◆ 編集長より ◆

「編集後記」

 終点、です。
 四年間に渡った旅路も、ついに終着駅に辿り着いてしまいました。今、まさに最後の駅に滑り込まんとしているなか、今までのことを振り返りたいと思います。最初から乗っているひともいれば、途中から乗り込むひと、下車するひと、他の電車に乗り換えたひともいました。回廊は今日まで様々な運転手と車掌を迎え入れ、走ってきました。走りながら、増改築を繰り返しました。より多くの乗務員を抱えられるように車両を増やし、より快適に過ごしてもらえるように整備を繰り返しました。弛まぬ研鑽と努力が功を奏したのか、走り出したときからは想像もつかないほどの進化を遂げたように感じます。そして今、終点に辿りつき、長らく酷使したからだを休めようとしています。
 ところが、です。休刊を目前として、秋山のなかに哀愁のようなものは特にありません。まだ何も終わっていないような気がするからです。むしろ、どちらかと言うと、これから何かが始まろうとしている。そんな昂揚感をこそ、覚えているように思います。なに、休刊するからと言って永遠に失われてしまうわけではありません。仮に秋山がここで足を止め、拳を下ろし、ステージから退場することになったとしても、いつかどこかで誰かが引き継いでくれるのです。心配することはありません、なにも。と言うより、秋山もまた誰かが一抹の想いをこめて宙に放り上げたであろうバトンを受けとって走り始めたのです。秋山がここで再び宙に投げ出したとしても、きっとまた誰かが受け継いでくれるでしょう。それに、そう、そもそも秋山は走るのを止めたわけではないのです。休刊するのは、今よりさらに駒を前に進めるための小休止に他なりません。ゆえに哀愁の代わりに昂揚があるのです。
 とは言え、やはり、ここで一区切りであることには変わりありません。だから、ここで感謝の言葉を述べたいと思います。すべてのひとに。作者に。編集者に。読者に。感謝の言葉を述べたいと思います。ありがとうございます。四年間、様々なひとと一緒に雑誌を作るという時間を共にして、いちばん記憶に残っているのは喧嘩別れしてしまったときのことです。秋山にもう少しひとを受け入れる度量があれば、満足のゆく創作の空間を与えられていたかもしれないと思うと歯痒いばかりです。せめて、回廊での時間が袂を分かってしまったひとたちの記憶のなかで、有意義に作用してくれればと思うばかりです。そしてもちろん、楽しかったときの記憶も、深く刻み込まれています。笑顔、拍手、喝采。それらはいつだって秋山の精神の糧として、拳を掲げて走り続けることを鼓舞してくれました。ありがとうございます。回廊を始めたとき、秋山は仲間を欲していたように思います。誰か、手を繋いでくれるひとがいなければ、歩くことさえままならない状態だったように思います。しかし、今はそんなことはありません。既に、この二本の足で立つことができますし、むしろ誰かの手を引いてあげる余裕すらあります。小説を書くということは、創作するということは、けして楽なことではありません。困難に満ちた、闇を自分自身の光でもって切り開くというような作業です。暗闇のなかでもがいていた同志に、秋山は手を差し伸べることができたでしょうか。回廊は闇夜に光を投げかけることができたでしょうか。分かりません。ですが、しかし、できた。と、信じたいと思います。もし、手を差し伸べられた、回廊の投げかける光に包まれたと思われた方がいましたら。ありがとうございます。

 壮観、飛翔、喝采、峻烈、騒乱、輪舞、約束、未明、祝祭、開門、凱旋、繁栄、最果……そして、すべての物語が繋がる雲上の第15号。
 今までお付き合いいただき、ありがとうございました。
 次は彼方の第16号でお会いしましょう。

オンライン文芸マガジン『回廊』編集長 秋山真琴 拝

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