『はるのあらし』

『はるのあらし』

著/姫野由香

原稿用紙換算枚数15枚

 同じ大学の音無くんと付き合いはじめて、三ヵ月。
 彼はわたしを、森の中の別荘に招待してくれた。週末、ふたりきりでゆっくり過ごしたいから、と言って。
 わたしは喜んで承諾した。
 音無家はどうやらお金持ちみたいね。避暑地で有名な場所に別荘を持ってるなんて。


 約束の日。彼の赤い車で目的地へ向かう。
 別荘は新緑が映える素敵な場所にあった。観光地だけれどシーズンオフなので人は少なく、わたしたちは一日中くっついて過ごした。
 夜半には、春の嵐が訪れた。
 ごおごおと風がうなっている。雨粒が屋根に当たる音も激しさを増してきた。朝はあんなに晴れていたのに。
 テレビの写りが悪くて、すぐに消した。ずっとお互いを見ていたから、あまり必要でもなかったし。
「るい……」
 音無くんは甘い声で、わたしの名を囁いた。
 腕が伸びてきて、後ろからわたしを抱きしめる。長い髪を撫でながら、首筋にくちづけた。
「ん、っ」
 彼の舌先が敏感な耳をくすぐる。熱い息が音無くんの興奮を伝えてきた。
「あ……待って」
 ふんわりと気持ちよくなっていたのだけれど、彼の身体を押しとどめた。
 ちょっと気になることがある。
「誰か、見てる気がする……」
 この別荘に着いてからずっと、視線を感じるのだ。
「へ? 見てたらすごいなぁ」
 音無くんが喉の奥で笑った。
「こんな嵐の中、ご苦労さまだね」
「窓、見てくる」
「おいおい」
 わたしは窓辺に近寄ると、おそるおそる外を見た。
 雨粒がガラスを叩いている。外の様子は、暗くてよく判らない。
 が、さっき感じた気配は、もうないような気がした。
 鍵が閉まっているのを確かめてベッドに戻る。
「……なんだか、不気味」
 背中から抱き締めてくる熱にほっとした。大きな手に自分の手を絡める。
「心当たりとか、あるの」
「ない。けど、ストーカーとか、だったら……」
「気にするなよ。俺がいるから、大丈夫」
「えっちなこと、してるときって……無防備だから、狙われやすいんだよ」
 映画なんかでよくあるじゃない。能天気なカップルってサイコホラーの餌食だと思う。
「じゃあ、るいが上になれ。俺は出入り口に注意を払っておくから」
「もぉ……」


 柔らかいくちびると熱い舌を絡めあう。
 キスって気持ちいい。この年齢になるまで知らなかったのが惜しいくらい。
 お互いの唾液を飲み込んで、密着しながら相手の感じる部分を探る。
 音無くんの指がいやらしい動きで、わたしの濡れた狭間を刺激する。いちばん敏感な部分をこねくり回されて、気が遠くなった。
 彼はベッドに横たわり、来い、とわたしを誘った。
 とろとろに溶けた部分にペニスをあてがい、ゆっくりと腰を落とす。
「あ、あ……あんっ……」
 自分のいやらしい穴に、肉棒が飲み込まれてゆくのが見える。たまらずに目を閉じるけれど、身体の中心に侵入してくる熱い肉の存在は消えない。
 荒くなる息を隠せない。
 奥まで、達した。ゆっくり、ゆっくりと、腰を上下に動かす。
 と、ふいに音無くんの腰が動いた。
「あー、っ……!」
 彼の逞しいペニスがわたしの内部を掻き回す。蹂躙される感覚にわたしは溺れた。
 音無くんは両腕を伸ばし、わたしの胸を乱暴に揉んだ。屹立した乳首をぎゅう、と掴まれる。痛みさえ快感に変わる。
「いいっ……いいの……」
 膣がひくついて、彼をくわえ込んで、離さない。
「るいは可愛い顔して、すごい淫乱だよね」
「やだっ……」
 そんなことない。音無くんとが、はじめて、だったんだから……。まだ経験は浅いんだから……。
 でも、とろけそうになるほど、すごく気持ちがいいの……。
「あ、あっ、いっちゃうっ……!」
 絶頂を感じてわたしは声をあげた。はしたない言葉を口に出すことも、興奮を煽る。
 音無くんがわたしの腰を両手で押さえ、結合をより深くした。強く強く打ち付ける。
「やぁんっ……!」
 頭の中、激しい火花が散る。わたしは深い暗闇の中に堕ちていった。


 しばらくして、わたしは目を覚ました。
 ランプシェイドの薄い明かりは消され、部屋は暗闇に包まれている。
 喉の乾きを感じて、水を飲もうと起き上がろうとした。が、なぜか身体が動かない。
 わたしは全裸のまま、手足を縛られていたのだ。
 縄のようなものでベッドに固定されているのか、大の字にさせられ、身動きも取れない状態だった。
「音無くん……!?」
 暗闇の中で彼の名を叫ぶ。
 まさか、本当に、誰かが入ってきたの? そいつがこんなことを……?
 そう思った途端に、なにかがわたしの身体に触れた。
「や……っ、誰!?」
 湿った手が、わたしの肌を撫で上げる。鳥肌がたった。
 たっぷりと蜜をたたえたままの下腹部に、無骨な指が侵入してくる。
「やっ、いやぁっ……」
 声が震える。恥ずかしいことに、わたしはその指の動きに感じてしまっていた。
 卑猥な水音が絶え間なく響き、わたしの理性を狂わせる。なんだか悪い夢でも見ているようだった。
 何本かの指が、ぬるぬるの膣壁をこすった。ひときわ激しく動かされ、奥の部分を責められたわたしがか細い声で泣くと、指が抜かれた。
 かわりに、熱くて太いものが侵入してくる。
「ひあ……っ!」
 生臭い息が顔にかかった。あ、あ、入っちゃった……。
 腰を打ち付ける大きな音が、暗闇に響いた。わたしは涙を滲ませる。
 音無くんは、大丈夫なんだろうか……。
「あっ、あっ、あっ……」
 快感に堪えきれず、声が洩れた。
 男が低く笑った。
「やっぱ淫乱だよ、るいは……」
「音無くんっ……!」
 わたしは安堵した。彼の悪戯だったんだ。
「ばかぁっ……!」
 罵りながらも、不自由な体勢で貫かれることに興奮し、わたしはまた達した。


 喉が乾いたと訴えたら、音無くんは水を口移しで飲ませてくれた。
「もうっ、ほどいて。痛いよ……」
「いい眺めだから、しばらくそうしてなよ」
「冗談きついってば……」
 音無くんが冷たく笑った。
 これまでに、見たことのない微笑みだった。
「るい。こんなところに連れてきた意味、判る?」
「ふたりきりになれるから……でしょ?」
 おずおずとわたしは答える。なんだか、様子がおかしい。
「地下室があるんだよね。見たい?」
「別に……」
 彼はわたしの返事など意にも介さない様子で、ランプシェイドの明かりを点けた。
 薄く照らされた部屋の中、キャスター付きの棚を動かすと、床に扉が現れた。大人ひとりが入れるくらいの幅だ。
 扉を開け、二重になっているらしい蓋を外すのを、わたしは不穏な面持ちで眺めていた。
 異臭が鼻をついた。ここからでは、地下室の中の様子までは見えない。ただ、まともな匂いでないことだけは確かだった。
「なに、これ……」
「死体の臭い」
 歌うように、楽しげに、音無くんは呟いた。
 死体……の、腐臭?
 たまらない濃度だ。わたしは顔をそむけた。
 音無くんがゆらゆらと近付いてくる。わたしは裏切られた気持ちでいっぱいだった。
「ひどい、音無くん。いいひとだと、思ってたのに」
「いいひとだよ……」
 彼の瞳は、狂っているとは思えないくらいに澄んでいた。
 手に持っているのは……まさか、刃物、だろうか?
「だって、るいが綺麗なうちに殺してあげるんだから!」
 音無くんがナイフを振り上げた。
「綺麗なうち、ね……」
 わたしの口調は冷めきっていた。
 切っ先がわたしの喉を狙い迫ってくる、その瞬間。
 ガラスの割れる鋭い音とともに、黒い塊が部屋の中に飛び込んできた。激しい雨が同時に吹き込む。
「ぐあッ!?」
 音無くんのナイフは部屋の隅に弾き飛ばされた。
「るい。大丈夫か」
「大丈夫に決まってるでしょ、グレイ」
 全身ずぶ濡れの黒い狼が、低く唸る。わたしは呆れたためいきをついた。
「やっぱり見てたの、あなただったのね」
 視線の主はこの狼だった。せっかく長い休暇を与えたのに、わたしから離れないなんて一途な下僕だこと。
「な……なんなんだよ!」
 尻餅をついた音無くんは、会話するわたしたちを震える手で指差した。狡そうな視線で、飛ばされたナイフを探しはじめる。
 グレイがわたしに訊いた。
「るい。こいつ、やっちゃっていいのか?」
 すこし迷ってから、わたしは頷いてみせた。このひとって相当面白いから、ちょっぴり残念だけど。
 あ、やっぱり惜しいかな、なんて思っている隙に、グレイは素早く音無くんの自由を奪ってしまった。
 脚の腱を両方とも噛みきったのだ。
 雷にも負けないような絶叫が部屋中に響き、音無くんは床に転がった。不様な格好。
 不様な格好といえば、わたしだって相当なものだ。未だ全裸だし。割れた窓から雨風は吹き込むし、寒くなってきちゃった。
 集中して念じると、縄は柔らかなチーズのようになって容易に切れ、わたしは自由の身となった。
「るっ……るいっ……」
 苦痛に顔を歪め、音無くんはわたしを見上げた。脂汗と涙と鼻水で顔面はひどいありさま。いい男が台無し。
「地下室の死体って、何人分?」
「五……いや、七人、くらい?」
「全員女の子?」
 こく、と頷く。
「変態」
 つまさきで頭を小突いてやった。連れ込んでは殺していたというわけか。
 音無くんは転がったまま頭を垂れる。
「許し……て、くれ。るいを殺そうとするなんて、俺が馬鹿だった」
「ほんとよ。相手を間違えたわね……」
 ひとのこと、言えないけど。こんな変態に巡りあってしまった自分の不運を呪いたい。
「あーあ。もうすこし、普通の女の子の生活を楽しみたかったのにぃ。えっちもはじめて覚えたのにぃ」
 グレイがげんなりした表情を見せたので、銀色の髭を引っ張ってやった。下僕はいじめられた犬みたいに鼻を鳴らした。
 音無くんは青ざめた顔で、わたしとグレイを交互に見ている。
「おまえ、おまえたち……なんなの……?」
「なんなのって……」
 ひとことで言えるような存在なら苦労はしない。
 まっとうな人間じゃないことは確かだけれど。
「説明するのも面倒。片付けちゃおうか、グレイ」
 命令を待っている下僕に目配せをする。
「あのね、業が深い人間ほど美味しく戴けるのよー」
 わたしはにっこり微笑んだ。音無くんを安心させるように。
「る、るい……」
 なのに彼は逆に怯えてしまったようで、わたしは頬を膨らませる。気を遣ってあげたのに、失礼じゃないかな。
 血の気の引いた顔。ひどく怯えた目。小刻みに震える身体。
「あなたが殺した女の子たちも、あなたの前で、こんな表情を見せたのでしょうね」
 音無くんの目が見開かれた。
 黒い狼が、哀れな獲物に飛びかかった。


 飽きるほど聞き慣れた絶望の呻き。


 音無くんはとても美味しかった。


 次の日からまた、グレイとの退屈な旅が始まった。
 大学にも正式に籍は置いていないし、わたしの行方を気にするような親しいひともいないから、姿を消すのは気楽なものだった。
 ただ、当分えっちはお預け。
 つまんないのー。

                                                    ♪fin♪

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