『荒野の幽霊とドロップヘッド』(2)

前章へ← / →次章へ

◇ ◆ ◇

「けれど、ニキ。君が生きている人間なのは間違いない。食べなければ死んでしまう」
「しにませーん。もう死んでるんだもん。幽霊なんだもん。イヒヒ……」
 さっきからずっとこの調子だった。
 ルーハはニキの頬を両手で包んで、なにかを確かめるように見つめた。戻ってきたアサトは、ロイズのタイヤに背中をあずけて二人の様子を見ている。
「やはり間違いない。ニキ、君は人間だ。生きている。赤外線分布、瞳孔収縮、血液───」
「だからあー。何度も言うけど、そう見えるだけなんだってばー。ニキはね、ピカッって光って、ズバッて爆発してえ、死んじゃったんだおう。だから、ニキはゆーれいなんよー」
 相変わらず、ろれつの回らない声で言い続ける。だが、ルーハも引かない。
「それなら、せめて水を。顔色も良くない。そろそろ体がもたなくなる」
「平気へーき。だって幽霊だもん」
「ニキ。繰り返すが君は生きている。現に生体……」
「もういいよ」
 そこではじめてアサトが口をはさんだ。
「世界は思っているよりずっと狭く、また思っているよりもずっと広い。──幽霊くらいいてもいーんじゃないの?」
「アサト……」
 ルーハは何か言いたげにアサトを見たが、相方の目はいたって真面目だった。
「へー、面白い言葉だねー。でも、なんか借りパクって感じ?」
「借りパクとはひでえな。ま、でもぼくの言葉じゃないのは合ってるよ」
「やった! せいかーい」
 ニキは思い切り両腕を上げて、ばんざいの格好をすると後ろに倒れた。そしてそのまま起きあがらなかった。
「ニキ?」
「待って」
 アサトは、ニキのもとへ行こうとしたルーハを制して彼女に近づいた。
「どうかした?」
 ニキが腕を上げようとしたが、それは力無く落ちた。
「んー、なんかー……眠いんの。おっかしいよね。昨日もそうだったんだよ。幽霊なのに」
「そうなんだ」
 アサトはおだやかに言った。
「じゃあ、寝ちゃいな。寝る幽霊だって、世界一人くらいいるかもしれないじゃん」
「んんん……じゃあ、そうす……る」
「おやすみ」
 ニキが眠りに落ちた。アサトは立ちあがると、ロイズの方へ歩いていった。その後をルーハの視線が追う。
「アサト、本当はどう思っている?」
「なにが?」
「ニキのことだ。本気で幽霊だと?」
「それはまあ、あの子がそういう限りそうなんじゃない。ロイズは?」
「私には理解不能です。ですが、推測は可能です」
 いままで沈黙していたロイズは即答した。車内に体を突っ込んでいるアサトに声をかける。
「私の推測が間違っていなければ、探し物はシフトレバーの脇です」
「あ、そんなところに置いてたか。あんがと」
「それは、推測通りということで良いのでしょうか」
 アサトは探し物を手に取ると、運転席から抜け出した。ロイズの正面に回る。
「今日はずいぶんしゃべるじゃん」
「私も無関心ではいられません。彼女の主張がどうあれ、車輌が棺桶になることは、我々にとって最大の屈辱です」
「あっそ」
 アサトは納得して、焚き火の方へ戻ってきた。ルーハは、アサトが持っている金属ケースを見て言った。ケースはオレンジ色で、赤い十字印が入っていた。
「それが答えか」
「放っておけないっしょ。だからとりあえず、どうにかできることだけをやる」
「……そうだな」
 ルーハはニキの体をゆっくり起こして砂を払った。そのまま抱え上げ、寝袋の上に横たえた。

 焚き火を始末すると、暗闇があたりを包んだ。
 ごそごそと厚い衣がこすれる音に混じって、眠たげな声が言った。
「はあ。けれど、このままじゃまずいよなあ」
「あの子のこと?」
「ここまで関わっておいてそのまま旅立つわけにもいかないでしょ。かといって、どうしたものやら……。ぼくは専門家じゃないからなー」
「うん。わたしの推測だが一時的な───」
「待って……」
 アサトの眠たげな声がルーハの声をさえぎった。
「今日はもうねむいから。明日また考えよ……」
 アサトはそうは言いつつも、色々な考えが脳裏をよぎるのを感じていた。
(センセイ、ほんとに世界は広いようで狭いよ。センセイだったら。センセイなら、どうしたかな? はあ、にしても、どうしたらしいいんだか……)
 考えたところでどうするのか。どうにかできるのか。そんなことはわからない。
 わかるはずもなかった。
 

◇ ◆ ◇


 
 翌朝早く、アサトが目を覚ますとニキが朝日をあびて踊っていた。
 ルーハもすでに起きていて、あくびをかみ殺しているアサトに「おはよう」と言った。ロイズはまだ眠っているようだった。朝日が白くまぶしい。
「おはよう、アサトさん」
「おはよ。朝から元気なことで」
「うんー! なんか調子いいんだー。ゆらゆら~って朝日の中で踊る幽霊って変かなあ」
「さあ。初めて見るから」
 ルーハが返答に窮したように、アサトを見た。アサトは目を細め、
「どーでもいいけど、ニキ。ちょっと大人しくしててくれないかなー。ニキは良いかもしれないけど、砂が舞うんだよ」
「あ、そうだね。アサトさんは人間だもんねー。ごめーん」
 と言って踊るのを止めると、その場にあぐらをかいた。
「ありがと」
 アサトはそういうと寝袋からはいだし、軽く体操をすると腰の拳銃を抜いて、細部を点検した 黒と銀のデュアル・トーンの自動式で、アサトはいつもこれを腰に吊っている。実用性の高いデザインで、全長は二○ミリほど。
 点検が終わると、何度か抜き撃ちの動作を繰り返す。ただ、少し変わっていたのは、アサトが狙う方向がやや上向き、まるで空を撃つようだったことだった。
「そういえばさー。アサトさんってどっちなの?」
 ふいにニキが言った。
「どっちって?」
「男の子? それとも女の子? どっちかなーって」
 アサトは、ついに来たかとでも言うようにルーハと顔を見合わせると、言った。
「どっちだと思う?」
「う~~~ん、男の子、と思わせて実は女の子!」
「いいとこついているね。でも不正解」
「えー、じゃあ男の子なの?」
 アサトはかぶりを振った。
「正解はどっちでもあって、どっちでもない。そういう人間なんだ。男と女の両方の性質を持っている人間。専門の言葉では、たしか真性半陰陽だったかな」
 ニキは目をぱちくりさせた。驚かせようと思っていたのに、驚かされてばかりだ。
「見てみる?」
「い、いいの?」
 アサトがうなずいて、上着を脱ぎ、ズボンを下げた。そのまま下着も下ろす。
「ほら」
「うわっ」
 

◇ ◆ ◇


 
 朝食は昨夜の残り物をナンではさんだものだった。アサトはそれを二つ作ると、一つをニキに渡した。もちろんニキは拒否したが、アサトは好奇心と言って勧めた。
「えー、でも、捨てるのと同じなのよ。無駄だよ」
「いいの。どのみち、食べきれないんだよ。昨日ちょっと作りすぎた。そーれーに、物を食べられる幽霊がいるかどうかの方が気になるんだよ」
「ああ、それはわたしも興味がある」
「確かめたいですね」
 ルーハとロイズにうながされて、ようやくニキはうなずいた。そして思い切ってがぶりと噛みつく。んぐんぐんぐと咀嚼し呑み込むと、おおげさに驚いた。アサトは同じ理由で水を勧め、それもまたニキは飲み干して驚いていた。
 そしてアサトがようやく自分の食事をしようとした頃、それはやってきた。

 トラックが一台。「柱」の脇に停まると、中からぞろぞろと防塵マントに身を包んだ男達が降りてきた。あからさまに銃をちらつかせている者もいる。
「へっ、あれじゃあろくなもんが残ってないと思ってたが、こりゃあ……」
 先頭を歩いていた男がを口の端を上げて、リーダーらしい男を振り仰いだ。俗にアサルトライフルと呼ばれる銃を肩に担いでいる。
「ボス、あいつは『ほうき』じゃねえですか?」
「ああ、髪型変えてるがそうだな。それに……。よう、あんたら旅人かい?」
 ボスと呼ばれた男は、背は低いががっしりとした体格をしていた。こいつが親玉だろう。アサトたちにゆっくりと近づきながら言った。
「そうだけど、それがなにか?」
 アサトは立ちあがると、ちょっと持っていてとニキにナンを渡す。数歩進んでニキの前に出る。すると、男達の間に下卑た笑いが広がった。ボスが三人を、特にルーハを見て言った。
「こりゃあ、なかなかの拾いもんだな。べっぴんが一人に、残りは磨きゃあそれなりになるだろ。おい、嬢ちゃんたち。悪い事はいわねえ、黙って俺らの言う事に従いな。そうすりゃ」
「命だけは助けてやるとでも」
 アサトが表情を変えずに言った。
「わかってるじゃねえか。そら、武器を捨ててこっちにこい」
 男は八人いた。そのうち二人がアサトの方に近づいてくる。あと二人がボスの左をもう一人が右を堅め、残り二人は後ろに控えていた。ライフルを持っているのは、先頭と後ろの一人。
 アサトがなにかつぶやいた。
「あ?」
「ふざけんなって言ったんだ」
 言って右腰の拳銃に手をやる。ルーハも隣りに来て、刀に手を掛けた。この上ない意思表示。
「は、はははは! 健気じゃねえか。それで俺たちとやり合おうってのかよ」
 ボスの笑い声が朝の空気を乱した。それから右手を挙げた。それに呼応して、先頭のライフルを持っていない方の男と、ボスの左右の男らがマントの下からサブマシンガンを出した。
「これでもか?」
「まったくこれだからロバーズってやつらは……」
 アサトはため息をついた。ボスはその言葉に顔をしかめ、ドスの利いた声で言った。
「さあ、武器を捨てな」
 その空気をさえぎったのはニキだった。
「ねーねー、おじさん達、ニキを捕まえても無駄だよ」
「あん?」
「だって、ニキ幽霊なんだもん。捕まえてもなんの得にもなりませ~ん」
 アサトからあずかったナンを持ったまま、その場でくるくると回る。男達は顔を見合わせ、その間にささやきが入り乱れる。いかれているのか、という声が一番多く聞こえた。
「まあ、幽霊でも構わねえや。こちとらオーガットにやられて大損なんだ」
「あっそ、ニキ!」
「ふえ?」
「ごめん!」
 アサトはニキを後ろに突き飛ばし、左にジャンプした。同時にルーハが右に跳ぶ。男達の視線はまだ正面に戻りきっていない。その隙を衝いた動きだった。
「ふぎゅ!」
 あわてて二人の姿を追おうとしたところに、突き飛ばされたニキの声。つられた何人かが、思わずそっちへ視線を向けてしまう。
 アサトは地面に転がると、素早く立って拳銃を抜いた。サブマシンガンを持った男の頭に照準し、引き金を引いた。装薬の爆発力で銃口を飛びだした「.356」と呼ばれる高速弾は、サブマシンガンを持った男の眉間を貫いて、その中身をまき散らした。
「くそ、撃て!」
 ボスの男が叫ぶ、しかしその時すでに自らが頼りとする火力は失われていた。

 ルーハの服は地味な色だが、目立ちもした。それが右側の男達の視線を彼女に向けさせた。
 ボスの命令はまだ出ていない。迷った。それが致命的なタイムロスを生んだ。

  Com-Info:
  シークェンス・ロード
  「翻車刀《ほんしゃとう》」
  レディ───────マーク

 ルーハの脚が地を蹴り、宙に舞った。そのまま抜刀。居合い抜きで、一番近くの男の銃を手の皮一枚ごと斬る。切っ先が大地に触れそうなほどの距離から刀を引き、着地の反動を利用して二人目の懐に飛び込み、同じように銃を切り上げる。そして三人目が引き金に手を掛けたとき、ルーハはまた宙を飛んでいた。そのまま斬り下ろす。サブマシンガンは寸断された。
 ボスの命令はこのとき届いたが、実行できた者はいなかった。
 先頭の男は、ルーハに首筋へ刀を突き付けられ、硬直していた。ルーハの刀は柄巻きも鍔もない一体成形型のものだった。後ろでライフルを構えていた男は、右腕を撃たれてうめいていた。防塵マントから露出している手首を、アサトは撃ち抜いていた。
「ルーハは甘いよ。手首ごと落としてやればいいのに」
 アサトが心底残念そうに言った。本気でそう思って言っていた。
「この方が、効果的な場合もある」
 ルーハは立ち位置を微妙に変えながら、男の喉元に刀を突き付けていた。その後ろでは、遅れて手から流れ出した血潮に、男達がもだえている。
 残った後ろの男も拳銃を抜きはしていたが、信じられないという顔で立ち尽くしていた。
「いあたた……アサトさんひどいよー。あたま、車さんにぶつけちゃったじゃん!」
「ニキさん、ロイズです。そろそろ車さんは止めてくれませんか?」
 二人のやり取りがのんきに響いた。アサトはごめんごめんと左手で謝った。右手の銃はボスに向けられている。
「な、な、な、」
 一瞬にして自慢の火力を無力化されたボスは、驚きと怒りのあまり顔が青くなっていた。
「さあ、どうする?」
 普通の声でアサトは言った。ルーハは黙ったまま、彫像のように刀を保持していた。突き付けられている方の男は、がくがく震え、汗が首筋をしたたる。
 その時だった。彼の額に赤い点が一つついた。赤い光。ルーハの表情が一変した。
「伏せろ!」
 後ろに飛びつつ叫ぶ。だが遅かった。男の額めがけて閃光が走り、頭を貫いて地面を焼いた。
「ん!」
 アサトがルーハの声に反応し、光の来た方向に立て続けに二発撃った。
 ごん、がつん、とハンマーで金属を殴りつけるような音がした。空中に浮遊していた円盤形の物体。アサトの放った高速弾を食らって、ジャブを受けたようによろけ爆発する。
「ファンルだ。ノルグが来るぞ。ルーハ、ニキをお願い!」
「わかった。わたしも換装《かんそう》する。アサト、二分頼む」
 二人はロバーズになど目もくれず、ロイズの方へ駆け出していた。
「お、オーガット……」
 さっきとは別の理由から顔を青くしたボスが、震えながらつぶやいた。

 ロイズの運転席部分と荷台の間には、細い扉がつけられている。人が乗れるほど広くはないが、それほど狭くもない。アサト達はここをロッカーと呼ぶ。アサトはロイズの左側のロッカーを開け、手を突っ込んだ。そこから引き出されたのは、巨大な銃だった。あさ
 八角形の銃身は太く、銃というより砲を思わせた。マガジンは中央上側、機関部はその後方にある。グリップは下側に半円形のパーツが付いた変わったもので、マガジンの真下にあった。
銃身の付け根には漢字《ミーニングレター》が。白いペンキで「荒神」と書いてある。アサトはこれを荒神《あらがみ》と呼んだ。
 アサトはさらにボディーアーマーを取り出すと、素早く装着した。荒神のグリップをつかみ、頭の上のマルチゴーグルを下ろす。銃側のサイトスコープからケーブルを引き、ゴーグルに繋いだ。腰のポーチから耳から顎にかけてフィットするヘッドセットを取り出してつけると、荒神を腰だめに構えて飛び出した。
「おっさん。ぼやっとしてるなら、飛んでいる奴を落として。ライフル弾なら十分やれる」
「て、てめえ。俺に命令しようってのか」
「オーガットと知ってびくついているよりましだろ。下手に逃げると狙われるぜ」
 アサトの声は、こんな時でも楽しげに響いた。
 「柱」から顔を出し、敵を確認する。いた。
 扁平な楕円形の胴体から、四本の脚が伸びている。コガネムシに似た姿。そのちょうど顎の部分には、四角い右腕と細い棒のような左腕がついていた。
 ノルグ。中型のオーガットだ。ドーム型の頭が旋回し、アサトを捉えた。だが、アサトの方が早い。ゴーグルに映し出された照準視界《サイト》の中、ノルグの頭にロックオンし、引き金を引いた。
 銃身の先端のスリット、マズルブレーキから閃光がほとばしり、必殺の徹甲弾が目標めがけて放たれた。同時に銃床にある二つの縦長のスリットから、衝撃をともなった光が吹き出す。
 着弾は一瞬だった。
 秒速三〇〇〇メートルをゆうに越える衝撃が、ノルグの頭部を直撃した。装甲を貫通した徹甲弾の弾芯は、内部で暴れ回り胴体底部の予備弾倉へ到達する。
 爆発。
 撃破されたノルグは、近くに射出していた「子機」ファンル二機を巻き込んで消滅した。
 アサトが荒神と呼ぶこの銃の正体は、電磁熱砲《でんじねっぽう》だ。普通の銃は装薬の爆発力で、弾丸を発射するが、電磁熱砲は装薬に高圧電流を流し、化学反応と銃内部にある磁界発生装置でプラズマジェットを発生させる。この強烈な圧力を利用して、荒神は十四.五ミリ弾を発射する。
「ノルグ、一機撃破ー!」
『うん、こちらも急ぐ』
 ルーハの返答を聞きつつ、アサトは荒神を抱えると、遮蔽物を利用しつつ、前進していく。ルーハが来るまでここを支えなければいけないからだ。
 ノルグくらいならどうにでもなる。それにルーハが換装すれば───
 その時だった。
 すさまじい閃光が「柱」を貫いた。

◇ ◆ ◇

 オーガット。
 それは、この世界に生きるすべての者の敵と言われる。現在より三十年ほど前から確認されるようになり、出会った者を無作為に攻撃する自動兵器だと知られるまで、そう時間はかからなかった。
 様々なタイプがあるが、共通しているのは、オーガットが敵と認識したものはすべて攻撃されるということ。そして、彼らにとっての敵とは、彼ら以外の動くもの、特に人間であるらしいということがわかっていた。それ以外は、ほとんど不明だ。
 アサトが戦っているのは、ノルグと呼ばれる中型の機体だ。ファンルという飛行型の子機を五機搭載するやっかいな相手だった。それでもルーハはアサトが二分稼ぐと信じていた。
 ルーハは一気にロイズの所まで後退して、突然の出来事に呆然としていたニキに言った。彼女がアサトに「二分」と言ったのは、ニキがいたからだ。
「ニキ、あずかっていて」
「ふえっ?」
 ニキは渡させるままに鞘を受け取った。何を、と問う前にルーハは、刀を地面に刺すと、右腰の帯に手を掛けた。しゅるりと衣ずれの音がして、彼女の素肌があらわになっていく。

 Com-Info:
  スタンバイ
  ---ベースコーティング・セット---
  レディ───────マーク

 勢いよく舞う服の下で、ルーハの胸部、首もと、手首、脚に装着されたパーツが輝き、光が瞬く間に全身を覆った。流体素子ルーハを包み、彼女の皮膚を形成する。
「これもお願い」
 ルーハに服を渡されて、ニキがあわてて受け取った。それは見事に一枚の布と化していた。
「へ、変身だあ。ル、ルーハさん変身できるのー!」
 調子を取り戻したニキに微笑し、刀を手に取った。硬質な光沢を放つ白と黒のコントラストのボディ。目の下にはマーキング。一瞬の変貌だった。
「服と鞘をお願いして良い? 大事なものだから、しっかり持ってロイズの中に隠れていて」
「え……う、うん。いいよー。ニキ幽霊だけど、それくらいならできるしー」
 ニキがうなずいて、運転席に飛び込んだ。ルーハはそれを見送って、地を蹴った。

 Com-Info:
  スタンバイ
  ---アウトフィット・セット---
  レディ───────マーク

 ロイズの荷台。ひときわ大きな積み荷であるコンテナ。その上部がコールに応じて開いた。暗闇の中から彼女がまとうべきパーツが飛びだしてくる。彼女は自分にしか見えない粒子が作る輪を見る。自分を兵器へと変える魔法陣。ルーハは光に包まれる。
 光がばれたとき、そこには決して人では有り得ない人の形をしたものがいた。
「ロイズ、あとはお願い」
「了解です」
 ルーハは持っていた刀を逆さまに、左腕のパーツに差し込んだ。
 その脚が大地を蹴る。大腿部と背中に装着されたスラスターが作動し、彼女に推力を与える。そしてそれに連動して背面スラスターの両脇についた翼を開いた。鋭いナイフのような翼が球体関節で接続されている。翼のエッジをきらめかせ、ルーハが空へと飛び立つ。
 その時、すさまじい閃光が「柱」を貫いた。
 ヘッドセットで覆われた耳に、アサトからの通信が入る。
『ルーハ、エイルドレッドだ。これはちょっとまずいかもよ』
 
 アサトは岩や車の残骸の影から影に移動して、次の狙撃ポイントへ移動していた。自分が一人で戦う限りは、姿を決してさらさず、先制攻撃で狙撃するしかないからだ。その場に伏せて、ひっくり返ったジープの残骸の隙間から荒神の銃口を出す。ノルグが一機近づいてくる。
 経過した時間は、一分一二秒。まだ自分が粘るしかない。サイトスコープから来る映像を頼りに接近してくるノルグを狙う。
 その時、アサトは風を切る音を聞いた気がして、空を振り仰いだ。真後ろ。アサトの努力を嘲笑うかのように接近してきたファンルがいた。一機目が放った残り。
 決断は一瞬。目の前の一切を捨てて、右に転がった。ファンルの放った光線が大気中の塵を焼いて、赤い線になってアサトのいた場所に黒い点を作った。アサトは荒神をその場に落とすと、腰の拳銃を抜き、撃った。
 一発目、それる。二発目、ファンルの前面をかすって、バランスを崩させる。そして三発目が、丸見えになった下腹を貫いた。だがその爆発でノルグがアサトを捉え、左腕を向けた。
「まずっ!」
 荒神を抱えてその場から転がるように逃げる。きゅん、と耳障りな音を立てて光線が走り抜けていった。危機一髪と思ったその先に、待ち構えていたように三機のファンルが、
 雨のような掃射を受けて砕け散った。
「アサト、大丈夫?」
 少女の可愛らしい声、それでいて抑揚のない声が上から振ってきた。ルーハがホバリングで、アサトのそばに浮いていた。右腕に装着されたのは、七.七ミリチェーンガンユニット。細長い銃口から煙が立ちのぼっていた。
 マルチゴーグルの隅に表示されたカウントダウンは、残り二一秒。
「なんとか、ね。──じゃあ、やろうか?」
 アサトは黒く汚れた顔をほころばせた。

 ロイズは「柱」からすこしずれた位置に停車していたため、「柱」を盾にできないことを悔やんでいた。流れ弾を防ぐのは、自分の装甲にだけだからだ。
「ニキさん、もう一度言います。窓から離れて座席に伏せていてください」
「…………」
 だからニキを守るために、すこしでも安全な場所にいて欲しかった。しかしニキは、戦闘が始まってからずっとルーハの服と鞘を抱いて窓にはりついていた。車内にはくぐもった爆音が響き、窓の外ではときおり閃光がひらめいた。
「…………」
 ニキは、その音と光に自分をさらして、食い入るように窓の外を見ていた。
「危険です。ニキさん!」
 ロイズの声は届かない。

前章へ← / →次章へ

この作品をはてなブックマークに追加この作品をはてなブックマークに追加


読み終えましたら、web拍手をお願いします。壁紙をプレゼントさせていただいております。

目次へ戻る