『輪廻/輪舞』

『輪廻/輪舞』

著/星見月夜

原稿用紙換算枚数90枚

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1.朝に舞う

 朝の空気が、だんだんと温かみを帯びてくる。
 灰色に濁った街が、灰色のまま朝を迎える。
 私はそんな景色を他人事のように眺めて、足を踏み出した。
 ――何もない場所へと。


2.うそつき

 小学校の頃を思い出してみる。
 私はいつも、みんなを遠くから眺めていた。
 体も小さくて、声も小さかった私。体育の授業はいつも見学だったし、音楽の授業では歌を唄えなくて怒られていた。
 それでも、友達はいた。友達だと思っていた子たちは、いた。

 小学校二年生の出来事だったと思う。
 帰りの会の前に、ひとりの友達が急に泣き出した。大きな、とても大きな声で。廊下まで、隣のクラスまで聞こえるくらいの、大きな泣き声。
 みんながその子の机を取り囲んで、話を聞く。もちろん、私も。
「筆箱がない」と、その子はかすれた声で叫んだ。
 先生が教室に入って来て、みんなから話を聞いて、筆箱を探すことになった。
 その子はクラスの人気者で、先生にとってもお気に入りの生徒で。だから、みんな一生懸命探して――
 筆箱は、すぐに見つかった。
 私の、ロッカーの中から。

 もちろん私は盗んでなんていないし、ロッカーの中なんて朝とお昼休みに見ただけ。私じゃないし、知らない。そう言えれば良かった。
 でも、たったそれだけのことが言えなかった。
 クラスのみんなが酷い言葉をぶつけてくる。剥き出しの嫌悪感と、暴力にも似た視線。先生ですら、私の話を聞こうとはしなかった。ただ、「謝りなさい」と怒鳴るだけだった。
 涙がぽろぽろとこぼれて、声が出せなくて、私は目を擦りながら首を横に振った。何度も何度も横に振った。
 私じゃないのに。私は、本当に、知らないのに。
 私は嘘吐きだと罵られながら、心の中だけで「違う違う」と繰り返していた。
 先生は声を荒げる。「どうして謝れないの」と繰り返す。
 嘘を吐くのと同じだと思った。謝るのは簡単だけれど、私は何も悪いことなんてしていないのだから。
 嘘でも謝った方が良いのだろうか。私が悪いと、自分に嘘を吐けば良いのだろうか。
 先生は、そんな嘘で赦してくれるのだろうか。そう、言いたかった。
 ――言え、なかった。

 放課後になっても泣き続ける私に、先生はこう言った。
「お母さんに来てもらいますよ」
 まるで恐喝のような、言葉。
 私はお母さんにまで嫌われるのが怖くて、先生の言う通りに頷き続けた。
 そして、反省文を書かされた。
 先生の口から出た言葉。私の言った覚えのない言葉。泣きながらノートに書いて、先生に見せた。先生は冷たい目で私を見て、ノートを見て、書き直せと言った。
 三回書き直して、やっと赦してもらえた。先生に、赦してもらえた。
 筆箱を失くして泣いていたのは、私の友達で。一生懸命探したのは、私のクラスのみんなで。
 先生は、私ひとりを悪者にしただけで。
 どうして先生にまで赦してもらわなくてはいけなかったのだろう。
 今でも、分からない。

 学校帰りの道を歩きながら、私はまだ泣いていた。
 私にとっての本当は、みんなにとって嘘で。
 私にとっての嘘は、みんなにとって本当で。
 私は嘘なんて言ってないのに、嘘吐きで。
 何も言わなかった私。言えなかった私。
 もっともっと、声に出せれば良かったのだろうか。……結局は同じことのように思えた。より多くの言葉を使った分、もっと大きな嘘吐きにされるだけだと思った。
 口を開くのを止めようと思った。嘘にされるくらいなら、何も言わなくても同じだと思った。
 本当のことなんて、言わない方がずっと良いと思った。
 もしも口を開くことがあるなら――
 そのときは、みんなが本当だと思うことしか言わないと決めた。
 私にとって、それがどんなに間違った「嘘」であっても。

 そして私には、友達がいなくなった。ひとりも。


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