十号記念祭インタビュー(4)

超短編部門 作家別一位 ◆ キセン


── 本日は超短編部門の作家別一位に輝いた、キセン氏にお越しいただきました。よろしくお願いします。

キセン キセンです。好きな食べ物は細長いものです。よろしくお願いします。いきなりですがバリー・ユアグローの『一人の男が飛行機から飛び降りる』という作品集がありますよね。

── ええ。

キセン あの作品集の特徴として、すべてとは言い切れないですが、ほとんどの作品が現在形で始まっているんです。その現在形で、ユアグローは、まず「ありえない世界の現在」に、強制的に読者を引きずりこむのだと僕は思っています。それほど数を書いていないのでアレですが、僕にとって超短編の勘所はそこにあります。とりあえず、今回ランクインした三作はすべて現在形で始まっていますし、超短編は小説のように時間をかけて、作品世界に馴染ませておくことができないので、まず一文めでインパクトを与えることを考えています。

── なるほど、確かにおっしゃるとおりですね。説得力があります。

キセン 超短編というのは僕にとって不思議なジャンルで、書けるときはいくらでも書けますし、書けないときにはまったく書けません。今回ランクインしたのはだいたいが、すらすら書けたものですね。

── 波に乗っているときはいいものが書けるということですね。それでは、43ポイントを獲得した3位の作品「A ROSE FOR NOTHINGNESS」について教えてください。

キセン リレー超短編ですね。云うまでもないですが、この企画を立ち上げた水池亘さん、そして僕の前に書いた桂たたらさんがいなければこの作品は成立しなかったので、まずそのお二方に感謝したいと思います。で、まあ自分としては、どういうふうにリレーするかという方法論として、桂さんの作品を要素として分解して、自分のなかで再解釈することにしたわけです。

── 要素を分解し、再解釈する、ですか。

キセン 桂さんの作品を構成する要素として僕が考えたのが、「逆転」でした。そして、「花束」という言葉もありました。で、「花束」という単語を頼りに、「ありえない世界」を作り出そうとした結果、「溺れ死んだ恋人の墓に供えようと買った青い薔薇が、電車のなかで突然痛みを訴える。」という一文が浮かんだわけです。これはちょっと言葉では説明できないですね。とりあえず浮かんだとしか。

── 「逆転」はどのように引き継がれているのでしょう?

キセン 桂さんの作品から、なんとなく僕は「生死」のニュアンスを感じました。そのふたつを重ね合わせた結果、「生死の逆転」という言葉が出来上がります。薔薇が死に、恋人が生き返ります。さらに、「青い薔薇」という単語から、『虚無への供物』という作品を思い出したことがありました。『虚無への供物』は中井英夫の作品ですが、彼には『薔薇への供物』という作品もあります。ニュアンスは異なりますが、「薔薇」そして「供える」という代償行為も、この作品のインスピレーションとなっています。そしてそれをひねって、「虚無への薔薇」という英題を考えました。以上です。

── 供物=薔薇であり、さらに虚無=彼女ということですね。

キセン そういうことになりますね。普段はここまで構築することはないんですが、企画の性質が影響していますね。あらためて、良い企画だったと思います。

── 改めてこの作品に深さに気づき、震えました。それでは、引き続き「HOW TO LIVE YOUR LIFE」について教えてください。

キセン これもやっぱり。最初の一、二文が先導するかたちで作品が出来上がっていったものですね。ああでも、最初の一文はいろいろ迷った記憶があります。怪しげな漫画雑誌の広告とかで、「脳はふだんは一割くらいしか使ってないんだ~」みたいなキャッチがありますよね。

── ありますね(笑)

キセン でまあ、僕も器用なほうではないので、なんでうまく行かないんだろうか、なんで思い通りに僕の身体は動かないんだろうか、そういうことを良く考えます。僕はだいたい文章を深夜に書くので、まあこれを書いた深夜もそんなことで鬱屈していたんじゃないですかね。まあそんなわけで、内容に関しては一気に書いたので特にいうこともないのですが、個人的にこの作品に関して気に入っているというか、「これはいける」という確信を得たのは、「グッド・モーニング」という日本語題を思いついた瞬間でした。

── それはどうしてですか?

キセン 個人的にこの「グッド・モーニング」という言葉のニュアンスは、エレファントカシマシの『good morning』というアルバムにおいてのそれに近いな、と考えています。特に具体的な意味はないのですが、とにかく、人は目覚めたからといって、そこに必ずしも希望があるとは限りません。そんな感じです。以上。

── では最後に「MONOCHRO-ME-LODY」についてお願いします。

キセン いやあ、よく覚えてないです。

── ありがとうございます。それでは、作品に関してはこれぐらいにして、次はキセンさんの創作に対する姿勢、および超短編に対する姿勢をお伺いします。キセンさんは『回廊』においては、小説と超短編の両方を手がけていますが、キセンさんの考える超短編とは、どういった創作のかたちでしょうか?

キセン 「A ROSE FOR NOTHINGNESS」のときにも書いたように、まず、(僕の読書歴のほぼ根幹近くにある)森博嗣が薦めていた『一人の男が飛行機から飛び降りる』という本を読んだときに、この作品のポイントは、冒頭が現在形で始まっていることだ、感じました。そして、僕の超短編書きとしてのブレイクスルーは、「500文字の心臓」のタイトル競作に投稿した「密室劇場」という作品だと個人的には思っています。実際問題として、少なくとも回廊に書いたようなホンイキの超短編に関しては、この作品の方法論、無意識レベルのですが、を単純に継承したものに過ぎないのかもしれません。『一人の男が飛行機から飛び降りる』に見られる、現在形で「ありえない現在」に引き込む方法論。そして「密室劇場」のときに掴んだ(と自分では思った)、「500文字の心臓」で受けるものがかける感覚(=僕が面白いと思った「500文字の心臓」の作品群に近いものが書けるやり方)。これが僕の超短編の根底にあるものだと思います。

── バリー・ユアグローの『一人の男が飛行機から飛び降りる』が、そして密室劇場が言ってみればキセンさんにとって、超短編の原体験なのですね。

キセン むしろ、「500文字の心臓」的なものに、『一人の男が飛行機から飛び降りる』から学び取った方法論を足してできている、といってもいいでしょうね。

── 最後に読者の皆さんへのメッセージがあればお願いします。

キセン ありません。

── ありがとうございました。

キセン いえいえ、こちらこそ胡乱な受け答えばかりですいませんでした。

── キセンさんが2004年の4月に、ご自身のブログに書かれた『一人の男が飛行機から飛び降りる』感想をいただきましたので、ここに再掲します。

 超短編というよりは掌編という表現がしっくりくる感じ。それはともかくとして、この作品集はすべて現在形で記されていて、それがこの不思議な魅力の源になっているのではないかと感じた。最初の一文で、読者はそのシチュエーションの時空にとりこまれてしまうのではないか。どれほど不条理な情景も、すでにその状況下に取り込まれてしまった人間には現実以外のなにものでもなくなってしまう。「現実ではありえない現実」がそこに存在するという不思議がこの作品集の魅力となっているのではないか。
 二つのうち三つずつ選ぶなら、「雪」「冗談」「霧」、「気候学」「血と花」「流れ星」。

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