『輪廻/輪舞』
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1.朝に舞う
朝の空気が、だんだんと温かみを帯びてくる。
灰色に濁った街が、灰色のまま朝を迎える。
私はそんな景色を他人事のように眺めて、足を踏み出した。
――何もない場所へと。
2.うそつき
小学校の頃を思い出してみる。
私はいつも、みんなを遠くから眺めていた。
体も小さくて、声も小さかった私。体育の授業はいつも見学だったし、音楽の授業では歌を唄えなくて怒られていた。
それでも、友達はいた。友達だと思っていた子たちは、いた。
小学校二年生の出来事だったと思う。
帰りの会の前に、ひとりの友達が急に泣き出した。大きな、とても大きな声で。廊下まで、隣のクラスまで聞こえるくらいの、大きな泣き声。
みんながその子の机を取り囲んで、話を聞く。もちろん、私も。
「筆箱がない」と、その子はかすれた声で叫んだ。
先生が教室に入って来て、みんなから話を聞いて、筆箱を探すことになった。
その子はクラスの人気者で、先生にとってもお気に入りの生徒で。だから、みんな一生懸命探して――
筆箱は、すぐに見つかった。
私の、ロッカーの中から。
もちろん私は盗んでなんていないし、ロッカーの中なんて朝とお昼休みに見ただけ。私じゃないし、知らない。そう言えれば良かった。
でも、たったそれだけのことが言えなかった。
クラスのみんなが酷い言葉をぶつけてくる。剥き出しの嫌悪感と、暴力にも似た視線。先生ですら、私の話を聞こうとはしなかった。ただ、「謝りなさい」と怒鳴るだけだった。
涙がぽろぽろとこぼれて、声が出せなくて、私は目を擦りながら首を横に振った。何度も何度も横に振った。
私じゃないのに。私は、本当に、知らないのに。
私は嘘吐きだと罵られながら、心の中だけで「違う違う」と繰り返していた。
先生は声を荒げる。「どうして謝れないの」と繰り返す。
嘘を吐くのと同じだと思った。謝るのは簡単だけれど、私は何も悪いことなんてしていないのだから。
嘘でも謝った方が良いのだろうか。私が悪いと、自分に嘘を吐けば良いのだろうか。
先生は、そんな嘘で赦してくれるのだろうか。そう、言いたかった。
――言え、なかった。
放課後になっても泣き続ける私に、先生はこう言った。
「お母さんに来てもらいますよ」
まるで恐喝のような、言葉。
私はお母さんにまで嫌われるのが怖くて、先生の言う通りに頷き続けた。
そして、反省文を書かされた。
先生の口から出た言葉。私の言った覚えのない言葉。泣きながらノートに書いて、先生に見せた。先生は冷たい目で私を見て、ノートを見て、書き直せと言った。
三回書き直して、やっと赦してもらえた。先生に、赦してもらえた。
筆箱を失くして泣いていたのは、私の友達で。一生懸命探したのは、私のクラスのみんなで。
先生は、私ひとりを悪者にしただけで。
どうして先生にまで赦してもらわなくてはいけなかったのだろう。
今でも、分からない。
学校帰りの道を歩きながら、私はまだ泣いていた。
私にとっての本当は、みんなにとって嘘で。
私にとっての嘘は、みんなにとって本当で。
私は嘘なんて言ってないのに、嘘吐きで。
何も言わなかった私。言えなかった私。
もっともっと、声に出せれば良かったのだろうか。……結局は同じことのように思えた。より多くの言葉を使った分、もっと大きな嘘吐きにされるだけだと思った。
口を開くのを止めようと思った。嘘にされるくらいなら、何も言わなくても同じだと思った。
本当のことなんて、言わない方がずっと良いと思った。
もしも口を開くことがあるなら――
そのときは、みんなが本当だと思うことしか言わないと決めた。
私にとって、それがどんなに間違った「嘘」であっても。
そして私には、友達がいなくなった。ひとりも。
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