『るっ――』(2)

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 真唯は一人、リビングのソファにだらしなく寝転がり、ぼんやりと思考を巡らしている。
 何をするでもない。思考すら理性を離れたところにある。制服も着替えないまま。
 軽快、いや軽薄な音楽が部屋に小さく流れている。薄墨色だ。
 ソードマスターである父、健二は今いない。学校から帰ってきたら、出かけると一言の書置きがあった。いつ帰るか、いつものことだが不明だ。
 兄弟はいない。他にこの家に住むものはいない。
 母は。写真立ての中にだけ、存在する。
 真唯の記憶の中には、いない。覚えていない頃、すでに居なかった。
 父の心の中にも、もう居ないのだと真唯は思う。母が居た頃から、居なかったのだろう。だから、勝手に出かけるし、母は居なくなった。
 ひとり、めぐらしている。どうどう。どうどう。
 どうどう。どうどう。何をするでもなく。
 どうでもいいこと、どうでもいいキャラクター、どうでもいい物語。
 つまらないことばかり、思い浮かぶのだ。理性のないところ、自動的に。
 どうどう。

「今宵!」
 首無し《ノー》三十《みそ》の宣言がなされた。
「るっ天狗の押し寄せによる意識ジャックぐるってんの到来がもって、ある」
 分かるような、分からないような。
 ことごとく計算ドリルに間違った答えを書き込んだ、それを振り飛ばす、小学一年生向け。脳への挑戦、それが首無し三十である。
 首無し三十は続ける。聴衆は、上神守歌と灯塔刀徒、☆■○△夫妻に陛下にやんめの君だ。そして真唯も。
「これを見よ!」
 計算ドリルが投げ出されたあとに現れたのは、小説文芸誌「群青海路」である。手にして、無い首の無い目で無い視線を紙面に落とす、無い。
 シューブ・クルゴが現れた、語らいの一方として。東北地方より飛来せし男。対するはビッシーの湖のほとりから泳来せし男とも女ともつかぬホモサピエンス、イサク・ロイモン
「俺のターン!」
 宣告を先に発したのはクルゴであった。
「学問としての文学! 効果発動! ハイパーテキストプレイに口撃!」
 先手を打ちつける、手を痛める。
「ターンエンドぅ」涙目。
「わたくしのターンです」
 ロイモン言語。
「積み上げられたカードの山に意識を集中し、その最上位置にあるたった一枚という運命の表面をなぞるように指を沿え、じりじりと引き、中ほどまでずらしたところでカードの山が崩れる危険を感じ、一度手を止める、だが怯まない、ここで怯んでは勝負に勝つことなどできようはずもないと自身を奮い立たせ、叱咤を歓喜に変換して意識を確約する、勝利へ、絶対の世界の唯一の自信と自身に誓って」《「ドロー!」》
 引き上げたカードを示す。薄絹族の言語における“はじめに吊られる者”。
「ちゃななななななな! 効果発動! 自身を狼へとロールチェンジ!」
 ちゃな《ひぃ》な《ふぅ》な《みぃ》な《よぉ》な《いつ》な《むぅ》な《なな》は、ロールチェンジによって村の救世主へと姿を変える。
 ハイパーテキスト村を自身の犠牲をもって救い出した。
「この議論にあるとおり!」首無し三十。
 分かるであろう。意味など無い、首からして無いのだから。
「今こそ、ぐるってんをあばき、るっ天狗を現実へ引き出し、宇宙と大宇宙と大大宇宙と大大大宇宙の秩序を取り戻すとき!」
 はじめから静まり返っていた場は、相変わらず静まり返っていた。つまるところ、誰も関心をもって聞いていない。
 だが、次の言葉が発された瞬間になって、すべては登場人物として扱われ、あらゆる推測と懐疑の的とされた。
「犯人はこの中にいる!」

「いよぅ、久しぶり」
 全員が首無し三十の話を聞いているところに、午前二時の使者は現れた。獅子座ルッテン群の襲来の夜だ。
「とりあえず、いろいろ何もかも持っていこうかと思うんだけど、なんかある?」
「それはない!」
 大声を発したのは☆■○△夫妻だ。夫妻は二体にして一体、そういった生物なのだ。
「この審問官である我が犯人などと!」
「そのとおり! だから朕にもあらず!」陛下、言い添える。
 まさに権力は偉大である。犯人でなくなった二人か三人かは、この中から消えた。いなくなってしまった。
 存在すら消し去ることができる、これが権力だからです←結論。
「まあ、持ってく手間が省けたからいいけど、そろそろ行くよ、行っちゃうよ?」
 使者が告げる。最後通牒だ。
 黙したままの上神守歌とやんめの君。静かに時を待つ。灯塔刀徒、今は級長力を使うべきときではないと判断した、使者は犯人を示しに来たわけでもなければ、ルッテン群という脅威でもない、これはミスリードだ! ミステリードだ!
 首無し三十、興味なし。おそらく、そもそも、午前二時の使者がどういう存在かを認識していない。
 ごくり、真唯だけが、ただ一体だけ、生唾を、ごっくん、した。
 だが今、午前二時の使者すらも犯人の可能性をもつに到ったのではないか。この中に現れたのだから。とすれば簡単には居なくなることはできない。犯人でないという確信があったとしても、登場してしまった人物としては、最後まで付き合わなくてはならない、それが名探偵時空なのだ。ゆえに。
「あれ、あれ? おっかしいな、持ってけないぞ?」
 こういうことになった。
「うわあ。ちょ、うわあ。まいったなあ。午前二時のうちに帰らないと上司に叱られるんだけどなあ」
「それなら」
 提案したのは刀徒である。かおかおと、安息醍脳から赤白い光が彼を照らす、稼働中の証。
「今から犯人を名指そう」
 視線を使者から首無し三十まで移動した。その先に、何もない空間を指し示す首無し三十の指がある。指のさす先。
 ひとつかみ紙束。それは神か。
 上神守歌の紙芝居だ。その周囲に、何か居る。視覚にも聴覚にも、嗅覚や触覚や味覚にすら、何も感じないが、何もないそこに、何か居る。
「な、何もしてないわよ!」
 思わず、動揺から声が出た。超常現象「紙芝居」《常にあるものを超えた世界、そこは紙の上ではなく、神の座所》ではない、現実の何か、誰ともつかない誰か、そういうものが存在している、感じる。
 まず味覚が反応した。わずかばかり、塩っぽい《しょっぱい》。涙の味だ。続いて触覚と嗅覚、存在感や圧迫感と呼ばれるような皮膚感覚と、蒸し上がる匂いに混ざって鉄サビ臭、汗と血だ。
 聴覚は単に、嗚咽を捕らえた。
「おぬし」
 やんめの君に声をかけられて、顔を上げた。視覚に映る。
「狂虚……右京居?」真唯。
「いや、違う」
 やんめの君の、病みきった目がヒト際かがやく、らんらん。るー。
「違うな」
 言い、刀徒を見る。刀徒は首無し三十を見ている。首無し三十、どうだとばかりに午前二時の使者を見ている。使者には、何が見えていたのか。
「やつめ、呼び寄せたルッテン群に取り込まれおったな」
 やんめの君が断ずる。右京居を中心にして、ぐるってんがあった。るっ天狗と化した人々が狂っていた、踊り。
「今ならいける!」掴んだ。持って行く。「ばははーい!」午前二時の使者。「また明日の午前二時に会おうZE!!!」
 名探偵時空は消失し、使者は役目を果たした。残ったのは、真唯だけだ。

 くだらないことを、ぼんやりと考えているうちに眠ってしまったらしい。
 居間のソファから体を起こすと、時計を見る。長針と短針の踊らないダンス。午前二時か。わずかばかり、過ぎているか。
「安息醍脳がほしい」
 ひとつ、呟いてから、ひとりきりの家で、真唯は長い長いため息を出した。
 本当のところを言えば、ほしいというよりも、持たせたい、父親に。真唯がとても小さかった頃には、すごくよく遊んでもらった気がする。記憶の中の父親は、とても好きな人だ。なんで、あんな人になっちゃったんだろう、と最近はとくによく思う。ありえない。
「寝よう」
 ひとり、言う。着替えて、お風呂に入って、夕飯はいいや、そう考えながら。

 発動し続けて、安息醍脳は刀徒が手で持っていられないほどに熱を帯びている。だが、握り締め、離さない。
「た、食べてる……」
 驚きが言葉として守歌から漏れる、そのとおりに、安息醍脳は紙芝居を喰らっていた。
「食とは無限連鎖の自然を愛する心!」
 首無し三十が叫ぶ。いつのまにか、無い首の座にしゃっぽが乗っている。やんぼー! いちはやく抜け道を見つけ出し、ひとり逃げたやんめの君、その懐からこぼれたものだ。
 紙芝居すなわちルッテン群は、どうでもよい右京居であり、無意識による意識ジャックであり、無限連鎖の自然によって消し去られようとしている。無限連鎖の自然は、すなわち日常である。
 取るに足らないこと、非日常のこと、意識しないようなこと、非常識なこと、不安定なこと、狂っていること。
 すべてが安定的な自然としてあらしめるために消されてゆく。しかし、自然の本質はぐるってんだ。
「っぐっ!」
 刀徒の断末魔は、ただそれだった。安息醍脳があまりに軽い音で弾け飛び、余波でずたずたに裂かれ、粉のような存在になる。
 しかし、最後に刀徒は安息醍脳を持っていない手で、守歌に触れた。おっぱいたっち。ぽいんぽいん。
 級長力の瞬間的な爆発発動が、それによって実現した。おっぱい星人閣下が、その最後に、守歌のビンタで上げた声が、断末魔となり、守歌は使者の腹中から外へと飛ばされた。
 食べ残された紙芝居は、計算ドリルとなっていた。首無し三十の熱い無い視線が注がれていた。

 上神守歌は最強の高校生である。学園最強だ、並ぶ者もない。超常現象を司る「紙芝居」を自在に操る。学園は宇宙。
 上神守歌は宇宙で最強の生物である。陛下からも、大大宇宙審問所からも、認められる存在である。
 真唯はもう、守歌を見ることはなかったが、紙芝居はずっと、ずっと、眺めていた。
 やんめの君が嘆息する。
「しゃっぽを失くしてしまった、やはりあのときのドサクサでか」
 やれやれ、と口の中でだけ言う。このところ独り言が多くなっているのかもしれない。君を知るものは、もう、いない。君のことなど、誰も気にしていないのだよ。
「あのしゃっぽは、本来の姿で不安定をさらす自我のバランスを保つための装置なのだが」
 いろいろなものが、不安に思えてきたとき、よく被っていたのだ。
 今、まさにそれがほしい。

 眠りに就く直前、真唯もそう思っていた。

(この作品はフィクションであり、地球と紙芝居とキッスと教育委員会と無意識と秋山真琴「文学2.0」と夜のテンションと夜明けの敵と恵久地健一「天才論」と恵久地健一「濡れるのは裏側の瞼」とちゃななとおっぱい星人と不安と遥彼方「午前二時の使者」以外は、あんまり実在の人物や団体とかかわりはありません(敬称略)。)

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