『歓喜の魔王(終) SWASTIKA OPERA.』(drei)

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■三節 魂の力杯──Das Rheingold und Der Heilige Gral.


 教室を二人で脱出すると、たちまち追っ手がかかった。元々鍛えているお前と比肩しても、柳の足は充分に速く、軽々と追撃を振り切る事に成功する。あまり使われない技術教室練の廊下で腰を降ろし、お前と柳は一息ついた。
「で、黒園。これからどうする」
「そこは衣奈って呼ぶとこでしょ。んー……皆の状態が普通じゃないから、その原因が分からない事にはどうしようもないような」
 が、我々はその原因に検討がついている。騎士だ、それしかない。しかし、それをこの女に教えてしまう訳にもいかんだろう。こういう絡め手で攻めてきたにしても、いずれ直接対決となれば召喚の必要もある。その時この女がいては、その前でむざむざ騎士を出す訳にもいくまい。
(そうですよね。追われているのは私だから、一緒にいないほうが真奈も安全かも)
 問題はその物言いでこの女が納得するかというところだな。お前が「私を置いて逃げろ」などと言っても、まず承知すまい。やっかいな正義感の持ち主だ。人としては好ましいところだが、今はありがた迷惑でしかない。手っ取り早くまいてしまおう。
「真奈、多分あんた、私と一緒にいないほうが安全だと思うよ。私は一人で大丈夫」
 予想通り、お前の申し出に柳は不満の意を示した。顔をしかめ、何事か言い募ろうとする彼女に背を向け、お前は走り出す。
「じゃあね」
「ちょ、ちょっと待て黒園!」だから衣奈だとゆーに。ま、呼ばれたら呼ばれたで私は不快だがな。
(お父様、真奈のこと嫌い?)む……まあ、な。
 向かった階段とは逆方向から、追っ手らしき生徒が現れた事を気配で察知する。やけに無機質な視線と、直線的な動き、接触までに有する歩数さえ正確にカウント。殺気こそ感じないものの、それ以上に剣呑な何かを覚える。お前は振り返らず、階段まで辿り着く方を優先した。
「──危ないッ」
 柳が危険を訴え、追っ手とお前の間に飛び出した。振り返り、その姿を確認する。この学園の男子生徒。ただし、左肘から先に、手ではなく弾帯をぶらさげた銃身が生えている。人間には手足があって当然という偏見を覆す、アンバランスで畸形的ともいえるフォルム。
 人間の肘に植えつけられた機関銃が、その性能を発揮して銃口を弾かせた。一繋がりに聞こえる何十何百もの銃声。
 お前は横飛びに階段のある曲がり角へ転がり込んだが、すぐ横の壁には柳の血肉がまだらに飛び散っていた。頭部の破片が毛髪を伴って壁に貼りつく。どさりと、ずだ袋を落としたような音を立てて柳は倒れた。半欠けの顔から、割れた卵のように眼球がこぼれ、やけに少ない出血の中に混じる。弾丸を叩き込まれた手足は、関節のない場所から折れ曲がって白亜の骨が飛び出し、元に戻してくれと訴えるように震えていた。
 人の形を捨てた何かが人の形を壊す、殺害と言うよりも破壊じみた光景。お前が足を止めている間に、銃手は角を曲がって現れた。まるでぜんまい仕掛けの人形のような歩みで、ぎこちなくもまっすぐに。散弾銃ならば接近戦は無茶に過ぎたが、そうではない点に勝機がある。
 姿勢を低くして突貫、体当たり気味に懐へ飛びこみ、銃手の脇を掴む。この至近距離では銃口を曲げてお前に狙いを定める事は出来ない。銃手の足が跳ねあがり、膝蹴りの代わりに弾丸が腹へ見舞われた。一つではなかったか! 銃手の体を突き飛ばし逃れようとするが間に合わない。焼けた金属が柔らかな皮膚を擦過する。痛みは後回しだ。距離が開き、膝から突出した銃口が更にせりあがって、銃身を伸ばしながら鉄火を浴びせた。階段を転げ落ちながら回避。だが、その背後からも複数体のぜんまい仕掛けが押し寄せるざわめきがある。
 ──教授の造った機械化歩兵《ベトルシュカゾルデン》か。あの無表情さからすると、死体を再利用した人間兵器だな。いや、それとも生きた人間の脳を弄ったのか。こういう無粋な細工物は好かん。だがこちらの好みはお構い無しに、十数体の歩兵は完璧に動きを同期させて、お前に狙いを定めた。
「お父様、マサオを呼ぶわ」いや、銃火を相手にするならば、もっと手っ取り早い者がいる。
 機械仕掛けの一斉射。燃え立つ鋼のあぎとの前に青い炎が立ちはだかり、お前を背後から優しく抱きすくめた。右へ左へ螺旋を描いて、錆びついた鎖が弾丸を巻きあげ、弾き飛ばし、更に大きなうねりとなって銃手どもを薙ぎ倒す。学生の姿をした人形が撥ねられ折られ砕かれ、鋼鉄と骨肉の廃残物をぶち撒けた。
 草を刈った後のように踊り場は平らかになり、人体と機械が臓腑を展開して広がる。
「いやあ、危機一髪でしたねー。アタシゃもう、いてもたっても居られませんでしたよええもう」
 奇跡のように惨状から逃れた、無地の一角に座布団を敷き、その上でニラ茶を啜りながらヘルモルトが言った。……なんだその小道具は。
「この殺伐とした空間に和み成分を補給しようと思いまして。何しろもうちょっとでお嬢様は、やくざな弾丸を頭蓋へ腹腔へ前から後ろから出したり入れたりされて大変な事に」トゥバルカイン、踊り場の窓があるだろう。あそこからこやつを放り投げろ。大地母神の抱擁をくれてやれ。
「い、厭ー、厭ですー。旦那以外に玉のお肌を傷つけられるのは絶対に厭ァ!」やかましい。出るならもっと早く出て我が娘の盾になれ。
「で。それはそれとして。いつまで引っ付いてんの」
 お前は首をめぐらして、背後から熱い抱擁を捧げる赤毛の騎士を睨んだ。黒革の眼帯に、金色の隻眼の優男。騎士団第八位、フェアゲルテン・トゥバルカイン。お前の乳を遠慮会釈なく穢そうとした罰はたっぷり七七七回与えたが、何も懲りとらんなあ。
 トゥバルカインはお前から体を離すと、謝意を示すように両手をあげてひらひらと振った。白い首に鉄の枷が嵌められているように、その手首にも枷が嵌められ、手の動きにあわせて鎖が擦れた声をあげる。お前はトゥバルカインの顔を見つめ、しばし考えこんだ。
「ええと何だっけ、名前。ゲオルク・ナカタ?」フェアゲルテン・トゥバルカイン、だ。
「いやいや、ジョルジュ長岡ですよ。ぱいおつ好きの」だからトゥバルカイン……。
 当然の結果として、カインは座布団に座る黒衣のオカマを攻撃目標に選んだ。胸倉を掴み、腕一本で吊り上げる。
「隙ありっ」アッー!
 カインの股間を蹴りあげたお前の爪先は、正確に睾丸の中心を捉えた。

◆  ◆  ◆

 ニコラス=ヌンティウスを直視する事は、そのまま芳しき沼に飲まれるようなものだ。シャルラッハは抵抗力を失って、香気に咽せながら沈んでいく。
(う、そ、だ。分かっているのよ。こんなものは、めくらましだっ)
 それでも彼女は、自らの精神を揺さぶり起こし、すすり泣きたくなるような陶酔に溶けかける思惟を整えた。
 ザロモニスは──首領、副首領、そして灰色の魔女と並び立つ実力者、騎士団書記官《カンゼラリウス》のザロモニス・バプティスタはかつて言った。あの黄金は、その生まれゆえに自らを呪ったのだと。だが哀しくも呪いがあのおぞましき美貌に拍車をかけ、人の精神を灼く異形の域に到達させてしまった。いまや地上において、ニコラス=ヌンティウスは毒そのものの存在。ある意味では首領閣下をも超えるだろう、と。
 思考を放棄させる甘美なる猛毒を、シャルラッハも今再び実感している。それは心臓を毒蛇の牙で噛むように、確実に魔女の幼げな肢体を蹂躙していった。毒消しが必要だ、熱に浮かされ呆ける頭で、シャルラッハは冷たい金属の存在を思い出す。蛇の印形を頭に刻んだ無骨な釘。それを縦に握りこむと、ぶつっと弾力の切れる感触があった。掌に走る灼熱感が、彼女の意識を理性の水面に浮上させる。
「よし──」
 気がつけば刷毛で塗りつけたような冷や汗が全身を浸していた。掌の血は汗と混じり、薄く引き延ばされながら聖堂の床に滴る。その様を忌々しく思いながら、彼女は正気の帰還を喜んだ。先ほど張り巡らした魔術的防衛網の加護を感じる。
(そうだ。このニコラス=ヌンティウスは、ぬるすぎる)
 理性ではなく感覚がついに一点の疑問を捉えた。彼はもっと容赦なく、果断なく、無慈悲な方だ。
 逃避ではなく確信として目の前の現実を否定し、シャルラッハはその認識を意志のままに敢行した。真正面からニコラス=ヌンティウスを直視し、瞼が凍りつくのを感じる。それでも、己が確信に殉ずるがまま彼を見据え続けた。痺れ切った頭の奥が、鏡面を引っ掻くような声で苦痛を訴えるが無視。
「水星の閣下! 貴方が以前通りの力を持っているなら、なぜ即刻それをもって逆臣を誅しませんの? 以前ならば私など、たちまちのうちに摩擦の呪いで焼き尽くされ、太陽よりも遥かに巨大な重力の鎚に叩き潰され、猫達の戦車部隊に蹂躙されていた事でしょう。貴方が懲罰を降される時は、余計なお喋りは一切挟みませんでしたわよね? 私がこうして喋っている間にも、幾らでも刑を執行できましょうに。
 やはり、貴方の姿などまやかしだわ!」
 シャルラッハは握り締めていた釘を銀鎚に変えて揮った。自らの言葉で確信を裏打ちし、かつて伏して崇めるべき存在だった、高貴なる偶像に向けて振り下ろす。鎚は水面を打ったように、ニコラス=ヌンティウスの姿を歪め割り、澄んだ破砕音を響かせた。
 ムッハによるアールヌーヴォー調のステンドグラスも、華麗なる薔薇窓も、その一撃で余さず砕け散り。シャルラッハは嬌声じみた歓声をあげた。
「あっは、やっぱりぃいいいいいっ」
 水面に起きた波紋が周辺に伝播し、世界は緋色一辺倒の夕闇に塗り替えられる。シャルラッハ自身が施した魔術的防衛網の周囲を、砕かれた魔術の火花がちらちらと舞うのが見えた。こちらを幻惑している隙に止めを刺そうとしたのか。だが暴かれた幻術ほど惨めな物はない、所詮は不意打ちの戦法だ。
「ふっくふふふ、あははは……サン・アンドレの十字架よ!」
 シャルラッハは勝ち誇った嬌声と共に、真鍮の十字架を呼び出す。その磔刑台には手足を拘束する金属の輪と絡みつく鎖があり、周囲を怨めしげな顔の亡霊が、それぞれ十字架を背負って漂っていた。死ぬに死ねぬ痛苦で息も絶え絶えに、自重に全身の骨肉を軋ませながら、身代わりを求めている。
「何を喚くか、赤雀。貴様は何もかも遅すぎる」去ったはずの黄金の残滓が、不快に神経を引っかいた。
 シャルラッハは胸の奥で、どろどろと暗い鼓動が響くのを感じて歯噛みした。苛立たしく拷問具の下僕に命令を下し、黄金児の髪を、腕を、衣服を掴ませる。磔刑者達の虚ろな肌の手に捕らえられながら、ニコラスは最後の魔術を放った。
「幻術にかかるという事は貴様に隙があるという事。そして貴様が幻惑されている間に、私はこうして次の魔術を用意出来る」
 ニコラスの声は既にバリトンからソプラノへ。だが風格は先ほどの幻像と何も変わってはいない。
 シャルラッハは先ほど、防衛網に阻まれ散ったと見えた魔術の残滓が、再び明確な意志の元に再構築されるのを見た。星のように儚い輝きの一つ一つが互いに線で結び合わされ、二つの魔法陣となって彼女を囲む。一つは縦に、一つは横にゆっくりと回転して球形を描いた。
「とくと味わえ。貴様が蓄えた魂、根こそぎ私が貰い受ける。そして知るがいい、己が愚劣さをな」
「──ッ。幻術も、不意打ちも、ただの囮!?」
 陣を描く光線が収斂し、シャルラッハを縛めようとする。彼女は舌打ちをして釘を取り出し、鎚を揮った。
 宙に投げ出された釘が、空を打つ鎚の音に導かれ、ニコラスが張り巡らした魔法陣を穿つ。その数実に一二八本。既に励起状態にあるはずの魔術が回転を止め、機能を停止し、光を失って散逸する。反撃の魔術を軽々と破られ、ニコラスは蜜色に光る瞳を見開いた。
「ザロモニスの釘!? なぜ貴様がそんな物を──」
 みなまで言う事なく、ニコラスは亡者に押さえつけられ、磔刑台へ運ばれる。
「逃げろ……逃げよ、ザミー!」
 拘束される寸前、ニコラスは仔猫の体を空中へ放り投げた。黒い毛玉が夕闇の赤に落ち、たちまち黒点と化して、消える。
「最後の足掻きさえ猫のため、ですか。まったく、貴方ときたら相変わらず相も変わらずお変わりなく、そうして人を侮るのですね!」
 シャルラッハの瞳がどろりと濁り、憎悪の言葉を吐くが、黄金の子は聞く耳すら持たなかった。愛猫を逃した事に満足して、磔刑台の上で白磁の瞼を閉じる。ああ、またこれだ。貴様らのような化け物に、また隷属するなど私は御免こうむる──思い知らせてやろう、爛れる痛苦でもって。
 暗い決意と愉悦を胸に、シャルラッハは磔られた黄金の頬に舌を這わせた。

◆  ◆  ◆

 白目を剥き、痙攣しながらうずくまるトゥバルカインを尻目に、お前は動かなくなった柳を見つめた。……何もお前が責任を感じる事ではない。あるいは、この惨状に恐怖を感じるなら、それは立ち向かい克服すべき物だ。叩きのめして、懲らしめてやるが良い。
「ええ、叩き潰しに行ってやりましょう、お父様。逃げも隠れもせず真正面から」
 お前はきびすを返し、階段を昇り始めた。目指すは屋上。扉の鍵をトゥバルカインに壊させ、冷たい風の中に歩み出す。フェンスに近寄り、向かい側の職員棟を眺めると、火花を散らす鬼ごっこの様子が窺えた。あの機械化歩兵はお前だけを狙うように設定されているのかと思ったが、違うらしい。
 無差別殺戮だ。
 あちらこちらの階で次々と窓ガラスが砕け散っていった。三階の窓から逃げようとして落ちた人間がそのまま動かなくなる。一階や二階の窓から降りた者達はわき目もふらず走り出したが、銃弾の方がその足よりよほど早かった。リンゴが割れるように頭蓋が砕かれ、血とも脳漿ともつかない果汁を散らす。何十人と群れをなして廊下を逃げ惑う生徒達を、機械仕掛けの兵隊は二体から三体ほどの数で追うが、その歩みは決して急く事のない静かなもの。慌てて追わずとも死の手は長く、廊下の端から端まで彼らの射程距離に収まる。無数に走る火線の中、少年少女が機銃掃射に揉まれた。でたらめに手足を振り回す様は、命の散華さえなければ滑稽な出し物。だが、彼らは息絶えてなお、幾万発の銃弾によって地に伏せる事も許されず、その体を削られていくのだ。
 皆、我々騎士団の闘争など何も知らない、無関係な人々だった。お前にとって、平和の象徴であった学園が、侵略され蹂躙され目の前で陵辱されていく。生徒達も教師達も、無知で無垢で無力な存在。我々の事だけではない、この世の裏を知らない、闇を知らない。人と人がどうしようもなく対立し、抜き差しならぬ闘争に陥る現実を、フィクションとエンターティメントで打ち固められたニュースでしか受け止められない。報道機関が日々猟奇的で陰惨で憂鬱な事件を声高に叫んでも、それが己のすぐ隣りにあるなどとは。呆けてなお幸せを享受出来る、温室で育てられた花々だ。何もしなくとも飢えず、凍えず、個々の悩み事さえ生きるという最優先事項からすればささやかな煩い事。まるで天国のような、そんな場所だった。
「ああ、ひっどい酷い。全部台無しじゃない」
 壊れてしまった天国を思って、お前はくすくすと笑った。トゥバルカインもヘルモルトも、一瞬不思議そうな顔でお前を見たが、それに同調したように殺戮を微笑ましく見守る。お前は学校が好きだ、学校にいる皆が好きだ、皆も大なり小なりお前を好いていた。けれどそれだけだ。誰もお前の本性には気づかない、誰もお前の力など知りもしない。猫の群れにいる虎のようなお前を、犬の群れにいる狼のようなお前を。
「見てみたかったんだ、これ。私がやったんじゃないのが残念だけど、まあ人のせいに出来るからいっか」
「あらら、お嬢様も鬱屈してますね」それは違うぞ、ヘルモルト。
「私はみんな大好きよ。でもみんな大嫌い。嫌いは好きで好きは嫌い、それっておかしい事? あ、可笑しい事かもね。ふふ」
 その気持ちはこれまでもいままでも、お前の中に時折芽生えた嫌悪。お前の憎しみも愛も、互いに矛盾しているようで同時に存在している。生まれてきてから全ての時間をこの私と共に過ごし、この国の子供が決して学ぼうとしない事を学び、ただの娯楽やスポーツの域を超えて体を鍛えてきたお前は、同年代の中では鋭すぎた。級友達が愚鈍に感じるのもむべなるかな。それでいて優越感を抱くには虚しすぎ、ただ己が場違いだと確信する。
「ふふっ、ふふふふ。あはは……あはっ」
 お前の笑い声が、眼前の殺戮に降り注いだ。死にゆく者に微笑み、倒れる者を嘲笑い、血塗れの体を引きずる者に苦笑いし、ひたすら逃げる者を笑い飛ばす。虐殺に笑むお前を生徒達の誰かは見ただろうか、その哄笑を聞く者はいただろうか。笑いを嘆息で吹き消して、お前は決意を呟く。
「でも星乃だけは、助けないと」
 自分を取り巻く社会の崩壊は、時折夢に望んだ事だったが、そこに親友の死までは勘定に入れていない。何、それ以外の者など、知った事か。独りの食卓はいつでも寂しい、それは食事ではなく食餌だから。学校でお前と食事を共にした最後の生き残りを、失うのはお前の本意ではなかった。
 遥か校庭には一台の機動兵器が鎮座している。全長一〇メートルほどの、甲冑を着込んだ人間といった風情のそれは、二次大戦中に開発され、三次大戦で世界中で用いられるに至った人形機動猟兵《マリオネッテ・イェーガー》。ただし作りは粗く、塗装もなければロクに装甲さえ無い。配線や内部の機器類がむき出しになったそれは、粗大ゴミを寄せ集めた巨人といった印象だ。
 第七の騎士・永劫機関“アエテルヌム・エクス・マキナ”、通称“教授”はおそらくあれに搭乗している。身体能力は一般人以下の兵器開発担当だが、どうにも自作の兵器に乗って前線に出たがる癖があってな。頭を潰せば、機械化歩兵は動きを止めるはずだ。……自動操縦設定でなければだが。
「なら、敵は校庭にあり。マサオとポチであの騎士を迎撃、私はその間に、へも介と一緒に星乃を探す。以上」
 お前は階段を降りる手間を省くためフェンスを乗り越えようとした。が、さすがに五階から落ちて無傷でいられるほど超人ではない。改めて今居る騎士の顔を見るが、トゥバルカインが下心を隠そうともしない笑顔で両手を広げているので、鼻面にローリングソバットを叩き込んだ。おお、メルヘンかな赤色噴水。
「へも介」
「まあ五階からなら人間一人分でもクッションになると思いますけど、怪我したらご勘弁を」
 諦めてお前はマサク・マヴディルを呼ぶ事にした。ま、鎖をつたって降りるわけにもいかんしな。茨もこういう時は不便なものだ。掌を広げれば、そこには赤く浮かびあがる五芒星の魔法陣。刻まれし神曲の聖痕が熱を帯び、高次の界へと接続を開始する。
「来なさい、私の騎士。頑固者のマサオ!」

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