『世界の果ての年代記《クロニクル》──World's End』(2)

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 まずは〈世界の終わりの村〉の話をする前に、それが出来る以前の話をするわ。〈世界の終わりの村〉が出来る以前、あたしたちが静かに二人で暮らしていたころ、〈世界の終わり〉に来る旅人はほんの僅かでしかなかったわ。それもほとんどが道に迷った末にたどり着いたものたちで、初めから〈世界の終わり〉を見るために来たものなんていうのは皆無だったの。彼らは皆、衰弱していたわ。あたしたちの家に来てからも、すぐ病に倒れ、死んでいくものが少なくはなかったわ。〈世界の終わり〉には〈世界の終わり〉以外には何もなくて、彼らの望んだ食べものや、薬なんてものはなかったの。だから、ほとんどの旅人さんはここで死んでゆくか、ここを出て行っても途中で倒れてしまうかのどちらかだったの。あたしたちは、たくさんの旅人さんの死を見届けてきたわ。故郷に家族を残してきたもの、広い世界をひとつでも多く見てみようとしたもの、まだ見ぬ財宝を探し続けていたもの。本当にたくさんの旅人たちがいたわ。安らかな顔で死んでいった人もいるし、後悔を滲ませながら死んでいった人もいたわ。あたしたちはいつもそれを見届けたわ。ベッドのそばに座って息を引き取る瞬間に立ち会い続けたわ。苦しみに包まれて死んでいく人もいた。この世界に恨み言を残して死んでいった人もいた。あたしたちは彼らが死に絶えると、その骨をちゃんと埋葬したわ。そして、安らかに眠ってくださいといつも思ったの。
 ほんの少しだけれども、生きて故郷に帰ることの出来た旅人さんたちもいたみたい。それからかしら、少しずつ〈世界の終わり〉の噂が広まり始めたわ。北のさらに北に行くと〈世界の終わり〉がある。そこは世界の果てで、それ以上先がない。いつの間にか、ここは旅の終着点として、旅人さんなら誰でも知られるようになったわ。だから、ここに来るための装備をしてくる人たちが出てきたの。今まで迷子になったりして来た人たちばかりだから、すぐに死んでしまったのね。彼らはやすやすと〈世界の終わり〉にたどり着いたわ。そして、帰っていく。あたしたちはそんな彼らを何百人と見てきたわ。優しい人もいたし、乱暴な人もいたわ。すべての人をあたしたちは迎え入れたわ。あたしたちはふたりだけで完結していたけれど、そんな生活はあまりにも退屈でつまらなかったわ。誰か他人と話している瞬間、一緒に笑っている瞬間、泣いてしまった瞬間、すべての瞬間で、誰かと関わっているときは、不完全でありながらも、とてもわくわくしていたの。
 そのうち、彼らはここに村を作れないかと考え始めたの。だけど、あたしたちは知っていたわ。ここは〈世界の終わり〉で、草はすぐに枯れるし、家も少し放っておけば、すぐにぼろぼろになってしまう。夜は凍えるほど寒くなる。とても人間が住めるような場所ではなかったわ。それでも彼らはまず、草木を植えることから始めたの。一年間も滞在するわけにはいかなかったから、彼らは交代しながら、それらを育てたの。そうやって、少しだけれども〈世界の終わり〉に緑が宿ったわ。彼らはそれを喜び、それらを増やして行こうと努力したわ。
 そういった努力を始めてから十年が経ったころだったかしら。今の〈世界の終わりの村〉一帯から、あたしたちの住む丘まで、すべてが緑に覆われたわ。結局、木は生えなかったけれど、彼らはそれでもこの空白の地であった、〈世界の終わり〉が緑で覆われたことを皆で喜んだわ。
 あたしたちは本当はね、そういった人間たちの行動を好きにはなれなかったの。人間と話すのは好きだったわ。今までにない楽しいことだったから。でも、あたしたちの〈世界の終わり〉まで、変えてしまうとは思わなかったの。初めて彼らが緑を植えたとき、あたしたちは彼らの行動をこの〈世界の終わり〉を穢す行為だと思ったわ。〈世界の終わり〉とはずっと白と黒と灰色の世界だと思ったし、空白の地であることを疑っていなかったからよ。だけど、〈世界の終わり〉に緑が宿ったのを見て、彼らの行動を咎める気にはなれなくなったの。緑の宿った〈世界の終わり〉は美しかったし、今まで空白だった部分が徐々に埋まっていくような気がしたわ。
 彼らは緑の次に村を作ろうとしたわ。それが〈世界の終わりの村〉よ。それはあっという間に作り上げられたわ。本当にあっという間よ。彼らは草を植えることが出来たことに自信を感じていたのね。ものの数年で〈世界の終わり〉には赤煉瓦で出来た家がたくさん並んだわ。彼らは家畜を飼えるようになり、長期滞在を可能にしたの。そしてそこで商いを始めるようになったわ。別に悪いことではないわ。〈世界の終わり〉には毎年たくさんの人が訪れたし、そこで商売をすることは当たり前の感覚よ。あたしたちは丘の上に家をひとつ作ってもらったし、とても満足していたわ。旅人さんがさっき見ていた絵もそのころ描かれたものよ。
 あたしたちは彼らが〈世界の終わり〉に留まることを許したし、彼らは多くのものをあたしたちに与えたわ。彼らと交流することは楽しかったし、多くのものをあたしたちは得たわ。今まで毎日は決まった時間の仕事をこなすだけだったんだけれど、〈世界の終わり〉に村が出来て以来、あたしたちは毎日のように村に行き、旅人と話すことが出来たわ。村人はあたしたちを受け入れてくれたわ。だから、あたしたちは別に〈世界の終わり〉に村があってもいいんじゃないかと思っていたの。だけど、まあ、神様がいるとしたらの話なんだけど、その神様はきっと彼らを許さなかったのね。神聖なる〈世界の終わり〉で人間が生きているなんていうことを許せなかったのかしら。
 初めはほんの些細なことだったわ。雨がたった一ヶ月間降らなかっただけ。彼らが住む前の〈世界の終わり〉にはよくあることだったし、あたしたちは何も思わなかったわ。だけど、彼らは違った。大地がひび割れ、草がどんどん枯れていったわ。人々は日を増すごとに雨を切望するようになったの。そして、その願いが通じたのか、雨が降らなくなって一ヶ月が過ぎたとき、急に雨が降り出したの。彼らは喜んで、雨だというのに外で踊り狂っていたわ。そこからは三日三晩お祭り騒ぎよ。村が総出でこの雨を祝ったわ。だけど、四日間、雨が続いたとき、彼らはまだ今までの日照りのぶんが降っているのだと思うことができたわ。それが一週間続くと、彼らは少しずつ焦り始めたわ。きっと彼らはよくないことを考えたのだろうと思うわ。このまま雨が降り続けばどうなるのだろう、と。結局、雨は半年にわたって降り続けたわ。そのせいで草は腐り、家はぼろぼろになり、村の半分は土砂に流されてしまったわ。彼らが住み始めて、五十年頃だったかしら。彼らはこんな異常気象を経験したことがなかったから、たくさんの人が死んでしまった。でも、それだけじゃないの。これからなのよ。〈世界の終わりの村〉から人がいなくなったのは。雨がやむと彼らはまた家を建て、十年という歳月をかけて作ってきた野原を取り戻そうとしたわ。
 だけど、不幸は続くわ。旅人さん、知っているかしら? 何かを作るっていうのは本当に歳月をかけて行わなければならないことなのよ。だけど、その作ったものを壊すのはほんの一瞬、ほんの小さな出来事でいいの。まるでドミノよ。栄華の歴史というのはドミノを作っているのと似ているんだわ。どこまで長いドミノを作れるか、それが栄華なのよ。そして、ドミノを倒してしまうのはほんの些細な力なの。でも、一度倒れ始めたら、それを止めるにはものすごい力が必要なのよ。彼らにはその倒れるドミノを止める力は残っていなかったわ。
 村のある家で双子が生まれたわ。だけど、片方はへその緒が首に絡んでしまい生まれて間もなく窒息死してしまったわ。これは悪い知らせなのよ。双子が片方を殺して生まれてくるっていうのは、とてもよくないことの前触れなの。旅人さんの故郷でもそんなものはなかったかしら? 〈世界の終わりの村〉では占い師が言っていたのよ。もしも、双子が片方を殺して生まれてきたら、それは悪い知らせだと。彼はよくあたる占い師だったわ。だから、よくない噂がたつのは簡単に予想がついたわ。だから、その家族はその事実を必死に隠そうとして、死んだ赤ん坊を家畜の餌にしたわ。だけど、それはいつしか村中に伝わってしまったの。誰がそのことを言ったのかは、最後までわからなかったけれど。確かに誰かが言ったのよ。そのせいでその家族はこの村の歴史で始めて、死刑を言い渡されたわ。その家族、妻と夫はまず、木製の十字架に張りつけにされると、手首と足首に釘を打たれて、丘の上に運ばれたわ。まるで聖書の一場面を見ているかのようだったわ。だけど、唯一違っていたのは、張りつけにされた二人は泣き叫んでいたし、村人に対して憎悪と呪いの言葉を吐き捨てていたわ。だけど、誰も同情する人はいなかった。二人は火刑になったわ。〈世界の終わりの村〉に人間の焼ける嫌な臭いがしたわ。あたしたちは群集に混じってそれを見ていたけれど、あれは二度と見たくない光景だったわ。火に焼かれながら、その家族は純粋な悪をあたしたちに向けて発していたわ。あたしはあれほど純粋な悪を知らないわ。あなたは正義は相対的であると考えているでしょう? そうよ、正義は見方を変えれば悪になる。有名なお話を挙げなくてもわかるわよね? 絶対的正義は存在しない。だけど、絶対的悪は存在するのよ。なぜかはわからないわ。初めは相対的なものであったかもしれない。だけど、いつしかその相対的な理由が失われ、純粋な殺意しか残らなくなるの。火刑を宣告された家族の場合、それは純粋な憎悪と怨恨だったわ。きっとあの場にいた全員がその光景を克明に覚えていたでしょうね。それほど強烈な場面だったのよ。
 さて、その家族に関わる歴史はまだ続くわ。その家族の生き残り、片方を殺して生まれてきた赤ん坊はその二十数年後、〈世界の終わりの村〉の代表となったわ。すでに初期開拓者たちは年を取りすぎていたし、ほとんど死んでしまった。きっとこの村での権力を若い力に託そうとしたのね。彼は代表としての力はあったわ。近くの村を訪ねては積極的に同盟を結んでいたし、傾きかけていた〈世界の終わりの村〉に活気を取り戻そうとしていた。彼の姿勢はある意味、異常だったの。もしかすると、初めて死刑を宣告された家族の末裔ということで、責任を感じていたのかもしれない。彼は三日三晩休まず働くこともあったわ。自分の身体よりもまず、〈世界の終わりの村〉の再建を願っていたの。これ以上ないってぐらいに、素晴らしい人間だったわ。
 だけど、時期が悪かったのかもしれない。もしかすれば、彼の両親がこの〈世界の終わりの村〉に呪いをかけたのかも知れない。因果応報といっても、一体彼は何をしたのかしら。彼は何一つとして悪いことをしていないわ。彼の弟となるはずだった子はたまたま、へその緒を首に巻きつけて、生まれてきてしまったために死んでしまったのよ。彼が殺したわけじゃないわ。それに、それを隠したのは彼ではなく彼の家族であったわ。彼は何一つ悪いことをしてないはずなのに。これじゃあ、因果応報って言葉はおかしいと思わない? そうね、本当に運が悪かったのよ、彼は。最初から最後までよ。まあ、事実として何が起こったかというと、同盟を組んだ村がたまたま、ある国の王様の土地になることに反抗したの。この村の意志ではなかったわ。だから、彼も知らなかったでしょうね。ただ、同盟者として、その村に加担するしかなかった。戦争よ。だけど、あれが果たして戦争と呼べるものかどうかは、最後の最後までわからなかったわ。それよりも虐殺といった言葉が一番よく似合うわ。考えても見ればすぐにわかるのよ。百年あまりも誰とも争わずにしてきた村が、急にひとつの王国に対抗できると思う? それは同盟を組んでいたどの村もそうなのよ。前線はすぐに北上してきたわ。〈世界の終わりの村〉には他の村から逃げ込んできた女や子供が集まったわ。〈世界の終わりの村〉からも若い男が何人か前線に送られたけれど、誰一人として生きて帰ってこなかったわ。前線の状況を伝えていた足の速かった子供は日に日に表情をなくして、言葉少なくなっていった。彼はきっと地獄を見てきたのね。あなたにはわからないかもしれない。すぐ近くで知り合いが、剣で斬りつけられるときの感覚を。死んでなお、無意味な追い討ちをかける兵士の姿を。見せしめのためにひときわ残虐に殺されてしまった友人を見たときの気持ちを。殺されるならまだいい。最後までじわじわと苦しみを与えられ続ける姿を目の前にしたときの、自分の無力を。彼は前線が〈世界の終わりの村〉にたどり着く前夜に自殺したわ。
 前線が〈世界の終わりの村〉に辿りつくころには、それはただの虐殺になっていたわ。〈世界の終わりの村〉の住民は誰一人として、彼らに反抗しなかった。もう村には小さな子供と女たちしか残っていなかったからよ。武器なんて元々なかったけれど、彼女らは白旗を揚げ、敗戦を認めたわ。彼女らもこれ以上、人が死んでいくのを見たくなかったのよ。だけど、彼らは家のひとつひとつを回り、中にいた女や子供を容赦なく殺していったわ。一体、何が彼らを突き動かしていたのかしら。今、考えるとあれは狂気の沙汰としか思えないわ。彼らもまた戦争の被害者であったのかもしれない。あたしたちは前線がどんなものだったか知らないけれど、きっとそれは知らないものにあったら、殺されるという極限の状態だったのかもしれないわ。だから、彼らは彼女らが無抵抗でありながらも安心することが出来なかったのかもしれない。だから、殺しまわったのかもしれない。彼らの殺し方は徹底的だった。あっさり銃殺されたのはまだいいほうよ。彼女らに罪はないのに、ひどい拷問にかけられたりもしたわ。彼らが考えた拷問はさまざまだった。彼らが一番好きだったのは、手首を後ろ手に縛って、滑車でそのまま吊るしてしまうの。ちょうど、つま先で立っていられるぎりぎりのところで、よ。その姿勢を一日中、やらされるの。子供もよ。ある女の子は三日間その姿勢で過ごしたわ。三日間よ。彼らは残酷だわ。その間だけはしっかりとした食事を与えるの。水なんて多すぎるぐらい与えられるわ。どうしてだかわかるかしら。彼らは彼女が排泄をする姿を見て、喜んでいるのよ。ただ、目の前で笑い続けるの。大抵、拷問を受けるとき、彼女らは裸にさせられたわ。だから、すぐ真下に糞尿がたまるのよ。初めこそ彼女はそれを嫌がったわ。だけど、二日目ともなると彼女は何かを言う気力をなくしたわ。ひどい光景だった。でも、彼女はそれに耐えたの。果たして、何が彼女をそこまで支えたのか、あたしたちにはわからない。もしかすると、彼女はまだ若かったからかもしれない。この先の未来に一縷の希望を見出し、三日間、必死にそれにしがみついていたのかもしれない。でも、何にせよ彼らには関係なかったのね。彼女は三日間の拷問に耐えた後、すぐに殺されてしまったわ。彼らにとって、彼女が三日間の拷問でどうなろうが関係なかったのね。結局は、彼女は殺される運命だったのよ。それならば、いっそのこと、拷問の初日で死んでしまったほうが楽だったかもしれない。果たして、彼女が三日間、拷問の耐えた意味はあったのかしら?
 他にも男の子、女の子は娼婦の真似事をやらされたわ。まるで慰安婦よ。彼らは子供たちに階級を与えたわ。まだ犯されたことのないものが一等。犯されて二ヶ月までが二等。三等が四ヶ月まで。それ以外が四等よ。そして、四等はただ余興のために殺されていったわ。それらすべては見るに耐えられなかった。最後に残った女性は、全身を焼かれて死んだわ。その死刑には彼らの王様がわざわざ見物しに来たわ。最後まで断末魔の悲鳴がこの丘に響き渡っている間、王様は笑みを浮かべ続けていたわ。初めての死刑も火刑で、村の最後の住民も火刑で殺された。もしかするとこの村は火というものに呪われているのかもしれないわね。
 彼らが〈世界の終わりの村〉を出て行くころには、もともとそこに住んでいた人はあたしたちだけになってしまったわ。あたしたちはいち早く、〈世界の終わり〉に逃げ込んだのよ。幸い、彼らは〈世界の終わりの村〉より先に来ることはなかったわ。そうやって、百年近く続いた〈世界の終わりの村〉の歴史は幕を閉じたわ。平和だったのは最初の五十年だけだったわ。後の五十年は天災と虐殺の歴史でしかないわ。あなたはさっき廊下にかかっている絵を見ていたでしょう。あれらは全部、初めの五十年に描かれたものよ。あれを見るたびにあたしたちは思い出すのよ。平和だったころの、活気に満ちていたころの〈世界の終わりの村〉を。
 虐殺の後の歴史は、忘却と消失の歴史よ。旅人は〈世界の終わりの村〉に近づかなくなったわ。虐殺が行われたこと、ある国の王様に反抗したということで、この地はタブー扱いを受けたわ。この地を訪れれば、王様の反感を買う。虐殺が行われたため、成仏できないものたちがはびこる村。誇張に満ちた噂が長い年月の間、流れ続けたわ。だから、ここに来るのは風変わりな旅人だけになったの。
 でも、よく考えてみて。元々、この〈世界の終わり〉というのは、人間の住む場所ではなかった。それを人間がたくさん苦労して住めるような場所にしたの。つまり、それは特異な時期だったのね。それが正常に戻ろうとするのは仕方のないことだわ。〈世界の終わり〉は人間を失い、再び誰も住めないような土地にゆっくりと戻っていったわ。建物は傷み、外壁は風化が進んだわ。草はすべて枯れ、大地は再び大きな亀裂を作った。色を失い、匂いを失い、住む人を失った〈世界の終わりの村〉は音すらも失ったわ。それが今から十年前の話よ。あれから、ここは何ひとつ変わっていないわ。徐々に建物が風化していっているぐらいかしら。さて、これで〈世界の終わりの村〉の話はおしまい。旅人さんはどう思ったかしら? この村の歴史を聴いて。
 君たちはこの歴史をすべて見てきたのかな? それとも訊いた話なのかな?
 すべて、あたしたちが体験してきたことよ。〈世界の終わり〉に緑が宿ったことを、一緒に喜び、活気に満ちた〈世界の終わりの村〉で一緒に楽しみ、長い日照りと雨季が早く終わってくれと一緒に願い、初めての死刑を見て悲しみ、軍隊がこの村の住民を虐殺していくところを見て、あたしたちは何も出来ないまま、嘆いたわ。
 君たちは〈世界の終わりの村〉がこうなってしまって、どう思っているのかな?
 もう、どうも思っていないわ。言ったでしょう。今は忘却と消失の時代なの。元々、〈世界の終わり〉の長い歴史からすれば、〈世界の終わりの村〉の繁栄なんてものはほんの一瞬でしかないわ。あなたは一瞬の出来事をずっと覚えられているかしら?
 だけど、君たちはその一瞬の間に、他にはなかったたくさんの感情を抱いた。そんなひと時をそんなにあっさりと忘れられてしまえるものなのかな? 現に君たちの口から出たじゃないか。彼らと共に喜び、楽しみ、悲しみ、嘆いた、と。少なくとも、君たちはまだ、それらを忘れていない。
 彼女らは少し俯き加減になる。前髪が陰を作り、彼女らの表情が見えなくなる。
 願わくば、もう少しだけ、平和だったころの、活気の満ちていたころの、〈世界の終わりの村〉で、彼らと一緒に楽しんでいたかったわ。あの五十年間は、あたしたちが生まれてから、一番素晴らしいひと時であったもの。
 彼女は腕に抱いている絵画をぎゅっと握った。もうひとりの少女は強く握られたその指先に手を添えていた。ただ遠い過去を振り返り、あのころを嘆くように彼女たちは震えていた。
 今日はもう遅いわ。旅人さんも久しぶりに村に着いたんだろうと思うし、お休みになったほうがいいわ。
 やがて、彼女たちがそう呟いた。私もその言葉に甘えることにし、頷く。彼女が立ち上がり、私も立ち上がる。暖炉の火を消し、部屋を出る彼女たちを追って、私も部屋を出る。彼女たちはまず、絵を元に戻してから、さらに奥へと行く。二人だけしか住んでいないにも関わらず、この家にはたくさんの部屋があった。
 ずっと昔の名残りよ。〈世界の終わり〉にまだあたしたちしか住んでいなかったころ、旅人はあたしたちの家に泊まるしかなかった。あたしたちは彼らをいつでも迎えることが出来るよう部屋を多く作ってもらったわ。でも、今では滅多に使うことはないわ。あなたが使う部屋はこの中でも一番上等な部屋よ。
 いいのかな。私はそんな丁重に招かれるべき人間じゃない。どこでも寝てみせるさ。だってここは雨も風もしのげるんだ。
 私がおどけて言い、彼女らはくすりと笑う。二人とも左手を口元に添えている。
 あたしたちにとって、旅人とはそれだけで丁重に招くべき人間なのよ。これはあたしたちのわがままだわ。ごめんなさい、だけど、旅人さんにはあたしたちのわがままに付き合ってもらいたいの。
 私は頷いた。彼女らは感謝の言葉を述べる。ちょうど、その時、私たちは一番奥の部屋についた。彼女らが扉を開け、私を中に招き入れる。彼女が明かりをつける。ぼうっと炎に照らされて、部屋が明るくなる。
 部屋の壁には三枚の絵が飾られていた。活気に満ちたころの〈世界の終わりの村〉が描かれた絵画が二枚と、もう一枚はまだ何もないが、緑がこの丘を覆っている絵画だった。印象からもそれが最も古い絵だとわかる。あとは小さな棚と、中央に凝った装飾が施されたテーブルがあった。掃除が行き届いているようで、埃っぽい感じがしない。私は荷物を部屋の端に置き、ベッドに腰掛ける。柔かく、そしてなによりとても温かかった。
 とても掃除が行き届いているようだね。ベッドもとてもふかふかで、まるで敷きたてのようだ。
 ええ、毎日欠かさず掃除をしているもの。それにベッドも毎日敷きなおしているわ。いつでも旅人さんが来ていいように、すべての部屋をね。
 君たちはずっとそれをくり返しているのかい? 旅人がまったく来なかったころからずっと?
 彼女らは頷く。私はどういう思いで、彼女らが毎日、部屋を掃除しているのか気になった。訊いてみようと思ったが、それよりも睡魔が私を襲った。久しぶりのベッドであった。私はすぐに横になってしまう。ふと、部屋が真っ暗になる。彼女らが明かりを消したのだろう。
 おやすみなさい。
 彼女らは静かに扉を閉め、部屋から出ていた。私はまどろみの中、あの活気に満ちていたころの〈世界の終わりの村〉を描いた絵画を思い出した。


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