『地獄は終わらない』

『地獄は終わらない』

著/蒼ノ下 雷太郎

原稿用紙換算枚数25枚

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 石を一つ運んで来た。
 とても重たい石だ。
 小石に見えない大きさの石なんだが、まるで隕石のように体積が狂っている。
 成人男性として平均的な腕力がある俺であったが、その俺が両腕を使ってやっと運べる程だ。
 赤色の川から、運んで来た片手で握れるくらいの大きさなのに異常な重量を秘めた石を、俺は自分の場所へと置いた。
 俺が石を置く場所には、丁寧に分かりやすく看板が置かれていた。
 四文字熟語みたいに間に空白は書かれていなく、俺の本名がフルネームで書かれていた。
 念のために同姓同名がいても被らないように、享年と性別、死んだ場所まで書いてやがる。
 何て仕事熱心なんだろうか、鬼のくせに、税金を貪り食うだけの悪い政治家みたいに、どうぞどうぞサボッてくださいよと言いたくなる。
 内心舌打ちしながら、俺はまた石を取りに行ってくる。
 両腕は疲労感という重量が加わり、その重量がとても重くのしかかる。
 足もクタクタだ。
 本当なら、倒れてもおかしくないはずの疲労だというのに、俺の体は思考とは裏腹に石を取りに向かう。
 慣れた結果なのかもしれない。
 疲れはとっくのとうに超越した。
 超越したというより、麻痺したと言った方が適切だろうか。
 眠気なんて最初は死んだ身のくせに感じてはいたのだが、最近では何も感じられなくなった。
 目蓋にテープを張って強引に開けている感じ。
 自分が段々と、この場所に相応しい人物になるのだと改めて思う。
 最初は石を運ぶ時に何度も倒れて泣いていたが、今では涙も滅んだ。
 倒れる事も最近はしない。
 木ってのはずっと突っ立ってるけど倒れないだろ?
 電柱ってのはずっと突っ立ってるけど倒れないだろ?
 あんな感じ、あれが動くようになった感じ。
 脳味噌が電気信号で筋肉を動かすんではなく、地獄という習慣が俺の骨ごと肉体を動かすような、ははっ、こんなの生きてる時にだって体験した事が無いというのに、まさか……死んでから、こんな苦しみを味わうなんて思わなかったんだ……。

 しばらく歩くと、全てが赤に染まった赤色の川へと着いた。
 まぁ、所謂三途の川ってやつだ。
 赤色の川へと足を沈ませる。
 川だと言うのに、まるで泥沼に浸かったかのようだ。
 足には妙な粘着質と重量を感じ、歩くごとに沈んでいくように思える。
 川だと言うのに、流れはない。
 生きている頃に、三途の川のイメージは明確に持っていたわけではなかったが、まさかこのようなものだったとは思っていなかった。
 川ではなく沼。
 三途の沼と言った方が正しい気がする。
 本当ならこんな沼に足も浸けたくないし、手も浸けたくない。
 だがこれも、報いなのだから仕方ない。
 俺は嫌々ながらも、両手を赤色の沼に浸けて、手探りで石を探す。
 何も全部同じ大きさというわけではないので、出来るだけ小さい石を探す。
 大きい石はやはり小さい石より重いのだ。
 この地獄は小さい石でも重いが、大きい石は狂ってるとしか思えないくらいに重い。
 俺の腕が壊れない程の、小さい石を探す。
 どうにか手探りで、それは探す事が出来た。
 足で踏ん張り、その石をまた先ほどの、俺の場所へと運ぶ。
 いつ崩れて倒れてもおかしくない程の貧弱な足取りで、俺は石を運んで行った。

 俺の本名、享年、性別、死んだ場所が書かれてる看板を発見する。
 そこには待ってたぜと、口にしなくても分かるように、見慣れた笑みを浮かべながら突っ立っている鬼がいた。
 三メートルぐらいあるんではないかと思う程の巨体。
 髪など一本も生えていない禿頭に、堂々と髪の代わりに生えていた二本の角。
 赤色の、鬼。
 片手には、鬼よりもでかい金棒が握られている。

「お前は、最初からやり直しだぁ」

 お決まりの台詞を言うと、鬼は金棒を振り下ろした。
 ドカッーン。
 ガシャッーン。
 と、地面は何故か抉られてないが、地面に衝突した音と、俺が先ほど運んだ石が砕かれる音が地獄に鳴り響いた。
 あぁ、……またやられたか。

 鬼は満足したぜと口にしなくても分かる程に単調な顔をすると、金棒を肩で担いで、他の奴の所へと言った。
 随分と仕事熱心な鬼な事だ。
 悪い政治家を少しは見習ってほしいものだ。
 少しばかり心の中で愚痴を言い、また新たに運んで来た石を俺の場所へと置く。
 今回はまだマシな方だ。
 目標の七個直前の六個目で砕かれた時よりかは、幾分マシと言える。
 今回は最初の一個目で破壊されたから、精神的ダメージは少ないと言える。
「いつになったら、終わるのかなぁ……」
 思わず弱音を吐く。
 分かってる。
 この地獄に終わりなんて無いという事は……、俺は自殺をした時から、逃れられない地獄へと足を踏み込んだ事を、俺は知っている。

 ここは俺が生きていた時にいた世界ではない、地球ではない。
 空は不気味なくらいに、生きていた時にいた世界では見た事がない程に、真っ黒な闇が広がっている。
 天候は常に最悪な状態で、いつも雨が降っている。
 雨の色は、朱。
 血の雨だ。
 この雨がまた最悪で、体にポツリポツリと当たるたびに痛みが生じる。
 どうやら酸性らしい、ははっ、本当ならこんな所にいたら一日も生きてられないのだが、この身は既に死んだ身。
 死んだ奴は、死ねない。
 あぁ、最悪だな。
 何でこんな事になったのだろうか。
 やはり、自殺がまずかったのだろうか。
 だが、賽の河原の石を積み上げるって奴は、確か親よりも先に死んだ子供じゃなかったっけ。
 俺……両親はとっくに死んでいて、親父の親父である祖父の所で暮らしていたんだが、……あぁ親ってもしかして、生みのってわけじゃなくても入るのかな。
 育てた人も、親なわけだから、か。
 ははん、なるほど、俺はとんだ道化師ってわけだ。
 会社で働くのが嫌で嫌で、だけど仕事して金を稼がないと生きていけなくて、それが嫌だから自殺したんだが、ラクになりたかったから自殺したんだが、……それが何でこんな事になったんかな。
 所詮地獄は何処まで行っても地獄ってわけか。
 生きてても地獄だったが、死んでも地獄。
 ヒャッホーイ、こりゃ涙が滅ぶわけだ。
 心の内で納得してしまったんだろう。
 逃れられない事を、もう無理だって事を、……ははっ、反吐が出る。

 俺は無意識に物思いに浸っていた。
 だが足はそれでも無意識に川へと向かう。
 この足は脳味噌が物思いに浸ってるのに嫉妬して、自分も何処かに浸ろうと川へと向かっているのだろうか。
 だとしたら、待ってくれ。
 それなら、もっといい場所があるんじゃないか。
 こんな地獄だが、少なくてもあの川よりいいのあるんじゃないか。
 俺は必死で心で訴えるが、足は完全に無視してくれる。
 俺はまた終わらない地獄へと、足を運んでいた。


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