわ」
 そう言うと、彼女はとなりの老婦人に顔を近づけ、クチビルをかさねた。やがて彼女の顔から表情が消え、老婦人の目に力が戻る。
「なあ、それはどういう原理なんだ? それでひとの目をごまかしてきたわけか?」
 と俺は彼女にたずねたが、少女も老婦人も答えず、無言で席を立つだけだった。

 これはあとで知った話だが、彼女の本体である少女の体は、記憶回路の一部が破損していたのだ。そのせいで一定量のデータしか記憶できなくなっていたらしい。
 彼女の記憶回路は古いデータを優先的に保存し、容量がなくなれば新しいデータから消えていくシステム。だが、回路の破損した彼女のシステムは容量がちいさく、わずかな時間で新しいデータを記憶できなくなり、おぼえたはしから記憶が消えていくのだ。
 だから、彼女は古いデータを保護した状態でシステムをブロックし、ふだんは新しいデータを記憶しない。ようは初期データだけで活動する大昔のロボットみたいなものだ。
 そして、必要なときは経験体である老婦人から前後のデータをもらい、そのとき本体の少女が経験したデータを、また老婦人のほうに戻すのだと言う。
 かつては老婦人も、少女とおなじアプサラスだったらしい。完全に破壊されていた彼女をジャニスが修復したのだ。
 彼女たちの口づけはデータを移すための行為だと思うが、詳細な感覚は本人たちにしかわからないだろう。おなじ機械人である俺にも、なんとなくしか理解できなかった。
 ただ、新しい記憶をふやすことができない彼女が俺のように人間として生きることは不可能だということは理解できた。彼女は機械としてしか生きられないのだ。過去のデータだけをもちつづけ、それをくり返す。ときおりピアノを弾きたくなるというように。

「では、まいりましょうか」
 そう言って俺の先を歩きだしたのは老婦人だった。彼女は片手でステッキをつき、片手でロボットのような少女の手を引いていた。
 俺はカウンターに金を置いて支払いをすませ、彼女たちのあとにつづいた。
 そのとき俺は老婦人と少女のうしろ姿を見ながら、なぜ彼女はあんな状態になっても生きつづけようとするのだろうと考えていた。
 それが人間の感じる同情というものかはわからなかったが、ハーレムの関係者を名のる依頼人に彼女を会わせることが、はたして彼女によいことなのかとも考えていた。
 それは俺が探し屋になってから、はじめて経験した迷いだったかもしれない。
「そう言えば、まだアナタの名まえを聞いておりませんでしたね」
 と店の出入り口へ向かいながら、老婦人は俺を振り返り、そうたずねた。
「ああ、そう言えば、まだ名のってなかったか。ドーベル・ノーズ・ツヴェルフだ」
「それは、なかなか立派な名まえですこと」
「軍にいたころの名まえさ。俺だけアンタの本名を知っているのは不公平だからな」
「では、ミスター・ツヴェルフ。この先の案内を、よろしくお願いします」
「そんなご丁寧に呼ばなくても、ディーゼルでいい。今はその名まえを使っている」
 そして、彼女と一緒に出入り口のドアをくぐるころには、俺の迷いは消えていた。
 俺はただの探し屋だ。依頼されたものを探し出し、それを依頼人にとどける宅配人に過ぎなかった。たまたま、その頼まれたものが俺の同族だったから、必要以上に気をよせ過ぎただけなのだ。彼女を依頼人にとどけたあとは俺が心配することではないし、気にすることではなかった。それに、最終的な選択をきめたのは彼女自身の意思だ。
 彼女とわかれれば、俺はまた探し屋ディーゼルとして生きる道に戻るだけだったし、彼女はジャニス・ブラインとして、俺とはべつの道を行くのだ。
 だが、もしも──と俺は出入り口のドアをくぐりぬける瞬間、店の壁ぎわに置かれたピアノに視界に入れながら思った。
 もしも、また彼女とピアノの置かれた酒場で出会うことがあったら、そのときは仕事ではなく、ただ音楽を楽しむために彼女のピアノを聞くことができるだろうか。
 そんなことを思いながら、俺はその店をあとにした。


                                       END

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