『呼び声』

『呼び声』

著/市川憂人

原稿用紙換算枚数70枚

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 震えながら受話器を掴む。通話口を押し当てると、いつもと同じくぐもった声が、理美《さとみ》の耳をぞろりと舐め上げた。
 ――――、――……。
 身体が強張る。
 相槌を打つことも遮ることも出来ず、ただじっと、暗い部屋の隅で受話器を握り締める。
 通話口の声が途切れる。理美は喉の奥から返事を搾り出した。
「……何を……すれば……いいの……?」
 ――――――……。
「そんな――」
 ――、――……。
「だめ、できない――」
 ――――――、――――……。
 ああっ――理美の顔が歪んだ。受話器をそっと畳に横たえ、卓袱台の上の、掌ほどの丸い容器に手を伸ばす。
 歯の根がかみ合わない。蓋を開ける指の震えが止まらない。
 ようやくのことで蓋を開き、容器の中の軟膏を右手の指先に掬い取った。左手を下に差し伸べ、人差し指と中指でそっとそこを開く。
 空調機の据えた風が襞を嬲り、叢を撫ぜる。畳のささくれが臀部を刺す。
 左手で開いたまま、理美は右手指の軟膏をそこに触れさせた。
 身体が震えた。
 喘ぎを堪えながら軟膏を塗り込めていく。脚をさらに大きく広げ、左手の指をいっぱいに開き、喉を小刻みに上下させながら、理美は軟膏をもう一度掬い取り、奥深くまで滑らせた。身体中から汗が噴き出し、固く張った胸の谷間を滑り落ちた。
 身体の震えが止まらない。吐息の乱れが収まらない。膝を擦り合わせながら理美は畳の受話器を掴み、長い無言の果てに吐き出した。
「……次は……何を」
 すればいいの――後の言葉を続けようとしたその時、理美の身体が硬直した。
 ……あ……ああ……あああ……。
 膝を擦り合わせる動きが激しくなった。剥き出しの胸を揺らし、臀部を畳に擦り付けながら、首を左右に振り回す。
「――何を、何をすればいいの。早く、早く――」
 ――――……。
 顔が青ざめた。
「どうして!? ひどい、そんなの――」
 恨みを込めたはずのその声は、しかしそこから広がる感覚に蕩かされ、甘えたような響きにしかならなかった。
「……いや……だめ……だめ……」
 指が白くなるほどに受話器を握り締め、全身を激しく揺さぶる。前髪を額に貼り付けたまま、理美は狂おしく壁の時計を凝視した。
 一分――二分――二分半――三分――三分十五秒――
 ねっとりとへばりついたように、時間の流れが遅い。
 ……早く……はやく……はやく……。
 秒針が十周回る頃、理美の口から弾けるように嗚咽がほどばしった。
「ゆるして……おねがい……もう……もう……ゆるして……」
 ――――――――――、――――――……。
 向こうの言葉が終わるのも待てなかった。受話器を片手で握ったままもう一方の手を伸ばし、力任せに軟膏を掬う。上体をうつぶせに倒し、頬を横向きに畳に押し付ける。脚の付け根を浮かせ、軟膏を掬った指を後ろのもうひとつの個所にくぐらせる。
 受話器を口元に寝かせると、理美は片手を前に潜り込ませ、固く張り詰めた胸の先端を畳に擦り付けた。前後に回した手の動きに合わせて腰を揺さぶり、受話器に向かって絶叫を放った。

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