『神か銃か甘い物〈予告篇〉“God, Gun or Sweets” Trailer』

『神か銃か甘い物〈予告篇〉“God, Gun or Sweets” Trailer』

著/岸田里流

原稿用紙換算15枚


冨永昌敬氏と福永信氏に本作を捧ぐ――

 駅前にあったBLDYが、いつの間にかガストに変わっていた。とは云え、同じすかいらーくグループだったため、それほど大きな変化は感じなかったのだが、喫煙席と禁煙席の配置が逆になっていたことには、少しだけ驚いた。それに、ドリンクバー(プレミアムカフェ)のメニューも結構様変わりしたような気がする。カカオリッチココアとか、前はなかったよな?

(黄緑川十三『ファミレスに連なる七色の黒』商文出版)

 フランシスコ・ザビエルが日本にキリスト教と火縄銃とカステラを同時に伝えたのは、一五四X年のことであった。しかし、そんなことは二十一世紀の天才和菓子職人である淡出封一(あわでほういち)には全く関係のないことでもあった。
「本当、こういうヌメヌメするの厭なんだよなぁ」
 生魚を抱かされていたのには理由がある、筈なのだが、淡出封一にはそれが一体何なのかよく判っていなかった。とにかく彼の胸には、裸の鯰が三匹ほど抱えられていた。生きている気配は、あまりしなかった。
 彼がそのヌメヌメから解放されるまでには、まだ四時間以上の時が必要だった。その四時間をすっ飛ばしてしまいたい衝動と欲望に強く駆られつつも、その四時間を描かない訳にはいかなかったのだ、と後に淡出封一のライバル的存在である君河類(きみがわるい)は述懐している。なので話を先に進めよう。
 君河類はパティシエである。二十一世紀の天才和菓子職人・淡出封一と単純に比較することは困難であったが、彼もまた、腕の良いパティシエと云ってよかった。彼の勤める町一番の人気洋菓子店「ラ・カムパネルラ」と、淡出封一の実家である県一番の老舗和菓子店「芳霧ら」とは、その店舗を隣り合わせにしていた。そこに悪夢の始まりがあった、と云っても過言ではなかった。
 淡出封一は、三匹の鯰を抱え続けていた。誰に監視されている訳でもないのだが、それを手放したり投げ捨てたりするようなことは決してなかった。彼は想いの外、誠実な人間なのであった。本人にその自覚は殆どないようであったが。
 果たして、その三匹の鯰はどこから誰の手によって齎され、どうして淡出封一が四時間以上も抱え続けることになってしまったのか。些か、時を戻してみることにしよう。その日、淡出封一は仕事が休みであるのをいいことに、昼過ぎまで眠り続けていた。昨晩からざっと十六時間近い熟睡であった。その深い眠りを打ち破ったのが、一本の電話であったことは、想像に難くない。電話の主は、「ラ・カムパネルラ」の一人娘であり、淡出封一と君河類をライバル的関係に陥らせてしまった張本人の、鷽野(うその)まつりその人であった。
『もしもし、封一?』
「あ、お早う。何?」
『ちょっと手伝って欲しいことがあるんだけど、いい?』
 その瞬間、これは願ってもないチャンスだと、淡出封一は想った。勿論、その直後に鯰を三匹も抱えることになろうとは、一縷も考えることなどなく。
「いや、いいけど、それって今直ぐ?」
『そう、今直ぐ。ウチの裏口まで来てくれる?』
「因みにさぁ、それって頼んだの俺だけ?」
『まぁ、そうだけど、それがどうかした?』
「……ううん、何でもない。悪いけど今起きたところだから、三十分くらい待ってもらえるかな?」
『判った、じゃあ十分後にね』
 それで電話は切れてしまった。淡出封一は想った。女子高校生である鷽野まつりは、平日のこんな時間に一体何をやろうとしているのだろうか。そして、自分は何を手伝えばいいのだろうかと。更に、君河類ではなく自分を頼ってくれたことに、隠し切れない悦びのようなものすら感じていた。彼の感じた悦びが、些か早計なものであったことは、時代が証明してくれている。
 十五分後に「ラ・カムパネルラ」の裏口に着くと、そこには既に鷽野まつりが立ち尽くして待っていた。当たり前である。しかし、その時の淡出封一にとって当たり前ではないことも、そこには一つ待ち構えていた。その場に、鷽野まつりの隣に、彼のライバル的存在である君河類の姿があったのだ。
「遅いー。十分後って云ったでしょ」
 そんな鷽野まつりの声など、殆ど淡出封一の脳髄には届いていなかった。
「ああ、悪い。ちょっと遅れた」
 何の釈明にも弁解にもなっていない、ただ短く事実を述べただけの言葉が、淡出封一の口のみによって放たれたのは、凡そ二分ほど後のことであった。
「来るのも遅いが、返答も遅い。どうにも今日は調子が悪いようだね。ここは一つ、そのまま帰って横になったらどうだい、淡出君」
 君河類はそんなことを云っているが、そんなことよりもどうしてこの場に君河類がいるのだろうか。淡出封一は、そんな単純な疑問さえ抱くことが出来ないでいた。その代わりに、生の鯰を三匹抱くことになった訳だが。
 一週間後、結局あれは何だったのだろうかと、淡出封一は漸く考えるに至った。君河類の足元にあった青いクーラーボックスから取り出された三匹の鯰を持たされ、
「じゃあ、取り敢えずこれ抱えてここで待ってて」
 と鷽野まつりに云われてから四時間あまり、淡出封一はその言葉――命令と云ってもいい――を忠実に守り通した。午後七時を少し過ぎた頃、「ラ・カムパネルラ」の店名をあしらったロゴの入った白いバンに乗り、どこかへ行っていた鷽野まつりと君河類が戻ってきて、その苦行と云っても差し支えないような状況はやっと打開されることになる。
「あんた、いつまでそんなことやってんの?」
 と云う、鷽野まつりの一言によって。
 二十一世紀の天才和菓子職人である淡出封一は、深く悩んでいた。あの時の、あの状況の、あの三匹の鯰の意味を、そして君河類と共に一体どこへ行っていたのか、鷽野まつりに問い質すか否かと云うことを。しかし、そもそも淡出封一は、あの日以来一度も鷽野まつりとまともに逢ってさえいなかった。毎日、朝から晩まで仕事に追われていたからである。そういう意味では、彼女の実家に勤めている君河類が、非常に羨ましく想えると云うのも、真実のある一つの側面を捉えてはいた。幾ら、店や厨房と鷽野家の居住スペースが分けられているからと云っても、流石に一日に一度くらいは、君河類と鷽野まつりが顔を合わせる機会もなくはないだろう。いや、なくはないこともないかも知れないが。もう、何が何だかよく判らなくなってしまっていた。
 リートビッヒ・ヴァン・ラコルタノフは、挙動不審であった。とても電話に出られるような精神状態ではなかった。それがたとえ、二十一世紀の天才和菓子職人と謳われた、淡出封一からのものであったとしても。
 君河類との壮絶な「カステラ十三番勝負」に辛くも勝利し、見事鷽野まつりとの幸福な結末を手に入れた筈の淡出封一であったが、現実はそんなところで幕が降りる訳もなく、寧ろその後の方が大変であったと云っても過言ではない。鷽野まつりの義理の姉である藪内環(やぶうちたまき)、彼女こそ淡出封一と鷽野まつりの幸福な未来への最大の難関であった。何がどう「最大の難関」であったのか、詳述するのは吝かではないが、ここは一先ず話を進めることにしよう。前にも書いたな、こんなこと。
 夕方の歌番組を観ていた放笙十(ほうしょうとお)は、TVから流れてくる歌声に合わせて、「歩いて帰ろう」と小さく口ずさんでいた。昔から、とても好きな一曲ではあったのだが、果たしてCDなどでまともにちゃんと聴いたことは一度もないような気がしていた。恐らく、それは正しい。放笙十は急に想い立ち、学生時代の先輩であった淡出封一に連絡を取ってみることにした。約十五年振りのことである。しかし、放笙十は二十一世紀の天才和菓子職人である淡出封一と再会することはおろか、その消息すら掴むことが出来なかった。何故なら、淡出封一は淡出封一であって、淡出封一ではなかったからである。
 そんな淡出封一からリートビッヒ・ヴァン・ラコルタノフへ掛けられた電話の用件とは、以下のようなものであった。曰く、不意に現れた脳内の発光物体をどうにかして欲しい。その発光物体は、光り続ける時間が長くなればなるほどに熱を帯び、またそれが高まり、徐々に当人の脳髄を溶かしてゆく。更に、それとシンクロするかのように、周囲の人間のテンションを一気呵成に下げていき、最終的には温度差の逆ドーナツ化現象を引き起こすまでになってしまう。それは恐ろしい発光物体なのであった。
 勿論、リートビッヒ・ヴァン・ラコルタノフと云うのは本当の名前ではない。しかし、当の本人を含め、その実の名を知る者が一人として存在していなかったため、便宜上ここでは最も通りの良いものを採用している。本名ではないのだから、綴りも何もあったものではない。音、響き、字面、ただそれだけである。
 藪内環を苛つかせていたその要因は、凡て彼女の義理の妹の伴侶となった、二十一世紀の天才和菓子職人との呼び声も高い淡出封一の存在に端を発していた。そもそもこの二人、取り立てて過去に何かしら因縁めいたものがあったと云う訳ではなかったのだが、初対面のその瞬間から、非常に険悪で不穏な空気を醸し出していたことだけは確かであった。しかし、それは互いにと云うよりも寧ろ、藪内環の一方的な悪意と軽蔑に根差した問題であるように想われた。
 趣味の落語鑑賞に勤しんでいた君河類が不意に呼び出されたのは、そんなある昼下がりのことであった。放笙十が歌番組を観た日からは、凡そ一週間ほどが経過していた。呼び出したのは他でもない、君河類のライバル的存在であった二十一世紀の天才和菓子職人の名を欲しいままにしている淡出封一の義理の姉、藪内環その人であった。「純喫茶 灰十字」に午後四時、とだけ伝えられていたにも拘わらず、どうにも気分が昂揚してしまって仕方のない状態になっていた君河類は、約束の時刻の六時間前、その店の開く午前十時から一番奥のボックス席をずっと陣取り続けていた。その間、特に何をしていたと云うことはない。強いて云えば、待っていたのだろう。
 藪内環は、午後四時十七秒前に店内へ姿を現すと、即座に君河類の向かいの席へと座り、メニューを開くよりも注文するよりも水を口にするよりも先に、まるで興信所の調査報告書でも読み上げるかのように、眉一つ動かすことなく、淡々とこう述べ出した。
「放笙十、現在二十七歳。黄緑川十三(きみどりかわじゅうざ)と云う筆名で、二年前に小説家デビュー。LSD新人文学賞を受賞した第一長篇『ファミレスに連なる七色の黒』より始まる、通称〈リングノート〉シリーズにて人気を不動のものとする。目下、そのシリーズのスピンオフ作品とも云える『ニビイロワイヤル』を、季刊文芸誌『群星(ぐんじょう)』に不定期連載中――か。至極、至極安直ね」
 と云われても、君河類は放笙十などと云う名には全く聞き憶えがなかったし、黄緑川十三なんて巫山戯た名前の人物とは一切、拘わり合いなく生きてきたつもりであった。
「その、放笙とか黄緑川とか云う奴と、僕に一体どんな関係が?」
 と、訊かざるを得ない。と云うか、訊かないと一向に話が前に進みそうにない雰囲気だったのだ。
「取り敢えず、何か頼んでいいかしら? ナポリタ……あ、この店ないんだった。じゃあアイス、いやコーヒーフロートを一つ」
「はい、畏まりました」え。
「七色の黒」、最後の七色目を担うこととなっている遠鏡望(とおかがみのぞむ)は、まだこの時点では産まれてさえいなかった。いや、もっと云ってしまえば、その両親となる遠鏡友間(ゆうま)と砂原未散(さはらみちる/♀)ですら、漸く小学生になったかならないかと云った頃合いであった。
「番号ポータビリティとかよりさぁ、絵文字ポータビリティやって欲しくない?」
「あー、それ判るー。メール送った相手のケータイが違う会社の奴だと、絵文字のニュアンスとかが全然ちゃんと伝わってないことってよくあるよねぇ」は?
 因果律をぶっ千切り、ゼロをゼロとしてゼロのまま受け容れる。或いは、過ちと判りつつも自らそれを「空」と名付け、規定し、その「空」こそが至上の存在(いや、存在すら超越した超存在)であると妄信し、それが宇宙誕生以来不変の摂理ででもあるかのように、凡てを余すところなく描写する。活写する。天高く吹き上がるマグマの如く、それは尽きることなく、また勢いが衰えることさえない。しかし、所詮それは夢幻、現実には存在し得ないものでしかなく、永久機関にも似た遣る瀬なさと徒労感に溢れ切っていた。
「またファミレスで」
「うん、ファミレスで」
「それではファミレスで」
「はいはーい、ファミレスで」
「ああ、ファミレスで」
「(産まれたら、ファミレスで)」
「じゃあ、ファミレスで」

「そんなに辛いんだったら、もう生きたっていいんだよ」


原作・脚本・監督 岸田暁


公開未定。


※本作は、スターシステムを導入しておりますことを何卒ご了承下さい。

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