『勝鬨』
――疾。
大地を弾む。
脈動。
熱が形を帯びる。
胎動。
末脚と、終いに賭ける覚悟を溜める。
鳴動。
息遣いと、歓声と。
怒涛。
渦になる。
熱狂が、轟音が、光景が、馬群が、意識が。
さあ。
行くぞ。
行ってしまうぞ。
お前の脚は持つのか、俺の腕は持つのか。
俺達の、息は持つのか。
分からない。
分かるものか。
分からぬからといって、行かないわけにはゆかぬのだ。
俺は、明日の飯を食うために。
お前は、明日の命を永らえるために。
走らぬ競走馬の行く末に辿り着かぬために。
勝てない騎手の末路に行き着かぬために。
さあ。
直線。
長い。
先頭のやつはそろそろたれて来る頃合だ。
爆発。
歓声。
怒涛。
馬群が一気に膨らんだ。
勝負処だ。
此処だ。
行け。
内を突け。
必ず空く。
後退する先行集団を捌くために、俺達の前の連中は外に膨らむ。
その隙間を突け。
其処しかない空間を。
突き抜けろ。
炸裂。
意思も。
馬群も。
景色も。
轟音も。
一瞬、静止した。
灼熱を孕んだ獣の肉が、その静止した世界で唯一つ、爆ぜた。
今まさに追い出そうと懸命に手綱を扱き、鞭を振り上げ、拍車を掛ける集団を抜き去った。
――あと三十三秒。
完全に空白となった埒沿いの芝を、根こそぎ抉り取る。
斬り裂く。
風を。
ターフを。
馬群を。
それは、お前の身体と脚と心臓に任せた。
俺は、俺の仕事をやってのける。
より巧く。
より速く。
お前が一番疾り易いところを選んでやる。
お前を、誰より何より疾く気持ちよく駆けさせてやる。
五十七キログラムの重りを背負わすのだから、それくらいのことをしてやらなければ罰が当たる。
腕が千切れようが、腿の感覚が失せてしまおうが知ったことか。
勝たせてやる。
勝ちたいんだ。
――あと二十二秒。
来た。
邪魔だ。
そろそろ脚も一杯になったという具合で、前の連中が下がってきた。
もう内は空かない。
だが空かないからといって外に持ち出していたのでは、今抜き去った連中に追いつかれてしまう。
どうするか。
どうしてやろうか。
考えなど要らない。
加速。
この速度、この馬格、加えて、前の奴の手前が右になっているというこの状況。
こじ開けてやれないことは無い。
行くぞ。
勝利に、征くぞ。
ぐい、と一押し。
一気に沈み込んだ。
地を這うように、速度は一層に増してゆく。
――あと十一秒。
弾き飛ばした。
軽々と、とは行かなかったが、大した怪我を負うでも負わせるでもなく、吹っ飛ばした。
はは。
とんでもねえ面でこっちを見てやがる。
若造が、憎たらしいのか脅えてるのか、どっちかにしやがれ。
さあ。
もう、何も無い。
今、この瞬間だけが有る。
疾。
大地が弾む。
鳴。
世界が弾む。
渦が、
――そして、突き抜けた。
俺達は。
先頭で駆け抜けた。
「おう、お疲れさん」
相棒の首を、ぽん、と叩いてやる。
それを合図に、速度は徐々に落ちていった。
いつものことだ。
こうして最後方から勝負を運び、直線で掻っ攫う。
それを、やってのけた。
何時ものように。
何時もの大舞台で。
俺達は、今日も勝利をもぎ取った。
重圧と、誇りと、宿願を背負い、それでもなお王者の貫禄を見せ付けるように。
この府中で、五度目のウイニングランを。
五度に渡る勝鬨を。
五つ目のGIを、俺達は掴み取った。
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