『講談社ノベルス25周年記念復刊で読書会』(中盤戦)

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【思ったより動き回るよね……『新 顎十郎捕物帳』】

『顎十郎』は12冊のなかでは、いちばん語ることがないですね。だって読んでないですよね、元の作品。
 久生十蘭の『顎十郎捕物帳』のことね。読んでないよ。やっぱり未読だと駄目かな?
 駄目でしょう。
 じゃあ、キャラクタの話でもしようか。顎十郎、けっこう格好いいね。
 僕もそう思います。でも、僕の嫌いな格好良さなので、嫌いです。
 後は思ったより動き回るよね。あらすじを読んだときは、昼行灯のイメージが強くて、寝ては飲み、飲んでは寝てるような生活を送っているものだと思った。だから、そういう生活を送っているところに事件の話が舞い込んできて、その場で解決するのかと。
 いわゆる安楽椅子探偵ですね。
 まさにそういう形式をイメージしていたんだけれど、蓋を開けてみれば思いっきり外に出て捜査していて驚いた。むしろ、あれだけ歩き回って捜査すれば、解決できて当然だよとさえ思った。
 いや、きっと一般人からすれば難しかったんですよ。
 後、事件自体も児雷也や狐など、様々な怪奇現象になぞらえていたけれど、あまりインパクトがなかったように思う。
 そうですかね、僕は「からくり土佐衛門」なんかは良かったと思いますよ。
「からくり土佐衛門」か……なるほどね。
 話としては「からくり土佐衛門」かそのひとつ前の「えげれす伊呂波」が好きですね。
 自分は最初の「児雷也昇天」かな。最初に読んだからインパクトもあったし。
 この作品に関しては、元のを読んだうえでもう一度、振り返ってみたいですね。


【作者が下す、真犯人への鉄槌……『火の接吻 - キス・オブ・ファイア』】

『火の接吻』は実は昨日、読み終えたんですけれど、けっこう面白かったですね。12冊の復刊を見てみると、戸川昌子のような作風が他になかったのも印象的です。
『火の接吻』は面白いよね。自分はベスト3に入れようか迷ったぐらい。
 この作風は復刊の12冊に限らず、国内小説全体を見ても特異だと思います。
 そうかもね。展開という意味では、乙一に近いところがあるね。
 展開は乙一ですね。でも、この文章から匂いたつ強烈な女性くささって言うんですかね。それを、ここまで発揮している作家は、やはり稀ですよ。
 確かに、自分も裏表紙にあった著者近影を見てから読み始めたので、読みながらずっと「あの女のひとが書いたんだなあ」と思いながら読んでいた。内容に関してだけれど、サスペンス調のミステリで、中盤がやや冗長ではあるものの最終章に入ってからの怒涛の展開には、文字通り目を瞠るものがあるよね。
 どんでん返しに次ぐ、どんでん返しですね。
 そうだね。どんでん返しの度に、事件の様相がガラリと変わるのも良かったね。エピローグで作者が下す、真犯人への鉄槌も素晴らしいし。
 え? エピローグって物語を振り返ってるだけじゃないっすか。って言うか、最終的な犯人、最後の最後に出てくる犯人は何事もないですよ。
 うっそ? いや、そんな訳はない。少し待ちたまえ……ほら、君、ここを読みたまえ。看護婦は遺産を相続できていないんだよ。ここで完全犯罪に失敗しているのだよ。
 ほんとだ! ああ、ほんとだ。
 罪を犯した人間には、きちんと罰が下る結末を見て、自分はミステリとしてしっかりしているなと感じた。しかし、この作品はほんとうに良かったね。ただ、3人の主人公がどのように関係するのかという中盤まで物語を牽引していた謎が、物語の半ばを過ぎたあたりで明かされてしまい、それで少し失速した感があるのが唯一の残念なところかな。
 しかし、無茶な話ですよね。女優のひととか、看護婦のひととかが全部、黒幕側に転がってゆくのを見て「マジかよ」と思った。完璧に白なひとが誰もいないですよね、全員が何らかのかたちでたくらんでいる。むしろ、例の3人がそうなんですかね。黒幕側でないと言うか、彼女たちに踊らされていると言うか。
 そうかもしれないね。この月は『火の接吻』だけでなく『移情閣』も面白かったから、この復刊を追っていて良かったと思った。辻真先や連城三紀彦は、この企画がなくてもいずれは読んでいただろうけれど、戸川昌子と多島斗志之には出会わなかっただろうからね。
 僕もそうです。多分、読まなかったと思います。『火の接吻』はそう思わせるだけのパワーを持ったいい作品でしたね。


【港をバックに白スーツで決めてるのは反則だよ!……『〈移情閣〉ゲーム』】

 お次は『〈移情閣〉ゲーム』ですね。これは面白かったです。
 面白かったね。こういうのに嵌まってしまうと、本格ミステリに戻って来れなくなってしまって困るね。ところで、いま気がついたんだけれど、この表紙ってネタバレじゃないかな。別にこの文字は書かれてなくても表紙として成立すると思う。
 そうですね。確かに表紙で明示せず、物語内でいきなり出てきたほうがびっくりするでしょうね。でも、びっくりしたいというのは、ミステリ読み的な発想ですからね。これは別にミステリじゃないですし、そういう意図がなかったんじゃないですか。
 ほほう、なるほどね。それは説得力があるね。さて、中身の話だけれど、この宣通というのは、電通がモデルなんだろうね。
 後、博報堂も出てきますね。って言うか、まんまですよ。企業もまんまですし、題材もまんまです。
 自分が特に気に入ったのは結末かな。あれこれ模索したり奔走しておいた挙句、失敗で終わってしまうというお話が好き。バッドエンド的な意味ではなくてね。
 僕も好きです。次の展開が読めなくて、最後の最後まで、ほんとうに面白かったですね。新聞広告のあたりから加速しますよね。
 新聞広告の場面は熱かった。お互いの手の内を激しく読み合ったり、裏をかこうとするのがいいね。ラスト50ページは白熱した。
 後で考えてみると、わりとリアリティのない話だと思うんですよ。でも、どうしてか、かなりリアリティを感じました。
 そういう意味では映画向けだよね。フリーメーソンがいきなり出てきちゃうところとか。
 後はバブルの時代なのに、あまり浮ついた感じがしなかったのも印象的でした。この間『飛ぶ男、堕ちる女』っていう、広告代理店を舞台としたミステリを読んだんですよ。『移情閣』と同時期に刊行されたはずなんですが、あれは浮ついてたなあ……。
 ところでさっき、『移情閣』はミステリじゃないって言っていたけれど、確かにこれは本格ミステリとは言いがたいけれど、警察ミステリにはわりと近しいと思う。つまり、警察という機構が宣通に置き換わっているだけで、どちらも組織に属している人々が主な登場人物だよね。主人公の性格も名探偵タイプではなく、警官タイプだし。
 そうかもしれませんね。まあ、面白いんだから、むりにミステリに関連付けなくてもいいじゃないですか。
 いや、そういう意図があるわけじゃないんだけど……まあ、いいか。自分は後、人間ドラマの部分も良かったと思う。プチ恋愛みたいなところとか。
 あまり踏み込まず、あっさり流してしまうところは良かったですね。
 恋愛の他には、上司と部下の関係とかも良かった。新聞広告の場面は、ある種、上司が部下を切り捨てる的な展開をするじゃない。あの切迫感は良かった。
 著者は当時、36歳でしたっけ。やっぱり、それぐらいの年齢でないと書けない小説ですよね。
 って言うか、この著者、格好いいよね! 港をバックに白スーツで決めてるのは反則だよ!
 著者が格好いいかどうかはさておき『移情閣』は面白かったということで。


【背徳的な悦びを覚えるよね……『聖女の島』】

 聖女の結末ですけれど、どのように解釈されましたか?
 結末? プロローグとエピローグがほぼ同じ文章であること? 物語の冒頭と結末が完全に同じという仕掛けについて自分が思ったのは、この物語がウロボロスの環のように繋がっているのではないかということ。つまり、エピローグにおいて「わたし」は修道女になったのだと思った。そして、きっと修道女になった元「わたし」が、次なる「わたし」の元に派遣されるのだと。
 なるほど。「わたし」が修道女になるのですね。僕もそれと似ていると言えば似ているのですが、もう少し押し進めて修道女は「わたし」のもうひとつの人格、つまり「わたし」は多重人格なのではないかと思いました。
 それは面白い解釈だね。ちょっと無理があるような気がしないでもないけれど。でも、皆川博子の文章は上手いし、物語内世界観も完成されているからね。自分の解釈も、キセンくんの解釈も受容してくれる懐の広さを持っているように思う。それに、この不可解なプロローグとエピローグに関して言えば、無理に考えなくても、本編だけでも充分に楽しむことができるよね。
 そうですね。
 そう言えば、旧版にはイラストがついているね。特に67ページの横向きの「わたし」で、正面を向いている修道女が隠れているこのイラストなんかは、物語の真相を暗喩しているみたいだね。
 暗喩と言うか、そのまんまじゃないですかね。後、作者の言葉も旧版と復刊も違いますね。
 違うと言うか、復刊では削られている箇所があるね。復刊では、著者のことばとして「外から加えられる危害の恐怖は、正体が知れている。見えないものが、一番怕《こわ》い。なかでも、とりわけ怖ろしいのは……」までしか書かれていないけれど、旧版にはその後に「神秘と、静寂と、マニエリスムと、パラノイアにとり憑かれた作者が、あなたに贈る物語」と続いているね。
 著者の言葉というより、編集者が付け加えた文章みたいですね。
 そうかもしれないね。だから、復刊では削られたのかもね。
 後、旧版では背表紙の犬が青いんですよ。
 あ、ほんとだ。HORROR NOW……って書かれてあるね。ミステリとしてではなく、ホラーとして刊行されたってことかな。
 表紙にも「書下ろし怪奇幻想ホラー」と書かれてあるだけで、ミステリのミの字もありませんね。
 裏表紙側のカバーの折り返しを見ると、話題の新刊として高橋克彦なんかもわりと大きく取り上げられてるね。それに半分ぐらいが伝奇だ……。
 ちょうど、流行っていたころなんでしょう。
 皆川博子と言えば、先日、理論社ミステリーYA!から新刊が出たんだけど、知ってる?
『倒立する塔の殺人』ですか。
 そう。あれも少女を扱ったものでね。戦中から戦後にかけてが舞台で、学校というある種の閉鎖空間における少女たちの秘め事などが描かれていたりした。『聖女の島』は88年に刊行されたものだから、それを考えると皆川博子は10年以上も少女を描き続けていることになる。ひとつのモチーフにこれだけ長い期間、付き合うことができるというのはすごいことだよね。
 皆川博子は少年も描いていますよね『死の泉』などで。
 言われてみればそうだね。後、『聖餐城』も少しだけ読んだけれどやっぱり皆川博子は、キセンくんがさっき言っていたようにゴテゴテの文体で巧い作家、ということかもしれないね。
 ゴテゴテなんだけれど、読みづらくはない。ふしぎな文体ですよね。
 後は終盤、修道女と少女たちが仲良くなっていくのに気持ち悪さを感じたね。
 気持ち悪さ、ですか。
 気持ち悪いと言うか、妖しい雰囲気とでも言えばいいのかな。
 ああ、それなら感じましたね。
 何とも言えない……。
 エロい、とまでは行かない。その一歩か二歩手前の。
 秘めやかな、ぐらいかな。
 そうですね。
 なんだか読んでいて背徳的な悦びを覚えるよね。自分、男だけどこの小説、読んでいていいのかな、みたいな。あ、背徳的で思い出した、赤江瀑にも通じるところがあるよね。赤江瀑の小説も、読んでいるうちに人間であることに対して罪悪感を覚えるほどの強迫性がある。そう言えば、紀田順一郎と東雅夫が編纂した『日本怪奇小説傑作集 3』に皆川博子も赤江瀑も載ってたね。あ、高橋克彦もいる。
 僕は赤江瀑は読んだことがないので分かりませんが、実際に同じアンソロジィに名を列ねているということは、それなりに通じるところがあるのだと思いますよ。
 と言うことは怪奇か。『聖女の島』は怪奇小説的なところもあるよね。
 まあ、表紙に怪奇幻想ホラーって書いてあるぐらいですからね。


【島荘の影響を愚直に受け継いだという感じ……『列車消失』】

 次は『列車消失』ですね。
 これは復刊セレクションのなかでは9冊目に読んだんだけど、それまでに読んできたなかでいちばん文章が下手で驚いた。
 下手ですよねー! 僕も最初に読んだときはびっくりしました! なんなんですか、この下手さは?
 いや、そこまで下手だとは思わなかったけれど、部分的にしっくり来ない箇所があるよね。
 全部、変ですよ。
 大上段で斬るねえ。確かに流れは悪かったような気はした。だから、文章の下手さと流れという点において、自分は蘇部健一らしさを感じた。列車だし。
 蘇部かー。内容も確かに被っているところはありますが、阿井渉介は蘇部と違って、本気で書いている感じがしました。
 上手いひとが手を抜いてるんじゃなくて、全力で書いてこれってこと。うーん、そういう気配はするかもね。
 僕が面白くなかったのは、途中で胴体が列車のなかを移動する場面ですね。
 え、ちょっと待って。面白くなかった?
 これはこれでありだと思う程度ですよ。
 そうなんだ、意外。自分はこれすごい好きだよ。文句なしにベスト3に入れていいぐらい。ただ、ミステリという枠から外してしまうと、ちょっと厳しいところがあるかもしれないけれど。
 ミステリじゃなかったら、どうしようもないでしょう、こんなの!
 斬るね……で、胴体が移動するシーンが?
 あんなのありえないじゃないですか。胴体が移動するって言うのも意味不明ですし、トリックも子供騙しですよ。あんなトリックに大人たちが頭をつき合わせて悩むなんて、これっぽっちもリアリティがないですよ。
 まあ、確かに真相はバカミスだったけれど、証言のくだりは評価できると思った。と言うのも、胴体だけが歩くなんてこと、現実的にはありえないじゃない、そんなのはちょっと考えれば分かる。でも、ふたりの人物が同じ証言をしているということは、つまり、理性がどんなに事象の不可能性や非現実性を主張しても、実際に見てしまったら信じざるをえないという人間心理が描けているんじゃないかと思う。
 それは秋山さん、過剰評価ですよ。
 そうかな? ちなみにさっきからの口調で分かると思うけれど、自分は文章を除けばいい作品だと思う。なにせ、開始1ページで7両編成の列車の6両目だけが消失するという謎が提示され、第2章以降も定期的に新しい謎が提供される。最終的に3つか4つの謎があったと思うけれど、いずれも魅力的で、引きは充分だった。
 ほんとに島荘の影響を愚直に受け継いだという感じですよね。
 そうだね。謎に対する解答に関しては、正直なところ釈然としないものを覚えないでもないけれど、謎の段階で充分に魅せられ、酔わせてくれたから、結果がバカミスでも自分は満足した。後、キャラクタで言えば、大江がいいよね。
 大江はいいですよね! 多分、著者は人間ドラマを描くのが本業なんですよ!
 そうかもね。さっき、島田荘司って言っていたけれど、島荘的表現をするならば、これは幻想かつ華美な謎が次から次へと出てくる、ヴィーナス的な作品だよね。
 島荘は幻想とリアルが噛み合ってるじゃないですか。でも、この作品の場合は噛み合ってない。それが顕著に現われるのが、だから胴体の謎について討論するシーンですよ。あんなの討論するまでもなく、真相に辿り着けますよ。もう、バカじゃないかと!
 まあ、でも、自分は面白く読めたよ。
 僕は駄目でした。と言うわけで、秋山さんは気に入ったみたいですが、僕は嫌いじゃないぐらいと言うことで。
 あれ? なんか締めに入ってるけれど、もう少し語ろうよ。『列車消失』は解説が『エトロフ』の辻真先だけど、これは列車繋がりということかな。ところで、これはトラベルミステリなの?
 これは、うーん……言ってもいいかもしれませんね。『エトロフ』は違いますけれど。
 トラベルミステリと言えば西村京太郎だけど、その本質はどこにあるのかな。やっぱり地方に行って、ご当地を、
 紹介する、ですよね。仮に『列車消失』がトラベルミステリだとすれば、そこらへんが中途半端ですね。けっこう、頻繁に東京に帰っちゃうし。むしろ、組織における人間関係がメインですよね。
 そうだね。しかし、そういう観点から見ると、国鉄の民営化に対して考えさせる作品だね。20代の我々にとっては今ひとつ実感の湧かない話ではあるけれど。
 確かによく分かりませんよね。想像するしかないですから。
 まあ、それで『列車消失』の面白かったところだけど……、
 まだ語るんですか!?
 語るよ? 自分が「これは面白い!」と思ったのは、21ページにある図。言葉で説明するだけで充分に分かるのに、わざわざ図を用意するところにけれんみを感じるね。……あ! これ『六枚のとんかつ』だ!!
 ……何処がですか?
 や、6両目の6っていう数字を見たら、なんとなく思いついたから言ってみただけ。でも、そう言えば『六枚のとんかつ』にも確か図があったよね。実は蘇部健一って阿井渉介の別名義なんじゃない?
 そこまで言いますか! ところで、内容の話になりますけれど、トラベルミステリ風の雰囲気を持ちながら、そこから外れていってしまうのが読みどころですね。
 お、まとめにかかったね。
 秋山さんは気に入ったみたいですが、僕は嫌いじゃないぐらいと言うことで。
 それ、さっきも聞いたよ。

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