『小国テスタ2 後編』 (2)

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 落ち付けば慣れた森だ、すぐに知っている道へでると、俺は一刻も早くリコを連れ帰るために急いだ。背中におぶった彼女は羽のように軽く――とまではいかなかったが、それでも成人女性の体重の平均を大きく下回っていそうだった(平均なんて知らないが)。
「軽い、ですか……。はは、では、血が抜けた分軽くなったのでしょうか、とでもいっておきますか……」背中で揺られながら彼女はぼそぼそ呟いた。
「なにいってんだ?」
「さあ……」
 屋敷へと戻り、リコを医務室へと連れて行く。手近な部屋にいたものに治療担当の魔術師を呼ばせた。そしてすぐに今夜の出来事を王へ報告すべく応接間へ向かう。
 部屋にはヒナ王とヒムロ翁しかおらず、俺が今夜の会食の同席相手はどこかと思うのも一瞬、彼らは俺の服に付着した血液に目を丸くした。
 突然、屋敷内が慌しくなった。
 王室から指示が飛ぶ。全職員の起床及び緊急の事態に対しての待機、一部の警戒配置、リコの治療要員の補充、そして森へのミドリとソトの回収部隊の編成。
 やはり――、と思う。
 対応がやけに早い。
 すでに不測の事態に備えていたかのような。

 謁見室はある程度の落ち付きを取り戻していた。
 そこにいるのはヒナ王を含んだ数名のみ。ヒムロ翁はここにはいない。ホノカはリコの治療に、ネッツは自室待機、カレンは、妙なことに未だ帰宅していなかった。
 ヒナ王は俺に椅子をすすめた。
「よく来た。では早速だが、先ほどは簡単な報告しかされなんだ、もう少し詳細な話を聞かせてくれるか」
 ヒナ王はそう促し、俺は見聞きしたことを細かいところまで話した。その隣で若い女性が記録を取っている。
「なぜ、あの時間にあの場所に?」
「三日前、ヒナ王とヒムロ翁が話していた内容を聞いていました」
 は、とヒナ王は軽く息を吐き、不注意だったな、と額に手を当てた。
「リコの報告、ウイルス、という単語から恐らくミロゥ関係のことだと推察されました。リコから簡単に話を聞いていたので。さらにリコは、毎夜ミロゥをダイナの家まで運んでいると話していました。そして、三日後の午前零時という単語。あの時間、あの場所にいたのは、それらが理由です」
 ふむ、とヒナ王が唸る。「……なにも話さなかったのはすまなかったと思っている。……そうか。では、今日の昼、君に今晩の予定を聞かれたのは探りを入れられていたというわけだな?」
「それは――」俺は口篭もる。
「謝るな。お互い様だ。私も嘘をついたのだ。本当はこのような事態が起こることに備えておった。見合いなどないよ」
 俺は意を決して尋ねた。
「――聞かせてください。いったいこの国で、今、なにが起こっているのかを」
「……うむ。ここまで露骨にやられたら皆にも話さねばならんと思っていたところだ。あとで、人数が集まったら――」
 と、そのとき、「失礼します」と二人、謁見室へと現れた。
「リコ! 平気なのか?」
 部屋に入ってきたのはリコとホノカだった。リコはまだ少し顔色が良くないように見える。さきほどの作業服から、ゆったりした病人服へと着替えていた。子供用の桃色のやつだが。
「傷は塞がったけどまだ血が出来てないから安静にしてろ、っていってんだけどね、こいついうこと聞かねーし」
 ホノカがリコの頭をぽんぽんと叩く。リコが唇を尖らせて反論した。
「ゆっくり休んでいる暇はありません。それに貧血には慣れています」
 そういう問題じゃないよ、とホノカがため息をついた。
「クロノには私から説明します。それに、ヒナ王にも新しい報告事項がありますので、それも兼ねて、とりあえずここにいる人だけにでも、事情を話しておくことにしましょう」
 無言の肯定で、全員の意見が一致した。
「発端は二ヶ月前の、キサラギからヴァルクへのミロゥの贈呈から――いえ、もっと正確にいえば、一年以上前、ヒムロ翁の感じていた違和感からになります。
 あの人形――ミロゥには正体不明のプログラムが埋め込まれていました。ウイルスとも断定できず、かといってなんの役目を果たしていたのかも分からない。断片的に解析して得られた情報から、今日の午前零時、つまり今より少し前の時間に、なんらかの攻撃的アクションを取る、ということだけが分かりました」
 俺が聞いたヒナ王とヒムロ翁の話はその辺りのことだったのか。
「ようやくその解析が終了したのがつい昨夜。ミロゥの最優先目標は――気味が悪いくらいに分かりやすく、――ヴァルク全国民の抹殺」
 ホノカ他数名、初めてこれを耳にした人達が戦慄した。
「でもさ、あんな人形一つで全員、なんてできるものなの?」ホノカがリコに問う。
「そりゃ無理ですよ。夜中に奇襲されたりすると別ですが、ある程度訓練された二個小隊、もしくは熟練した戦闘タイプの魔術師二三名でもいれば互角に渡り合えるでしょう」
「じゃあ、どんな狙いがあるんだよ?」
 分からない。そんなことをすれば折角送り込んだ人形が効果を挙げる前に無力化されてしまう上に、完全に国同士が敵対してしまう。
 リコは俺の質問に直接答えず、「……さきほど、私とクロノは、キサラギで造られたという人形二体と交戦しました。私と、研究所の方々とで、機体のデータの大部分を削除し、ばらばらに分解して国の外に廃棄しようとしたときのことです」
 ミロゥが俺のことやダイナのことを忘れていたのはそういうことだったのか。
「クロノのいうとおりです。私のデータだけは、操作するために必要になるので削除不可能でした。
 その二体の人形との交戦時、確認はしていませんが、操作していた魔術師が近くにいたはずです。その魔術師は取り逃しましたが、人形二体は無力化した上で捕獲に成功しました」
 そうか、と俺はさらにあの場にもう一人の敵がいたことに気付く。ミロゥを操る魔力がほとんど残っていなかったため、仕掛けられていたら危なかった。
「彼女たちは、自らを試すもの、と――テスタだと名乗りました。種を残すのに足る人間を選別しているのだと」
 何様だ、とヒナ王は怒りも露に歯噛みする。
「恐らく尖兵であろうな。ミロゥの中の指令が働き出す今晩零時に合わせて行動してきたことから考えても、キサラギのものである可能性は高いだろう」
 ええ、と頷き、リコは続ける。
「そしてやはり、その人形達のシリアルと製作所はキサラギに間違い無く、ミロゥを造ったのと同じところ――技術開発部グリュウがその開発元となっています。……前置きが長くなりましたが、きっとミロゥもテスタではないかと私は予想します――ミドリとソト、彼女達の言葉がすべて正しかったとして、ですが」
「ミロゥがテスタだとして――、なにを試していることになるのかな……?」ホノカが怯えた様子でいった。
「この正体不明のプログラムの所在は、あまりにもはっきりしすぎていました。まるでここにあるよといわんばかりに。見抜き、対抗し、さらにはこの技術を取り入れろ、と製作者がいっているように、私には感じられました……」
 リコは一度に喋り過ぎたのか、眩暈を堪えるような仕草を見せた。ニ三度頭を振り、深呼吸をした。
「現在、ミロゥ、ミドリ、ソトの三名は修理中です。ミロゥについては、その悪性プログラムを完全に削除した自信があったので、本来なら零時以降も連続で稼動させるつもりだったのですけど」彼女は突然子供みたいな仕草で鼻を鳴らした。「ウチの研究所の老人が、零時過ぎた後の不確定要素が多すぎると文句をつけやがるので仕方なく廃棄作業をしていたんです。実際には問題ないとわかりましたけれど。
 ミドリとソトについては、これから中身をのぞいてみないと分かりませんが、こちらの戦力に組み込める可能性もありますね」
「……はっきりといおう」ヒナ王が口を開いた。「キサラギは我が国と敵対するだろう。目的は現時点では不明。ここ一ヶ月、再三に渡って連絡を取ろうとしたが一切の返答はなし、だ」
「ほ、報告致します!」
 衛兵の一人が血相を変えて飛びこんできた。
「遥か東、クライモ平原に武装した軍を確認! その数――、」彼はつばを飲んだ。「その数、おおよそ二万!」
 謁見室が静まる。言葉の意味が理解できなかった。この国の総人口が三千に届かないほどである。
「進軍速度、距離から計算すると、ここ、ヴァルク本国への到達予想時刻は明朝の明け方になると思われます!」
「敵軍旗はなにか?」ヒナ王が尋ねた。
「若芽を象ったものでした」
「やはりキサラギ、か――。交信は?」
「そ、それが……目的を尋ねたところ、『血による革命を。神の血を引かぬ、厚顔なりし蛮族に復讐を。神々の末裔は申し出よ、我らは諸君を歓迎する』――と」
 その言葉にヒナ王が複雑な表情を見せた。
 静まりかえる謁見室に、また一人、真っ青な顔をした魔術師が現れた。
「帝都他、キルマなど多数の国で同様の事件が発生した模様! 武装蜂起した軍に中枢を麻痺させられた国もあると推察されます!」
「帝都より緊急回線、我が国のカレン・ヘートマン魔術師団補佐が拿捕されたとのこと! 発信者はヘートマン補佐自身で、無力化されて囚われた状態で隙を見つけ連絡した模様! 回線はすぐに閉じられました!」
「大陸東側とは一切の連絡が取れません! 戦火はおそらく東側に集中しているものと思われます!」
 次々と報告が入ってくる。それも、悪いことだらけだった。
 しかし……カレンが捕まった、だと……? そう簡単に囚われるような魔術師じゃないはずだが……。
「お、おかしくない? なんでこんなことになってんの……?」
 ホノカが呆然と呟いた。なんというか、それは――泣き笑いのような表情。
「ずっと、ずっと昔から、昨日まであんなに平和だったのに、どうして……。最後に戦争があったのだって、もう二百年も昔の話なのに……」
「予兆が無かったわけではありません……」リコはそれだけ呟いて、黙りこんだ。
「兆しは見えていたのだ。皆を不安にさせないために黙っていた」ヒナ王は俯いた。
 俺は報告の内容が頭から離れない。神の血を引かぬ、厚顔なりし蛮族に復讐を……?
「まさか――混血が先導しているのか……?」俺は思わず呟いていた。
 そのとき、僅かに地面が揺れる。続いて、遠くから家屋が崩れるような轟音が聞こえた。
「超長距離からの魔術射撃ですっ! 連射性能や精度は高くありませんが、既に五軒以上の家屋が破壊、死傷者が出ているようです!」
 ヒナ王が顔を上げる。全ての迷いを断ち切った表情で告げる。
「――全国民に通達。緊急事態である――」

                            *

 王国ヴァルク、総人口二千七百。戦線投入人数、七百。
 王国キサラギ、総人口六万五千。戦線投入人数、二万。

 彼我戦力差は三十倍、その上カレンを欠いた状態で――、
 圧倒的不利な状況から、この戦は始まった。

 この『クライモ戦役』が、後に全世界を巻き込む『十年戦争』の幕開けとなる――


                                                        続く

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