ぐるぐる回る超短編 - Aチーム

ぐるぐる回る超短編

【Aチーム】


【0】

『RISING』


著/水池亘


 世界が終わるという日の朝、僕は草原に寝転がっている。
 真っ赤に染まった空の中に、ぽつりと一点の青。
 風船。
 まるで過去の空全てをその中に凝縮したかのような鮮やかな青色が、ゆったりと空をのぼってゆく。
 僕は眺める。いつまでも眺め続けている。


『青い風船』120文字




【1】

『THREE CHEERS FOR OUR SIDE』


著/空虹桜


 従妹の来る日曜日。彼女は水平線とか地平線とか、そゆシンプルな風景を見たことがないという。
 毛糸の季節は風が冷たくて、ピクニックには早すぎるけど、今日はそう、陽が沈む方角へ!
 ミルクで濁ったコーヒーを飲みながら、恋してるとか好きだとか、彼女は友達の華麗な噂を嬉しそうに話す。何度も何度も。
 地球のこととか平和のこととか、大きな物語が社会に溢れてて、たぶんお袋は僕らが車を拝借してることになんか気づかない。
 青い海。白い雲。赤い旗。遊泳禁止。打ち寄せる世界までが僕の赤い靴に物語る。
 ありきたりの幸福やとびきりの悲哀を放置して、パステルカラーの奇妙な遮断機が下りる。素敵な電車のパレードが行く。
 どんな文脈からも放たれ、あらゆる物語を包含し、やがて鐘が鳴る。

『海へ行くつもりじゃなかった』328文字




【2】

『ALTHOUGH DEATH DO US PART』


著/遥彼方


 かんかんかんかん――
 裏手の踏切から、静けさの底を這うように、警報機の音が聞こえてくる。ひとけのない自習室。疲れたわたしは顔を伏せる。
 遮断機の降りた踏切の中に美術史の教授が立っていたのは、二週間前のことだ。学生達が奇妙な熱気で騒ぎ、わたしの頭は真っ白になった。どうしようもないままあっという間に列車がやってきて――鼓膜を裂くようなブレーキ音――だけど次の瞬間、わたしの目には不思議な光景が映った。線路が突然鞭のようにしなり、列車はぱあんと跳ね上げられて宙を舞った。いくつもの車両が降ってきて、その場にいた学生達、わたし達は、ひとり残らず押し潰された。
 勿論、それは夢。わたしはその場で気絶していて、目がさめたのは救護室のベッドの上。ニュースで報じられているのは教授の自殺で、友達も親も皆わたしに同情の言葉をくれた。
 でも、その日を境にわたしは欠落した。誰が冗談を言っても笑えない、教授の葬儀に行っても悲しくもない、心配する母の声に返事する気も起きない。
 幽霊のような気分でわたしは顔を上げる。
 はす向かいの席に美術史の教授が腰掛けて、小さな本を読んでいる。
 警報機の音が途切れる。


『幽霊』486文字




【3】

『SUMMER PUTREFY TRUP』


著/フルヤマメグミ


 俺の趣味はグロ画像集めだ。ひたすら悲惨な遺体の画像を探しては、ダウンロードする。たまに親の検閲が入る場合もあるが、履歴も一時ファイルも削除して、フォルダを深い階層に沈めておけば気づかれない。
 蒸し蒸しする金曜の深夜、いくつか画像をクリックするうち、気を惹くものがあった。
 全裸の遺体。たぶん女だ。胸から下腹部まで真一文字に裂けていて、腸や内臓が引きずり出されている。両手は頭の上へ掲げられ、掌でまとめて釘打たれていた。
 これだけならただの『当たり画像』だが、気になる点があった。俺はPCを落として、休日前にしては早めの時間に寝た。
 明くる日、母親に驚かれるほど早起きした俺は、まっすぐ学校へ向かった。部活のために、校門は開かれている。静かな校舎の階段を昇り、屋上へ出ると、猛烈な腐敗臭に襲われた。鼻をつまみながら階段室の真裏に回ると、予想通りのものがあった。
 昨日見た画像の右端に、見覚えのあるものが映っていた。卒業生が書いたらしい相合い傘。まさかと思っていたが、予想は当たってしまった。
 白濁した眼球と目が合ってしまった。不可逆に腐りゆく臭い。既に餌を見つけ、空っぽの腹の裂け目で蠕動する蛆虫。生気が失せ、薄緑色になり果てた肌。
 金縛りに遭ったかのように動けない俺の背後に、誰かが立った。


『モニタは臭いを表示しない』546文字




【4】

『A MORGUE』


著/雨街愁介


 死体に折り重なるようにして、一人の赤ん坊が生きていたのは、いまはもう昔の話だ。赤ん坊ではない、一人の少年となっている。モルグの腐臭の届かない場所はモルグには無い。腐臭から逃れるすべを少年は知らなかった。腐臭から逃れようとも思わなかった。
 全裸で打ち捨てられている彼や彼女やを見て、少年は一種の郷愁に駆られることがままあった。この中の誰かが自分の父や母だったのかもしれないのだ。
 少年が赤ん坊だったころ、死体の中から這いずりだして、空を初めて見た瞬間を彼は未だに覚えているが、特に感想は無いな、というのが正直なところだった。
 少年はそのときのことを思い、空を見上げる――そしてまた、思う。いまでは違う。酷い、酷すぎる、何より惨いのはこの空だ。
 人はときどき遠目に見る。彼らは彼のように継ぎ接ぎの死体のお下がりの服は来ていない、全身を包む、暑苦しい格好だ、と彼はいつも思った。
 食べるものは主に死んだ、というか殺した猫や犬だった。死体を食う気にはならなかった。どう考えても不味そうだったからだ。
 ある日モルグの傍の壁に張り紙が貼ってあるのを彼は夜の外出のとき見つけた。そこには何か意味のある図形があったが、詳しい意味は分からなかった。代わりに、その張り紙の隅にあった挿絵の意味は分かった。なるほど、と彼は思った。ここがなくなるのか。
 彼はモルグに行き、もう一度死体を見上げ、木片を集めてマッチで火を焚いた。火は次第に大きくなった、彼は自分の持ち物をすべて火の中に放り込んだ。それから盗んだ灯油を巻いた。炎は死体を赤く染めた。
 彼は生まれたころのように、死体の中へ潜り込んだ。――何も恐れることは無い、ただ、還るだけだ――。中は暖かかった。今まで彼の知る一番の暖かさだった。彼は傍にあった、屍体の乳房に触れた。それからそれを唇の間に優しく挟んだ。乳の香りがした。


『無題』770文字




【5】

『PERFECT KINGDOM』


著/sleepdog


 少年が屍体に催眠術をかけることを覚えたのは、夢の国をつくるためだった。少年の催眠術とは、ゾンビのようにおぞましい呪術で復活させるものではない。もっと単純なことだ。屍体に対して強い暗示をかけ、死んでいることを忘れさせるのだ。つまり、ある一個体が、死という状態から観念的に抜け出してしまうこと。
 人は死の状態から脱すれば、めぐりめぐって対極なる岸に舞い戻る。もちろん時間はかかる。ただ、そうすることで、腐乱した屍者としての蘇生でなく、生前同様のみずみずしい精神と肉体で再起することができる。それはまさに誰もが夢見た不老と不死。ある流浪の旅人がその秘法を、少年に身をもって教えていったのだ。
 これは何も人に限らない。犬も、猫も、馬も、鳥も、人が人として君臨し生きるために殺めたすべての生きものを、催眠術で再びいきいきした姿に返すことができた。やがて、少年は乾いた丘に立ち、死生のないまぜになった連中を集め、少女と動物を囲いこみ、好きなだけ手をかけ欲望を満たした後、催眠術で原形を維持させた。といってもすべてが無条件で死を忘却させられるわけではない。少年の目の届く範囲から離れれば、犠牲になった個体はまたたく間に死の観念を思い出し、オペラの歌声のような絶唱とともに崩れ落ちる。
 もっとも、たとえ死の状態に戻っても、また何度でも催眠術で死を離れた状態になれるのだ。しかし、少年はいつの間にか傲慢と怠惰に蝕まれ、どれが生きものか、生きものでないかも見分けがつかなくなり、ついに不眠ですべての動くものを見おろすだけになっていた。創造主と壁一枚隣りあわせた境界線上を、踊るように踏みはねる。眼下では生と死の区別なきものが繁殖行為を飽きることなく繰り返す。少年が理由を失って、まぶたを閉じ、眠りにつくとき、この一帯はきっと完璧な夢の国と化すだろう。昼も、夜も、二つに一つはもはや純粋な生者でない。どこかで少女とも鳥ともわからぬものの悩ましい産声が聞こえた。


『不眠の君主』820文字




【6】

『WO「LR」D IS MINE』


著/影山影司


 乱視では無かった。秘匿本の黄味を帯びた粗末な紙から文字が浮かび上がった。紐が解れる様に、一字下げされた所からぺりりと文字の連なりが浮かび上がり、頭上で渦を描く。流しの栓を抜いた水の動きで落下を始めた。どこに行き着いたのかは分からない。
 ただ、僕の体に、染み渡る。
 床のちぐはぐな木目の隙間から、文字が沸き立つ。腕や脚に絡み付き、シダ植物が木々を引き倒すのを真似たのか。僕は床に四肢を着く。眩暈に誘われ唾液と胃液が込み上げるが、床に散ったのは「!」の欠片。
 文章が螺旋を描いて、僕の目玉を侵食する。世界が白と黒に変換され、歪み、文字の城と成りて、瓦解する。知らない文字母の書いた文字異文明の文字、折り重なり、その濃淡で老婆の顔が影絵となって現れる。床面に貼り付いた老婆の口が「きらい」と動き、僕は溜まらず絶叫を上げた。絶叫は音でなく文字として吐き出される。僕の口から老婆の口へ。
 くちうつしだ。
 四肢に絡まる力が強まる。僕と老婆は結び付けられる。DEEPに交わる唇が境界を。失う。文字とは情報だ。全てを理解した。僕の体は沸騰する。情報の蒸気が漂うて固体から情報へと昇華されるのだ。
 僕は、此処へ脚を踏み入れた。
 僕が僕で無くなって、ようやく僕は僕の願いを叶えてしまう。


『無知と諦観に物語は無』534文字




【7】

『RISING』


著/水池亘


 世界が終わるという日の朝、僕は草原に寝転がっている。
 真っ赤に染まった空の中に、ぽつりと一点の青。
 風船。
 まるで過去の空全てをその中に凝縮したかのような鮮やかな青色が、ゆったりと空をのぼってゆく。
 僕は眺める。いつまでも眺め続けている。


『青い風船』120文字


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