『ル4』(2)

前章へ←

 玄関先で別れようとしたル4を成が引き止めて、真唯と三人でひとつの扉の前に立った。晩成の住む家、他に人の気配は無い。からっぽの感覚が、真唯には懐かしい、嫌な家だと思った。晩成に向かって、両親なんていないじゃないかと嘲笑ってやりたくなる。
 家の中の、部屋のひとつ。建物の中央部分にあるのだろう。窓も無いんじゃなかろうか。天井がガラス張りだったりするのだろうか。
「最初は驚くかもしれません」
 真唯が想像を巡らす途中に、成の前置きが割って入った。そうしておいて、扉に手をかける。ああ、この扉の雰囲気、きっと書庫だな。すると扉以外は全部壁に違いない。ル4越しに成が開けるのが見える。
「あれ、何もねえな」
 ル4のもらした感想は、まさにであった。さして大きくもない部屋、からっぽ。天井も壁も床も、全て見渡せる、空き箱だ。やはり窓はない。
「元々は収納だったんですけど、片付けなくて、結局は使わないままなんですよ」
 成は部屋に入らない、扉のあった位置に片方の掌を当てた。
「父さん、母さん。前から言ってたよね、ソードマスター健二さんが来たら連れてきてって。健二さんじゃないけど、娘さん、真唯さんを連れてきたよ。それから、ル4」
 からっぽに向かって、成。振り返って、まずはル4を見た。
「ル4、手を」
「あ、おう」
 ゆっくりと手を伸ばすル4、成と同じように。ただし腰が引けている。
 手を当てて、驚きと、なぜかくすぐったいという表情を、ル4はした。もう片方の手で、部屋に当てた腕を押さえるように掴む。
「真唯さん、すみません、廊下が狭くて。ちょっと待っててくださいね」
 部屋に向かって、短い廊下があって、その突き当たりが扉なのだ。二人が手を当てて、真唯にはその隙間から様子を窺うしかできない。見ても、何の変哲もないと思うのだが。
「はじめまして」
 ル4が部屋に向かって、言う。顔は苦笑だった。
「確かに、変わった人だな」
 ちょっと成を見る。
「大峡谷越えの運送屋をやってます、成とは、ええと、会ったきっかけは忘れましたけど」
「健二さんと一緒に、いちばんの友達を連れて来るようにって言ってたよね」
 成も、部屋に向かって話かける。
 からっぽなのになあ。
「そうなんすか」
 照れてやんのル4。何も無い部屋に向かって。変なやつ。
 それとも、そこに誰か、成の両親でも居るっていうのだろうか。青年の視線を追おうとして、真唯が見たル4の目は、目蓋の向こうに隠れていた。
 ひとり、仲間外れに取り残された気分だ。
 また真唯は溜め息をついた。今日何度目のことだろう。疲れる日だ。
「え?」
 成が声を上げた。少年は目を開けたままだ。見ている先に、何もない。
「成のことを任せるって言われても、なあ」
「そうだよ、先が長くないって、そんなわけないじゃない。健二さんがこうして二人を生きられるようにしてくれたんじゃない。そんな消えるわけないじゃない」
 勢い込んで、何の話だろう。良く分からない。真唯は、とりあえず廊下の壁に背を預けて、その場に座り込んだ。疲れた。
「……ああ、なんだ、そういうことですか」
「いつか、そういう日がきたら、の話ね、もう驚かさないでよ二人とも」
 なんか、からっぽに説得されたらしく、二人。いいかげんに説明してくれないと、帰る。
「じゃあ、ル4、真唯さんと交代してくれる?」
「ああ、そうだな。じゃあ、晩路さん晩紅さん、またこんど」
 そっか、晩というのが苗字なのか。なんだか、あらためてそう思いながら、真唯は立ち上がる。ようやく出番かあ。
「もういいの?」
 とりあえず口にする言葉は、こうだ。そりゃそうだろう、やっとか、なんて言うわけない。思っていたとしてもね。
「すみません、お待たせして」
 どうしてこう、こっちの思っていることを分かっているような発言をするかな、このガキめ。「ううん、大丈夫」それで、手を当てて、あの間抜けな格好をすればいいの?
 下がってきたル4とすれ違う。
「なに、疲れた顔してんだよ」
「うっ」
 眉間を突付かれた。いちいち、なんなんだ、この男は。
「じゃあ、成、真唯、俺は仕事あるから、またな」
「あ、ありがとう、またね」
「さようなら!」
 成と真唯と、それぞれ言葉をかけて。受け取った青年は、背を向けて。
「手をあててください」
 真唯がからっぽと向き合う。成の手の横、扉の位置、部屋という空間に触れる場所。
 触覚に反応があった。なにか、ある。
『はじめまして』女性の声。
『いらっしゃい、真唯さん』男性の声。
 触覚を通して聞こえてくる、声。
 部屋の中に、中年の男女が居た。初めからそこに居たように、見える、触覚を通して見えた。目は開けていて、部屋を見ているはず。からっぽだったそこに、二人が居る。目を閉じても、居る。
『健二さんの娘さん、成の母、紅です』
『父の路です』
 腕が情報負荷に耐えて、痺れる。肘から先の感覚が薄い。肩の辺りは、少しくすぐったいくらいだ。
「どういう、こと?」
『ちゃんと説明しますわ』
『その前に、真唯さん、時間があったら一緒に夕食でも、いかがです』
「いいね、じゃあ僕、支度するよ。部屋も余ってるから、泊まっていってもいいですよ、真唯さん」
 女性を制して、父親、同意する成。なんだこの息のあった感じは。家族だから?
「ええ」
 なんか、自分が曖昧になった気がして、返事も曖昧に真唯は返した。
「じゃあ、僕は支度するから」
 言うが早いか、成は行ってしまった。なんだか、流されているなあ。
 真唯が戸惑う余地もなく、今度は晩紅が話し始める。
『私たちをこの姿にしてくれたのが、健二さんなのよ』
 またその男の話か、腕は気持ち悪い痺れ、仕方ない。他に話題もないのだし。
「はあ」でも、返事できるのは、気の無い声だけだ、興味ないのだし。
『フラッダクシオーネ開発の最終段階で失敗してしまったの。他の研究者たちが完成させてくれたけど』
『フラッダクシオーネは知ってるかい?』
 黙って、首を振る。
『フラッドのシキイを消してしまうフラッドなのよ』向こうから真唯のことは見えているらしい。あるいは、腕を通して情報が通じているからか。
『フラッドについて、まずはちゃんと説明してあげたらいいんじゃないか』
『そうね』
「フラッドはフラッドでしょう?」
 とりあえず、流されっぱなしなのもイヤだ。ひとこと、差し挟んでみる。
『一般的に言うフラッドは、広義のフラッドで、専門的にはカラッポ術と言うの』
『カラッポ術の使い手をカラッピストと言うんだ』
「カラッピスト……聞いたことあります、前に私、フラッド使えたんですが、子供の頃、父が言ってました」
『今は使えないのかい?』
「はい、父がシキイのフラッドというのに連れて行かれてから」
『シキイというのは、術壁のことなのよ。あらゆる生命にフラッダマイが宿っていて、それがシキイで一定の形に収められているの』
『シキイを越えて溢れたフラッダマイをフラッドと言うんだ』
『狭義のフラッドのことね』
「はあ」良く分からないが、まあともかく専門家はそういうことを考えるものなんだろう。
『狭義のフラッドにシキイをつけることで、いろんな形や効果を顕在化することができるのよ。それが、たとえばさっきのル4くんの運搬フラッドだったりするの』
『フラッダクシオーネはシキイを同化吸収して、フラッダマイを取り出すんだ』
『だから、私たちも、シキイの大半を無くしてしまって、代わりに健二さんのカラッポ術で、この部屋を形としてフラッダマイを保っているのよ』
『まあ魂だけの存在みたいなものかな。絵の音、なんて言い方もあるみたいだけどね』
 なんだか、真唯は言葉に酔ってきたような気がしていた。訳が分からな過ぎる。
「はあ」何度目かの同じような返事。
『でも、おかげで成の傍に居てやることもできて、研究の完成も見届けられたのよね』
『そうだね。だから健二さんには、とても感謝しているんだ。シキイのフラッドというのが何なのか、私たちにも良く分からないけれど、再会したときに伝えておいて欲しい、感謝していると』
『そうね、お願い。すごく感謝しているわ』
 かんしゃ……空疎に思えて、真唯は何度かその言葉を反芻した。結局飲み込めずに、忘れることにして、別に気になったことを訊ねる。
「この部屋が、シキイって、この壁とかですか?」
 シキイというのは、生命の形、どう生きているかを示す、生きることそのもの。
『ええ』晩紅の声、少しだけ言葉を探しているみたいだ。
『そうですね、だから』晩路の声、なんだろう、紅に話しかけている様子なのに、部屋の中に見える人物は、動いていない、そういえば最初からずっとだ。
「どういう」
『つまりは、貴女が触れているそれが、』
『わたしたち、二人分のシキイなのよ』
 喉が鳴った。ぐげとか、ごえとか、そういう音がした、足音もだ、半歩引いた音。
 ちりちりと指先だけが扉のあった位置に残っていて、静電気のようにビリビリと情報が飛び移りあう。
『感謝……健二さん……ね』
『そう、だから……助けて……成をひとりにするのは辛いけれど……解放して……』
『お願いよ』
『頼むよ』
「な、に」
 よくは聞き取れない。もう触れていたくない、嫌だ、なんだこいつら、あの男に感謝?
「冗談じゃ、ないわよ」
 細い声だ、誰かの声だ、年若い女性の、そうだ、真唯のだ。
 それで、成を残して解放して欲しいってこと? どうやって?
 成を一人にするってこと? ざまあみろ。それでいいわけ?
『本当は、健二さんに……』
『そうね、健二さんだったら……だから、ごめんね』
 ソードマスター健二だったら、いいっていうこと? 私だったら良くないって言うの?
 少しずつ指が離れてゆく、親指、小指、薬指。
 この人たちは、すごく嫌だ。そもそも、もう人なのか分からない。生きている部屋と言えるのかもしれない。
 でも、成の両親には違いないのかもしれない。でも、死にたがっている、そういうことなんだ。
 嫌だ。すごく、嫌だ。大嫌いだ。人差し指が離れ、中指の先に、火花が散るような灼熱が生まれ、痺れとともに感覚を壊し始める。
 もう、嫌だ!
 接触を断たれた部屋は、からっぽに、見えた。

 成の作った夕食は美味しかった。
 テーブルの上、二人分、あった料理。四人分の食器。
 両親が話題だった。真唯の父、世界で唯一ソードマスターの称号を持つ男と、今は絵の音である二人。
 成は嬉しそうに話し、楽しそうに食べ、美味しそうに微笑んだ。真唯は黙って食べた、味など無い、美味しいと思ったのは成の顔がそう言っていたからかもしれない。
 それから、真唯は彼らの家を出た。

 確信があったとおり、晩家の向かいにその店はあった。来るときには無かった、店に見えない建物。いつも唐突に現れる店。
 夜の闇を吸って、いつもよりも深い灰色に見える、いつもというのは、真唯が故郷で見た、同じ店、全く同じ外観の店舗。
 壁を覆う蔦、錆びた銅の色をした看板に刻まれた店名、それも判別できない、もう凹凸がほとんど無い。蔦の森の中だ。
 クラシック・ランジェリー・ショップ、ププッピ堂。
 何の店なのかと訊ねた時に、店主が答えた、その同じ声が真唯を迎え入れた。
「いらっせー」
 だらり、と奥まった暗がりで蠢いたものは、床にまで這うほどの長髪が全てを覆っている。中は全裸という噂さえある、人間の存在感がない。店主。声は女性のように聞こえる。
 白黒のまだらが頭頂から流れ、床にたゆたう。真唯が連れ込んだ月明かりが、分厚く存在を隠した店主を怪しく鈍く、光らせた。
 真唯が故郷で見た、同じ店主。ごちゃごちゃとした店内を全て覚えてはいないが、それらまで全く同じに見える。真っ直ぐに並んでいない棚も、棚に収まりきっていない商品も、商品を売る気があるのか分からない店主も、店主と一体化しているように寄り添っている小さな机も。
 むほお、と匂いがした。故郷に居る気がした。
「あの」
 なんと言うのが良いのか分からないまま、ただ言葉を出した。
 だらり。
「ほおれ」
 さし出されたのは、ツルギ。真唯の父が用いていた、大きく重い凶器だ。持ち運ぶ気にはなれず、預けていた。どこでも、いつでも、受け取ることができると、そう店主に言われたからだ。
「ツルギ必要」
 だらり、と髪の滝の中から、ツルギは置かれた、店主の脇の小さな机の上。
「かまーんねよ。にんげんの事情なんてえな」
 それっきり、動かなくなった。店内に動くものは無くなった。真唯の呼吸だけ。
 生唾。飲み下す。やけに気になって、飲み下す。もう一度。
「じゃあ」
 ツルギを手にしようとして発した声が、がらがらだった。慌てて咳払いし、言いなおす。
「じゃあ、持ってくから。終わったらまた、預かって……」
 一歩、二歩、三歩踏み出したところで、ざわと音がした。何も動いていない。
「えっと、シキイを切るのに使うんです。成の両親を閉じ込めてるシキイを切って、解放してあげるの。頼まれたから」
「本当ですよ、成の両親が。私のことをソードマスターだって言って、もう子供との時間も十分過ごしたって」
「成だって、いつまでも親の分まで食器を用意したりしなくて済むし」
「そりゃあ成が家族と仲良くやっていければいいだろうけど」
「でも無理よ」
「無理ね」
 一人、延々と話す。ツルギまではもうあと一歩しかない。このまま手を伸ばしても届く。
「仲が良いのは分かってるのよ。分かってる」
「でも成の両親が、シキイを切れば解き放たれるって言ってたし」
「頼まれたのよ」
「成がどう思うかは分からない、いえ、悲しむでしょうね」
「それでいいと思うわ」
「両親があんな状態じゃあ、苦労するだけだもの。でしょ?」
「親なんて、居なくてもいいものね」
 手に。
「親なんてね」
 鞘を握り、動かそうと。
 して。
 あまりの重さに数歩、たたらを踏んだ。
 父親が一生のほとんどを共にしてきたツルギ。真唯よりも長く。
「居なくたって」
 力をこめて、引きずる。机から落としたあとは、革紐をつかみ、ププッピ堂の底をこすりながら、店の出口へと向かう。
「あらっさー」
 店主。

 ル4。
「よう、なんだ、それ」
 ププッピ堂はランジェリー・ショップのはずだ、ここで下着を買ったことはないが。そんなに長居をした感覚はない。だが、店を出ると、もう。
「うっ……まぶしい……」
 うめくように呟く。薄明。暗い店内から出てきた目には、陽が昇る前の光でさえ、痛かった。
 声をかけられたのは、そのときだった。シルル・ルルム、ル4。
「まだ夜明け前だぜ。夜明けの敵か、お前は」
 黙って通り過ぎたっていい。もちろん、そうするはずだ。
「なによ」
 舌打ちした気分が表情にも表れていたのだろう。
「怖い顔すんなよ。それ、ツルギ?」
 背中に隠そうとして、肘までしか動かなかった、おもい。
「やっぱお前も、すげえツルギ使いなのか? あのソードマスター健二の娘だもんなあ」
 おもい。
「あの『永夏の断章』みたいな立ち回りとか、できるんだろ? いいよなあ」
「何、其」
 成の両親がいる部屋を囲んでいるシキイのような、堅牢な声が出た。
「知らねえのか? 夏のような気候が続いてたのを元に戻したっていう健二の伝承詩だよ」
 真唯は上体ごと顔を背けた。ル4からだ。
「世間じゃ駄作だって言われてるけどさ、俺は気に入ってるんだよな。空を走るフラッドを練習したのだって、あれにあったシーンがすげえ好きでさ」
「屑よ」
「え? おい、ちょっと」
「屑よ!」
 ル4を避ける方向に、踏み出した。ツルギを引きずる、おもい。軌跡をもって続いてくる、おもい。あんな男は、屑だ。
「なんなんだ、もう」
 呟きを背中で聞いた。別れの言葉も、だ。
「あ、いっけね、もうこんな時間。じゃあな。仕事に遅れたら師匠にどやされる」
 走ってゆく足音。そういえば、街中でフラッドを使っていない。使えないわけではないはずだ、成の両親だってフラッドなのだから。
 だが、フラッダクシオーネに包まれた町は、フラッドについて考えさせる、過敏にする。

 そのまま、道を渡り、晩と表札にある家に入る。部屋は覚えている。
 成が閉じたのか、扉は壁になっていた。杷手をとる、開く。
 からっぽ、だ。
 格闘するような気分で、ようやっと鞘から抜き放つ。妖光。
 振り上げることもできず、引きずって床の付近から部屋に突き込んだ。廊下から部屋の中まで、床が切れた。
 床以外の、手ごたえが。

 走り出したとき、止まり方を忘れている。
 殺した感覚が手に残っている。シキイを切った手応えが、両掌でうずく。にぎりしめる。腕ごと振る。それが駆け足になる。
 ツルギはププッピ堂に押し込んでおいた。店主を見たくもなかった。
 朝日は、顔を出していた。
 すぐに壁、ドネルブ・ドロッグの崖だ。急峻な階段、そして梯子。
 手も足も使って登る、駆け上がる。獣のごとく。殺人を大峡谷でこすり落とそうと。
 這っても這っても、崖は続く、前日に飛び立った崖か、着地した崖かも、分からない。
 両手も両足も、遅い。
 もっと速く、風の如く。
 終わりが見えないような長い梯子に取り付いた。これを登りきれば、崖の上に出られるはずだ。大峡谷ドネルブ・ドロッグから這い出せる。フラッドの傷跡から逃げ出せる。
 手も足も、一段とばして登る。滑り、落ちそうになろうとも、飛ばすはずだった一段を登る。少しでも上に、少しでもシキイの奥底から遠くへ。
 獣であった。一匹。

「よう」
 声を落とした。崖の上から、ル4は梯子を見下ろし、そこから立ち上る飢えた気配に対して、知り合いだったからだ。
「糞アマの黎明、どうだい?」
 “bitch's dawn”、流れ出るイヤホンを落とした。釣りをするような気分だ。
 狩りに臨んだ獣は、果たして貪ろうとした。その直前に、引き上げる。
 面白くも無い、ただ何度か繰り返した。
 頭が崖の上に出ると、陽光が容貌を要求し、力が入った顎が強調される。両の口角から鋭く吐き出される息が、朝に熱を滲ませた。
「おまえ、道でも間違えたのか? 上がってくるなら、昨日運んでってやった向こうだろうに」
 姿を大きく見せようとするかのように、いからせた肩が崖の上、上半身が持ち上がる。
 目。ル4が真唯を見て、真唯はル4に視線が届かず。中途を彷徨っている。そこに在る意志の暴虐の量に比して、視線は遠くまで伸びない。
 長く、長く、長く息を吸い、フラッダクシオーネの町へと、細く吐く。吐き続ける、ル4。その間に、真唯は膝を崖から引き出した。全身を、フラッドの通った跡から逃がす。
 だが、沈黙。真唯は、どこを見たら良いのか、分からなくなっていた。どこも、見えなくなっている。見えるもの全て、見えないもの。ただ、ル4がいる。
「しょうがねえ奴だな」
 静かに、朝日の昇るように、ル4は座席を出現させた。
「運んでやるよ。仕事だしな。どうせ向こうに行くんだろ」
 どこに行こうとも考えは、真唯に無かった。反射的にだ、頷いたのは。
 しかしそのまま動かない真唯に、ル4は憂さを吹き払うような溜め息を提示し、そして悪意のありそうな笑みを作った。
 一言だけ。

「のれよン」

了    

この作品をはてなブックマークに追加この作品をはてなブックマークに追加


読み終えましたら、web拍手をお願いします。壁紙をプレゼントさせていただいております。

目次へ戻る