『鴉山鏡介の虚像限界』

『鴉山鏡介の虚像限界』

著/蒼ノ下雷太郎

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 満月が不気味に嘲笑う夜空の下、僕は今日も忙しく〝魔物遣い退治〟をしていた。正確には、これからするところである。
 市街地から離れて、窒息しそうな静寂をかきわけながら歩くこと数十分、僕は目的地にたどり着くことが出来た。
 元は学校だったらしいが、今では極上のホラースポットにしか見えない廃墟である。もちろんだが、校門は侵入者大歓迎、常に解放状態なので、僕は堂々と校門から入った。もしかしたら、ここに住む魔物遣いに見られてしまったかもしれないが、別にいいだろう、と呑気に僕は廃墟に侵入した。
 入ってすぐ、下駄箱のところで、人が吊されていた。
 数は四個。まるで蓑虫のように寂しく風に揺れていた。
 彼等のひどい有様を隠したかったのか、全身には包帯が何重にも巻き付けられていた。ひどい有様をがんばって食い止めようとしてたらしく、包帯はダークな色彩に変色していた。
 彼等の下には妙な水たまりがあったので、万が一にも両手で抱きしめているギターケースを落とさないように、気を付けながら、僕は魔物遣いのところへと急いだ。
 外からこの廃墟を眺めたときに、二階に一つだけ微かに明かりが点いている部屋があった。おそらく、そこに魔物遣いがいるのだろう。
 下駄箱の近くにある階段から、二階へと階段を上ろうとすると、また蓑虫たちを見つけた。
「……限界を知らないですね」
 今度は四人ではなく、両手の指じゃ足りないくらいの数だった。
 階段を上り、二階の廊下を歩くと、そこにも大量の蓑虫たちが吊されていて、ただでさえ硝子の破片やらが散乱しているのに、蓑虫が垂らしたものを加えたことで、避けて歩くのはかなり困難だった。
 ギターケースには僕の大事な大事な妹が、美夏が入ってるのだ。なので、僕は余計に慎重に避けて歩いた。
 実の妹をこんなものに入れるのは虐待としか第三者には見えないが、美夏は誰かに見られるのがとても嫌という病気を持っていて、外に出るときは必ずなにかに私を入れてと、僕に頼む。
 兄としては正してあげなくては、と思うのだが、美夏がひどく泣きわめくので、仕方なく僕はギターケースに美夏を入れて、目的地まで運ぶことにしてる。
 昔、僕が好きなバンドに憧れて(名前は確か灰色の銀貨だった気がする)ギターを買ったのだが、間違えてエレキじゃなくて、よく分からないバカでかいギターを買ってしまったのだ。とんだ間抜けだ。子供の頃だったので、クラシックとエレキの違いが分からなかったのもあるが、衝動買いに近い形でギターを買うとは、幼かった割にはその頃はお金が充実してたんだなと思う。
 そんな時間が永久だったなら、妹の手を借りてまでこんな仕事をやらなくても済んだというのに、なんて不幸だろうか。
 目的地へとたどり着いた。
 ドアノブを握って回してみると、意外にも部屋は空いていた。ここまで来るまでは慎重だったくせに、本当の地獄に入るときは何故か僕は不用心だった。取り返しはつかず、僕は地獄の中へと入っていった。
 地獄の中は蓑虫だらけだった。
 天井が見えないくらいに蓑虫たちが吊るされていて、その下には、仄かに灯されている蝋燭の火を頼りに、新たな蓑虫を作ってるのか、死体にコツコツと包帯を巻いている男――いや、魔物遣いがいた。


「オマエ……マカナイト……オマエ……マカナイト……オマエ……マカナイト……」


 呪詛のように呟いて、包帯を巻いていた。
 蓑虫たちの残滓で汚れすぎてしまったために、原形が留まっていない服を着ている。眼球の中の光は、完全に闇に埋まってしまっていて、こいつは完全に破綻していると教えてくれた。
 ――男は、侵入者に気が付いたらしい。
 今まで蓑虫に集中していた双眸は、僕を見つけた。


「…………ダレダヨ、オマエ」


 どうやら、ものすごく怒ってるようだ。
 便器にへばりつく汚物のように、眼球にへばりついた狂気は、僕を殺そうと睨みつけた。
 それを見て、つい僕は笑みがこぼれてしまう。
 普通ならこれだけで死んでしまいそうなのに、何故だろうか、僕は笑っていた。雑魚キャラにしか、見えなかったからだろうか。


「シンジャエヨ、オマエ」


 と、少々「僕は、お前が殺した蓑虫たちとは違うぞ」と余裕溢れていたというか、ちょっと調子こいてしまったというか、ようするに油断していた僕はまんまと男の攻撃を許してしまった。
 気付くと僕の首には蓑虫たちを垂らすための糸――いや縄が巻かれていた。ゴリラに引っ張られてるのかのような力で、僕の体は簡単に新たな蓑虫たちの一員として、天井に吊り上げられてしまう。その衝撃で、大事に抱えていたギターケースは乱暴に床に落ちてしまい、悲鳴を上げてしまいそうになる。――だが、悲鳴は上げられなかった。
 僕を吊り上げる存在がすぐ後ろにいることに気付き、不覚にも目が合ってしまった。
 いや、はたしてそれは目が合ったと言えるのだろうか、なにせ相手の眼球はスライム状になっていたのだ。思わず、悲鳴は凍ってしまった。
 あきらかに生きてはいないと思えるような顔だった。中年のおばさんぐらいだったと思われるソレは、眼球から、鼻の穴から、耳の穴から、至る所から、液体を垂らしていた。液体の色はバリエーション充実で、緑や、赤や、はては黒色まであった。
 服は寝間着だが、おねしょをした子供なんて比にならないほど、色々なもので汚れていた。首には、何処にも繋がっていない縄が巻かれていた。
 あぁそうだ。こいつは〝首吊り死体の風貌〟なのだ。


「ハヤクヤッチャッテヨ、オカアサン……ハヤク……ハヤク……オマエ……オカアサンヲコマラセルナヨ……ハヤク……シネヨ……」


 足下では、この首吊り死体の主と思われる男が、まだか、まだかと、僕の死を待ち侘びていた。
 ……おかあさん?
 あぁ……なるほど、……この魔物遣い……〝首吊りした母親〟を魔物として産み出したんだな。
 さては、首吊り自殺した母親を生き返らせたくて、もしくは死んでないと信じて、産み出したのか。皮肉だな、こいつ〝生きていた母親〟じゃなくて〝死んだ母親〟を産み出したのか。
 ……もしかしたら、それしか産み出せなかったのだろうか。……あまりにも、最期の映像が強烈すぎて。
 なんだろ……まるで、他人事じゃないみたいだ。


「……え?」


 魔物遣いは、余程自分が予想出来ないことに襲われたのだろう、先ほどの恐怖など微塵も感じさせない情けない声を出した。
 彼は、足首を掴まれて、思いっきり投げられて壁に激突した。
 誰もいない、誰もいないはずなのに、男は投げられた。
 さて、なんでだろう。僕の足下には、魔物遣いと〝開かれた状態のギターケース〟しかないというのに、なんでだろう。


「……アァ……アァ……ナ、ナンダヨォ……」


 壁に倒れている魔物遣いは、怯える子供のように、身を震わせていた。
 汚物のような狂気は、色褪せて恐怖に変わっていた。
 眼球は、なにもないはずの空間に、ひどく怯えていた。


 首吊り死体として魔物遣いに産み出された母親と、その息子である魔物遣いが作り上げた楽園での、出来事。
 登場人物は、蓑虫に包帯を巻いてる男と、首吊り死体となった母親と、ギターケースを大事そうに持ち歩く少年と、そして――透明で誰にも見えない、少年の妹。
 さて、それでは僕のキャラ立てになるべき台詞を言うとしよう、ととっ、僕の首には縄が巻いていて一秒も無駄に出来ない状態だったのか、まずい言いたいけど言えない……仕方ない、それでは心の中で、呟くだけにしておこう。
 そう思い、僕は誰にも聞かれない本当の呪詛を呟いた。


 それでは、お前の異常も――そろそろ限界にしておこう。


 悪質眼鏡のところになんて、本当は行きたくなかった。
 だが、仕事完了の報告は携帯で済ませられるけど、報告書の提出は草月法律事務所に行かないと出来ないため、あきらめて僕は最悪の場所へと向かった。
 悲しくも夜明けを知らせる太陽が昇った朝の中、都心から離れた場所にある寂しい駅から歩いて数分して、僕は草月法律事務所に着いた。
 元は二階建ての喫茶店だったらしいが、それが今はどこら辺で運命の歯車が破綻したのか、草月薫という男のモノになってしまった。
 表向きは法律事務所という偽物を被り、実際は制限機関によって設置された〝23地区異常事件担当部署〟だ。
 二階が奴の仕事場なのだが、一階から二階に行くことは出来ない。
 一階は喫茶店だった頃の面影を完全に排除されて、悪質眼鏡専用の駐車場にされている。駐車場には、いつもシャッターが閉まっていて、悪質眼鏡が持っている鍵がないと入れない。詩人が書いた叙事詩の名を冠した車が、なによりも代え難い宝物らしい。
 それを守るための配慮だとか。
 客人の配慮は一切しないらしい。
 本来なら非常の時に使えよ、というツッコミがあると思うが、ここでは非常ではなく日常として使われている(でないと、二階に上がれないのだ)非常階段を上り、僕はドアをノックした。中から男としては若干トーンが高い声が、出てきた。危険な気配がする。奴が機嫌が良い時は、大抵最悪が最低になる場合だ。
「失礼、鴉山鏡介です。入りますよ」
 そう言い、僕は多分最低になってる事務所に入った。
 草月薫の仕事場はいつも殺風景で、部屋の中央に仕事机(机の上にはパソコンやら書類やら、仕事関係のものが溢れている)がある以外には、周りには何もなかった。
 何故机が中央に? 何故こんなに殺風景? と疑問に思うが、僕は未だに理由は聞いていない。聞いたら長い話しを聞かされそうで、聞く気になれない、こんなところ一秒も長くいたくない。


「ふっふっふ、入るときにちゃんと挨拶してくれるのはホントキミだけだよ、カラス君」


 牛乳瓶の底のような丸眼鏡をつり上げて、極上の笑顔で、草月薫は僕を迎えた。
 風貌だけ見ると、事務関係の仕事をしてるのではなく、医者か研究者にしか見えない。事実、この仕事に就く前はどうやら本当に医者だったらしい(何の医者だったとか、詳しい話は知らない)、その名残で着ているらしく、いつも黒いスーツの上に不釣り合いな白衣を着用していた。いつでも、どんなときでもかは分からないが、少なくとも僕が奴に会うときはいつも着ていた。
「コーヒー飲む? それとも、お茶?」
「電気ポットどころかカップも湯飲みもないくせに、なにを言ってるんですか。出す気ないでしょ、まったく……限界を知らないですね。それよりも、はい。今回の仕事の報告書」
 必要以上に近寄りたくないため、少し離れた距離から投げて渡す。
 それは彼の能力も関係してるし、単純に近くに寄りたくないのもある。
「……へぇ、今回のは炎を操る魔物遣いだったんだ。正確には炎を操る魔物を操る魔物遣いか。ふむ、炎は出せないが炎は操れる……なんかそんな能力者が出ていた映画あった気がするなぁ。随分とかぶるなぁ、個性がないね、個性が。どっかから盗作したかのような能力はやめてほしいよね、個性は大事だよ、個性は」
 色々な作品で有り触れているお前の能力よりかはマシだと思うが、……と、「ふふっ」と笑われた。しまった、今の考えは読まれたのか。厄介な能力だな。
「今のは能力を使うまでもないよ。……なんだかこの会話は、つい最近した気がするなぁ。確か僕の大好きなフルムーン君だったかなぁ。……ふーん、この魔物遣いは何度か説得及び拘束を試みるが、不可と断定して殺害ねぇ……」
 報告書を見て、三日月のように口の形状を変える悪質眼鏡。
「……本当にキミは、何度か助けようとしたのかい?」
「しましたよ。僕はこれでも善人ですよ? 困ってる人がいれば助け、苦しんでる人がいれば助け、ヘタしたら悪人でさえも助ける。そんな僕ですから、本当は助けたかったんですけどね。結構強くて……、どうしようもなく僕の限界でしたね。仕方なく、殺害ということに」
「キミの場合の助けるは、殺してラクにする、ってかんじだけどね。……まぁいいや、そんなことよりも、キミには新たな仕事が入ってるんだけど、いいかな?」
 と、一応こちらの拒否権などはあるように提示はしてるものの、僕の返答を聞かないで書類を投げ渡しやがった。
 さすが、悪質眼鏡。
 僕らがしないことを平気でやってのける。
 そこがしびれないし、あこがれないし、殺したくなる。
「今回の事件は早急に解決しなきゃいけなくてね。まずいことに噂が大きく広まってるんだよ、その魔物遣いが起こしてる事件の噂がね」
 報告書を見てみると、悪質眼鏡の言うとおりのことが書かれていた。
 町から離れた場所にある廃墟に入ると帰って来れないという、そこら辺にありふれた噂……だがなるほど、ありふれた噂ではあるが、これは制限機関にとってはまずいことである。
「僕らは魔物遣いに関しては、世間に内緒を徹底してるからね。そういうのはまずいんだよねぇ、何十人も犠牲者が出てるらしいよ。馬鹿だよね、そういう噂が流れるとノリで行く奴等がいるんだよ。このままだと、こんな被害者がもっと出てくる。本当はフルムーン君でもよかったんだが、彼は……いや彼女かな? まぁいい、あの子は他の事件を追ってるからね。そっちもそっちで、団地という狭い世界で起きてるから噂として広まってそうで厄介なんだけど」
 そして、悪質眼鏡はこれまでで一番悪質な笑顔で、僕に言う。
「それに、フルムーン君はなんでもかんでも助けるからなぁ。キミとは対極的でね……だから今回はキミが適任なんだよ。〝なんでもかんでも殺す〟キミが相応しい」
 噂で終わるならいいが、嘘か本当か分からない噂で終わらないような奴は、生かす価値なし。ということだろうか。
 別にいいさ、それで僕に仕事が来るならそれでいい、生きてくのってそんなことばかりだろう。
 それじゃぁ、もう用は済んだろう。仕事が終わって、また仕事というのもきついものがある。なにより、美夏の体調もある。家に一回帰宅して、美夏の体調をみてから、行くとしよう。彼女がいないと、僕にはなにも出来ないのだから。
「もしかしたら、本当にキミは魔物遣いじゃないのかもしれないね」
 既に悪質眼鏡から背を向けて立ち去ろうとしている僕に、悪質眼鏡は厄介な悪質を僕に投げかける。
「……前から言ってるでしょ。僕は魔物遣いじゃない」
 僕は魔物遣いじゃない。〝魔物遣い〟。それは自身の強い感情によって生み出してしまった魔物を”遣う”者のこと。
 ある者は殺意によって産み出された魔物を遣うし、ある者は悪意によって産み出された魔物を遣うし、ある者は嫌悪によって産み出された魔物を遣うし、ある者は不安によって産み出された魔物を遣う。
 それが魔物遣い、男・女の性別関係なく、巨大な感情を精子にし、破綻した人格が破綻を加速させる卵子となりて、脳味噌に受精する。受精したが最後、天使のように可愛い赤子ではなく、出産されるのは悪魔のような笑みを浮かべる魔物だ。
 確かに、本当は美夏は〝一年前に死んだ〟のだ。それが生き返るのはおかしい、そう普通なら思えるだろう。僕が産み出した魔物かなにかだと思えるだろう、だが違う。彼女は魔物なんかじゃない。僕が産み出したわけじゃない。彼女は、彼女は本物だ。本物の美夏だ。
「前々からキミは、彼女は〝魂になって帰ってきた〟って言ってたね。……ふふっ、ねぇカラス君。僕たち魔物遣いは、何故魔物を産み出すのか知ってるかい?」
 ……何故魔物を産み出すのか?
 何を言ってるんだ、こいつは。
「わざわざ魔物を産み出さなくてもいいだろう。殺意とか悪意とかさ、そんな巨大な感情にまで膨れ上がるならさ。殺意や悪意を叶えたいと思うほど強い感情が出るならさ。魔物を産み出さなくてもいいじゃない、自分自身でやればいいじゃない。そうそう、漫画みたいに能力者と呼ばれる者みたいになればいいんだ。ならば、何故ならない? 自身がフィクションみたいな存在になればいいじゃないか。何故そうしないか、それが現実とフィクションの違いだよ。しないんじゃなくて、出来ないんだ。僕らはどこかで、そんなこと叶わないと知ってるのさ。幼い頃なら叶えられると信じるかもしれない、だけどね。人間は生きれば生きるほどに自分の限界を知ってしまうのさ。空は飛べないし、壁は壊せない。火だって吐けないし、手は切り取れない、心だって覗けない。それが人間ってものだろ、どうしようもなく、刻み込まれてしまうのさ。人間には不可能がある――ってね。だから、僕らは魔物なんて産み出してしまうのさ。魔物は人間じゃないからね、僕らが不可能みたいなことも叶えてくれる。だから僕らは魔物遣いなのさ」
 ……何を言っているんだ、こいつは。
「――だけどキミは違う。本来なら不可能なことをしている。本来なら〝死んだはずの妹〟をキミは」
「美夏は死んでない」
 奴の言葉を聞き終えないで、僕は外に出た。
 耳障りなノイズは聞きたくない、僕は奴が最後に悪魔のような笑みを浮かべていたのも知らずに、僕はその場を去った。



 だから、鴉山鏡介は知らない。
 草月薫が、最後に何を言ったのかを。

「キミの能力は――そう、〝出来損ないの真実〟が相応しい」

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