『荒野の幽霊とドロップヘッド』

『荒野の幽霊とドロップヘッド』

著/蒼桐大紀
絵/青汁

原稿用紙換算枚数85枚

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「ちょっと、ちょっとそこの人!」

 商店がいくつも立ち並ぶ、街中だった。
 威勢の良い声が喧噪をさえぎって、通りを歩く旅人を呼び止めた。
 旅人は細身の体を粗末な服に包んでいた。カットが深すぎるため脚は太腿まで丸見えで、それどころか腕の周りがおおざっぱに切り開かれていて、胸が見えそうだった。
「あなたよ、あなた! まったく年頃の娘がなんて格好しているの」
 声の主は、そこそこ年のいった女性だった。険しくしかめられつつも、茶目っ気を感じさせる大きな目が印象的なおばさんだった。
「わたしですか?」
 旅人が足を止めた。高めの声だが淡々としたトーン。十代半ばから後半とおぼしき少女。
 すこし険のある濃い紅《くれない》の目が、今はきょとんとしている。その下には黒いマーキングがある。わずかに青い銀色の髪は、左右に結い分けられている。体の線は細く、すらりとした脚が例の服から見えている。
 それらが彼女に鋭角的な印象をあたえていた。
「そう、あなた。いくら旅人だからって、女は着る物に気をつけなきゃダメじゃない」
 おばさんは、小柄な体に白いエプロン姿で仁王立ちしていた。エプロンからは、巻き尺や裁ち切り鋏といった裁縫道具が顔を出していた。その後ろには、こぢんまりとした洋裁店があった。彼女が入り口の前に立っているので良く見えないが、とにかく様々な種類の服が見えた。
 旅人は、店を見上げた。
 『お洋服お直し屋さん~リフォーム承ります』
 と、書かれた看板があった。
「ルーハ?」
 ふいに新たなの声が、旅人の名を呼んだ。彼女の声より少し低く、ほがらかなトーンの声だ。
「アサト」
 ルーハと呼ばれた少女が相方の名を呼んだ。
「なんかあったの?」
 一見するとルーハと同年代の娘のようだが、良く見ると男のようにも思える。
 伸ばした髪を後頭部でまとめて留め、一眼式のマルチゴーグルをしていた。ゴーグルは頭上にあり、カチューシャのようにも見える。黒い目は大きく、やわらかな顔立ちをしている。
「急にいないからびっくりしたぜ」
 そんな男口調さえ、女の子がいたずらっぽく言っているように響く。そうしたなにもかもが、この人間に中性的な印象を持たせていた。
「呼び止められたんだ。わたしの服装に問題があるらしい」
「へえ?」
 アサトはわざとらしく、ルーハをしげしげと見た。アサト自身はというと、モスグリーンのズボンと、灰色のTシャツに黒のタンクトップを重ねていた。ズボンはツナギになっているらしく、ベルトの位置で上着の袖が縛ってあった。
 要するに、今日は暑いのだ。
「他人事だからといって楽しむな」
 ルーハが顔をしかめて腕を組んだ。
「……あっそ。あー……、で、服装がなんだって?」
 アサトが少しルーハの方に寄った。通りは、広い歩道をはさんで色とりどりの看板を掲げた商店が建ち並んでいた。それらは多くの人でにぎわい、近寄らないと会話が遠かった。
「問題があるらしい」
「えー、それ考えるの大変だったんだぞ。ルーハ注文多いし、裁断はともかく縫製なんてできないからさー」
「そうは言っても必要だったから……」
「お、今のちょっとしおらしくていー感じ」
 アサトが「ししし」と歯を見せてからかった。
「理解不能だ……」
 と、ルーハが言ったとき、
「じゃあ、決まりね」
「え?」
 いきなりぐいっと腕をつかまれ、ルーハは思わずよろけた。手の主は、洋裁店のおばさんだった。針仕事で鍛え抜かれた職人の右手が、ルーハの左腕をつかんでいる。
「あの、ちょっと……」
 ルーハはとっさのことに戸惑って、続きの言葉が出なくなった。ただ、体だけが自動的に反応してバランスを修正、たたらを踏んだルーハを立たせる。
「それじゃ、さっそく採寸するからね。さ、どうぞ入って」
「いうあ、その何をする気、ですか?」
 ルーハは乗せられまいと踏ん張ると、店に連れ込もうとしていたおばさんに聞いた。
 おばさんは「あら、見かけの割りに力持ちなのね」と関心半分と呆れ半分につぶやくと、本人はお茶目のつもりであろうウィンクをして、こう言った。
「もちろんお直しをするのよ」
「お直し? 何の?」
 おばさんは、意地悪げな声音を使って「あなたね、ここの看板見えなかったの?」と言った。それからにんまり笑って、
「安心しなさいって。これでも、評判のお店なのよ。それに、注文はぜんぶ聞いてあげるわ。あら、あなたもそんなところに立ってないで、お茶でも飲んでいきなさい」
「え。あ、はあ」
 アサトはあまりの急展開に、間抜けな返事をしてしまった。
「待て。わたしの意見は」
「だいじょうぶ。ぜんぶ聞いてあげるって言ったでしょう」
「そういう意味ではなく……」
「ほらほら、いつまでも外にいたら今日は暑いったらないわ」
 意地悪になったり優しくになったりするおばさんの声と、可愛らしいのに抑揚の少ないルーハの声とのやりとりは、端から聞いていると滑稽でしかない。
「アサト!」
 相方に呼ばれたアサトは、指先で頬を掻きながらにやりと笑った。
「ま、いいんじゃないの」
 それから店に首だけ突っ込んで、自分は他に買い物があるから彼女のことをよろしくと叫んで通りに出ていった。
 と、思ったら戻ってきた。
「そういえば、お直し屋さん。どうして、ぼくたちのことを旅人だと思ったの?」
「歩き方と……、それにやっぱり服装かしらね。このお店はね。どっちかというと、外からのお客さまの方が多いのよ。おかげでこの有り様。引きつける何かがあるのかしらねえ?」
 すでにルーハを奥へ追いやり、作業の準備を始めているおばさんは、顔を上げずに答えた。
「それに、二人して腰にそういうもの下げていたらわかるわよ」
 アサトは苦笑した。その右腿にはホルスターに収まった拳銃があった。そして、ルーハの左腰には鞘に収まった刀が差してあった。
「アサト、わたしはまだ同意したとは───」
「それじゃあ、よろしくお願いしますね」
 ルーハの抗議を無視して、アサトはバッタのような俊敏さで通りへ去っていった。
「あ、アサト」
 戸口からVサインが突き出され、じゃあねとばかりに振られた。

 店の中には中央に大きな作業机があり、その周囲を様々な道具や素材が詰まっているであろう棚とハンガーに掛けられた様々な服が取りまいていた。天井も例外ではなく、リボンやテープ、それにルーハには用途のわからない道具や見たこともない素材が吊り下がっていた。
「にしても、ひどい服ねえ」
 机に広げられた服を見下ろして、おばさんはふんと鼻を鳴らした。腰に手を当てて、今度はルーハに目を向ける。かなり小柄な人なので、ルーハは見上げられる格好になる。
「動きやすくて、丈夫なのが良いのね」
「はい」
 くだんの服は、防塵マントを切り裂いて作ったものだった。この『防塵』とは、一番通りの良い通称に過ぎない。実際は、防寒、防熱、そしてある程度の、防弾性能も兼ね備えた頑丈な素材で作られたものだ。
「あと、脱ぎやすいこと」
「なんですって?」
「脱ぎやすさです。いざというとき、素早く脱ぎ捨てられるような」
 おばさんは横目でルーハを見、渋い顔を作った。真意をつかみかねているようだった。
「いいわ。とりあえず、採寸しましょう。それも外して」
 ルーハが困った顔になった。
 いま、彼女は素肌のほとんどをさらしている。彼女の白い肌は、鎖骨の下から足の付け根までが、ワンピース型の水着に似た物で覆われていた。それ以外は、ハイソックスらしいものと首元のチョーカー、手首にフィットした角形のリング。そして、肋骨の上あたりに紡錘型のパーツがあり、乳房のラインに沿ってついていた。その先は乳房の上に続いており、鎖骨の下には同じようなパーツが付いていた。ちょうど胸を抱え込むような感じだ。
「平気よー。作業中の札を出しておいたし、カーテンも引いてあるんだから」
 おばさんは「女同士なんだから」と笑ってみせた。ルーハはすこし考えてから、こう聞いた。
「あの、エイドを知っていますか?」
「ええ、知ってるわよ。あら、あなたそうなの! 間近で見るのは初めてだけど、本当に人間みたいに見えるわ」
「そういうものですから。服はこのまま着るので、これで採寸してください」
 ルーハは必要なことを言ってしまうと、黙ってこの豪快な職人を見つめた。おばさんは、彼女と机の上の服、刀を順番に見て、言った。
「わかったわ。エイドの服のお直しなんて初めて。──大仕事になりそうね!」
 そしてそれは、その通りになった。

◇ ◆ ◇

 街は円形をしていて、周囲を城壁が囲っていた。外から続く二つの道が、街の中央で交差し、中央の広場はトレーダーの一隊が余裕で展開できる広さがあった。
 トレーダーはトラックやトレーラー、その他大小の車輌で隊商を組んで、街から街を移動して行く先々で市場を開く者達のことだ。物と物(あるいは金)を交換することと、移動中に遭遇する襲撃などのリスクと交易で得られるメリットを交換していることからそう呼ばれる。
 街の外壁にある門では、ちょうど到着したばかりのトレーダーが入国審査官と交渉していた。
 その脇を一台のバギージープが走り抜けていった。
 バギージープは主に悪路を走る多用途高機動車《たようとこうきどうしゃ》を指し、通称とは裏腹に大柄な車体が特徴だ。
 いま走り抜けていった車は、その車種の中でも特徴的な車だった。特に、ボンネット中央前面が斜めに傾斜しているが、ヘッドライトがついた部分は平面のままなので、いかつい“顔つき”になっている。後ろ半分は荷台になっていて、旅荷物が満載されていた。
 バギージープは、道に積もった黄砂を巻き上げて、二本の太いタイヤ跡を残していく。

 今日も日差しが強い。
「おー、あれかな、一本目」
 アサトがステアリングを操りながら目を細めた。
 風を入れたかったが、車が巻き上げる黄砂のせいで窓がほとんど開けられない。
 十字路の街の外壁も、攻めてくる外敵よりむしろ、夕暮れ頃になると舞い始める黄砂から街を守るために築かれたのだそうだ。もし野宿することがあったら何かを盾にするといい、と審査官は旅人などに教える。「ちょうどいいものがあるから」とその審査官は言っていた。
 道は真っ直ぐ続いている。土を固めただだけの簡素な道で、左右には黄土色の荒野が広がっていた。荒野には点々と緑があった。ときおり、林のようなものも見える。
「でも、まさか一週間もいることになるなんてねえ」
 アサトはルーハの顔をちらりと見た。新しい服は、防塵マントに隠れて良く見えない。
「すまない。私もこんなに長くなるとは思わなかった」
「まったくです」
 第三の声がそれに応じた。落ち着いた感じのする男の声。二人の乗るバギージープの声だ。
「やっぱり、借り駐車場での時間は退屈だった?」
「……すまないロイズ。アサトと違って、あの街で観光することはできないからな」
「いえ、あの街を走り回ったところで、大差はなかったでしょう」
 ロイズと呼ばれたバギージープは、声の調子を変えずに答えた。
「ちょっとルーハ。ぼくだって別に遊びほうけていたわけじゃない。買っておくべき物は色々あったし、ロイズの整備だってやった」
「その割りには、夜ごと昼間の出来事を良く話していたようにように思うけど。食事の話はやけに詳しかったし、辻で老人たちとカードに興じた話も聞かされた。それからずいぶん色々と歩き回っていたと推測できる」
「たしかに洗車はしてもらいましたが」
 ロイズの牽制を受け、さすがにアサトは気まずそうに目を逸らした。
「いやまあ、たしかに色々回りはしたけれど、遊び歩いていただけじゃないよ?」
「楽しくなかったの?」
「それはまあ、その……」
「それなら良い。わたしは別にアサトのことを責めているつもりはない」
 ルーハは、表情を変えずに言った。
「見えてきました」
 ロイズの声が、二人のおしゃべりをさえぎった。気がつけばすぐ手前に、くだん審査官が「柱」と言ったものが立っていた。道の脇の荒野に、風雨にさらされた巨体がある。
「近くで見てみない?」
「そう……だな」
 アサトはブレーキを踏み、いったん「柱」をやり過ごしてから、ロイズを路肩に停車させた。

 それは、柱というより倒壊した塔に近かった。ちょうど教会の尖塔を斜めにへし折って、地面に突き刺したような感じだ。表面は永年の風雨と黄砂にさらされて、黒っぽく変色していた。もとがどんな色だったのかはわからない。ただそれが人工物らしいということだけはわかった。
 なぜなら、斜めに切断された先端部や表面のあちこちに金属らしいフレームが露出していて、もはや用を為さなくなった機械が見えていたからだ。
 アサトは、色々な角度から「柱」を見ては首をひねっていた。これが人の作ったものだとしたら、こうなる前はどんな形だったのだろう? どんなことに使われていたのだろう?
「っっ! ───あれ?」
 急に軽い眩暈《めまい》と鈍い頭痛を感じて、アサトはよろけた。右手でこめかみをつかんでみるが、痛みは引かない。
「アサト?」
「うん、ちょっと頭痛くて……日差しに、当たりすぎたかな」
「休んだ方が良い。歩ける?」
「だいじょうぶ……。ほんと、ちょっとくらっとしただけだから」
「ロイズの中で休んでいると良い。ほら───」
 ルーハは自分がはおっていた防塵マントをアサトの頭からかぶせた。アサトは「ありがと」としぐさで言って、ロイズの方へ歩いていった。

 ルーハは、アサトが無事ロイズにたどり着いたのを見送ると「柱」を見上げた。風が足下をすり抜けていった。その風で服の裾がはためいた。それは、じつに奇妙なデザインの服だった。それでいて、はっきりとした意志をもってデザインされた服であるとわかった。
 上は前合わせになっており、襟元から首もとが見えた。袖は背中の側だけ繋がっており、袖口に向かうにしたがって広がっている。露出した肩口からは、赤いゆったりとしたアンダーウェアが素肌を隠していた。黒地の衣には、白で幾何学的な文様が描かれていた。
 下は大きくスリットが入ったロングスカートのようになっており、太腿の近くまで見えていた。右には帯の結び目が垂れており、左には刀が差してあった。
 ルーハは、「柱」を背にすると道に立った。じゃりっと金属質の靴が、黄砂をかんで音を立てる。左手を刀の柄に置き、首だけで振り返る。その先には、遠く街の城壁が見えた。
 そうしているうちに、聞き慣れたエンジン音が近づいてきた。
「アサト、もう平気なのか?」
「うん! 少し休んで水を飲んだらすっきりしたよ。やっぱり直射日光に当たりすぎたかな。あーあ、ルーハは良いよなー。日射病なんかとは無縁でさー」
「その分、持っていないものもある。──運転代わる?」
「う~ん、まだちょっとズキっと来るけど、平気だよ」
「無理は禁物です。多少でも不安があるならルーハに任せるべきです」
 すかさずロイズが口を挟んだ。
「ロイズは心配性だね。ん、まあ。──でも、そうしようか」
「わかった」
 すかさずアサトは助手席に回り、ルーハが運転席に乗り込んだ。
「そういえば、ずっと街の方見てたけど、なにかあった?」
「いいや」
 ルーハは首を振って応える。しかし脳裏にはあのおばさんの笑顔が浮かんでいた。クラッチを踏んで、シフトレバーを1へ。ゆっくりアクセルを踏み込んでいく。
 ロイズは快調に速度を上げ、荒野の道を走っていった。

◇ ◆ ◇

「見えました」
 ふたたびロイズが言った。
「うん、こちらでも確認した」
 ルーハが答えた。
 夕暮れに染まる荒野を進むバギージープの行き先に、いびつな「柱」が見えてきた。二本目は、上の方がえぐれていてかじりかけのウェハースを思わせた。
「アサト、アサト。見えた」
 ルーハが助手席で眠っていたアサトの肩を揺すった。
「……ん、んんん。うん? あ、おはよう」
「おはよう。──という時間でもないな。今日はあそこで野営する?」
「ふああ……。見えたって、審査官の人がいっていた二本目?」
 アサトは目ぼけまなこをこすりながら、ダッシュボードをあさって狙撃用のスコープを取り出した。逆光なので、太陽を見ないようにしながら「柱」の方に向ける。
「ルーハ。……ぼくには、もっと別のものが見えるんだけど」
「なに?」
 ルーハが「柱」の方をにらんだ。焦点をしぼって、アサトの見ている方向を見る。見えた。
「本当だ」
「見えますね」
 二人とも戸惑いまじりの声で言った。
 アサトは目をこすって、もう一度スコープを覗き込んだ。やはり見える。
「……踊ってる」
 スコープで拡大されたまるい視界には、女の子が回ったり、揺れたりしている姿があった。

 ルーハはロイズを慎重に減速させ、すこし惰性で走らせた。二本目の「柱」の手前にロイズを停車させる。まずアサトが降り、正面に回ったのを確認してからルーハが降りた。
「アサト、うかつだ」
 刀を腰に差しつつ、ルーハがささやいた。緊張感が無さ過ぎる。もっとも、目の前の光景の方がはるかに緊張感がなかったが。
「なーなな、ななーな、なななっ、な~♪」
 女の子は鼻歌を歌いつつ、ステップを踏んでいた。しかしそれはステップというより、よろけてふらふらしているように見えた。彼女が揺れるにつれて、もとは白であったらしいぼろぼろのワンピースの裾も揺れた。
 アサトは周囲にほかに誰もいないか視線を走らせつつ、女の子について考えた。すぐあとについて来ているルーハに確認する。やはり、ほかに誰もいないようだった。
「なーなな、なななあ、なななっなあ~、った!」
 女の子がバランスを崩してへたり込んだ。そうして、きょとんとしたかと思うと、今度は「えへへへ」と笑った。 彼女がぶんぶんと頭を振ると、三つ編みにしたお下げ髪から黄砂が散った。そういう髪質なのか、太いお下げは逆Vの字に広がってしまって、先の方はささくれ立っていた。まるで、あめ玉をつなげた頭《ドロップヘッド》。
 アサトはしばらく迷った後、女の子の目の前ですこしかがんだ。そして、声をかけた。
「こんにちは。あ、こんばんはかな?」
「ふえ?」
 女の子は首を傾げると、アサトと視線を合わせ、それから後ろにいるルーハを見た。ルーハが「大丈夫?」と言ったのを聞いて、飛び上がらんばかりに驚いた。
「え、ええええええーーー! 見えるの? ニキが見えるの!?」
 大きな目が見開かれて、驚きぶりがあらわになっていた。
 一行は同時に言った。
「見えるよ」/「見える」/「見えます」
 すると女の子はあからさまに落胆した様子で、大の字に寝ころんだ。素足の裏まで見えた。
「なあんだ。見えちゃうのかー。せっかく驚かそうと思ったのにー。なあんか思っていたのとぜんぜん違うことばっかだなあ。空も飛べないしー、壁もすり抜けられないしー」
 ふたたび二人は顔を見合わせた。戸惑いつつアサトが口を開く。
「あー……、なんかよくわからないんだけどさ」
「うぅん!」
「君はどうしてここにいんの? 見たとこ乗り物も荷物もないみたいだし……」
 そのときアサトは視界の中に気になる物を見つけたが、とりあえず無視して先を続けた。
「ここらあたりは、人間が歩いて旅するにはかなりキツイところだぜ? しかもそんな格好で」
「あー、違う違う。ニキ、もう人間じゃないからー」
「あ?」/「は?」/「え?」
 三人の声が見事に合わさった。女の子はしてやったりという顔をすると、得意げに言った。
「だってニキ、幽霊なのよー」

 日が沈んでから旅人が頼りにするのは、いつだって焚き火だ。
 こういう薪がない所に来たときのために、あらかじめ集めておいた古紙や木ぎれに火をつける。夜空に満天の星がまたたく下で、小さな灯りがともった。
 アサトはさらに、半分に割った固形燃料を放り込んだ。ぼわっと火の手が上がり、熱量が上がる。そこに用意していた鍋をかけた。中身は野菜と魚を麹《こうじ》のペーストで味付けしたごった煮だ。街に近いので食事が豪華だ。
「それでねー。ニキたちはおっかない男の人たちに捕まってて『逃げようとしたらようしゃなく殺すぞ!』っておっきな銃をダダダダってときどき撃ってみせるの。それが恐くて、逃げようとして撃たれちゃった子もいたんだって。ニキより前に捕まった人が教えてくれたんだよー。それでね。それでもね、ニキは諦めないの。ぜったいぜったい諦めなかったの」
「へえー、すごいじゃん。よく頑張ったね」
 アサトが鍋をかき混ぜながら、すごい勢いで話すニキに相槌を打った。言葉とは裏腹に、鍋の中を見つめる瞳は笑っていない。表情が読めない。
 ルーハは近くの石に座って、なにかの作業に没頭していた。そのすぐ後ろに「柱」があり、夕暮れ時に舞った黄砂が積もっていた。ロイズはその反対側に停めてある。道は土手のように盛り上がっているので、ここに下ろしたのだ。
「えへへへ」
 ニキは本当に嬉しそうに笑った。自分が誉められたことを純粋に喜んでいるようだった。
「──ロバーズ」
 ロイズが短く言った。
「あれ? 車さんなにか言ったー?」
「いえ、お気になさらず」
「ふうん。……でも、びっくりしたよ。びっくりさせようと思っていたのに、びっくりさせられちゃった。だって、車がしゃべるんだもん」
「それほど珍しいことではありません」
「そなんだ」
「はい」
 ロイズは言葉少なに、自分の失言をうやむやにした。
 彼の言ったロバーズとは、トレーダーを装った盗賊団のことだ。普通では扱えない品物をあらゆる手段で入手し、独自のルートを使って売買する。トレーダーの中にそうした闇取引をする人間が混じっている場合もあるが、ロバーズの場合はすべてがそうなのでたちが悪い。組織力と資金力があるので、武装も他の盗賊よりも充実している。もっとも、この世にはロバーズよりもっとたちの悪いものもいるが……。
「あとはこのまま煮込むだけっと」
「考えてみれば、人間って不便だよねー。食べないと生きてけないし、寝ないといけないし。幽霊は楽だよー。ニキは見えちゃったり触れちゃったりしてちょっと変な幽霊だけどー。食べなくても寝なくても生きていられるから……って死んでるから当たり前だ。イシシシ。あ、ルーハさんは何作っているの? デザート?」
 話を振られて、ルーハは顔を上げた。
「これ? わたしの食事」
「え、アサトさんと一緒に食べないの?」
「人間の食事は、わたしの口には合わない。というより、エネルギーとしてほとんど吸収できないから意味がないといった方が良いか」
「あら? それってそれってどういう事?」
「わたしは人間ではない。エイドだ」
 ニキは目を見開いて言った。
「うそだあ。……で、エイドって何?」
「機間人《エイド》。人間《ホロン》と機械人《ロボット》のはざまにある者。生命体でもあり、機械でもある。……言うなればわたしは、人間を模倣して作られた生きている機械」
「じゃ、じゃあ、首とか外せるの?」
 おっかなびっくりニキが聞く。
「外せないことはないが、いまは無理だ」
 ルーハは手を休めて困った顔した。もともと人間というものをあまり理解していないのに、さらに理解苦しむ存在が現れたのだ。彼女が黙々とカップを使って、自分用の食事を調合していたのは、ニキにどう対処にして良いかわからなかったからだ。
「つまり、ルーハさんはエイドっていう生き物なの?」
「エイドが生命体なのか機械なのか、その定義は曖昧だが……まあ、それで構わない」
 ルーハは、カップの中身をふたたびかき混ぜながら答えた。
「生きている機械……。ちょっと難しいや。でもルーハさんはルーハさんだし、いいかのなあ」
「それで良いなら、わたしは気にしない」
 ルーハがおだやかに言った。
 その直後に、“そういう事”でひと悶着あることなど想像もしていなかった。

 アサトは食事を済ませると、「柱」の裏側に回った。放射冷却で気温が下がっているので、昼間は腰に縛っていた上着を着ていた。ツナギになっている上着は、両肩に金属製のパッドがあり、右胸に留め具があるデザインだった。
 探し物はすぐに見つかった。それは、焚き火の灯りを受けてその姿を荒野の上にさらしている。焼けただれたトレーラーとおぼしき車輌の残骸だ。運転席側からコンテナ前部が特にひどく、熱で完全に溶解している。エンジンが爆発したのか、あちこちに残骸が転がっていた。コンテナ後部もひどい。内部から炎が広がったらしく、中身はほとんど炭化していた。ライトで照らすと、かろうじて人の形を留めているものもあった。
「……食事の後にみるものじゃないな」
 アサトはそう言いつつも、死体を確認していった。大きさから女子どもばかりらしいことがわかった。おそらくさらわれたり、売られたりした人々だろう。つまり、彼らにとっての商品。
 ぎりぎりという音が聞こえた。それが自分の歯ぎしりの音だと、すぐに気がつけなかった。
 埋葬してやりたい気持ちはあったが、この状態では風に任せた方が良いだろう。その方が彼女らも喜ぶかもしれない。最後の最期は、何に縛られることもなく。
 ルーハが「理解できない」というのは、こういう感傷なんだろうなとアサトは思った。それからライトを荒野の方に向けて、他の残骸も調べにかかった。

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