『これは永遠 ここは時間を忘れた場所』

『これは永遠 ここは時間を忘れた場所』

著/蒼ノ下雷太郎
絵/赤いきのこ

原稿用紙換算枚数100枚

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 待っていた朝がやって来た。
 待ち望んでいた朝がついにやって来た。

 

8:00 a.m.

 まぶた越しに旅立ちの合図が伝わる。
 目を開くと、眩しい朝日が部屋の中に満ちていた。昨日までと同じ部屋だったはずが、今は全然別の物に見えた。
 まるで、世界そのものが変わってしまったかのようだ。昨日までの世界は終わりを迎え、今日から今までとは違う新しい世界が建築されたかのように思える。
 眼球が映す視界は、色を変えていた。
 あまりにも輝いていたため、涙が出そうだったが、がんばって堪えた。泣くのは、まだ早いと判断したからだろう。だったら、いつだったら泣いてもいいのか、自分でも分からなかったが。

 まだ冬の寒さを残す四月の季節だったため、部屋の中には冷たい空気が漂っていた。
 躊躇しながらも、温かい布団から出て、着ていた寝間着を脱ぎ捨てた。
 旅立ちの服装は、昨日からちゃんと用意していた。おばさんから、そんなボロボロしたのはやめなさいと勘違いされてしまった穴開け加工をされたジーンズを履いて、黒色の生地に何処の外国人か分からない顔がプリントされたシャツを着て、黒いカーディガンを羽織る。そして、数日前から必要な物を用意して入れたバックを肩からかける。
 タンスの横に立ててある、足先から頭まで全身が映る鏡を見て、外見を確認して、惚れ直す。よし、いい感じ。自分で自分を褒めた。

 階段を下りて食卓に着くと、テーブルには豪華な朝食と、おじさんが使い古した渋い黒色のロングコートが置いてあった。
 おじさんとおばさんはいない。いないけど、餞別のつもりだろうか。ありがたく、いただくことにしよう。肩からかけたバックを外して椅子に置いて、朝食を味わって食べ、良い色合いを魅せるロングコートを着る。朝食は温かい味がして、ロングコートには優しいぬくもりを感じた。

「それじゃ、……行って来ます」

 そう、言い残し、バックを今度はロングコートの上から、肩にかけて、最後に一礼して、長年住んできた家を出た。
 家を出て見た景色は、いつもとは違う世界に見えた。新しい世界への旅立ちのおかげか、好奇心で気持ちが高揚するのと同時に、未知なる世界への恐怖もやってくる。だけど、今更この心は止められない。
 気がつくと、急ぐ必要もないのに走っていた。
 まるで、体は羽根のように軽くて、足は重力を忘れていたようだった。

「気をつけてな」

 高揚していた心を呼び止めたのは、父さんの声だった。
 振り向くと、家の前には父さんと母さんが立っていた。どうやら、見送りらしい。だったら、二階から下りてきたときに、出てくればいいものを、恥ずかしかったのだろうか。

「いってらっしゃい」

 母さんは、我が子に向かって、温かい笑顔と一緒に温かい言葉を言った。
 羽根が動き出している。早く飛びたいと願っている。
 本当なら、ここで立ち止まってるヒマなんてないのに、それでも最後に両親に向かって笑顔を向けた。

「……いってきます」



 

8:30 a.m.


 今日旅立つ若者三名は八時四十分に神桜樹広場に集合と聞いていたので、ぼくは集合時間よりも十分早く広場に来たのだが、他二名はどうやらもっと早く来ていたようだった。
 ぼくらが上に立つステージを、大人達がせっせと組み立ててるのを眺めながら、二名は無言で立ち尽くしていた。
 そのうち一名が、ぼくが来たのに気付き、やっと来たのかと呆れながら呼びかける。
「おっせーよ。遅すぎなんだよ、てめーは」
 いつも彼が自慢するビンテージ物のジーンズを履いて、黒と赤のシマシマセーターの上にダウンベストを羽織っていた。両手には、いつも彼がはめている革製の手袋。安物の染髪剤で染めた金髪は晴れ舞台のためか性格と一緒に妙にツンツンしていた。
 彼の名は、ニコル・ベウンバード。
 この村で数少ないぼくと同年代の男の子。ぼくの性格と彼の性格は正反対にもほどがあるが、一応友達。
 いつも人のことを「てめー」とか呼んだり、髪を金髪にして不良じみたことをしてはいるが(染めた理由は、弱い自分を外見だけでも強く見せようとするため)、何回も「一生のお願い」と言って金を借りに来るが、……きっと、いい奴だ。根は、いい奴なんだと思う。幼い子供の頃、年上にいじめられていたぼくを、助けてくれたこともあるし。
 いやまぁ、半べそで助けに入って、助けに入ったはいいが速効負けてしまって、結局二人ともやられてしまったんだが……きっといい奴だと思う。
「遅いって……、一応十分前に来てるんだけどなぁ」
「おせーよ。男なら、三十分前に来い」
 出ました、ニコルの口癖。「男なら何々」という口癖。
 内心、不安と緊張で早く来すぎただけだと思うが、口に出すのはやめておこう。泣きながら、怒られる。
「お……おはよう、イスケくん……」
 無駄に「……」が多く、震えた声で話す弱気な彼女は、ハルナ・リオンバード。
 そろそろ春だというのに、長いスカートを履いて、ピンク色のコートを着ていた。長い黒髪はいつもキレイにしてるのか光を浴びて天使の輪を作っていた。
 顔は整った顔をして可愛い分類に入ると思うのだが、弱気な性格がマイナスになっている。
 ぼくとニコルとは幼い頃から一緒に遊んでいた仲なのだが、それでもぼくらとは二歩ぐらい距離を離していた。それ以上、距離を近づけようとすると、泣き出しそうになる(ぼくの周りは、泣くやつらばっかなのか)。
 ぎこちなく作られた笑顔で挨拶されて、ぼくは普段と同じ感じで、「おはよう」と返した。ただそれだけなのだが、挨拶を返してくれたことがそんなに嬉しかったのか、パッと咲いた花のように笑顔になったので、ぼくは思わず赤面してしまった。
「ったく、さっさと出来ないのかねぇステージは。こんなの当日じゃなくて、前日から作れっていうんだよなぁ。男なら、そうだとは思わねぇか?」
「男だけど、そうは思わないよ。てか、いいじゃないか別に、少し待つぐらい。大人達だって忙しい中、がんばってくれてるんだからさ」
「へっ、俺は一分一秒も無駄に出来ない男なんだよ。おめぇみたいな、女みたいな野郎と一緒にすんな」
 と、無駄に威勢張っているが、足は少し震えていた。そんなに恐いのだろうか。
 気持ちは分かる。ぼくも、住み慣れたこの村を離れて、外の世界に旅立つのは恐い。ぼくの翼は、外に出ても飛ぶことが出来るのだろうかと、そう思うと、不安で夜も眠れなかった。
「けっ、寒さで俺の義手も震えてるな。ったく、だから寒い季節は嫌なんだよ、義手が痛くてしょうがない」
 手袋をはめてるため彼の義手は今見えないが、彼の両手は鉄で出来た義手になっている。二年前に、この村の近くの洞窟で落石事故があり、たまたまそこに居合わせてしまった結果だ。
 彼曰く、ロボットみたいでかっこいい──らしいが、はたして彼は本当にそう思ってるのだろうか?
 ぼくには、なんでそんなことが言えるかが、全然分からなかった。
 周りに「自分は気にしてない」とアピールしてるつもりなのだろうか。ぼくには、自分で自分の傷を広げてるだけに思える。
「あ……イスケくんは大丈夫? 寒く……ない?」
 途端、ぼくのことを心配してハルナは声を掛けてくる。
 声を出す途中で、「あ、しまった。余計なことを聞いた」とでも思ったのだろうか、最後のところに、不思議なところで「…」が使われていた。
「あぁ、大丈夫だよ。今日は不思議と調子が良いんだ。羽根だって、いつもより空高く飛べる気がするんだ」
 笑いながら、ぼくは嘘をつく。
 嘘をつけ、空なんて飛べるわけないじゃないか。
「へっ、俺の方が今日調子良いね。おめぇなんかより、数倍空高く飛んでやるよ」
「……足震えてるのに、よくまぁ言えるね」
「はっ、これは武者震いだ。男なら、よくあることだろ。よくあること!」
 ぼくは、男だけど武者震いはあんまりない。
 今日みたいな憂鬱な日に、武者震いなんてぼくがするはずがない。
「ちなみに、お前は今日これからどうするんだ?」
「……え、どうするんだって?」
「旅のことだよ。最初はどこに行くんだよ? やっぱ、王様が住むっていう中央にある城に向かうか? それとも、世界一高い山があるっていう東の方か?」
 ニコルに言われて、はじめてぼくは気付く。
 そうか、考えてもいなかった。これから、村を離れて旅立つというのに、何処に行くかなんて、考えてなかった。
「え、なにお前。全然考えてなかったの?」
 全く、全く考えてなかった。
「んぅ、適当に世界をまわろうかなと思って」
「はぁ、意外と無計画だなお前。男なら、計画持って事を成そうぜ。無計画が計画だなんて、子供がやることだぜ? ハルナは、こいつとは違って何処に行くか計画してんの?」
 と、男ではない女のハルナに何処に行く計画を聞いた。
「え……わ……私は……」
「うんうん」
「その……」
「……」
「とくに……」
 ニコルは、両手に握り拳作って。
「ああああああああああああっ、めんどうくさいなお前は!」
 と、叫んだ。
 けっこう大きい声だったので、大人達も何人かこっちを向いたし、ハルナは驚いて慌ててぼくの後ろへと隠れた。
「お前は、なんでいつも弱気なんだ。ったく、女ならもっとテキパキしゃべろよ」
「その口癖って女バージョンもあったんだ……」
 今、はじめて知った。出来れば、知りたくなかった。
「あぁ、ったく、なんで俺の周りは男らしいのが、こんなにも少ないかなぁ」
「君と同年代で男なのはぼくだけだしね。そりゃ、しょうがないでしょ」
 ハルナは、女の子だし。
「……なぁ、ここを出たらさ。一緒に旅しねぇか?」
 意外なことを、ニコルは口に出した。
「いやまぁ……まだ旅に慣れてないからな。最初の内は、慣れるためにもよ。仲間組んでおいた方がよくないか? ほら、ハルナだって、弱気でしかも女だから、色々と大変だろ」
 たしかに、……彼の言うとおりだ。
「わたしは……いいよ」
 意外と、最初に返事したのはハルナだった。
 まだぼくの後ろに隠れて、服を掴みながらだったが、その言葉は震えてなかった。ハルナがこんななのだ。だとしたら、ぼくも答えを出さないわけにはいかない。
「ぼくもいいよ。一緒に世界を見ようか」
 そう言うと、ニコルは今までで一番の笑顔を見せた。
 嬉しかったのか、「そうか?」と裏声で言葉を返してきた。足下なんて、先ほどは震えていたはずなのに、今じゃ無駄なステップまで踏んでいる。
 その光景に、ぼくはしばらく時間を止めて眺めていたような気がする。
 このままこの光景が続けばいいのにと、願ってしまったかのように。

 そして、いつのまにか時間は8:50 a.m.。
 ぼくらは、大人達が作り上げた木造のステージを上って、広場に集まってる人々の前に立った。

 広場の人々を背に、ぼくらの前に村長がやって来た。サンタクロースのような長くて白いヒゲが特徴の、人がいいおじさん。
 村長はおきまりの長くてありがたい言葉を、ぼくらに述べる。
 いつもは、めんどうだな早く終わらないかな、と思うのだが、このときのぼくはそれが永遠であってほしいと、思っていた気がする。
 だが、そんな願いは届かず、桜が舞い散るかのような切なさを持って、村長の言葉は終わりを迎えた。

「それでは──」

 村長が、ぼくらの名前を一人ずつ言う。
 ニコル・ベウンバード。
 ハルナ・リオンバード。
 そして、ぼくの名前――イスケ・ダウンバード。
 最後に村長が「この世界を旅立て若者よ」と言った瞬間、ぼくらは背中に生やした翼を広げて、空へと飛ぶことになっている。
 たとえ、飛べるか分からなくても、そうしなくてはいけない。そうしなきゃ、いけない。……はずなのに、ぼくは……ぼくは……。

「──キミの願いごとは、それかい?」

『これは永遠 ここは時間を忘れた場所』 目の前に、真っ黒なおじさんが現れた。
 なんの予告もなく、予兆もなく、最初からそこにいたんだよと、当たり前のようにぼくの前に現れた。
 黒いロングコートに身を包み、黒いシルクハートを被って、おじさんは告げる。

「私はなんでも願いを叶える神さまだよ。さぁ、なんでも願いを言ってごらん」

 悪魔のような笑みを浮かべて、自称神さまは囁く。

「キミの思ってることは正しい。悪魔と神はいつだって同議だ。同じものだ。同じ存在だ。良いことを言うね。それでは、ここでも正しい選択をしようじゃないか。さぁ、願いを言いなさい。私がなんでも、願いを叶えてあげるよ」

 はたして、このとき真っ黒なおじさんはどんな顔をしていたのだろう。
 靄がかっていて、思い出す顔ははっきりとしない。
 笑ってるようにも見えるし、泣いてるようにも見える。
 苦しんでるようにも見えるし、楽しんでるようにも見える。
 殺そうとしてるようにも見えるし、生かそうとしてるようにも見える。
 どれが本当か分からない。
 
「さぁ、なんでも願いを言ってごらん?」

 見えなかったはずなのに、何故だろう。
 この瞬間だけは、まるで笑っているように見えた。


 

8:59:55 a.m.



 そして、これは永遠となった。
 ここは、時間を忘れた場所になってしまった。


 目が覚めた。
 窓から零れる光は、あいかわらず朝日で、ぼくの部屋もあいかわらず朝日に支配されていた。
 これで何度目の朝か分からない。いやそもそも、朝の状態から止まっているのだから、何度目というのはおかしいのだろうか。
 とりあえず、眠りから覚めたぼくは寝間着から旅立ちの服装に着替える。
 今日の服装は、下は黒色のズボン。上は、赤いセーターの上にダウンジャケットを羽織ることにした。
 時間は止まってるが、寒さは止まってないのでしかたない。
 二階から階段を下りて、一階に着く。いつもなら、ここで食卓の方へと行って、朝飯を食べたり、もしくは洗面所で顔を洗うか、歯を磨くかをするのだが、時間が止まってからはしない。
 時間が止まってからは、腹は減ることは無くなったし、それ故に歯が汚れることもなくなった。顔も汚れることはなくなった。
 なにもかもが時間を忘れてしまったようだ。(温度だけは、時間を覚えているが)
 
 外に出ると、肌寒い空気が時間を忘れず張り付いていた。
 いや、今思うとこれも時間を忘れてるのかもしれない。この寒さは、神桜樹のときのような寒さだ。これも時間を忘れた結果で、張り付いたままなのだろうか。
 もしかしたら、そうなのかもしれない。
 歩いて、神桜樹広場に来ると、あの日8:30 a.m.のように、二人は先に着いていてぼくを待っていた。
「だ、か、ら、おめーは遅いんだよ。男なら、さっさと来い。さっさと来やがれってんだ」
 きっと、あまり喋らないハルナといて気まずかったのだろう。
 若干声が裏声になりつつある声で、喜んでいるのか怒ってるのか分からなかった。
「あぁ……えーと本当はおかしいんだけど、まぁおはようハルナ。昨日はよく眠れた?」
「しかも、俺を無視するな!」
 出来れば、それよりもぼくの矛盾した言葉にツッコんでほしいと思ったが、それは淡い願いだ。
 ハルナはいつもどおりに、「うん……おはよう」となんのツッコミもなしに、いつもどおり「……」が多い弱気で答えてくれた。
「じゃぁ、今日はどうしようか。もうこれでここに集まったのは四回目。ぼくらの体内時計は正確じゃないから、あれから時間が止まってどれくらい経ってるか分からないけど、とりあえず四日目ということにしよう。そろそろ……まずいよな」
「おーい、俺を無視すんな……」
 そろそろ、ニコルがいじけるようだった。
 ハルナと同じように「……」を使うようになってきた。まずいまずいと思って、慌てながらも表面上は冷静に振る舞う。
「あぁ、おはよう」
「なんだ、その今思い出した。こいついたんだ。みたいな返しは! くそっ、おはようさん!」
 怒りながらも、ちゃんと挨拶を返すあたりがニコルらしい。
 もしかしたら、ツンデレかもしれない。と思ったが、男のツンデレは気持ち悪いだけなので、今の思考は何処かに捨てるとしよう。
「さて、ふざけ合うのはこれくらいにしようか。……今回はどうする?」


 この村の名前は「ダヴィンツベル」。通称「旅人の村」。
 大陸の中央にある王都から、西に向かって山を二つほど超えた先にそびえ立つ神桜樹(神さまが植えたとされる樹)を中心に、人口二百人程度の村は作られた。
 村の名前にもなっているダヴィンツベルという翼人(背中に翼が生えた人間のこと)の旅人によって創られた村。(なんでも、ダヴィンツベルという人はとても有名な旅人だったらしく、世界中のあちこちで伝説を残してるらしい)
 家がなく、根無し草の翼人の旅人が創った村で、最初は彼一人しか住んでる者はいなかったのだが、次第に彼と同じ様な境遇の翼人の旅人が集まり、この村は村として成り立った。
 この村の特徴として二つ挙げるとしたら、まず一つは翼人しかこの村には住んでいないということと、村の掟で十五歳を迎えたら必ず旅に出なければならない。
 この村が通称「旅人の村」と呼ばれるのも、創立者が伝説の旅人だったというのもあるし、翼人だけがいるというのもあるし(なんでも世間では翼人=旅人というイメージがあるらしい。ダヴィンツベルのせいかもしれない)、そして村の掟のせいでもある。


 村が時間を忘れてしまったあの日、ぼくらは本当は旅立つはずだったのだ。
 ぼくらは新たに十五歳を迎えた若者であり、村の掟どおり、神桜樹広場に集まり、村のみんなが見てる前で、午前九時になったら翼を広げて、村から旅立つはずだったのだ。
 はず……だったんだ。
 だけど、この村は時間を忘れてしまった。
 村長は続きの言葉を紡がず、村の人々は全てを停止し、ぼくら十五歳の若者以外は、時間を忘れたこの村に“時間を覚えたまま”閉じこめられてしまったのだ。
 理由は分からない。

“さぁ、なんでも願いを言ってごらん?”

 誰のせいで、こんなことになったか分からない。誰がこんな事態を起こしたのか分からない。分かるのは、この村は時間を忘れたことと、ぼくらだけは時間を覚えているということ。

“さぁ、なんでも願いを言ってごらん?”

 ……違う、違う。
 あいつは違う。きっとあのとき見た真っ黒なおじさんは幻だ。よく考えれば、あんな怪しいおじさんが、いきなりステージに現れれば大人達が取り押さえるはずなんだ。だけど、あいつは誰に気付かれるわけもなく、ぼくの前に現れた。そんなの有り得ない。有り得るはずがない。

“さぁ、なんでも願いを言ってごらん?”

 ……違う、違う、……違う。



 村の探索を終えて広場に戻ると、先にハルナが戻っていた。
 そしてぼくが戻って来て間もなく、ニコルが空を飛んで戻ってきた。
「どうよ、お前らはなんか成果あったか?」
 ぼくは即座に首を横に振った。
 ハルナもぼくと同じようで、小さく首を横に振った。気のせいか、首を振る動作でさえ弱気だなと思えた。
「なぁ、これで四回目だろ。集まって、手がかりを探すの。……もしかしたらさ、一生このままなんじゃないの?」
「……そんなわけないだろ、永遠なんてあるはずがない」
 所詮ぼくの価値観にしか過ぎない。
 永遠なんてこの世には存在しない。この世に存在するもの全てに始まりがあり終わりがある。終わりがないものは始まらないし、初めがなければ終わらない。少々変わった考えを持つぼくのことを嘲笑うかのように、この村は未だに時間を忘れている。
 なにもかもが、動き出す気配がない。
 若者を送り出そうと言葉を述べていた村長も、続きを発さないし、つついてもなにも反応を示さない。それは村に集まった他の人たちも同様で、その中にぼくたちの家族もいたのだが、それも全員同じだった。
 ぼくら以外に、時間を覚えている人間はいなかったのだ。
「現に永遠といえるものが、ここにあるんだけどな。……ほんとどうしようか、時間がないから、俺ら喉も乾かないし、腹も減らないけどよぉ。このままだと、精神が崩壊するぜ。あまりにもやることがないしな。動けるのは俺らだけだし。……男二人で、女一人か。ハルナがイヴで、俺とイスケはアダムか」
 ハルナは物凄く驚いた表情をした。ぼくも同じ。
「いや、なに言ってるのキミ」
「ん、ハルナが俺らの子供を産めばさ。少しはマシになるかなと思ってさ」
 とりあえず、はたくことにした。
 ハルナなんて、涙目になってぼくの後ろに隠れる始末だ。(というか、なんでいつもこの子は、ぼくの後ろに隠れるのだろう)
「じゃぁ、どうするんだよ。他にどうすることも出来ないじゃねぇかよ。何度村中を探しても手がかりなんて、見つからないしよ。それともよお前、このままずっと見つからない手がかりを探すのか?」
「そうは言わないけど……」
 だからって、ハルナの意思も聞かないで、いきなりそういうことを言うのもどうかと思う。
 だがニコルの言い分も分かるのも事実。
 ぼくらはこのままだと精神が崩壊してしまう。なにも出来ない永遠に埋もれたこの村で、時間を忘れたこの村で、ぼくらはなにもすることがなく崩壊してしまう。
「あーったく、男らしくないなぁお前も。いや、動揺してるからってハルナを困らすようなことを言った俺も男らしくないけどぉ。ったく、ちきしょう。どっか、手がかりはないのかよ。手がかりは」
「……」

“さぁ、なんでも願いを言ってごらん?”

 手がかりは、……ある。

「……なぁ、キミたちに聞きたいことがあるんだけどさ」
 ニコルは「あ?」と機嫌悪そうにこたえる。ハルナはまだ怯えていて、涙目でぼくを見る。
「あのとき、時間が止まってしまったあのとき……真っ黒なおじさんがさ──」
 いなかったか?
 と言い終えるつもりだったが、それは不可能となってしまった。

「なぁアンタらさ。なんか食い物持ってない?」

 ぼくらの前に突如、謎の少年が現れたからだ。

 ペンキで汚れているかのような加工をされたズボンに、サイズ違いのダボダボのコート。そして肩から掛けたボロボロのバック。
 二人用にしか見えない長すぎるマフラーに、あまりにも縦に長すぎて余りすぎているニット帽を被っていた。どれもこれも、限界を知らない馬鹿げたものばかりに身を包んだ背丈が小さい少年。歳はぼくらと同じ十五歳に見えなくもないが、どうだろうか。ぼくらより、年下なんだろうか。
「もしもーし、聞こえてますかー? アンタら耳ないん? 飾りかそれ、いや飾りか実際。音を聞き取るのは、鼓膜とかそこら辺の役割だもんな。いやいや問題はそういうことじゃなくてさ、アンタらー、オレちゃんの言ってること聞こえてる?」
 異常なくらい余っている袖をブンブン回して、少年は文句を言った。若干キレ気味だ。
 その態度に、ニコルは「あ?」と返していた。もしかしたら、自分より年下に見えるのもあるのかもしれない。ニコルにしては、初対面の人にキレるのがやたら早かった。(意外とニコルは初対面には、礼儀正しい)
 だけど、ニコルのちょっとだけ恐いと思わせることが出来るはずの「あ?」は、ひとっ飛びでニコルの前までジャンプして、ニコルの顔に繰り出された蹴りによって、うち砕かれることになる。
 今度はぼくが「あ?」と言う場面だった。
 ただし、このときの意味としてはニコルの「あ?」はキレたときに使った言葉であり、ぼくが今回使った「あ?」は、驚きによるものだった。

「ケンカする相手間違えるなバーカ。オレっちは、ケンカ空手百八段だぞ」

 そんな有り得ない強さを平然と言って、謎の少年はぼくらよりもキャラ立ちしていた。

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