◆ 編集後記 ◆

 水池です。今回も超短編の編集を務めさせていただきました。ありがたいことです。
 今回のメンバーも回廊らしくフレッシュな面々となりました。まあ「フレッシュ」というのは良い面のみを表した言葉であって、もちろん悪い面も存在するわけですが、そこは赤井さんの安定した超短編でカバーということでひとつ。
 個人的な感想を述べますと、今回は痛田さんの超短編が目玉ではないかと。特に「AN EAR」のサラリとした書き方、ここに作者の力量と凄みを感じるわけであります。見習いたいものです。
 まだまだ修行の足りない身でありながら好き勝手に編集を行ってしまい執筆者の皆さんにはご迷惑をおかけしたと思います。編集長には「鉄壁の編集」等と言われてしまいましたが、完璧主義の悪い面かもしれません。良い面であれば良いのですが。
 あと自分は仕事が遅い! どうにかしろ自分! 死ね自分!
 というわけで、水池でした。いろいろごめんなさい。

編集班超短編部門長 水池 亘

 ペンギンのいる居酒屋!ペンギンのいるOS!こんにちはキセンです!踝さんのノートPCで書いてます!ところで前号、もう読切の編集はしないと書いたのですが、今回もしました!ごめんなさい嘘つきました!でももうしない!今度こそしない!

(なお、この後記は踝制作班長が上京した時、新宿の某飲食店で「その場で」書かせたものです。(編集注))

編集部員 キセン

 どうも皆さん。『回廊』の制作に参加された方々、お疲れ様。『回廊』の読者として参加していただける方々、ありがとうございます。わたし自身は作者と校正という形の参加で編集の活動は「仕事しました」といえるほどではありませんが。ただ作業の停滞を見て、担当者の方々に声をかけたり担当者と担当者のあいだに入って連絡を取り次いだりは少し口を出した記憶があります。作業がぐずぐすしたり放置されたりしているのを見ると、つい口を出してしまう性分なので。
 作業の停滞は『回廊』内部での組織図が変わりつつある影響かもしれません。これまでは編集長の秋山さんを頂点にしたタワー型の組織でしたが、前号あたりから各班長や各部門長に権限を分散したスパイダーネット型の組織になりつつあります。現在は過渡期で不具合な部分もありますが、組織としては理想的な形ですのでうまく機能するようになればいいなと思います。まあ「思います」じゃなくて自分も動かなければいけないんですけどね。次号はどんな方が関わって、どういう内容になるかはわかりませんが、読者の皆さんに無事お届けできればいいと思いますし、そうできるように頑張ろうと思います。では、さようなら。

編集部員 恵久地健一

 秋山編集長に「編集後記! 編集後記!」と叫ばれた。
 今号のもにょは何かが違う! なんてったって締切どんとこい校正班長ですから。滑って転んで顔をぶつけましたしね。打撲です。目の周りにアザが出来ました。見た目ほど痛くありませんよ。
 ところで、常日頃から疑問に思っていたかどうかは覚えていませんが、編集後記って誰が始めた制度なんでしょうね。よくよく考えてみると不思議ではありませんか。しかも、僕のように読むだけで他に何もしていない場合、一体何を書けばよいのでしょうね。僕もたまには格好いいことを書いてみたいです。あと、座談会にもちゃんと参加したいです。ボンヤリしてたら座談会が終わっていました。しかも、校正中に書いていたメモに、「僕っていつも回廊の座談会に参加しそびれるけど、そういうのはもう認めない! しっかりしろよ、自分。しっかりせな……。」という一文がありました。しっかりしろよ、自分。
 今号も、しっかりしていない校正班長によって校正された原稿満載の回廊ですが、僕以外の回廊メンバはしっかりしていますので、安心してお読み下さい。

校正班長 もにょ

 今回はブログだけでなく、制作やPDFとりまとめ全般を担当させていただいた踝と申します。もうおなじみの顔になってしまいましたでしょうか(苦笑)。
 さて、自慢になってしまうんですけれど、僕が応援したり「これいいかも」と直感すると、その「何か」(人だったり作品だったり)は大成してしまう、というのがあります。ちょうどそんな方々が商業デビューしたりアニメ化したりして、少し危機感を感じているところではありますが(苦笑)。
 何が言いたいか、というと、僕には太鼓持ちしかできないかも知れませんが、僕が太鼓持ちをするような人は間違いなく『本物』ですよ、と糸井重里さんの言葉をお借りしてこの場を締めたいと思います。
 ご精読ありがとうございました。次号もよろしくお願いします。

制作班長 踝 祐吾

 今までは公開日まで回廊の作品を読むことは出来なかったのだが、今回は立場上、事前に掲載される作品をすべて読んでいる。だが、読者には素のままで読んでもらいたいため、ここでは特に触れはしない。今回が初めての回廊参加にも関わらず、宣伝班長という役職を頂いてしまったのだが、未だに私でよいのか心配である。仕事らしい仕事をしたような覚えはない。個人的にはもっと積極的に回廊から読者諸君へ情報を伝えていれば、と反省している。その他にも反省点が見つかるのだが、反省ばかり言っていても編集後記にならないのでこれで止めにする。ただ、最後の最後ぐらいは宣伝班長らしいことをしようと思う。約二ヶ月間、曲がりなりにも宣伝班長として回廊から読者へ情報を発信してきたものとしては、願わくば、回廊の読者諸君、君たちの声が聞きたいものである、と言っておく。

宣伝班長 夏目 陽


 祭りというのは、秋山にとって非日常の象徴である。神輿を担いで意味の分からない掛け声を唱え、前の人が踏んでいるステップを見よう見真似し、ときには隣に立った異性の手を取ったりする。このいずれも日常の中では、発生しえないのではないかと思う。日常において、我々は奇声を発することも踊りだしたりすることもなく、見ず知らずの異性と手をつなぐなんてこともない。ましてや、彼または彼女と恋に落ちてしまうなんてことはありえない。しかし、そのいずれもが祭りの中では発生しうるし、それ以上の何かがおこることだって大いにありうる。数百人数千人の人間が踊ったり歌ったりすれば、雨のひとつやふたつ降ることだってあるだろう。
 論理的でない、よく分からないエネルギーで天候を操るという、ある種の奇跡まで起こしうる祭りが秋山は好きだ。好きだ、というのは語弊があって、大好きだというのが正しい。むしろ恋してる、いや恋焦がれているといってもいいだろう。いやいや、もうそこまでいったら正直に、愛していると告白してもいいかもしれない。祭りを愛している秋山は当然、お祭り騒ぎ的な雑誌である『回廊』も愛しているし、『回廊』を祭りあげるようにそこに集い歌ったり踊ったりしている人たちも愛している。そして言うまでもなく〈祭〉を特集とした第八号はことさら愛しており、その中でも特集作品に至っては熱愛に領域に突入している。
 ところで、第八号から回廊編集部に副編集長という新しい役職が生まれた。初代副編集長となったのは、初期から『回廊』に協力してくれていた六門イサイさん。今後は一身上の都合で秋山が一線から引き、彼女が回廊編集部を引っ張っていってくれるだろうと思う。期待と感謝を。

 さて、かつて交わした約束を果たし、また新たな約束を交わし、そろそろこの地を離れるので、約束の第八号はここでおわかれ。
 次は未明の第九号。いざ切り拓かん。

『回廊』編集長 秋山 真琴 拝

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