『「あのころ」から遠く離れて』

『「あのころ」から遠く離れて――その果てとしての「少女は踊る暗い腹の中踊る」』

著/キセン


「本格推理に持ち込まれたメタフィクションという仕掛けは、文学の遺産としては古いものである。楽屋落ち、自己言及性、本歌取り。どれも文学史をたどれば前例がある。だが、それを一番巧みに臆面もなく使える領域なのだ。」
「新本格は第三ステージを迎えたと言われている。この新ステージを失速させないためには、旧態依然の「人間」がどうのこうのという保守反動に屈してはならず、かといって単に技術不足の結果である張りぼての人形芝居を認めてもならない。」
「浦賀和宏や京極夏彦を間に置くことで、ヤングアダルトとミステリーは容易に接近する。おたく文化の広大な地平に、まだミステリーの橋頭堡は築かれたばかりだが、フロンティアは確実に前進しつつある。」


 最近出かけた先で、河出書房新社の「文藝別冊」が一冊五〇〇円で売られていた。定価一二〇〇円のムックがその価格、というのはありがたかったので棚を漁っていたら、「ミステリー」と名の付いたものがあったので、ろくに中身も見ずに買った。それが「文藝別冊 総特集Jミステリー」だった。「Jミステリー」。おそらくこんな名称を聞くのは最初で最後だろう。少し離れてから発行年月日を見ると、二〇〇〇年三月。このころはまだ「J文学」という単語が通用していたのだろうか。
 その本から引用したのが、冒頭の三つの文章である。順に、小野俊太郎、千街晶之、大森望によるものだ。こう並べると、さすがに六年という月日の長さを感じる。小野俊太郎というひとはよく知らないのだが(上野顕太郎に似てるね)、うしろの二人が今こんなことを書いていたら眼を疑うだろう。何をいまさら、と。
 六年後からこのような文章に突っ込むことはいくらでもできるが、フェアな行為ではないだろう。なにしろまだ舞城王太郎も佐藤友哉も西尾維新もいなかったのだ。でも、ふと、こんなことを考えてしまう。このころは楽しかったのだろうな、と。

「Jミステリー」をいま読んでいて、言及の多さが気にかかる作家がふたりいる。清涼院流水と天童荒太である(天童はこの前年に「永遠の仔」を発表し、話題になっていた)。冒頭に引用した千街晶之の批評も例外ではない。特徴的なのは、そのどちらにも批判的であることだ。
 いわく、新本格の作家たちは戦略的に「人間を描く」ことを否定し、一定の地歩を固めたが、清涼院はそれを皮相的に解釈し、『説明的な張り子細工のキャラクターが横行している』と非難する。一方で「永遠の仔」が高く評価された事実は『暫く旗色が悪かった「人間を描く」側からの逆襲の成功を示す』、『ならば新本格もその流れに呑み込まれるしかないのか』と嘆く。だがしかし、と千街は殊能将之の「ハサミ男」の名を挙げ、称揚したのち、引用した文章に至るのである。
 感慨深くなる文章だ、と書いてしまいたくなる(※)。
 殊能はその後、「ハサミ男」で見せた小説巧者ぶりを発揮しつつも、ことによっては「内向き」と捉えかねられない作品を発表している。天童荒太は読んでいないので知らないが、評判を見るぶんには「人間を描」き続けているようだ。そして清涼院流水。
 どこかで読んだのか、あるいは聞いたのか思い出せないが、面白い話がある。「Jミステリー」でも大森望や末國善己が言及してるように、このころは同人誌即売会における「JDCもの」の数が非常に多かった。しかし、このムックの発行の半年前になるのだが、「カーニバル」が完結してからというもの、その数は激減したという。ありていにいえば、ついていけなくなったのだろう。
 そして、「Jミステリー」発行の一月後に「トップラン」の刊行が開始され、いま、多くの場合清涼院の名は苦笑とともに語られる。いや、以前からそうだったのかもしれない。しかし「Jミステリー」のコラムでは少なくとも冷静に考察しようという意図は見られるし、「コズミック」発表後の熱気を伝える大森望の文章を読んだりすると考え込んでしまう。いま、ここまで真剣に清涼院を論じようとする人間はいるだろうか。清涼院は自著のあとがきでいつまでたっても「コズミック」や「ジョーカー」で自己が論じられることに不満を漏らしていたが、単に、それ以後の作品にそれらのようなインパクトがないだけの話ではないのか。

「Jミステリー」発行の翌年、舞城王太郎と佐藤友哉がデビューした。さらに次の年、西尾維新がデビューする。
 それらは、ミステリの枠組みで評価されていた。まだ。

 個人的な話をすれば僕がミステリを読んでいると自覚してミステリを読み始めたのは二〇〇二年、西尾がデビューした年だった。いま思えばとんでもない年だった気がする。講談社ノベルスが二十周年を迎え、「密室本」という企画がスタートする。メフィスト賞受賞作家の長編を一冊袋とじにするというもので、五冊集めて応募券を送ると、メフィスト巻末座談会をまとめた本がもらえるというおまけつきだった。さらに新本格誕生十五周年とも謳われ、原書房から「本格ミステリ・クロニクル300」が刊行された。
 二月に西尾が「クビキリサイクル」でデビュー。清涼院の推薦文のことを憶えているひとももはや少ないのかもしれない。三月には北山猛邦がデビュー、四月には現在においても舞城の最高傑作とされることもある「世界は密室でできている。」が刊行――と、メフィスト賞をとりまく状況はかつてないほど活性化されていたといっても過言ではあるまい。もっとも、今思えば、このころにはすでに看過できない乖離が始まっていたのではないか――という気がする。つまりは、僕らが佐藤友哉や舞城王太郎の作品に見ていたものと、「ミステリ」というジャンル、「新本格」という概念との。
 八月、佐藤友哉「クリスマス・テロル」と西尾維新「クビツリハイスクール」が同時に発表される。僕の感覚でいえばこのときに乖離が決定的になったのだと思う。あまりにも有名な「新本格の」作品のトリックを恥ずかしげもなく流用し、物語の外(たとえ物語すべてが暗喩であったとしても)で読者に衝撃を与えようとした「クリスマス・テロル」。ミステリ要素を背景に追いやり、それまでの作品にも存在してこそいたが、表面に出ることはなかったアクション要素を前面に押し出した「クビツリハイスクール」。
 清涼院流水は、たとえ「言葉遊びに過ぎな」くとも古典に言及し、たとえどれほど破壊的に見えてもミステリの範囲でインパクトを与えることに腐心していた。ちりばめられた荒唐無稽な設定は設定でしかなく、謎と解決の長大な狭間で消費されていった。だが西尾維新の段階で「設定」は読者の興味を引く第一の要素となった。それはもはやミステリと呼べるものではない。
「クリスマス・テロル」を読んだ日のことは今でも良く憶えている。そして次の日に「新現実 Vol.1」と「動物化するポストモダン」を買いに走ったあまりも恥ずかしい読者であった僕は、すでに「クリスマス・テロル」のトリックなどどうでもよくなっていた。ただそこに当時の僕が抱えていたものを重ねたにすぎない。もちろん、それは小説の消費として間違ったものではない(恥ずかしさは別にして)。だがミステリの消費としては。
 そして十月に、舞城王太郎「熊の場所」が刊行される。「群像」に発表された短篇をまとめたものだ。当然、群像への作品発表はそれ以前から行われていたわけだが、このタイミングで書籍としてまとめられたことの意味は大きいだろう。まだエンタテイメント作家が文芸誌に作品を発表されることが珍しかったころだ。僕は「群像」に自分が読んでいる「ミステリ作家」が作品を発表することに力強さを感じていたが、それは間違いだ。乱暴な云い方をしてしまえば、「ミステリ」を書いていない「ミステリ作家」は「ミステリ作家」ではない。舞城と佐藤はその後ミステリ作品を発表していない(と、あえて云い切る。「九十九十九」をミステリと云うひとはいないだろう、「鏡姉妹の飛ぶ教室」もしかり)し、西尾も「きみとぼくの壊れた世界」を除いて、「ミステリ」と呼ばれうる作品を書いているかは疑問だ(僕自身は「ヒトクイマジカル」以降の作品を読んでないので、他人の感想に依拠した無責任な云い方になってしまうが)。
 浦賀和宏や北山猛邦、あるいは乙一などの名前をあげれば、事態は違ってくる。しかし、あえて上記の三人にしぼれば、かつて「ミステリ作家」と呼ばれえた彼らのなかに、「ミステリ作家」はいなくなった。

 一方、四月にはメフィスト賞に影響され創設された光文社「KAPPA-ONE登龍門」から本格ミステリの若手として活躍する石持浅海、東川篤哉などがデビューし、二〇〇二年から二〇〇三年にかけて、原書房「ミステリー・リーグ」、文藝春秋「本格ミステリ・マスターズ」、講談社「ミステリーランド」など中堅からベテランのミステリ作家を対象にした叢書が刊行され、質の高い作品を世に送り出していった。

 佐藤や西尾などの作品を、二階堂黎人が「キミとボク派」と名付け批判した際に、青春小説的雰囲気を内包した新本格の作品に触れている。そもそも発端である綾辻行人「十角館の殺人」からしてそうであるし、有栖川有栖「月光ゲーム」、太田忠司「僕の殺人」、法月綸太郎「密閉教室」などもそうだ。作者の年齢が若かったこともあり、新本格の作品群では学生時代を扱ったものが少なくない。殺人という究極的な暴力がもたらす衝撃が、青春小説というシステムを駆動するのに適していることも疑いようがない。特に「密閉教室」では自意識の問題を取り扱った点で佐藤友哉に共通する(そして、法月は「フリッカー式」の推薦文を書く)。横溝正史賞に応募され、綾辻行人の強力な推薦で二〇〇〇年に刊行された真木武志「ヴィーナスの命題」は学園を舞台にしたミステリだ。この作品も青春期特有の「青臭さ」に満ちた小説であり、佐藤や西尾の作品に先行するものとして位置づけることも可能だろう。
 だから、彼らの感性はミステリの世界に突然出現したものではない。しかし清涼院流水の出現をひとつのはじまりとして、二〇〇一年から二〇〇二年にかけて、一時期それらと「新本格」が非常に接近したのは事実だろう。そして、二〇〇二年八月を契機としてふたたびそれらは離れていく。

 そして、二〇〇三年。「ファウスト」が創刊される。


 それ以後のミステリ界のひとつの流れとして、二〇〇四年に刊行がスタートした東京創元社「ミステリ・フロンティア」におけるライトノベル作家の登用があげられる。「ミステリ・フロンティア」は既存のものだと「ミステリー・リーグ」に近い、(新人を含む)若手から中堅をフォローする叢書だが、桜庭一樹と米澤穂信のミステリ長編を刊行したことで話題になった。
 個人的には不得手なジャンルなので最小限の言及にとどめるが、いったんミステリと接近した彼らの感性は、ミステリではなく、むしろライトノベル、そして美少女ゲームなどにその痕跡を残したのではないだろうか。もともと佐藤友哉や西尾維新の感性の源流として上遠野浩平がいたことを考えれば、不自然ではない。ミステリ領域においての桜庭一樹や米澤穂信はまだ地に足のついた作風ではあるが(そもそももっとも「地に足がついてない」ジャンルと見做されていたはずのライトノベルの作家を、このように言及することに一抹の皮肉を感じる)、青春期の自意識を取り扱っている点で共通項を見出すことも不可能ではない。このことを敷衍すれば西尾維新のフォロワーとされる作家が、ミステリではなくライトノベルに出現すること、そして「このライトノベルがすごい!」などのムックで、西尾維新の作品がライトノベルとして扱われていることにも意味を見出せるだろう。


 二〇〇六年、第三十四回メフィスト賞を受賞した岡崎隼人「少女は踊る暗い腹の中踊る」は岡山を舞台に、十代の少年少女による殺人が横溢する陰惨な物語だ。しかしそこには奇妙な「軽さ」というべきものがある。直截に云ってしまえば、この作品は佐藤や舞城といった作家の構成要素を再利用したものに過ぎないのではないか、そう思わされる。
 表面的な類似点だけ挙げれば、作品に満ちた暴力性、多用され会話にリズムを与える方言(「少女は~」では岡山弁、奈津川サーガでは福井弁)、一人称によって綴られるスピード感のある文体、あるいは講談社ノベルスでは(最近はかなり増えたが)珍しい一段組などだ。だが、多くの読者が「似ている」、あるいは「影響を多く受けている」と感じた理由はそれだけにとどまらない。

(以下の文章では「少女は踊る暗い腹の中踊る」の真相に言及します。未読の方は以下、反転文字の部分を飛ばしてお読み下さい。)


 この作品でプロットを構成する連続殺人は大きくわけてふたつある。ひとつは語り手である北原結平の高校時代の同級生、高須賀亮助が三件起こし、それを楠蒼以が模倣した連続乳児誘拐事件。もうひとつは結平が幼い頃かかわりをもっていた「えみちゃん」の弟、新が「えみちゃん」の残したノートに従い、彼女のかつてのクラスメイトの家族ごと皆殺しにし続けている事件だ。
 これらの事件はたとえば舞城の「暗闇の中で子供」を容易に想起させる。少女がすでに起こった事件を模倣するという発端は「暗闇の中で子供」で、ユリオという少女が「煙か土か食い物」での殺人事件のモチーフ――人間の身体を埋めることでそれをつなぐ線画を描く――からヒントを得て、マネキンを使い別の絵を描こうとしたことと符合する。また、新が実行する連続殺人は一種の見立て殺人である。それ自体はミステリというジャンルにおいて古くから用いられているものであるが、この作品のそれが帯びている発想の異様さはどうしても舞城の作品におけるそれを思わせる――「煙か土か食い物」の『ドラえもん』や、「暗闇の中で子供」の『子供の遊び』、さらには「九十九十九」の『幻影城』などを。さらに強調される「少女」への感情など(最終的に父親を殺害するユリオは十三歳)、今「暗闇の中で子供」を読み返すと、「少女は踊る暗い腹の中踊る」との多くの共通点に気付かされる。しかし特定の作品との共通点を数多く指摘することにはあまり意味はない。問題にしたいのは、すでに出来あがってしまった一種のコードを(それこそ、舞城と同じ新人賞に投稿してしまうほどに)無意識に踏襲してしまう無邪気さだ。それは舞城にたいするものに限らない。
「少女たち踊る暗い腹の中踊る」の中盤から後半にかけての展開を読んでいて、僕はふと「このあとカニバリズムでも出てくるんじゃないか」と思った。暴力、殺人、レイプ、狂気、と散りばめられたインモラルなモチーフに辟易しながらふと感じたのだが、ラストに至り本当にカニバリズムが登場したのは驚かされた。カニバリズムを使用した作例はとても多いが、この場合直接影響を与えた作家として思い出されるのは浦賀和宏だろう。一九九八年第五回メフィスト賞を「記憶の果て」で受賞したこの作家は、カニバリズムを多く使用することで知られている。ある作品ではそれを利用してセルフパロディに仕上げているほどだ。


 こういった、舞城のそれに類似したモチーフは他にもあるのだが、ここではさらにトラウマの使われ方について触れておくにとどめる。ミステリというジャンルにおいて、「トラウマ」は非常に便利である反面、危険なモチーフだ。「トラウマ」ひとつで作家は登場人物をいかようにでも操れる。だがそれゆえにその操りは不恰好なものになりうる。トラウマを使用するべきではないと書きたいのではない。だが、後註で触れているように、現代のミステリにおいて、それはあまりにも安易に用いられているような気がするのだ。「少女は踊る暗い腹の中踊る」も例外ではない。作中で語られる「トラウマ」は非常に唐突で、さらに云えば、安易と呼べるものから脱していない。詳しくは後註を参照してもらいたいのだが、「トラウマ」についての問題はミステリというジャンルにおいてこれまでも問われてきたもので、当然、新本格以降の流れにおいてもそうだ。舞城にせよ佐藤友哉にしろ西尾維新にしろなんらかの形で「過去」は物語と密接な関係を結んでいる。あとには巧拙のみが残される。いずれにせよ、この作品において「トラウマ」の効果がうまく活かされているようには思われない。

 このように、かつて使われた「インモラル」なパーツがつなぎ合わされ、この作品を構成している、と云ってしまっても過言ではないだろう。これだけ破壊的な物語でありながら、それゆえに非常に安心して読める。すべてが読者の予想の範疇に収まっていると云い換えてもいい。


 果てだ。
 ここは果てなのだと、いまさらに思った。

 高校生だったなんとなく僕が抱えていたものを、これ以上なく的確に、そして露悪的に書き尽くそうとした佐藤友哉の小説は、僕にとって何かしらの意味を持つものであった。個人的な話になるが、僕は佐藤友哉がいなければ小説を書かなかったかもしれない。だが僕は「鏡姉妹の飛ぶ教室」と「子供たち怒る怒る怒る」を読んでいない。もっといえば、読む気に、なれない。
 ミステリを読んだきっかけは、中学時代もいくつか読んでいたのだが、高校一年の春に読んだ森博嗣「すべてがFになる」だ。ちょうどそのころゲーム版の記事を某ゲーム雑誌で読んで興味を持ったのだった。
 その年の夏、「クリスマス・テロル」が刊行された。読んだ。衝撃を受けた。

 でも僕は、ミステリを読み続けた(口が裂けても「多く」読んだとは云えないが)。たまたま本格ミステリと「それ」がクロスした場所に立った僕は、片方の道を選んだのだと思う。結局。どこかに限界を見たのかもしれない。単に飽きたのかもしれない。わからない。
 そしてしばらく経って、大学のレポートのために、ということで(この稿で「少女は踊る~」に触れた箇所はそのレポートの前半部。後半では女性の自律性をテーマに夢野久作を絡めて論じ、最終的には佐藤友哉とも繋げているが、この文章の文脈に適当でないので削除した)僕は「少女は踊る暗い腹の中踊る」を読んだ。そこでは僕が舞城王太郎に見たものが「矮°小化」されていたような気がした。だからといって別に怒りも覚えない。ただ、果てなんだと思った。岡崎隼人は僕が生まれた八ヶ月前にこの世に生を受けていた。
 メフィスト賞に眼を転じると、二〇〇二年以後もコンスタントに受賞作を出していたが、二〇〇六年「少女は踊る暗い腹の中踊る」を最後に一年間の休眠期間に入った。その期間内の受賞作はあまり読んでいない(つまり、僕の興味を引くようなものではなかった)ので深く言及はしないが、講談社以外の出版社からの著作が存在する作家が小路幸也のみであることだけは指摘しておく。もちろんそれは作家の質や人気を問うものではなんらない。だが、たとえばそのような状況下で第二十七回受賞者である生垣真太郎、第三十二回受賞者である真梨幸子の作品が相次いで(文芸第三局編集長を退いた唐木淳が編集長を務める)「群像」に載ったことは何を意味するのか? 少なくとも僕は、かつて舞城や佐藤が文芸誌に書くことを知ったときに覚えたような高揚は感じない。

 いまもっとも、彼らに近い感性を抱えながら、本格ミステリと捉えられうる作品を発表している作家として、さきほども名をあげた米澤穂信がいる。二〇〇二年、ライトノベルレーベルから「氷菓」でデビューした米澤は、二〇〇四年の「さよなら妖精」の発表を機に本格ミステリ界からの注目を集める。この作家の特徴として、ミステリ的などんでん返しを、多く残酷さを含んだ「現実」への回帰の手段として採用していることが挙げられる(たとえばある作品では、修辞を弄ぶ醒めた雰囲気の主人公が、ミステリとしての真相をきっかけに「現実」に直面する)。こうして物語構造と自らのテーマと深く結びつけることに成功した米澤は、おそらくこれからも本格ミステリ領域で作品を発表していくだろう(最新作「ボトルネック」では、ミステリ要素を歯車のひとつに押しやり、青春小説としての濃度を増している。しかし、個人的な意見を述べれば、「ボトルネック」でもっとも眼をひくのは、明かされた「事実」の衝撃よりも、そこに向かい周到に張られた「伏線」である)。
 翻って考えると、果たして舞城や佐藤や西尾の作品と、彼らが一時採用したミステリ的手法は、米澤の作品ほど強く結びついていただろうか。「クビシメロマンチスト」や「水没ピアノ」といった傑作では確かに、そのふたつは硬く結びついている。しかし同時にそこから抜け出そうとする、強烈な志向性もまた、この二作品は孕んでいるのではないだろうか。たとえば米澤の「小市民シリーズ」や「古典部シリーズ」のキャラクターを用い、ミステリ要素を含まずに作品を書くことは、少なくとも現状において、ある程度の不自然さをともなうだろう。しかし「戯言シリーズ」や「鏡家サーガ」がその後歩んだ道をいまさら、ここで記すまでもない。
 あるいはそこには、作品の重要な構成要素であるキャラクターの設定も影響しているのかもしれない。米澤の「古典部シリーズ」において、千反田えるという登場人物は、「わたし、気になります」という台詞で、できるだけ面倒なことから逃れようとする主人公を、一見それとわからないような「事件」の解決へと引きずり込んでいく。あるいは「小市民シリーズ」では、かつて自らのなかに秘めていた性向を「小市民」となることで葬り去ろうとする主人公たちが、「事件」と直面してしまう(あるいは自ら見つけ出してしまう)ことでいやおうなく揺れ動いていく物語だ。では「戯言シリーズ」や「鏡家サーガ」ではどうだったろうか。それらの作品は、多く、「日常」が事件により「非日常」となるさまを描いてきた。この「日常」を「現実」という語に置き換えたとき、決定的な差異が浮き彫りになる。米澤が、「事件」を通して「現実」のタイトな姿を描こうとしているのに対し、佐藤や西尾は「事件」を通して「現実」が「非現実」へと変貌していくさまを描こうとしていたのである。いくつかの米澤の作品の結末は、「現実」への回帰を強制させることで残酷さを演出しているが、「水没ピアノ」や「クビシメロマンチスト」の結末において、もはや、「現実」への回帰は不可能なものと変じてしまっている。本格ミステリというシステムが本来持っている形――「非現実=謎」が「推理」により「現実=解決」に変化する――を考えると、どちらが適合しているか、は歴然としている。実際、米澤の方法論というのは、出来やアプローチは異なれど、今までのどこかで試みられたものではないかという疑問が僕からは抜けない。それは否定すべきものではないが、しかし僕は佐藤や舞城の作品に感じたものを、米澤には感じない。
 そこからさらに思考を推し進めると、そういった、ミステリという枠から抜け出そうとする志向性、あるいは本来相反するものですらあるのかもしれない彼らの感性と、ミステリ的な〈閉じた〉枠組みのせめぎあいこそが、「クビシメロマンチスト」や「水没ピアノ」といった傑作を生み出したとも考えられる。そうなると――すべては、必然だったのかもしれない。

 ミステリを読んでいる、と書いたが、新刊はほとんど読まない。何年か前、あるいは何十年か前の作品をぽつぽつと読んでいる。昔はもっと新刊を読んでたのにな、とも思うが、あまり興味がないのだから仕方がない。「あのころ」のような情熱を、少なくとも僕は、今ミステリ界という非常に狭い場所でときどき起こるあれやこれやに見出せない。
 最近、鮎川哲也という、今はもうない作家の「死者を笞打て」という作品を読んだ。作家鮎川哲也が盗作の疑いをかけられ奮闘するなか事件に遭遇する――という半実名小説で、いまから四十年ほど前、社会派が興った時代、本格一筋で通した作家の気概が、少し滑りすぎにも見える筆にうかがえる作品だ。
「死者を笞打て」の後半に、ある殺人の捜査として、当時推理作家協会の本部が存在した講談社別館を舞台に作家たちへの聞き込みが行われるシーンがある。出世作、「黒いトランク」の口絵をこの場所で撮影した鮎川哲也によれば、「はじめて講談社をたずねる新人作家はほとんど例外なしに小さくなってしまったのだという。」
 多くの新人作家を見守ってきたその講談社別館は、今年、老朽化を原因に取り壊された。

 たとえば、探偵小説というだけで眉をひそめられた時代に、ひたすらに情熱を注いで書き続けた者がいた「あのころ」。たとえば、二人の作家のあいだに「探偵小説は文学たりえるか」という論争が巻き起こった「あのころ」。たとえば、作家がいくつものグループをつくり、それぞれの信念を胸に執筆に明け暮れていた「あのころ」。たとえば、ある作家が十角形の館を建て、何人もの追随者が古き良き論理の世界の復権を高らかに宣言した「あのころ」。たとえば、ひとりの破壊者が数十人もの被害者を密室で殺し、いつの間にかできていた秩序を崩壊させた「あのころ」。たとえば、それまでのミステリになかった「感覚」をミステリという小さな場所に込めて送り出す作家がいた「あのころ」。

 うしろを見すぎなのかもしれない(そういう性格であることは確かだ)。どうも過分な憧れのフィルターを通しているのかもしれない。でも自分の感覚に矯正を加えようとは思わない。そうする必要もないと思っている。はたしてこれから、ミステリというジャンルに、いくつかの「あのころ」のような「事件」は起こるのだろうか、そんなことを思いながら、ミステリには飽きたとかなんとなくそんなことを嘯きながら、旧作のミステリをぼんやりと読んでいくのだろうかと今は思う。





(※)
 個人的には納得できない。まず、新本格以降(もしくはそれ以前からかもしれないが、それ以後ではない)、漫画やゲームなどのサブカルチャーから作家が影響を受けることによって、「人間を描く」ことのほかに「キャラクターを描く」という評価軸が新たに導入されていると考えるからだ(さらに以前の段階ではエンタテインメント色の強い映画がその位置にあったのかもしれない)。かつて不当に貶められていたジャンルである漫画は、それゆえ小説のように「人間を描く」ことなど要求されなかったのではないか。何の偏見もなくその影響を受けることによって現実に近い「人間」ではなく、非現実的でありながら魅力的な「キャラクター」を描こうとする方向性を得たのではないだろうか。
 清涼院以前、当の綾辻たちによる純正の「新本格」も『技術不足の結果である張りぼての人形芝居』になる危険を常に抱いていたと思う。「緋色の囁き」を個人的にまったく評価しないのは、まさに『技術不足の結果である張りぼての人形芝居』だと感じるからだ。彼らはたしかに戦略的に、「人間を描く」ことを拒否したのかもしれない。しかし、「十角館の殺人」ではともかく、「緋色の囁き」では「キャラクター」を描こうとしているように見える。「キャラクター」は、「人形」と呼び変えてもいいかもしれない。「囁き」シリーズの装丁が人形で統一されていることからもそのようなことを想起する(そして、「匣の中の失楽」のことも)。しかし、「緋色の囁き」で描かれている人形には、あまりにも色彩がない。それこそ『張りぼて』に見える。清涼院の探偵たちに劣らずに。
 綾辻から清涼院に受け継がれてしまったものは何なのか。それを導くためには、「Jミステリー」に収録された斎藤環のコラムが助けになる。このコラムで斎藤は「永遠の仔」と「白夜行」を取り上げ、マイケル・ギルモアの「心臓を貫かれて」と比較することで『なんの疑いもなくトラウマと犯罪動機を混同して』いる『素朴実在論』を痛烈に批判している。
 私は「緋色の囁き」や「コズミック」にもこれに似た構造を感じる。「緋色の囁き」では、サブキャラクターの少女たちの行動の動機としてトラウマが使用される。「コズミック」では前半(文庫版の「清」)で描かれる被害者たちのエピソードにおいて、トラウマが執拗なまでに反復される(「トラウマ」という語を専門家である斎藤より乱暴に扱っているかもしれない。念の為)。もちろんトラウマを使用するのが悪いわけではない。しかしその手つきがいかにも粗く見えるのだ。斎藤は『唯物論は構造に宿らない。それはテクスチャーにこそ孕まれ得るだろう』と書いている。個人的にはテクスチャーと書かれるとCGのことをまず想起するのでそれにたとえると、綾辻や清涼院の「キャラクター」のテクスチャーは粗く見えて仕方がない。キャラクターの姿がぼやけて、よく見えないのだ。そのことを考え合わせると、その後ミステリの領域でトラウマを用いながら「キャラクターを描く」ことにもっとも成功した作家こそが西尾維新であり、そしてこの方向で可能性が開けているのはライトノベルの領域でミステリを書こうとしている書き手なのかもしれないと思う(その意味で一部でのライトノベルとミステリの合流は必然だったのかもしれない)。
 ともあれ、ここで天童荒太と清涼院流水は奇妙な合流を見せてしまうのである。

 ……しかし何しろ六年前の文章なので、こんなところで言及しても本当の意味でどうにもならないのだが。


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