『るっ――』

『るっ――』

著/言村律広
絵/綾風花南

原稿用紙換算枚数35枚

各章へのショートカット
→(1) →(2)

 やんぼが、ぐるってんであった。
 それは、まるで、、、、のように、であることに近い。
 しゃっぽが叫ぶ。狂気のドリルが、計算ドリルが+と×の中間の傾きに記号をねじり込む。
 やんぼー!
 やんぼー!
「そうだ。分かったことがある。これは狂気ではない」
 三十近い年齢をものともせずに、学習机に向かう。デスクトップのキャラクターが笑いかける。計算ドリル。どりどり。
「首を戻せ! 首を返せ! 我が首!」
 曲がり、捩じれていたのは根性だけではなく、首であった。
 しゃっぽを放り捨てる。やんぼー!
 首無し三十は、放り捨てたしゃっぽに飛びつく。拾う。また投げる。ぐるってんである。
 箱庭の小部屋に現れたのは、ぐるってんをこよなく愛する、るっ天狗であった。るっ天狗のその、あまりにも長い鼻を、ずるりと突っ込んだことで、ぐるってんは消える。しゃっぽは叫びを終える。首無し三十は黙り込む。るっ天狗は、るっ天狗はまだ、現れきらない、入りきらない。
 やんぼー!
 しゃっぼが断末魔やんぼーを叫ぶ。
 るっ天狗ッ鼻が突き破り、しゃっぽは、ちょーかーに進化した。だがしかし、収まるべき場所とは違う。ここは首ではない。鼻だ。
 やっぽぽい!
 進化した言語で高度な会話を繰り返す。が、一人では会話は成立しない。
 首無し三十、首が無い。ゆえに話せない。セリフは、ある。
「やめて! もうやめて!」
 呟きである。ささいなことだ。実にピロートークな脱力感を伴って、警告が響く。
「隕石を降らせるのは、もうやめて! 地球はもうフルボッコよ!」
 時は白亜紀か、どこかそのあたり。恐竜は滅亡しようとしていた。大洪水によって。
 ノアよ、立ち上がれ! 世界中の動物を収集せよ! 微生物もだ! ミクロン単位まで、洗いざらい攫って行け!
 こうして、惑星はノアと名づけられた。

「駄作ね」
「駄作だな」
「つまらないとかいう以前に、分からん」
「それも高尚な難解さじゃなくって、可哀そうに感じる分からなさだね」
 次々と批評が飛び交う。概ね好評を博することができ、上神守歌《かみかみかみか》は、披露した紙芝居を満足とともにカバンにしまった。充足とは、なんと心地の良いものか。
「やんぼーって何さ?」
 隣に居た、演劇部員の友人が問う。忍尾汐志雄《おしおしおしお》、そこに気付くとは、さすが演技の男。守歌は、にんまりと笑む、八重歯ギラリ。
「叫んでみるといいわよ、さっきの私みたいに。最高なんだから」
 これで汐志雄の演技力はさらに向上することだろう。だが、まだまだ守歌はさらに上を行く自信があった。頂点は遥か遠く、地獄はいつも近い。
「くだらないわね」
 始めに駄作だと賞賛を浴びせかけた友人が言った。魂部《こんぶ》に所属する鼓舞湖歩瘤子《こぶこぶこぶこ》は、腸絶技巧術《えー! マジ? 自分の内臓見たこと無いの? 自分の内臓見たことないのが許されるのは小学生までだよねー》の若き使い手であり、紙芝居という超常現象を支配する守歌とは良きライバルである。
「悔しいのは分かるわ。でも認めることから次の一歩は始まるのよ」
 魂部で腕を磨いている以外に、自主練習も欠かさない歩瘤子のことだ、すぐに守歌を追い越す腸絶技巧術を披露してくるに違いない。
「にしても、るっ天狗はないよ。なんだよ、るっ、ってさ」
 指摘を行ったのは教師である。狂虚右京居《きょうきょうきょうきょ》は担任であり、生徒であり、落ちこぼれでもあるという、このクラスの三冠王である。だが、ここに集まっているメンバーの中では最も弱者なのだ。残念ながら。三冠など胎内で飽きるほど獲得したという猛者が、この夕べには顔をそろえている。
「るの素晴らしさが分からないとはね」
 だから、守歌も単にそうとだけ返した。右京居にとっては、良い薬になっただろう。
「ところで、最後に警告を出したのは、誰なの?」
 さすがに理解力がある。強靭な解析能力をもって、何事をも透徹しきる達人である灯塔刀徒《とうとうとうと》において、質問とは的確なもの以外を意味しない。的確でなければただ、絡んでいるだけだ。
「さすがね。ここが、今回の読者への挑戦状よ」
 守歌は、真っ直ぐに刀徒を見据えて言い放った。いつも最速で解決を導く、それがこの安息醍脳《あんそくだいのう》を激戦の末に手にした人物、級長閣下である。
 沈黙が静かに、層を重ねていく。みぃるふぃーいゆぅーんぅーんぅーんぅーん。
 申し遅れたが、私は放課後の教室であった。

 ここでジャッジである。大大宇宙審問所は、大宇宙を内包する大大宇宙を審問するために設立された、大大大宇宙における一機関である。
 ☆■○△《よめるものならよんでみろ》は優れた審問官として、忙しい日々を送っていた。
 だが、事件はいつも唐突に起きる。むしろそうでなければ面白くない。
 侵攻が始まったのだ、ルッテン群という無意識の集合体による意識ジャックである。
 大大大宇宙から、観測権限を持たないものが、大大宇宙を観測しているのだ。これを、裁かなければならない。だが、仕事をしたくない。今日は妻との初キッス記念日なのだ。
「あ、な、た」
 目覚めの言葉だけだ、その日に交わすのは。否、交わせるのは。
「おはよう」
 ☆■○△が、小さく唇を開いて、答える、そこに、妻の舌が割り入ってくる。唇をつける前に、二人は舌同士を味わいつくす。どちらのものとも知れない唾液が伝い落ちる。
 絡み合うほどに、唾液の粘度は増し、長く、どこまでも意図を引くようになる。届け、我らが愛!
 これが一日続く。眠りに落ちる瞬間、ようやく唇が離れる。
 ところで、宇宙である。重力は何処へ向かうのか、すなわち、二人の唾液の行き先である。これが、見事なことに審問書に落ちるのだ。覚えているか、☆■○△は優れた審問官である。それも極めて優れているといって良い。書き記された言葉は、こうだ。
 有罪。

 右京居が担任でありながら落ちこぼれもできるという超人的な地位を維持しているのには、理由がある。
 国は民のものである。
 その言葉にのっとり、政府の民営化は、ついに教育委員会にまで及んだ。株式会社古露市教育委員会《ぶっころしきょー》の誕生、三年前のことである。早速、校長は、いや学園内では陛下というのが呼称なのだが、ともかく最大株主に収まった。
 趣味は国作りと言って憚ることの無い、偉大なる陛下の御意のままに、学園には何でもありである。それが学園である。
 学園は宇宙の意である。
 ただの一人が三冠を得ることくらいは造作も無い。ゆえに、右京居などどうでもよい。

 つまり、こういうことだ。大大大宇宙からルッテン群は侵攻している、大大宇宙へ向かって。それが観測という手段によるとしても、無意識の群れであるルッテン群すなわち、有罪としては、存在を移動することと同義となる。だから、次に待つのは大宇宙、そして宇宙なのだ、学園なのだ。
 あの長いキッスの日が明けて、唾液まみれになった部屋《ぬるぬるルーム》の掃除もしないまま、☆■○△夫妻は、るっ天狗を追う。すなわち無意識を辿り、内なる宇宙へと降りてゆく、大大宇宙、大宇宙、学園と、順に。
 君の中にも学園はあるのだ。

 演技者、汐志雄の演劇部での活動は朗読劇《アクロバット・アクション》である。朗読をそのまま劇として肉体をもって表現する。今しも、練習中だ。
 『小説を書くということについて考える。それもしばしば、もう少し正鵠を射るなら、暇さえあれば。』
 重々しく、話し出す。朗読が続ける。朗読が汐志雄を動かす。
 『しかし小説は掛け算だ。』
 逆接のとおり、汐志雄が全ての関節を入れ替える。逆に。
 『したがって私達が探すべくは、無限大の感動を与えうる、畢竟の一言とも言うべく生の、自由の、感情。』
 生、で剥き出したのは内臓である。てらてら。よく見ると、舞台の脇で歩瘤子が腸絶技巧術を操り、助演しているのが分かる。
 『それは自動的なものではないかと思う。』
 自動的に、自然治癒力を凌駕する自動っぷりで汐志雄は、いつもの外見を取り戻した。きょろりと最後に目玉がゆれ、零れ落ち、ずずずと啜られて戻る。歩瘤子の集中が乱れた、るっ天狗が現れたからだ。その赤い鼻、無意識の集合体、有罪。
 しかし、汐志雄が演技を止めることはない。演技とは自分ではないものへと魂を移行してゆく技だ。移植、それも強い拒絶反応を伴うこともある生体移植である。
 『理性を手放し、自動的になった私たちは、生の感情に自由に触れることができる。』
 汐志雄は理性を手放した。そこに、もう、奴はいない。るっ天狗が侵攻してくる。歩瘤子が防いでいる間に、次の意識への移行を完了せねばならない。
 歩瘤子が意識ジャックされている間に、次の意識、秋山真琴は現れ出でる。
 『それは言葉を、理性を捨てること。』
 秋山真琴もまた、理性を捨てた。言葉も無い。あるのは、呻きとも叫びともつかない、おろろんとした音響だけだ。体の制御もない。
 『現実とはつまりそういうことだ。』
 現実が立ち現れようとしている。るっ天狗が、顕現する。このままでは、歩瘤子であった臓物袋と、汐志雄であった秋山真琴であった臓物袋がダンスを踊らざるを得ない。ぐるってん。
 『未だ誰も現実を見たことがない。』
 秋山真琴は、だがしかし、最後の力を振り絞り、抵抗を続けていた。るっ天狗と交渉を始める。すでに言葉はない、だから無意識と対峙するに不都合はない。
 『だからこれは提案だ。』
 『文学2.0。』
 提案した、ハイパーテキストプレイ。
 もちろんお分かりだろう、諸君。朗読は秋山真琴「文学2.0」である。
 これは守歌の紙芝居だ。るっ天狗が登場した時点で気付くべきであった。
 すなわち、紙芝居はハイパーテキストプレイである。また、ハイパーテキストプレイは文学2.0である。
 これは文学、小説だ。いや、小説なのかもしれない。
 読者諸氏、どう思う? これは小説か?

 まあ、かように読者に問いかけたところで、返事があるわけでもないのが、弱小不人気小説(家)の哀しいところではある。しかしながら、こうして夜のテンションに任せてハイパーテキストプレイなんてハイカラな名前のことをやってみると、案外と面白く書けるから不思議なものだ。というか、楽しんでるの俺だけ? いや、俺は放課後じゃないよ。
 にしても、まずは君のことだよ。
 君は、君の中の、ずっと奥の、そこにある学園を知っているだろう。いや、知らないかもしれないけど、そこは重要なことじゃない。
 ずっと、ずっと、その奥深くへ潜って行くのが、君なんだ。つまり、まあ普通の人はなかなかやらないって意味だと、病気な感じで、あるいは哲学者な感じで。
 うーん、何が言いたいか伝わってるかな。だからね。
 結局は、そうだね、要約しちゃうと、やんぼー!

 やんめの君《きみ》、そう呼ばれる貴人がいる。幾重にもめぐらせた薄絹の向こうに、朧に影を見たことのある者は何人もいるが、それ以上の情報を持つものもいない。
 寝殿造りの、視界に収めきらない大きさを持つ建物、周囲に板廊がある中は、全てが畳敷きだ。規則的に柱が並ぶ。衝立を用いて、それぞれのスペースを仕切るのだ。
 ここは、やんめの君の座所、その最外縁部。貴族どもが集い、面会のために待ち時間を過ごす場所だ。奥には、天井から吊り下げられた薄絹。
 薄絹という種族について、知っている者はそういない。大量被虐民である。
 その老若男女が首を括られ、幾重にも吊られている。
 薄絹を透かして、やんめの君が現れ、貴族はその階級によらず、次から次へと言葉を影へと投げかける。君は黙ったままだ。
 いつもならば、だ。
 薄絹たちには暇《いとま》を与えていた。貴族どもの来訪は全てキャンセルしていた。
 広い建物に、ひとりだけ。灯塔刀徒。唯一、やんめの君を全て知る者。暁光の童貞一筋も差し込むか否かの時分である。
「やんめ、とは、病の目と書く。だが俺はそうは思えない。特に今日は」
「このような早くに来て、それとはな。おまえは夜明けの敵《とおのひろと》か」
「まさか。それよりも、見えているのだろう? 世界の危機が」
 人影は、刀徒ひとりである。次々と差し込んでくる偽物めいた日の光によって、広げられた視界にも、どの隅にも、何もいない。中に誰もいませんよ、刀徒以外は。
「我が唯一にして億万にも勝る友人よ。けしておまえは親友ではない」
「こっちには安息醍脳があるんだぜ」
「我より奪いしもの、そのようなものなど」
「これで俺は、級長となった」
「き、級……長、とな」
「分かるか?」
 無言は、押し合いではない。浸《ひた》し合いである。どちらの言葉が、より相手を浸食するかを競う。意識の支配権を奪い合う。
 刀徒のもうひとつの脳、安息醍脳。やんめの君の元にあったときには膨大な記憶のバックアップ領域としてのみ扱われていた、だが、刀徒はそれを完全なもうひとつの脳として使い切る。底知れない脳力を全て、引き出す。そのために随分と脳トレをした。走りこみは、やはり基礎体力の増強に極めて効果を発揮するのだ。
 結果、級長という立場に、刀徒はある。級長閣下と呼ぶべきだろう。
「……聞こう」
 やんめの君が言う。刀徒で満たされた意識。もう貴方の事しか見えないっ!
「おまえの病目には見えているはずだ。獅子座ルッテン群の来襲が」
「ああ」
「それは、いつがピークになる?」
「未来に非ず、近日中であろう」
 一拍を置くのは、そこで安息醍脳を鎮めるためだ。放熱が激しくなりつつあった。
「今夜にしろ」
「え、ちょ、おまっ」
 命じるのは簡単なことだ。そうして、刀徒は立ち去った。
 あとに残った建物は、やんめの君は、ただ立ち尽くしていた。

→次章へ

この作品をはてなブックマークに追加この作品をはてなブックマークに追加


読み終えましたら、web拍手をお願いします。壁紙をプレゼントさせていただいております。

目次へ戻る