『世界の果ての年代記《クロニクル》──World's End(前編)』

『世界の果ての年代記《クロニクル》──World's End』

著/夏目 陽

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 最後に滞在した村から、北に五十キロほど進んだだろうか。私がたどり着いたのは、〈世界の終わりの村〉だった。荒廃した灰色の世界。まるで何者かに色を奪われたかのように、その村は白と黒とその間の灰色しかなかった。門番が住んでいたのであろう石造りの建物は、壁が欠けていたり、穴が開いていたりしている。風化が進んでいるのか、半ば砂となっている壁もあった。村を囲っている柵はほとんどその原型をとどめていない。柵であっただろうものは灰色の大地にひれ伏している。私はそれを越え、〈世界の終わりの村〉に入村する。
 村の中の建物は入村する前に見た、石造りの家と似たようなありさまだった。路上に生える僅かな雑草は枯れ果て、力なく灰色の世界の一部となっている。石造りの家だけではなく、木造の簡素な家屋も現れたが、それらも木が腐っていたり、見るも無残に大黒柱が折れていたりしている。そして、それらはすべて色を失っていた。それらの姿はまさに廃墟と呼ぶにふさわしく、人の住める場所であるとはとうてい思えなかった。空を見上げると、そこには厚い灰色の雲がかかっていた。私は捩子巻き式の懐中時計を見る。とうの昔に日が落ちているはずなのに、夜にしては明るすぎ、日が出ているにしては暗すぎた。まるで夜と昼の境界線に位置しているようであった。
 私はひとつの廃墟に入る。そこは何かを飼育していたであろう施設であった。私が見たことのあるものにたとえるのならば、それは養豚場によく似ている。小さな飼育場がいくつも並んでいた。だが、そこで何が飼われていたのか、あるいは何をしていたのかはわからない。その中はすべて空っぽで、埃が厚い層を作っていたからだ。すでに何も飼わなくなって長く経つことがわかる。私はそこにあった柵に手をかけた。すると、瞬く間にそれは柵という形を保てなくなり、砂となる。私は目の前で起きたことがすぐにはわからなかった。誰かの仕掛けた悪戯という言葉が浮かんだが、誰が何のために仕掛けたのか、私にはわからなかった。砂と化した柵を見ると、外に溢れている砂と同じものであった。灰色の、さらさらした水分を含まない砂だ。
 私はそれらを見ながら、噂に聞く〈世界の終わりの村〉の姿そっくりだと思った。旅人にとってこの〈世界の終わりの村〉は極北であり、終着点であった。この先は存在せず、ここに留まるか、あるいは来た道を戻るかのどちらかを選択せざる得ない。そうやって、留まることを決めたものたちが住む村が〈世界の終わりの村〉だった。
 しかし、いつしか〈世界の終わりの村〉に来る旅人は少なくなってしまった。決して住みやすいとは言えない土地であること、住んだとしても他の村とほとんど交流をすることができないこと。それらのせいで、〈世界の終わりの村〉に住んでいた人々はひとり、またひとりと失われていった。今では〈世界の終わり〉を見てみたいと思う変わった旅人だけがここを訪れる。そして、私もその旅人の一人だった。私はそんな人が住むべきでないところに住むものの話を聞いてみたかった。
 養豚場に似た施設から出て、私は再び廃墟の中を彷徨う。だが、どこまで歩いても、生きているものの気配はなかった。すべての色が失われ、すべての匂いが消え、すべての音がなくなった村。そんなところで生命が長く生きながらえることはできるだろうか。私は灰色のコートの襟をたて、身体を縮める。寒さが徐々に身体の芯を侵していった。息を吐くと、それは白かった。服の隙間から刺すような寒さが入ってくる。北風が吹くたびに、脆い廃墟の壁はその形を失い、砂となって空を舞った。
 ふと、どこからともなく風に流され、少女の小悪魔のような笑い声が聞こえてくる。それが廃墟のなかで反響し、静寂の村を包む。私は思わず、顔をあげた。あたりを見渡し、声の主を探す。だが、その姿はおろか気配すら感じられない。気のせいかもしれないと思ったとき、その笑い声は再び廃墟に響いた。私は声をあげる。
 誰かいるのか。
 その声は木霊となって、廃墟の中に響き渡る。その瞬間、少女の笑い声は消えた。ゆっくりと消えていく自分の声を聞きながら、私は周囲を見渡した。だが、笑い声の持ち主は見当たらない。だが、私が周囲を見渡し終わった後、またあの少女の声が消えてきた。
 こっちにおいで。
 すぐ後ろで小石が落ちた。私はとっさに振り向く。廃墟の小さな瓦礫が地面に落ちてきたのだ。私はすぐさま走り出す。また、くすくすという笑い声が聞こえてくる。私はその声を頼りに廃墟の中を走り抜ける。
〈世界の終わりの村〉に住んでいるものがいるとは思ってもみなかった。多くの建物は半壊、あるいは全壊しているため、人が住んでいるようには思えなかった。埃のたまり具合から、長年ここが使われていないのがわかった。ここに人が住んでいるとはとうてい思えない。だからこそ、この〈世界の終わりの村〉に人が住んでいるということに、私は大変な興味を覚えた。一目でよいから、どのような生活をしているか見てみたい。どのような話をしてくれるのか、聞いてみたい。そして、幾多の旅人を見て、何を思ったのかを知りたい。私はそのために、走った。
 私は何度か立ち往生しながらも、廃墟を縫うように彷徨う。立ち止まれば、必ず背中に小石を投げられた。そして、少女の声が廃墟に響き渡る。
 こっちよ。
 私はすぐさま振り向いて、走り出す。だが、一向に人の姿どころか気配すら感じられない。私は声の主に遊ばれているのだろうか。何度か同じ道を繰り返し、走り回った。あるいは、この〈世界の終わりの村〉には人なんて住んでおらず、私の背中に小石を投げ続けているのは、ここで死んでいった旅人たちの亡霊であるかもしれない。
 私が立ち止まると、まるで止まってはいけないと言わんばかりに背中に小石を投げつけられる。私は何かに期待して振り向く。だが、そこには廃墟しかなく、声の主はおろか、誰一人として、そこにはいない。
 私はたまらず、声をあげる。早くなった心臓の鼓動を静めようと、全身で呼吸をして、酸素をめぐらせる。廃墟には私の呼吸する音しかしない。私は〈世界の終わりの村〉で、いかに場違いな存在であるかを思い知らされる。この〈世界の終わりの村〉では色も、匂いも、音もないのが普通なのだ。そういうものでなければ、この〈世界の終わりの村〉に留まることはできない。
 だが、声の主は、また私の背中に小石を投げつける。なかば私を期待させるかのように。まるで後ろを振り向けば、まだ見ぬ声の主が立っていることを予感させるように。そして、まだまだこれから、と言っているかのように。私はゆっくりと振り向く。また、終わりのない、いたちごっこが続くかと思われた。
 しかし、振り向いた先には、風化して半分が砂となった石の壁に手をつきながら、こちらを見て、笑っている少女がひとり、立っていた。
 こんにちは。それとも、こんばんはかしら。旅人さん。
 ところどころしみだらけのワンピースを着た少女は、その透明な声で言った。驚きで言葉を上手く紡ぐことのできない私を見て、少女はまた微笑を浮かべる。
 からかってしまってごめんなさい。あんまりにも久しぶりの旅人さんだったからあたし、嬉しかったの。
 君の名前は?
 やっとのことで出てきた言葉がそれだった。彼女は壁から手を放し、こちらにそっと歩いてくる。それに生きたもののような気配はなかった。初めからそこには何もいない、これが私の幻視であるとするならば、もっと納得が出来たであろう。だが、彼女は目の前に存在しているし、それでいて、まるで無のように気配がなかった。色も、匂いも、音も失った村の住民は、気配すら奪われてしまったのだろうか。まるで人形のようだった。博物館に静かにたたずむ少女の姿をした人形。それが夜な夜な動き出しているとしたら、このように色も、匂いも、音も、気配すらもない歩き方が出来るのかもしれない。
 あたし? あたしに名前はないわ。
 彼女は歌うような抑揚のつけ方で言った。鈴を転がしたような声が廃墟へ静かに浸透するたびに、私は思わずそれに聞き入ってしまう。だから、私と彼女の会話は常に一呼吸、間が空いてしまう。だが、彼女はそれにも何ひとつ文句を言わず、黙って私が話し出すのを待っていた。
 名前がない? どういうことだい? 君の両親は?
 あたしに両親はいないわ。私たちがここに生まれてからすぐに死んでしまったの。それからずっと、あたしもあたしの妹と一緒にずっと暮らしているの。
 二人だけで? 他に人は?
 いないわ。物心ついたころから、あたしたちひとりぼっちだったの。だから、あたしたちは名前を持っていない。それを必要としない。あたしとあなたしか存在しない中で、それ以上の呼び名は必要ではないでしょう?
 確かにそうだ。だけど、それじゃあ、私は君を何と呼べばいいのかな?
 彼女は首を傾げる。その仕草は年頃の少女らしく、可愛らしかった。くりくりとした目をぱちぱちとさせながら、少女は少しの間、考え込んだ。私は彼女が口を開くまで、その仕草をつぶさに観察する。
 君、でいいわ。そうね、君って響きは素敵だわ。君にしましょう。
 それじゃあ、君に訊くよ。ここは〈世界の終わりの村〉なのかな?
 そうよ。ここは〈世界の終わりの村〉だわ。この先には〈世界の終わり〉があるだけ。あなたも〈世界の終わり〉を見に来たのかしら? それとも彷徨っているうちにここにたどり着いてしまったのかしら?
 どちらでもあるし、どちらでもない。確かに〈世界の終わり〉に、旅人の作った〈世界の終わりの村〉があるというのは、聞いたことがある。そこにいつか行ってみたいと思ったこともある。だけど、決して、旅の終着点が、この〈世界の終わりの村〉じゃない。ひとつ訊かせて欲しい。君が生まれてから、この地にたどり着いた旅人はどうしたんだい?
 さまざまよ。この地を折り返し地点とし、南の〈世界の終わり〉を目指して旅立った人もいるし、ここに住むことを決めた旅人もいるわ。旅人だけじゃないわ。ある国の軍隊が来たこともあるし、ある国の国王が来たこともある。さまざまな人間がここを訪れたわ。だから、さまざまな選択があったわ。あたしはそれをすべて見てきたわけではない。だけど、たったひとつだけこの地に残ったものたちの末路だけは見てきたわ。
 この地に残ったものはどうして皆、いなくなったのかな?
 そのことを話すにはこの場所は向いていないわ。旅人さん、あたしの家に来ないかしら? こんなところで野宿すれば凍え死んでしまうわ。あたしの家になら、暖炉もある。ゆっくりと椅子に腰掛けてながら、この話の続きを聞くのはどうかしら?
 そうだね。それがよいかもしれない。
 それじゃあ、決まりね。ついて来て。あたしの家に案内するわ。
 彼女はまるで跳ねるかのように歩く。私は彼女の後を進む。彼女が地面を蹴るたびに、枯れ草はがさがさと音をたてる。数々の廃墟の瓦礫を乗り越える。彼女はそれをものともしなかったが、私は途中で何度かしんどい場面に出くわした。地面に落ちている瓦礫につまづきそうになりながらも、必死に彼女の後を追う。少しでも気を抜くと、彼女を見失ってしまうからだ。彼女は時折、後ろを振り返り、私の進行状況を確認する。あまりにも離れている場合、彼女はその場に座り込んでしまう。それが何度も続くので、私は少しでも彼女をゆっくりと歩かせようと、話しかけてみた。
 君はずっとここで何もしないでいるの?
 彼女は歩きながら、首を横に振る。器用なことに話しかけながらも、彼女は上手に歩いていた。逆に私がさらに必死になって彼女についていくような形となった。
 あたしたちはいつも仕事をしているのよ。
 仕事? どんな仕事なんだい?
 彼女が薄く微笑む。後ろ向きに歩きながら、左手を後ろに回し、右手の人差し指を口元にあてる。その姿は可愛らしく、思わず見入ってしまうほどであった。彼女は前も見ずに歩きながら、口を開いた。
 それは家についてから教えるわ。でも、素敵な仕事よ。旅人さんにもいつか見せてあげるわ。きっと気に入ってくれるわ。
 廃墟を抜けると、広く緩やかに続く丘に出る。だが、その大地は干からび、大きなひびが入っている。森はおろか、木の一本、草の一本も生えていない。むせ返るような土の匂いもなく、胎動するかのような芯に響くゆれを感じる。その丘の頂上に一軒の家が建っている。廃墟と同じ石造りの家であるようだが、外壁は痛んでいるようには見えない。何よりも煙突からは鈍色の空に向かって、白い煙がもくもくとあがっている。
 あら、もう帰ってきたのかしら。
 彼女の歩く速さが少しだけ速くなる。だが、村の中よりも歩きやすくなったため、それほど彼女から離されることはなくなった。私はふわふわと揺れる灰色のワンピースの裾を見ながら、彼女の後をついて行く。
 丘の頂上にある彼女の家からは〈世界の終わりの村〉が一望できた。私は円形状に広がったそれを見ながら、それがまだ廃墟以前、人がたくさん住んでいたころのことを想像した。たくさんの色があり、生き物の匂いがし、活気に溢れていたころの、この〈世界の終わりの村〉は果たして、どのようなところであったのだろうか。
 ここよ、ここがあたしたちの家なの。
 彼女は木製の扉を開け、室内に向かって、旅人が久しぶりにこの村に来たことを伝える。すると、奥から彼女とそっくりの少女が現れた。背格好も、着ている服も、まるで映し鏡を見ているかのように、そっくりであった。
 こんばんは。君のお姉さんにはお世話になった。
 変なことをされませんでしたか。彼女は人をからかうのが好きなので、旅人さんも少しからかわれたでしょう。
 村中を走り回されたよ。でも、いい運動になったかもしれない。
 彼女は責めるような視線で私の隣にいる少女を見た。そんな視線を浴びる彼女は、舌を出しながら、悪びれる様子もなく、飄々とした表情を浮かべている。
 君にも名前がないのかな?
 私は目の前の少女に尋ねる。彼女は首を横に傾げ、きょとんとした顔でこちらを見ている。まるで言葉の通じないものを相手にしているようだと私は思った。もしかすれば、名前という言葉の意味すら知らないのかもしれない。
 いや、なんでもない。忘れてくれ。だけど、本当に君たちはよく似ているね。
 当たり前じゃない。だって、あたしたちは双子なんだから。だから、本当はどちらが先に生まれてきたか、わからないの。あたしが姉で、彼女が妹とは言っているけれど、本当はあたしが妹で、彼女が姉かもしれない。だけど、どちらが姉で、どちらが妹かなんてことは、あたしたちにとって些細な問題でしかないのよ。あたしは彼女で、彼女はあたし。姉であり、同時に妹でもあるの。
 君たちはそれを疑問に思わないの?
 そうよ。あたしたちはそんなことを疑問に思ったりはしないわ。あたしと彼女はどこまでもそっくりで、あたしに出来ることは、彼女にも出来て、彼女に出来ないことは、あたしにも出来ない。
 つまり、君たちは鏡に映った自分の姿を見ているような感覚である、ということ?
 私の目の前にいた少女が頷いた。私は彼女らの仕草をつぶさに観察する。だが、表情、視線の動き、話し方から、細かな手の動き、果ては退屈になると左手で髪の毛を触る仕草まで、まったくと言っていいほど一緒であった。
 それじゃあ、私は君たちのことを何と呼べばいいのかな?
 あなたが今、あたしたちを呼んでいるように、君と呼んでくれればいいわ。
 それだと君たちが困らないかい? もしも、私が二人のいるところで、君と呼んだら、君たちはどちらが呼ばれたと思うのかな?
 あたしたちはどちらも呼ばれたと思うわ。だって、さっきも言ったとおり、あたしは彼女で、彼女はあたし。初めからここにはひとりしかいないの。それに、あなたがあたしを呼ぼうと思って呼んだとして、もしも、あたしたちがいじわるをして、あたしではなく彼女を、あなたのもとに行かせたとして、あなたはその違いに気づける自信があるのかしら?
 私は首を横に振った。私はきっとその違いに気づけないだろう。私はきっと彼女を妹だと信じて、会話をするだろう。そんな私の思考を見抜いたのだろうか、彼女らは静かに微笑む。
 そういうことなのよ。大丈夫。あたしに出来ることは、彼女にも出来るって言ったでしょう。だから、あなたがどちらを呼んだとしても困ることはないのよ。
 さあ、行きましょう。こんなところにいても寒いだけでしょうし、あなたが聞きたい話はもっと別のことでしょう? 居間には暖炉もあるし、椅子もあるわ。そこに腰掛けて、ゆっくりと話しましょう。
 私は頷き、彼女らの後に続いて、廊下を歩く。内装は小奇麗で、壁には古い絵画が何点か木枠に入って飾られていた。その中のひとつにこの丘の頂上から見た〈世界の終わりの村〉の絵画があった。ところどころ淡く繊細なタッチで描かれている。他の絵が執拗なまでに描きこんだような絵画ばかりであったのに、この絵だけが全体的にぼやけていて、まるで霧の中の村を描いたかのようだった。光の使い方が上手く、そのために〈世界の終わりの村〉全体が淡い雰囲気になっている。
 私は思わず立ち止まり、絵をじっくりと鑑賞した。色をまだ失っていない頃の村はたくさんの色で表現されている。外壁が赤褐色であったことも、少しながら草が生えていたことも、白い点のような花があったことも、この絵画からわかった。
 絵を見るかぎり、サインのようなものはなかった。私は絵を裏返してみる。するとキャンバスの後ろに消えかけてはいるものの、日付と〈World's End Village〉というタイトル、そして、二人の少女たちへという言葉が書かれていた。その日付は六十年近くも前の日付であった。
 その絵を見ているの?
 彼女らは壁から絵画を外して見ている私を見て、尋ねた。私は慌ててその絵画を元の場所に戻そうとする。だが、彼女はそれを制した。替わりに私の手にあった絵画は、彼女たちのもとに収まる。そのまま、彼女らは無言で歩き始める。私はその後ろを黙って歩いた。
 あの裏に書かれた言葉が誰を指しているのかは、わからない。彼女らの祖母かもしれないし、母かもしれないし、まったく別の誰かかもしれない。ただあの絵画は彼女らにとって大事なものなのだろう。
 廊下を抜け、居間に出る。それほど大きいわけではないが、家具が少ないので、気にならなかった。壁には暖炉があり、中では勢いよく火が燃えていた。壁には数枚の絵画や、何枚かの写真がある。どれもが〈世界の終わりの村〉を写したもので、彼女らが写っている写真も、彼女らを描いた絵画もそこにはなかった。
 どうぞ、そこに腰掛けて。
 暖炉の手前にあった安楽椅子を指して、彼女は言った。私はその言葉に甘え、それに腰掛ける。ぎしぎしと木の軋む音とともに、私は腰を下ろした。安楽椅子は居心地がよく、まるで何かに包まれているような感覚だった。
 彼女らも部屋にあった安楽椅子に腰掛ける。私たちは向かい合うような格好となった。
 さて。何から話そうかしら。旅人さんは、どんなことが聞きたいのかしら? 
 君たちが見てきたこの〈世界の終わりの村〉の歴史がまずは聞きてみたい。どうして〈世界の終わり〉にこんな村が出来たのか、そして、どうして今では〈世界の終わりの村〉がああなってしまったのか、とても気になるんだ。君たちが聞いたことのある話でいいから、聞かせてくれないか?
 彼女の抱いた絵画がこちらを向く。彼女らは遠い過去を思い出すかのように、視線を宙に浮かせていた。その仕草はやはりどちらも同じで、もしかすると同じ過去を思い出しているのではないだろうかと思った。
 わかったわ。だけど、ひとつだけお願いがあるの。あたしたちが話している間、きっとあなたはたくさんの疑問が浮かぶと思うわ。だけど、絶対にその話の腰を折るような真似だけはして欲しくないの。質問はすべて話し終わってからにしてくれるかしら?
 私は頷き、それを誓う。彼女らはそれを見て、微笑む。それから幾ばくかの沈黙を挟み、彼女らはゆっくりと〈世界の終わりの村〉の歴史を語り出した。

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