◆ 編集後記 ◆

 どうもどうも、ごきげんよう。副編集長(A)の六門イサイです。
 思えばざっと四年前、秋山編集長に「お祭り騒ぎをしましょう」みたいな事を言われて誘われてから、あっという間でした。最初は書評や小説で参加していたのですが、編集に回ったりなんだりかんだりで、最後まで居続けられました。皆勤賞逃しちゃったけど。
 自分の編集スキルはまだまだ発展途上という処ですが、今回めでたくフィナーレを迎えた拙作『歓喜の魔王』の連載を始めたあたりから、小説書きとしてグンとスキルアップした事を感じられました。回廊で過ごした時間はとっても辛く、とても楽しく、騒がしく、そして何より有意義でありましたのじゃ。
 オンライン文芸マガジン『回廊』はこれにてしばしの眠りに就きますが、文芸スタジオ『回廊』の門戸は今後も開かれております。小説書きの皆様は、ぜひ一度、作品を持ってお越しください。もちろん、読者の方も大・大歓迎でございます。やんぼー。


副編集長  六門イサイ




 参加以降の経験をふり返り、作家としては色々と勉強になりました。編集部に所属してからは悩むこともあり、募集のさい自分が声をかけることで参加者さんに負担をかけるのではないか。自分が編集するよりも他に上手い助言のできる方がいるのではないかと考えましたが、それらの苦労もふくめ人間らしい有意義な経験をさせていただきました。
 文芸や作家のあり方にも悩んでいたところでの同人参加でしたが、今後はより多くの読者に必要とされる小説を残せるよう努めていこうと思います。


副編集長  恵久地健一




 カフェインでハイになった頭で、こんにちは。遥彼方です。結局回廊には最初から最後まで置いてもらいました。どう感謝したらいいか、わからないほどです。
 字書きとして絵描きとして、また編集者としても関わらせてもらってきて、でも遥にはまだいろんなものが足りてないと、そればかり痛感します。ただ昔はわからなかった、ではいったい何が足りないのかという、それが見えてきつつあることが、遥が回廊に居ることで得たひとつの収穫です。
 自分のことばかりでいっぱいいっぱいの私が、外を向いて仕事をする人たちに出会えたことは大きかったです。それでもやっぱり自分のことばかりでいっぱいいっぱいなのは変わらなくて、我ながらなんともどうしようもない奴だと思いますが、それでもこの井戸の中の蛙、片足くらいは踏み出せたのでしょう。
 そういうわけで、気持ちが散乱したまま、オチも何も無いままですが、ひとまずは、さようなら。


編集班第二特集部門長  遥 彼方




 なんでしょうね。言葉が見つかりません。
 たまたま編集長と出会って、たまたま回廊を知って、それで今僕はこうしてここでこの文章を書いているのですから、人生はわからないものです。
 編集だって、やりました。もちろん初めての体験。人様の作品にどうのこうの言える立場じゃないと頭の片隅で思い続けながら、それでも、少しでも良い作品を作り上げようとNOを出し続けたあの日々(作者の方には、すみません)。
 これからも僕は小説を、超短編を書き続けていくのだろうけれど。
 けれども。
 ……やっぱり言葉が見つかりませんね。ごめんなさい。

 はなはだ蛇足ですが、最後にひとつだけ。
 本当に、ありがとうございました。


編集班超短編部門長  水池 亘




 というわけで、というわけです。
 この編集後記を書いたら、私の仕事は多分終了です。何故か私みたいなのが超短編の編集をしていて、そこそこ居心地よくやってきましたが、それも終わりということで、少し不思議な気分です。今風に言うと「SFな気分」でしょうか。あんまり今風に聞こえないのは気のせいです。多分。
 そういったわけで、名残惜しくてもったいぶっていたら、提出が一番最後になってしまいました。ごめんなさい。そしておつかれさまでした。


編集班超短編部門員  痛田 三




 去年の春頃、インターネットを旅してたらたまたま見つけたのが回廊でした。
「うおっ、なんかやたら本格的やん!」と感動し、気が付いたらお問い合わせに何回もメール送ったり、11号の作品として二つも書き上げてました。
 回廊とはまだ一年くらいの付き合いなのですが、かなり中身の濃い一年だったと思います。ちっちゃいサイズなのに、やたら重たい。ん、隕石みたいですね。
 仮面で苦悩してる人を書いたり、地獄を書いたり、扉絵見て黄色い声出したり、助けてと言えないやつ書いたり、すごいイラスト描いてくれる人に出会ったり、編集したり、編集されたり、校正したり、校正されたり、男のヤンデレ書いたり、扉絵作ったり、この人のような文章を書きたいと思ったり、この人の小説面白いなって思ったり、旅立ちを謡ったり。
 なんか、まぁいろいろ。
 なんでやったのかと問われれば、ただやりたかったと言うしかない。マトモな脳味噌で、やってないです。いつもこの身は、脳味噌とろける幻想に包まれたCRAZY SKY。
 人と異なる道を歩んでも、それでもやってみたい空があった。
 などど、最後もキモいことを言って、おさらばしたいと思います。
 キミは今何処にいる? 俺は蒼ノ下。
 ども、蒼ノ下 雷太郎でした。


編集班員  蒼ノ下雷太郎




 いわゆるキセン文学の編集をいたしました、そんだけしか担当してません。しかも、ろくな意見を述べておりません。あちこちでほろほろと何事かしております、パートタイム編集班員の言村でございます。
 さてまあ「隅田川、」なのですが、座談会などで遠野さんを喰らいつかせることができたりして、概ねうまくいったのかなあとか思っております。現実味とか現実感がないというのも、良い指摘だよなあとか。
 現実ほど現実感の無いものはありませんのですじゃ。
 というわけで『回廊』もご臨終とのこと。さばらー。
          (ちょ、あひるん、回廊を殺しちゃ駄目えw byイサイ)


編集班員  言村律広




 回廊は不滅です。かもしれません。秋山編集長は更迭されました。かもしれません。回廊は「続・回廊」となり、編集長も大幅リニューアルして、季刊誌に生まれ変わります。かもしれません。
 大嘘です。かもしれません。
 それでは、みなさん、さようなら、さようなら、おげんきで、さようなら。


校正班長兼制作班PDF部門員  もにょ




 回廊に参加してから約三年。思えばいろいろなことがありました。それまでにあった出来事を思い出せる範囲で書いていくと、今日は部屋の片付けをしました。部屋が綺麗になって大変気持ち良いです。昨日は妹がDSの『バッカーノ!』をクリアしたというので、早速借りてプレイしました。妹によると、実は○○○○○○は生きていたらしいです。一昨日は大塚英志『人身御供論』を読みました。よく知られているものとは違うバージョンの「赤頭巾ちゃん」では、赤頭巾ちゃんは狼に「ピンの道に行くのかい? 針の道に行くのかい?」と訊かれるそうです。これは通過儀礼の成否に関する重要な選択で、ピンの道に行けば赤頭巾ちゃんは狼に食べられ死に、針の道へ行けば食べられても最終的には助かります。近代以前の通過儀礼には異界に足を踏み入れ、死を仮体験することが不可欠ですが、場合によってはそのまま死んでしまうようです。昔の人はそのへん大らかに構えていて、通過儀礼の途中で子供が死んでも「まあ、それはそれで」と納得していたような節が、民話には見受けられます。そんな感じで三年間を振り返ってみたところで、そろそろ夜も明ける時刻です。窓の外を見ると、まだ夜中でした。もうちょいで夜明けでしょうから、それをのんびり待っていようと思います。それでは。


校正班副班長兼制作班PDF部門員  遠野浩十




 休刊号ということなので正直に書くと、僕の『回廊』に対する感情は非常に複雑だ。
 何と表現したらいいのか分からないけど、三年間首を突っ込んできた一方で、突っ込んだ首を引っ込めようと考えたことは何度もあった。だが、他のメンバの皆さんにとってかけがえのない場所であったことは否定しないし、同時に僕にとっても、なくてはならない場所になっていたのもある。僕にとっては『回廊』とは雑誌のことではなく、一つのオンライン小説コミュニティであるから、参加するようになる前もなった後も、僕のスタンスはそう変わってはいない。文芸スタジオ回廊がなくなるわけじゃないから、このスタンスは今後も変わらないだろう。
 だから、休刊といわれても今いちピンと来ない。休刊とは言うけれど、秋山のことだから夏頃になったら「じゃあ復刊しますか」と言い出しそうな気がしてならない。でも、それはそれでいいんじゃないかな、とも思う。
 いずれにせよ、キャッチコピーの「作者をつなぐオンライン文芸マガジン」という当初の目論見が達成されたかどうかは、今回の三十人強という参加人数を見れば明らかだろう。これだけの人数が一堂に会して執筆する機会など、多分学生でもない限りあり得ない。……いや、学生サークルでもこんなことは希だろう。
 ここで培われた『回廊』という実は収穫された。そしてまた新たな種が蒔かれる時、今度はどんな花を咲かせるのだろうか……と思うと、ちょっとだけ楽しみではある。その花を育てる方向に行くのか愛でる方向に行くのか、自分はどちらの道を行くのか分からないけれど。もしかしたら好奇心の赴くままに、品種改良に手を出してしまう……そんな可能性が実は一番あり得るんじゃないかな、とおぼろげに考えてみたりする。まぁ、そういう人間だからね、僕は。


制作班長兼編集班コラム部門長  踝 祐吾




 今回後記は分量自由ということで、HTP《ハイパーテキストプレイ》ばりに、自由に適当に思ったとおりに書きます。
 今回極めようと思ったのは、A5紙面での文字組です。プリンタが壊れて印刷での確認ができないという状況下で、A5のPDFとして最善の形式を見つける──。これがテーマ。無論、これまで作成してきた回廊過去号という蓄積がありますので、他の人より「これが良さそうだな」というラインは見える(と信じたい)し、実際それはある(と思う)のですが、かといって以前のままでは詰まらないわけです。じゃあどうするのか。本来であれば実際に印刷してみて確認するところを、モニタに表示されるPDFから想像し、ここをもっと攻められるのではないかと、そう想像してやるわけです。想像力──。私がデザイナとして身を立てる上で、無くてはならないスキルです。
 制作する大前提として、そのまま売り物になり、尚且つ同人でしかできない変則技を絡めていくというルールがあります。そして私がアマチュアDTPに携わり、回廊の筆頭InDesign使い《ユーザ》であるという自負を満足させるだけの、最低限超えなければならない一線があります。回廊内でInDesignが広まった理由は分かりませんが、多くのスタッフが使い手《ユーザ》として頑張っている以上、筆頭である私は皆を超えるものを作らなければなりません。そのために、皆がやりそうな手を先回りして、さらに進めたかたちでやりますし、皆が買えないようなフォントでも自前で購入して使います。絶対に超えられないこと。常に皆の前を走っていること。私が私に課したルールです。
 実際にそれが実行できているのか。それはわかりません。ただ、時間に追われれば実力を発揮する人が居るように、私は自分で自分に枷をかけることで先に進める人間のようですので、この考え方は正しいと思っています。アマチュアなんだから、お金貰っているわけじゃないからそこそこでやろうというのも正解でしょうが、私には合いませんでした。名前が出なくても、私が作るのだから最善のものを作りたいのです。
 さて、ご覧になっていかがでしょうか。


制作班PDF部門長  古井 新




 なんだかんだで、四年間付き合っていました。あらゆる情報が一瞬で押し流されていくこのWebという場で、創作という無為な、そしてそれゆえに美しいものへの情熱を武器にして、「回廊」が残し続けた爪痕は、決して浅いものではありません。
 始まりが終わりの始まりであるように、終わりは始まりの終わりでもあります。そして後者を前者に代入すると、つまり始まりは始まりの終わりの始まりということになります。結局どういうことかって? また会う日まで、ってことです。


制作班PDF部門員  キセン


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