『積読にいたる病 第七回』

『積読にいたる病 第七回』

著/踝祐吾

 神保町が好きだ。
 僕は基本的に本を購入することよりも、眺めることの方が好きなので、本屋の中を立ち読みをするわけでもなく、歩き回るだけで一時間はつぶせる、というある種の書店マニアでもある。なので、ほとんど本を買わないし、買っても積んでしまうことが分かり切っているので、いわゆる本読みと称される方々の中では絶対的に読書量が少ないに違いない。本を読まない分、ネットにおいて文章に触れているからかも知れないけど。本を読むためにはまずネットを絶てばいいのか。それはさておき。
 ネットという媒体は個人のさまざまな考え方がほとんどコストなしに発信できて、個人的には面白くもある。だが、たとえまったく同じ内容がネットと書籍の両方に掲載されていたとしても、僕の中では──どういう表現をしたらいいのかわからないが──それらはまったく別のものである。意外なことに音楽媒体や映像だと同様の事が起こらない。僕はCDでもmp3でも問題ないし、iTunesで売ってないからCDで買うとかよくやる。もちろん、いい音質、いい画質に越したことはないが、それらは媒体が何であるかどうかとはあまり関係がない。
 だが、書籍だけは別格だ……と思う。

 というわけで、その答えを求めるために神保町に行ってみた。東京都千代田区神田神保町……ビブリオマニアなら一度は耳にしたことがあるであろう、日本最大の古書店街の通称である。東京メトロ銀座線・神保町駅からすぐ、JRだと中央線御茶ノ水駅から徒歩十五分ぐらいだろうか、神田神保町といっても神田駅からは相当に離れているので注意が必要だ。ちなみに僕は初めて来た時ばっちり迷った。見事なるかな。
 僕が神保町に興味を持ったのは、本当にふとしたきっかけである。由緒正しいオタクの例に漏れず、それまで新宿渋谷原宿秋葉原ぐらいしか東京の地名を知らなかった僕は、正直言うと、ちょっと古めかしいイメージがあった。そのイメージを変えたきっかけは、かつて三色ボールペンで国語学を変えた教育学者、齋藤孝を特集したテレビ番組である。昔教育学部に何を間違ったか在籍していたこともあり、僕は齋藤氏の番組を教育学の授業中に見る機会があった。齋藤氏は明治大学の教授であり、明治大はそれこそ神保町のすぐそばにある。彼がその神保町を訪れたシーンが少しだけ映り、一言。
「九鬼周造が百円かー」
 その何気ない一言に、踝はショックを受けた。九鬼周造と言えば日本人の『粋』『不粋』を日本人の様々な感性と対比して示した『いきの構造』が有名な、日本を代表する哲学者の一人である。その九鬼の本が普通に百円で転がっている様子。そして、僕の神保町イメージを覆したその明るさ。これは是非行ってみなければ! と思い、その日を待ちかまえていたのであった。
 行ってみた……といっても、僕が神保町に行ったのは三回ぐらいしかない。基本的に僕はあまり下調べをせずに旅行に出るため、実際に歩いてみて大変なことになることが少なくない。初めて行った時がそうだった。岩手から何らかの用件で上京した僕は(何の用件だったか忘れてしまったが、多分そんな他愛もないことだったのだろう。なぜか大学卒業後一年間は二ヶ月に一回ぐらい東京に出る用事があった。なぜだ)、神保町への冒険を試みた。神保町という響きは文字通り田舎者の僕にとって極上のスイーツにも似た響きであり、全てが〝豪華〟これ以上の単語が見当たらない程、豪華であった(by山田悠介)ぐらいのこれ以上ない期待を持って行った先に踝を待ち受けていたもの! それは!
 ……シャッター。
 僕は改めて手元の腕時計を見た。日付は日曜日。時刻は午後六時。状況を瞬時に察知し、把握する。そして気づいた。今日は、休みだッッッ!……というわけで、僕は仕方なく写真をパチパチと撮りまくり、閉店後の神保町をあとにしたのであった。開いてないものは仕方ないしねぇ。
 しかし、一度失敗すると再度きちんと挑戦してみたくなるのが人間というもので、二度目は準備をきちんと行ってから向かうことにした。その日、ネットで知り合った方々とミステリの話をするためだけに上京した踝は、朝の内に東京に舞い降りたのだ。面子が集まりはじめるのはお昼過ぎ。この間を用いて、神保町行きを決めたのは言うまでもない。

 ともかく、二度目の神保町参戦は快晴にも恵まれ、土曜日ということもあって多くの店が開店しており、本来の活気溢れる古書店街の姿があった……ってみたことないけど。前回の旅で大体の位置関係を把握していた(つもりの)踝は早速街の中に飛び込んでみた。一店あたりの店構えが全国至る所にある古書店とさほど変わりがないと言ってしまえばそこまでなんだが、やはりそういう店が集中的にずらっと並んでいる様子はまさに圧巻。その光景だけでもう平身低頭。
 古書店というと、ブックオフなどの新古書店に比べて何となくスタイリッシュとかそういう概念とは全く逆の位置にあったりするのだが、試しにブックオフで売っているような漫画本を探してみると……無い。と言うか、漫画を扱っている店が全くと言っていいほど無い。文庫はかろうじてあるものの……といった具合。漫画を読みたい人は新刊書店を探すしかない。一応神保町にも新刊書店はあり、かなり大きな店構えのがいくつかあったりする。有名なのは三省堂書店と書泉グランデ、岩波ブックセンターなどだろうが、特に三省堂書店神田本店は創業百二十五年を誇る同書店の創業の地であり、神保町のランドマーク的存在として親しまれている……そうである(ウィキペディアより)。島田荘司が新刊を出すたびにここでサイン会をするとかなんとか。新刊書に心惹かれる方は是非立ち寄られると良いかも知れない。
 ついでに言うと、ここは仙台と並ぶ冷やし中華発祥の地としても知られているらしく、古書店と書店と食い物を目指して神保町を散策することを『神ブラ』と言うのだとか。
 しかし、この街からは「軟弱者は入るんじゃねぇ! 今すぐここを立ち去れ!」ぐらいの勢いがぴりぴり伝わってくる。なにぶん近くにあるのが靖国通りという位なので、とある一方向に歩けば(かなりの時間を必要とするが)かの靖国神社に行き着くわけである。現在の盛岡南部氏当主が宮司を務めるその神社は、ご存じの通りお国のために戦った数万の英霊が祀られている。葉隠覚悟の纏う三千の英霊など比較にならない。こちらは万単位だから、そこから醸し出されるオーラが多分靖国通りを伝って神保町にも流れてきているのだろう。漫画を探すとしたらやはり秋葉原に向かうしかないのか、と思いつつ本を探し始める。
 で、靖国オーラが効いているのかどうなのか、ここには比較的最近の本から(最近と言っても十年は経っているだろうが)、歴史的価値を認めないわけに行かない本も存在する。本来ならば博物館に所蔵されていてもおかしくない本がショーケースに並んでいたりするのだ。売り物かどうかは知らないけれど。
 その中で見つけたのが、表題の『解体新書』である。解体新書と言っても最近のゲーム攻略本のブランド名ではなく、杉田玄白や前野良沢らが訳した『ターヘル・アナトミア』の日本語版である。原著者よりも訳者の名前の方が有名な本というのを僕は数えるぐらいしか知らないが、その中のひとつに数えられることは疑いようがない。というか、原著は医学解剖辞典なのだから、著者の名前があまり有名でないのも納得がいく。とはいえ、日本の学問の歴史を変えた一冊がここにあるという事実。教科書でしか見たことのないあの本がガラス箱の中とは言え、店頭に出ているという衝撃は僕の脳天を見事に打ち抜き、「神保町すげぇ!」と一言を残して昇天するしかなかった。
 僕はちょっとした歴史フリークでもあったりするので、おかげでその場から数分動くことが出来なかった。見事なお上りさんっぷりが回りから見ていて明らかだっただろう。なにしろ旅行カバンをがらがらとひっさげた上に、十キロはあるであろうリュックを背負って、明らかに一般的な格好とは別の意味で異なる様相を示しているその動きは怪しいとしか言いようがなく。職務質問されなかっただけマシかも知れない。
 解体新書だけではなく、プレミアの一言で済ますことの出来ない本がごまんとあって、江戸時代某藩の資料がビニール紐で縛っているのが散見されたりして、一体どこから出てきたのだろうと思ってしまうものから、七十年代八十年代というアイドルの写真集もあったりして、この街の懐の深さを知ることになったのである。もっとも、店ごとのカラーみたいなものは少なからずあって、先述のアイドル写真集はそういう専門店を中心に販売されており、古文書を扱う店で見かけることは珍しい訳なんですけれども。その辺、上手く棲み分けが出来ているのかも知れない。
 もちろん解体新書に手を出すわけにはいかないので、一度読んでみたかったハードカバーをあさったり、『歴史読本』のバックナンバーをゲットしたり。しかし、路地をひとつずれたところで古本の青空ショップみたいなのが開かれていたのにはびっくりした。そこで拾った高木彬光の『ノストラダムス大予言の真相』にはもっとびっくりしたわけだが。『刺青殺人事件』ぐらいしか知らなかったからなぁ、こんな本も書いてたんだ、と意外に思うしかなかった。
 ちなみに三度目は滞在時間が三十分程度しかなかったので、それこそ店頭を眺めるぐらいしかできなかった。次回はもっとゆっくり散策を楽しもう、と思う。
 こうしてみると、神保町はどことなく秋葉原に似ている気がする。秋葉原は近年、文化の最先端を発信する土地として日本中で有名であるが(有名のなり方がちょっと間違っているような気がしないでもないけど)、文化発信のためには、訪れる者の知的欲求を満たす場所でなければならない、と僕は思う。秋葉原がそうであるように、神保町もまた、様々な文化を貪欲に吸収し、内包している。ただ一点違うとすれば、秋葉原は常に発信し続けるが、神保町は常に熟成し続ける街である。流れてくる情報を常に溜め置き、芳醇な香りを求める人間に提供するのだ。うん、これは情報のワインではないか。あ、僕今いいこと言ったかも知れない。

『積読にいたる病』 話は変わるが、今、神保町が活性化プロジェクトを計画しているという。なんでも小学館と吉本興業が共同で「神保町シアタービル」を建て、映画や演劇も内包した町おこしをするのだとか。直接のきっかけが古本屋全体の売上低下であろう事は想像に難くない。ブックオフやネット書店、一般的に言われる活字離れ……リアル古書店を巡る状況は非常に厳しい。それを求める人がいる限り、店は開かれ続けるであろう……と言う状況ではなくなりつつあるのかも知れない。僕としては、やっぱり寂しくもある。
 その一方で、新たな動きがあるのもまた事実。古本の街と言えば何も神保町に限ったことではない、と二十代から三十代を中心に西荻窪でそれぞれの趣味に特化した専門系古書店の出店が今増えているのだとか。噂によると夜中まで店を開けており、夜の神保町、という別名もあるらしい。今、神保町と西荻窪を結ぶ東京古書店ラインが産まれつつあるのだ。
 文化は生き物である。今まで数多くの流行が産まれ、そして消えていった。今僕らがいる文化も、いつか新たな流行の波にのまれ、歴史の一ページとして残るのみになるのだろう。しかしながら、書物は文化の記録でもある。それらは常に堆積し、完全に消えることなく、後の人に読まれることを待ち続けるのみである。神保町という土地はその文化を残し続けてきた土地であり、博物館のような残すための施設とはまた別の、その時代時代の人々による残そうという意志の元に存在してきたのかも知れない。意志を持つ街、というのは決して少なくはないが、動き続ける以上に、保ち続けるというのには相当の努力が必要なのだろう。そして、その努力を続けていこうという人々がいるのは、何とも心強いことである。
 最終的には『書を求めて、街へ出よう』と言うことなのだろうか。ネットだけでは分からない資料の世界が神保町にはあった。寺山修司には感謝しないといけないかなぁ。

(第七回・おしまい)

解体新書 (講談社学術文庫)解体新書 (講談社学術文庫)
杉田 玄白 酒井 シヅ

講談社 1998-08

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参考:
三省堂書店 - Wikipedia
〝本の街〟神保町再生へ 吉本と小学館で劇場 明大などと連携強化 - 産経新聞・二〇〇七年七月九日
新しい古書店の胎動 古本よみた屋

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