『都市めいた蟲、蟲めいた都市の視線』

著/キセン

1.

 江戸川乱歩が昭和四年に発表した中篇『蟲』は主人公、柾木愛造のひととなりが語られることによって始まる。幼年時代から極度の厭人病に悩まされていた柾木は大学を中退、二十七歳になった現在も古びた土蔵に引きこもり両親の遺産で暮らしていた。しかしその反面、彼は夜に当時の盛り場へとしばしば足を向ける。

 極端な人嫌いの彼が、盛り場を歩き廻るのを好んだというのは、甚だ奇妙だけれども、彼はひとつ隔てた浅草公園に足を向けたものである。だが、人嫌いであったからこそ、話しかけたり、ジロジロ顔を眺めたりしない、漠然たる群衆を、彼は一層愛したのかもしれない。(略)夜の人波にもまれていることは、土蔵の中にいるよりも、かえって人眼を避けるゆえんでもあったのだから。

 学校や家庭といった小さなコミュニティにおける〈視線〉の暴力を避けるため、あえて幾多もの茫洋とした〈視線〉のさなかに身を投じることは、柾木にとって、あるいは(『群集の中のロビンソン』という随筆で吐露したように)乱歩にとって、自衛の手段のひとつだった。彼らが恐れたもの、それは人がまっすぐに自らを見詰める視線だったのだろう。彼らにとっては、実際そうであるかどうかに関わらず、それらの視線が侮蔑の意味合いを含んだものであるように感じられてしまう。しかし、柾木は「言葉を変えていうと、それほど彼は愛について貪婪であった。」視線を怖れながらも、彼はどこかで見つめられることを求めていたように思える。だが、「彼以外の人間という人間が、例外なく意地わるに見えた。」
 直接的に見られることに耐えられない人間が、しかしそれでも見られることをどこかで欲してしまうとき、いったいそれはどのようにして充たされるのだろうか。それに考えをめぐらせるとき、私が思い出すひとつのエピソードがある。

2.

 もともと随筆として発表したにも関わらず小説とされることも多く、自身「鵺のような代物」と呼んだ、『映画の恐怖』と題された小文のなかで、乱歩はこう書いている。

 スクリーンに充満した、私のそれに比べては、千倍もある大きな顔が、私のほうを見てニヤリと笑います。あれが若し、自分自身の顔であったなら!(略)赤子のように滑らかなあなたの顔が、凹面鏡の面では、まるで望遠鏡でのぞいた月面の様に、でこぼこに、物凄く代っているでしょう。(略)映画俳優というのは絶えずこの凹面鏡を覗いていなくてはいけません。本当に発狂しないのが不思議です。

 しかしその乱歩が、この随筆を書いた同時期に映画に主演するという記事が新聞に載ったことがある。映画と文学性の融合を目指し、横光利一がその発足に大きく関わった「新感覚派映画聯盟」の第二作として構想されていた『屋根裏の散歩者』についての記事でのことだ。乱歩の回想記である『探偵小説四十年』の大正十五年の項、『映画いろいろ』にかなり詳しいことが記されている。川端康成原作の『狂つた一頁』ののち、衣笠貞之助監督は新感覚派映画聯盟の第二回作品として『屋根裏の散歩者』の製作を計画するが、検閲を通らないだろうとして同じ乱歩の『踊る一寸法師』に変更、結局それも沙汰やみになったのだという。
『屋根裏』で企画が進行していた大正十五年、読売新聞にその記事は載った。「新感覚派の変った作品」や「作者が自演する」といった見出しで製作の開始が伝えられ、本文には「作者江戸川乱歩氏自ら画中に出演して主人公役を勤めることとなった」とある。さらに同年の報知新聞では「意気込んでいる」とすら記されている。乱歩は記事を「真面目に製作しようとしていたのだから、素人が主演など出来るはずがない」と一蹴しているが、しかしこう付け加えることも忘れない。「会合の席上で、冗談半分にそんな話が出て、私が否定もせずニヤニヤしていたのを、誰かが新聞記者に話したものだろう。しかし、このニヤニヤには、幾分その野心がないでもないという含意があった」と。
 極度の厭人症と二面性をなす、この「出たがり」な一面はのちに文士劇への出演などでゆるやかに充たされていくが、しかし「本当に発狂しないのが不思議」とまで云った凹面鏡への向こうに魅力を感じていたことは確かだろう。『レンズ嗜好症』という随筆では、「レンズの魔術というものが、他人に想像できないほど、私には怖く感じられるのだ。そして怖いからこそ人一倍それに驚き、興味を持つ訳である。」と語っている。
 さきほど述べたように、そこには、他者からの一方的な視線を怖れながらも、しかしどこかで存在する〈見られたい〉という欲求の影がある。乱歩にとって、凹面鏡の向こうへゆくことは都市の群集の中に紛れることとどこか似ていたのではないだろうか。

 先ほど引用した『レンズ嗜好症』という小文には乱歩がレンズに魅かれるようになったきっかけが記されている。中学一年の頃、「憂鬱症のような病」で臥せっており、暇潰しにレンズを弄んでいたところ、光の加減で畳の目が数百倍にも拡大されて天井に映った。「畳表の藺の一本一本が(略)まだ青味の残っている部分までハッキリと、恐ろしい夢のように、阿片喫煙者の夢のように写し出されていたのだ。」
 乱歩にとってレンズとは、退屈な日常を歪め、変質させていくものに他ならない。谷昌親は、乱歩作品において、レンズは観察者と対象のあいだの正常な距離感を破壊すると述べる。その結果、観察者は対象に密着を果たしてしまい、悲劇が起こる。『鏡地獄』では、授業で凹面鏡に映った自らの姿を見たことをきっかけにレンズ嗜好を加速させていった男が、内壁に水銀を塗った球体の鏡のなかで発狂する。この場合、対象は彼自身であるといっていいだろう。『押絵と旅する男』では、遠眼鏡で見つめ続けた娘が押絵であることを知った男が、逆さにした遠眼鏡で見られることによって、押絵の世界へと入り込んでしまう。観察者は、観察されることによって、かつて自分が観察した対象と同じ位相へと侵入する。
 少し見方を変えれば、乱歩にとっては、小説もまたレンズのようなものだったのかもしれない。たとえば、『白昼夢』という掌編。薬屋の店頭のマネキン、そのなんでもないものを、しかし乱歩は小説というレンズを通して女性の屍蝋に変えてしまう。それを読んだ私たちはもはや薬屋のマネキンを以前と同じように見ることはできない。
 そう考えると、乱歩が映画俳優に多少なりとも興味を示した理由も推測できる。乱歩の作品において、レンズを通して、主人公たちは悲劇へと突き進んでいく(『押絵~』を悲劇と見るかは意見が分かれるだろうが)。乱歩はレンズや小説といった危険なものに限りなく接近しながらも、一線を引くことに成功してしまっていた。そこで『映画の恐怖』にたちかえる。「本当に発狂しないのが不思議です。」と語る乱歩自身、発狂から免れていた。レンズや小説の向こうの「自分自身の顔」と、すでに向き合っていたのである。自分は凹面鏡への向こうでも狂わずにいられるという自信のゆえか、あるいは今度こそ発狂してしまうかもしれないが、それでも良いというある種の諦念ゆえかはわからないが、しかし乱歩の抱く映画俳優への憧れはレンズへの憧憬、そして恐怖と繋がっていたのだろう。そして、群集の中に紛れて視線をやり過ごすことと、レンズや小説を通して歪んだ対象を観察することは、直接的な視線を拒絶する姿勢において通じている。それは何を意味するのか。つまり、群集の中で幾多もの茫洋とした視線に紛れるという遊戯は、一歩間違えれば、レンズ嗜好にも似た危険──距離感の崩壊──に繋がりかねないのではないか。見る視線と見られる視線が複雑に絡まりあうとき、自己と他者の境界はあいまいになってしまう。
 では、そのような視点で『蟲』という作品を読むとき、そこには何が現れるのだろうか。「無関心な群集のただ中で、最も完全に彼自身を忘れることができた」のだという柾木は、いかにして殺人者へと堕ちていったのか。

3.

 柾木が恋し、やがて絞め殺した小学校時代の同窓生、木下文子=芙蓉は舞台女優である。柾木と芙蓉のあいだにはレンズが存在しない。ふたりのあいだにある適切な距離感のもと、舞台女優と観客という立場で両者は存在していたはずだ。その距離感のもとでは、その役割を超えふたりが関わりあうことはありえない。しかし現実には、柾木は芙蓉との距離感を失う。「芙蓉のような女性は、二つ面の踊りと同じように、二つも三つもの、全く違った性格をたくわえていて、時に応じ、人に応じて、それを見事に使い分けるものだということ」を彼は忘れ、芙蓉の自分に向けた感情を誤解し、二度や三度の対面を経て完全な恋情を抱いてしまう。
 その背景には、彼が芙蓉を久しぶりに観た劇場を支配していた群集がある。幼いころのほのかな恋心や、唯一の友人である池内が芙蓉の舞台姿に付け加えていた野卑な品評、そしてその池内が用意していた芙蓉との対面は、少しずつ柾木の距離感を蝕んでいった。芙蓉は劇ののち、料理屋で柾木に親しげに話しかけるが、それは「彼の古風な小説にでもありそうな陰欝な、思索的な性格を面白がり、すぐれた芸術上の批判力をめで、ただ気のおけない話相手として、親愛を示したにすぎない」。普段の柾木であればそのことには過敏なほどに鋭いはずだ。しかし、さきほどあげたようないくつかの事象や、自己を取り囲む群集の視線によって距離感は破壊され、柾木は「彼自身を忘れ」ていた。
 少し危険を感じた池内は柾木と芙蓉のあいだを取り持つのを止めるが、ある晩、思いつめた柾木は自動車を雇い、自ら芙蓉のもとへと向かう。意外なほどあっさりと彼女は柾木の雇った自動車に乗り、暗い車内のなかで、ふたりの身体は触れ合う。云うまでもなく、視線はここに存在しない。やがて、「俄かに車内が明るくな」るが、芙蓉はシェードを降ろすことを指示する。その声は、柾木には視線を拒絶するものに聞こえたのかもしれない。それに従い、彼は「彼女の膝の上の手に、彼自身の手を重ね」、自らの感情を、触覚で表現する。だが、それは成功しない。芙蓉は「柾木の木彫のようにこわばった表情を、まじまじと眺めていたが、ややあって、意外にも、彼女は突然笑い出した。」そしてそれにつられ、柾木は自らも笑い出してしまう。彼は自らが距離感を失っていたことを、これ以上ないほどの侮蔑の視線とともに思い知らされるのである。
 その後、柾木は激しい憎悪を芙蓉に対し抱きながらも、「こっそり三等席に隠れて、芙蓉の芝居を見に行き出」す。ふたたび群集に紛れて、彼は観客と女優という距離感に立ち返ろうとする。しかしそれは恋慕の情によって叶わず、池内と芙蓉の逢瀬を目撃することによって、殺意へと発展していく。
 池内と芙蓉を尾行し、立ち聞きし、隙見し続けるなかで、柾木は芙蓉を殺害する意志を強くする。ふたりの情交を見続けるうちに、芙蓉から視線を浴びることなしに恋を叶えるためには、彼女を死者にするほかないと考えるようになったのではないだろうか。そのための手段として、自動車の免許を取得したこともこれを裏付けているように考えられる。彼自身が池内への手紙に記したように、自動車は他者からの視線を遮断することができる。それを使うことは、あたかも都市を埋めつくす茫洋とした視線すらも耐えられなくなったことを意味するように思われる。
 偽装タクシーのなかで芙蓉を殺害し、後部座席を刳り抜いて作ったスペースを使って自宅まで運ぶという計画はしかし、都市においてこそ可能なトリックといえる。死体を移動させる距離は、通常の推理小説と比して異様なほどに長い。ましてや、誰もいない道を運んだのではない。都市のなかを死体を載せて走るタクシー、そしてそれに時折視線を向けながらもけっしてその実態を知ることのない群集。当時、爆発的な人口増加のさなかにあった東京で希薄化していく人間関係、そしてそのなかで生きながらえてきた厭人症の青年のこれまでを暗示しているようにも感じられる。
 芙蓉はその死の瞬間、「大きくひらいた眼で、またたきもせず柾木の顔を見つめ、泣き笑いのような表情をして、さあここをと言わんばかりに、彼女の顎をグッと彼の方へつき出したかとさえ思われた。」芙蓉が柾木に向けた最後の視線はこのように、はっきりとしない描写でしか語られない。芙蓉がいったいそこに何を込めたのか、もはやあらゆる視線を拒絶した柾木には解釈できない。

 土蔵へと帰った柾木はいっとき芙蓉を占有して、すぐに埋葬するつもりでいた。だがその目論見は一晩経ったのちに崩壊する。あらゆる感情が排された美しい骸と彼は「永久」にいたいという欲求に襲われる──「彼女なしに生きて行くことは考えられなかった。」死体は腐敗するという、否応のない現実を突きつけられた柾木は、それを免れるために奔走するがことごとく失敗に終わる。腐敗のさいに、真っ先に蟲に蝕まれ、崩れ落ちるのはその眼球だった。
 ようやくあらゆる視線から逃れえたはずの柾木を阻むその蟲たちは、芙蓉の身体を食いつぶしていく。その執念は、舞台の上で踊る彼女を見つめていた、都市の群集たちの視線に似ている。そして柾木も芙蓉を食い尽くす蟲の一部でしかなかったのではないだろうか。腐敗した芙蓉の死体の腹わたに顔を突っ込み、脇腹に指先を食い込ませて死んだ柾木の姿には、そのような皮肉が込められているように私には思えてならない。
 そしてこのとき、蟲と芙蓉の屍の関係は、群集と都市のそれを想起させる。その先には、崩れ落ちる都市の姿がある。この時代の作家がいやおうなく直面せざるを得なかった都市の崩壊、それは大正十四年に起きた関東大震災だ。

4.

『押絵と旅する男』において、押絵の世界に入り込む男は、関東大震災で倒壊した浅草十二階の頂上から、押絵と気付かずに娘を遠眼鏡で見つめていた。関東大震災のさい、乱歩は大阪にいたので、浅草十二階の倒壊を目の当たりにしてはいない。大学入学時に上京してから、大阪と東京を転々としている時代に訪れてはいるだろうが、確認した限りでは、言及した随筆もない。なぜ浅草十二階でなくてはいけなかったのか。
 この作品は、一人の旅人が、押絵のなかに入り込んだ男の物語を、それをともに旅している老人から聞くという構成になっている。その時点では、すでに十二階は取り壊されている。乱歩が、遠眼鏡で見下ろす場所として、浅草十二階を選んだのは、おそらくそれと無関係ではない。やがてなくなってしまう場所、都会を象徴する高い塔から、永遠に生きる押絵を見下ろす。男は押絵の世界に入り込むが、彼だけが老いる。うつし世は夢と乱歩は云った。遠眼鏡のレンズを通したとき、震災で破壊される都会の象徴は、永遠に壊れない押絵の世界へと繋がる。
 柾木愛造ほどではないにしろ厭人症を抱え、視線に怯え、自らの作品に嫌気がさして出奔することすらあった乱歩は、戦後、見違えるように活動的になる。夜毎探偵作家仲間を連れ夜の街に繰り出し、ラジオやテレビに登場したり、文士劇に出演したりした。乱歩本人は戦時中に行った町会の仕事がきっかけであると記しているが、あるいはそれは、空襲によって東京という都市が崩壊したことによるのではないかという妄想めいた推測すら浮かぶ。蟲に食い尽くされる直前の、芙蓉の姿が「前例なきほど妖艶に見えた」ように、度重なる空襲によって壊滅状態に追い込まれた都市の姿は乱歩にとって何らかの美しさを孕んでいたのではないだろうか。戦後に書かれた『防空壕』という短篇の語り手は、上空を飛ぶB29、そして燃え盛る東京をはっきりと「美しい」と表現している。これは決して私達の感覚から遠く離れたものではない──少し前に〈廃墟ブーム〉が起きたことを考えれば。

 大正の終わりから昭和のはじめにかけて、人口の急増にわく東京で、乱歩はひとりレンズを通して幻想の世界を幻視していた。冒頭にも言及した『群集の中のロビンソン』という随筆では、群集の中での孤独について記している。

 ああいう群集の中の同伴者のない人間というものは、彼等自身は意識しないでも皆、「ロビンソン願望」にそそのかされて、群集の中の孤独を味わいに来ているのではないだろうか、(後略)

 孤独に浸りきるだけではなく、それを客観視する透徹な眼を持っていたからこそ、乱歩はレンズや小説の向こうの自分と向き合っても正気でいられたのだろう。そしてだからこそ、幻視した世界を小説というかたちで、私たちに残すことができたのではないだろうか。そして、『屋根裏の散歩者』にたちかえる。乱歩が俳優としてスクリーンの向こうに立つことがあったとしたら──是非、その姿を見てみたかったと思う。凹面鏡の向こうで、乱歩が私たち、都市の群集を見詰める、その視線を。それは何よりも恐ろしく、そして甘美な暴力であったろう。

参考・引用文献
江戸川乱歩
『探偵小説四十年』(光文社文庫・江戸川乱歩全集、上下巻。以下乱歩作品は同全集による)
「鏡地獄」(『陰獣』所収)
「白昼夢」(『屋根裏の散歩者』所収)
「防空壕」(『十字路』所収)
「押絵と旅する男」「蟲」(『押絵と旅する男』所収)
「映画の恐怖」「探偵小説十年」「一寸法師雑記」「レンズ嗜好症」「群集の中のロビンソン」(『悪人志願』所収)
谷昌親
「鏡の奥の闇──乱歩におけるレンズ、鏡、触覚」(『文藝別冊 江戸川乱歩』所収、河出書房新社)
松山巌
『乱歩と東京』(双葉文庫・日本推理作家協会賞全集)

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