『小国テスタ3』(3)

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 この後の出来事は、記述者の推測と伝聞を元に再構成されたものになる。

(記された日付は開戦からおよそ50日が過ぎた頃)
 結局、ヴァルク国王のキサラギ軍への交渉もむなしく、戦端は切って落とされることとなった。
 まず先陣を切ったのはそのヴァルク王。後の世には、もはや伝説として語り継がれることになる四つ腕の巨人の逸話の、その幕開けである。
 生き残った一部のヴァルク軍は完全に口をつぐんでいたが、キサラギ軍の兵士は、その巨人の戦いぶりに大きな恐怖を感じたと供述したらしい。
 彼女――もはや彼女と記してもよいものか迷うが――の戦果は、士官クラスを数十名、一般兵を二千名近く。まさに一騎当千と評する他ない。
 彼女の末路は知られていない。少なくとも、キサラギ軍の公式記録には消息不明とされている。戦死したのではないか、という意見が一般的だった――開戦からしばらくの間までは。
 ……結局のところ、クライモ戦役はキサラギ軍の圧勝にて終結した。ヴァルク軍が投入した七百の軍勢は、捕虜と行方不明者の数十名を除き、全てが戦死したという記録が残っている。
 その後のキサラギ軍の針路は、ルノワ方面へと向かっていたが、ルノワとヴァルクの中間地点でルノワ軍と大規模な戦闘が発生し、ルノワ軍はキサラギ軍を退けた。キサラギ軍は、後退を余儀なくされる結果になった。
 そこから、実に長い小康状態が続くことになった――。

(記された日付は開戦から三年ほど後)
 わずかな戦力のヴァルク軍が、大きな兵力のキサラギ軍に挑んだクライモ戦役。小さな国が行った、小さな戦闘だったが、その内容は永く民衆の間に語り継がれることになった。
 民を逃がすために死地へと向かう勇気の話として。
 そして、混血の王が、人間族を救うために戦った、種族を超えた物語として。

(記された日付は開戦からおよそ四年後)
 ここには、私が独自に調べたヴァルク国の勇敢な戦士たちの末路について記そう。……恐らく、今後、重要なデータとなるに違いないから。
 カレン・ヘートマン。
 人類史上最強の魔力出力と容量を持ったその魔術師は、しかし結局、クライモ戦役には参戦せずじまいだった。彼女に対してだけは、大規模な無力化計画が数ヶ月も前から準備されていたのだ。以後、ほぼ二年間に渡り、混血の支配化におかれた元帝都に監禁され続けることになった。
 リコ・ムーシン。
 人形開発の先駆者。彼女の理念は飽くまで「人形の作製」であったため、キサラギ所属のノウスト氏の「ヒトの作製」という考えとは似ているようで大きく食い違っていた。だが、彼女は捕虜として捕まり、ノウスト氏の元で半ば強制的に働かされつつ、以後一年ほど軟禁されることになる。皮肉なことだが、ノウスト氏とムーシン氏の開発した人形達が戦争を一層苛烈にしたことを、ここに客観的事実として付する。
 ホノカ・アグセプト。
 医療系統に特化して優秀な魔術師。クライモ戦役では、戦争の革命とも呼ばれる広域探索装置――クレアボヤンス・システムをたった一人で五時間も操って見せた。国内にまで攻め込まれた際に、王室において抵抗するも戦死。彼女の側に、先述のノウスト氏の作製した、コード『鏡』と呼ばれた人形が修復不可能なほど完全に破壊されていた。彼女を守って最期まで戦ったのではないだろうか。
 タダアツ・ヒムロ。
 ヴァルク国の軍師。クライモ戦役でキサラギ軍を率いた隊長と交戦し、これをあと一歩まで追い詰めるも敵に数で押し込められ戦死。ヴァルク軍が足止めを目的としていたのならば(恐らくそれに間違いはないが)、彼がもっとも貢献したと言えるかも知れない。
 クロノ・ケイスケ・ホスター。
 前述の『鏡』という人形を操った青年。目だった戦果は上げていないが、個人的には士気を上げるのに一役買っていたのではないかと予想する。行方不明という扱いだが、死体の判別がつかない場合も行方不明とされるため、戦死したのではないかという見方を推す。
 バスト族の少女。
 ある事情から、人間族のみで構成されていたヴァルク国にバスト族が混じり込んでいた。驚くべきことに、彼女も一丸となってキサラギ軍と交戦したらしい。ホノカ・アグセプトと同様に、王室にて戦死。状況を鑑みるに、篭城のようなことをしていたのかも知れない。

(記された日付は前述の日記の35日後)
 風の噂に聞いた、人間族による帝都の奪還作戦。それに拠れば、陣頭にいるのは例の混血の王だという話である。
 開戦からほぼ四年が経過した今になって彼女が動き出したというのは、ようやく力を蓄え終えたということなのか。
 ここからなら帝都まではおよそ二日ほど。大規模な作戦が行われたなら、すぐにその話もこの耳に届こう。
 私は見聞きしたことをこの手記に残すだろう。
 戦争の行方に興味はないが、しかし住み慣れた帝都がいつまでもよく知らぬ連中に支配されたままというのも面白くない。ここは一つ、かの王の勝利をひっそりと願うとする。
(この日の日記はここで終わっていた)

(手記の最後に記してあった文句)
 この文書が、いずれ新しき聖書《テスタメント》の末梢にでもなれば幸いである。
 記述者――ダイナ・トローゼ。


 その国はすでに侵攻を受けた後だった。
 至るところに血痕が残り、修復されないままの家屋が痛々しい。人影は一切ない。まるで国ごと死んでいるようだ。
 まだ十を数えたほどの少女が、二十歳前とおぼしき女性を国のすぐ外で見付けたのは、少女が夕食の材料を採りに出かけたときのことだった。
 彼女はすぐに姉に報せて自宅へと運び入れた。今となってはたった二人きりの国民であるため、倒れた女性を運ぶのも重労働だった。その女性が身体に負った傷はどれも重いものだった。彼女達は運を天に任せる思いで苦しそうにうめく女性の世話をし続けた。
 その女性が目を覚ましたのは五日ほど経過した後だった。
 女性は目覚めてすぐに彼女達に礼をいった。
 少女たちが女性に名を聞いたところ、少しためらった後に、
「ヒストナだ」
 と女性は答えた。
 ヒストナは、次いで、今がいつなのか、ここはどこなのかを矢継ぎ早に質問した。姉妹が一つ答えるたびに、彼女は暗い顔になっていった。
 姉妹の姉は、ヒストナとほぼ同い年くらいである。ヒストナに、傷が深いから落ち付くように、興奮してはならない、と忠告した。
「君達はここの国民か? 他の住人はどうした?」
 姉妹は、侵攻を受けたときのことを話した。家族から親戚まで全て殺されてしまったこと。一部はどこかへと連れ去られたこと。二人は両親が家の地下に匿ってくれたために難を逃れたこと。
「偶然だな。私と似ている。親しいものが、私を逃がしてくれた」
 ヒストナは傷がいえるまでの間、彼女達に世話になった。一月ほどで傷が完治に近づき、体力も戻りかけてくる頃に、姉がヒストナにいった。
「もしかすると、あなたは貴族か王族の方なのではないですか?」
 ヒストナは少し迷った後に首肯した。
 姉は彼女の立ち振る舞いなどからそれを察知したのだった。
 傷が完全に癒え、落ちた体力が戻ると、すぐにヒストナはその国を出る旨を姉妹に伝えた。
 二人には感謝してもしきれないほどの恩がある、この恩はいずれ返しにくるといった。気にすることないのに、と寂しそうに笑う姉の表情が、ヒストナには印象的だった。
 別れたくない、と大騒ぎしてヒストナにひっついて離れない妹をなだめすかしていると、姉がヒストナに問うた。

「この国を出て、なにをするつもりなのですか?」
「知り合いを探さねばならない」
「知り合い……。その、あなたの国の方々ですか」
「今の私は国を――全てを失った王だ。……亡国の王のすることなど限られよう?」ヒストナは挑戦的に笑う。
「なにをすると……?」

「王国の再建を。
 失った人を、土地を、家を、
 そして誇りと、私の一族の尊厳を。
 ――全てを、取り戻す」

 開戦から、既に一ヶ月以上が経過していた。

 戦乱の時代の幕開けである。

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