『これは永遠 ここは時間を忘れた場所』(3)

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 村の外に出るなんて、考えられなかった。

 たとえこの村の中が鳥籠だと言われようとも、不自由だと罵られてもいい。この村で生きて、この村で死にたかった。旅立つなんて、考えたくなかった。
 最初からこんな考えだったわけじゃない。
 幼い頃は親から聞かされた冒険話に胸躍らされたものだ。
 竜と戦っただの、王様に会ったことがあるだの、黄金の秘宝を見つけたことがあるだの、嘘にしか思えないような脚色された体験談を聞かされて、いつか自分も村の外へ……世界へ旅立ちたいと思っていた。
 十五歳になってからというのが最初は理解出来ず、いいじゃないかもう旅立たせてくれてもいいじゃないかと、よく思っていたものだ。
 そのときは、いつも親にこう言われていた。

「旅立つには、いつだって準備が必要なんだ。今のままじゃ、旅に行っても力不足で倒れてしまう。そんなのは、馬鹿のやることだよ。いいかい、無謀と勇敢は違う。巨大なことになにも策なしで立ち向かうのが無謀で、勝つための策を考えて立ち向かうのが勇敢なんだよ」

 お前には、勇敢になってほしい。
 そう言われて長いときを待ち続けた。
 勇敢になるために、巨大な未知の世界に立ち向かうために、長い時間を費やして準備してきた。……確かに、親が言ったことは正しいと思う。
 策もなしに立ち向かうことほどこそ愚かなものはない。そんなのただの自殺行為。
 だがしかし、長い時間を費やしすぎたと思っている。
 十五歳になってからというのはやはり遅すぎたのだ。もっと、もっと早く旅立ちの日を決めておけばよかったのだ。

“だれか……だれか……きて……”

 出なければ、あんな落石にあわなかったし、大事なものを失ったりしなかった。

 
 あのとき、少女は泣いていた。
 友達は落石にあった。
 気が付くと、自分の両腕も落石によって塞がれていた。
 自分は風が見えていたと勘違いしていたのかもしれない、旅立ちを後押ししてくれる優しい風が、近くにあると、自分には見えると、勘違いしていたのかもしれない。
 頬には、悲しいくらいの冷たい風。
 聞こえてくるのは、風と少女の泣き声。必死に泣き叫び、誰かに助けを求めるが、風のように流されて消えてしまっていた。

 風なんて見えてなかった。風なんて吹いてなかったんだ。
 もしかしたら、これは天罰なのか。己の勘違いに気付かない哀れなイカロスへの、太陽の怒りなのかもしれない。



 それは、まだ冬の寒さを忘れられない三月のことでした。
 風は冷たく、空気は乾き、容赦なく現実感を告げるようでした。

 きっかけはなんだったでしょう。
 今では、はっきりと覚えていません。いや、思い出したくないだけかもしれません。
 うっすらと曖昧なんですが、理由は自分自身だった気がします。
 確か“ある洞窟の中”にしか咲かない花があって、その花を……■が、ほしいと言ったからだった気がします。
 その言葉に二人の少年は動き出して、そして洞窟に向かったんだと思います。
 ■も、二人の少年が、■のためにがんばってくれるのが、楽しくて、楽しくて、そのときは笑顔だった気がします。

「■■■くん……? ……■■■くん?」

 きっかけはなんだったのでしょう。
 はっきりと思い出せません。
 なんで、こんなことになったのでしょう。
 ■の目の前で、二人の少年は動かなくなりました。洞窟に入って、数分経ってからのことでした。
 あまりにも突然のことでしたので、目の前でなにが起きたのか理解するのに、長い時間を費やしました。
 ■たちが洞窟の中を、談笑しながら歩いて進んでいるときに、いきなり洞窟内の頭上の岩が落ちてきたのです。

 きっかけはなんだったのでしょう。
 はっきりと思い出せません。
 なんで、こんなことになったのでしょう。
 もしかして……■のせいでしょうか?

 ここに来たのも、■のせい。
 彼等が傷付くきっかけになったのは、■。
 悪いのは、■。
 ■が悪い。
 ■が、悪いんです。
 なのに二人の少年は、落石から■をかばった。
 ■なんて放っておけばいいのに、■を押し出して、落石から救ってくれた。
 彼等がこんなことになってるのは──。


 ■のせい。


 談笑してたときの笑顔は枯れていた。
 まるで笑ったことなんて何年もなかったかのように、笑い方を忘れた。
 その代わりに、恐怖を覚えた。
 ■は、なにかを望んじゃいけない。
 家の中でじっとしていればいいんだ。村の中でじっとしていればいいんだ。
 なにかを望んだから、こんなことになってしまったんだ。

 手足は重い、笑顔は枯れた、涙は止まらない、声は出ない、彼等は苦しんでる、■のせいで、彼等は血を流してる、■のせいで、彼等は傷付いた、■のせいで。


 ……■は、なにかを、望んじゃいけなかったんだ。
 ずっと、じっとしていればいい。
 外になんて、出ちゃいけない。なにかがほしいなんて、言っちゃいけない。



 重いまぶたを無理矢理開くと、先ほどとは違った光景が広がっていた。
 あの後、楽勝の戦いを繰り広げる少年の元へと辿り着いた所までは覚えてる。そこまでは覚えてるのだが、その後に、どこがどうなってこうなったのかが分からない。なんで、こんな結果になっているのかが分からなかった。
 結果を言おう。
 ぼく、ハルナ、ニコルは黒い人たちに捕まっていて、本来ならば輝かしい場所になるはずだった神桜樹広場に作られた旅立ちのステージにうつ伏せに寝かされ、その上に黒い人が全体重をかけて乗っかっていた。
 あまり体重がかかった感覚はない。重くて苦しいわけではないのに、起きあがろうとしても、まるでぼくの体自体が旅立ちのステージとくっついたかのように、身動きがとれなかった。
 ぼくの他にもニコルなんて声を荒げて「出せっ、男なら正々堂々と戦え」と言って抵抗してるが身動きがとれないでいて、ハルナも泣きながらどうにか抵抗していたが、身動きが全然とれないでいた。
 そして、ステージの先。本来ならば、ぼくたちの旅立ちを見送るはずの人々がいたはずの場所には(何故か、スピーチをしていた村長もぼくらの前にはいない)、ぼくらよりも大勢の黒い人たちに取り押さえられていた謎の少年がいた。

「安心してくれたまえ、この永遠を脅かす怪しい少年はあのように捕られたよ。永遠というものは、いつだって外敵によって壊されるものだ。壊された永遠は、永遠なんかじゃない。そして壊された永遠は直すことなんて出来ない。だから絶対に壊されないように気をつけなければいけないんだよ。でないと、また大切なものを失うよ?」

 そして、いつのまにかぼくらの前には、あの真っ黒なおじさんがいた。

「全く、この永遠にキミのような不審人物は招待した覚えはないんだけどなぁ。頭がおかしいとしか思えないような、ダボダボダボした服を着て恥ずかしいと思わないのかい? そして、永遠を壊そうだなんて、恥ずかしいと思わないかい?」

 真っ黒なおじさんは、なにも抵抗出来ずにいる謎の少年に向かって、言葉を述べる。

「人の願いというのはいつだって純粋だ。そして純粋なものはいつだって汚される運命にある。白いキャンバスにはいつか絵の具を塗られるし、無垢な瞳にもいつか汚い物が焼き付くだろう。きっと純粋というのはあまりにも無欠すぎて人にとって毒なのだろうね。ほら、純粋すぎる空気は人間にとって猛毒だろ? 人の願いもそうだ。あまりにも純粋すぎるから、それを叶える者はその毒に耐えられないものばかり、いるとしたら私のような“真っ黒なもの”じゃないとね。そして、純粋すぎるから、あまりにも毒だから、キレイだから、人の願いというものは汚されてしまう」

 まるで、呪詛のような演説だった。
 言葉一つ一つが、肉体を構成する細胞に訴えかけて、鎖を巻かれたかのような感覚を受ける。胃袋に詰まっているものを、吐き出したくてしょうがなくなる。
 第三者として聞いてるだけでもこうなのに、これを一心に受ける身としては、どんなものなのだろう。想像したくもなかった。

「汚されるということは悪いことじゃない。何故なら、人とは汚されることによって強くなる生き物だからだ。まぁ中には汚されたままで終わる者もいるだろうが、大体は汚されることによって、次からはこうすることによって汚されないようにしよう、と強くなることが出来るのだよ。それが人間というものだ。世界なんて、それがいい例だ。理不尽なことで怒られることもある。涙することもある。自分は悪くないのに、悪いのは他人なのに。それでも悲劇に襲われることがある。汚されることがある。真っ白なキャンバスなんて、この世に一人もいないんだよ。みんな汚されている。何色かは分からない。人によっては、黒色かもしれないし、赤黒かもしれない、もしくは青一色かもしれないし、虹色かもしれない、もしくはちょっとエッチにピンク一色かもしれないし、ちょっと汚く茶色を上手く使われた色かもしれない、もしかしたら想像も出来ないほど汚い色かもしれない。なんでもいい、何色でもいいんだよ。塗られれば、塗られるほど強くなる」

 耳に流れ込むこの呪詛を、止めることは出来なかった。
 両腕も、黒い人に取り押さえられているから──いや多分耳を塞いでも、この呪詛は脳に流れるだろう。
 こんなのありえない、魂に訴えかけるというのは、こういうことを言うのだろうか?

「だけど、汚されないままというのも悪いことじゃない。真っ白なキャンバスは悪いことじゃないんだよ。キャンバスは絵を描くために存在するが、絵が描かれないまま終わるというのもいいんじゃないだろうか。キャンバスのくせにってキミは笑うかい? でもいいじゃないか、キャンバスにはキャンバスなりの生き方というものがあるのだ。最後まで貫くことが出来れば、それはそれで立派なものじゃないかい?」

 まぶたはまるで糸で縫い合わされたかのように、閉じることを許されないでいた。
 瞬きすらもしない。いや、出来ない。
 実際にまぶたを拘束されているわけではないのだが、まぶたさえも時間を忘れたかのように動けないでいた。なにも出来ないでいた。ぼくの中のなにかが、黙ってこの光景を見ていろ、一秒たりとも見逃すなと訴えかけているのだろうか。

「汚されないで強くならなくてもいいんだよ。人の生き方は、人それぞれ。千差万別だ。真っ白いキャンバスがあってもいいじゃないか、毒にしかならない願いがあってもいいじゃないか。ましてそれが“汚されたくない”という“純粋な願い”だったとしてもだ。非常に禍々しいものだね。毒と毒を組み合わせると時間さえも止まってしまっちゃうよ。キミは、この永遠を汚すというのかい? 壊すというのかい? 汚すということは強くするということだが、あまりにもひどいんじゃないかい? 人はこれ以上汚されないために強くなるものだが、だが最初から汚されないで済むならそれにこしたことはない。キミはそうだと分かっていても、汚すのかい?」

 そして、永遠は紡がれる。

「“この子たちの願いを”キミは壊すというのかい?」

 ……この子たち?

「……あぁ……やっぱりね……。この時間が止まった村を願ったのって、やっぱりな……そいつら全員か……」
 謎の少年は苦笑じみた声を上げる
「そうとも、そこでこちらを凝視しているイスケくんも永遠を願ったし、怯えながらこちらを見ているハルナちゃんもそうだし、虚勢が崩れた顔をしているニコルくんもそうだよ。あの子たち全員が望んだ結果なのさ。本当は旅になんて出たくなかったんだ。落石事故で多くのものを失ったからね。あの子たちは」
 自称神さまは、呪詛を止めない。止める気なんてない。
「ニコルくんは両腕を失って義手になった。ハルナくんは落石が起きたときに、自分を庇って助けてくれたイスケくんやニコルくんが傷付く姿を見て心が壊れた。ふふふっ、キミは知らないだろうね。あの子は、本当はちゃんと笑う子だったんだよ? 明るい子だったんだよ? ここに来たばっかり……いやこの時間のここに来たばかりのキミには、到底分からないことだろうね。だけどね、そういうことなんだよ。あの子らは、多くのものを失ったんだよ」
 自称神さまは、許さない。
「イスケくんなんて、“翼を失った”んだよ。ふふふっ、生えていた翼が見事に落石で使い物にならなくなったんだ。翼があったおかげで、落石を背中から受けても生きていたというのもあるのだが、ふふっ、そんなの生き地獄だよね。彼は翼人のくせに、空を飛べないんだ。いや違うのか、一応飛べるのかな? 自由自在に動く義手があるのと同じで、翼人用に、自由自在に動かせる義翼も確かあったよねぇ。でも、おかしいなぁ、彼が飛ぶところを私は見たことがないなぁ」
「……」
「ふふふっ、みんな怖がっているんだね。旅に出たら、これ以上もっと大切なものを失うんじゃないか。こんなに大切なものを失った自分が外に出ても、やっていけないんじゃないか。だから彼らは時間を止めたんだ。それしかなかったからね。永遠に時間を忘れたこの場所に留まろうとしたのさ。これは永遠、ここは時間を忘れた場所。なんて、甘い響きだろうね。そして救いようのない悲劇だ。彼らはいつか精神が崩壊してしまうと自覚しながらも、真っ白なキャンバスでありたいと願ったんだよ。これ以上、汚されたくないって思ったのさ。ねぇ、鐘の音を鳴らす子よ。キミはそれでも、あの子たちの永遠を壊そうというのかい?」
「あぁ、壊すさ」

 思わず、息を呑んだ。
 謎の少年は、戸惑い無く、躊躇い無く、壊すと言った。

「村から出たくないだと? だったら、そう言えばいいじゃねぇか。なにも時間を止めることないだろ、他人を巻き込むなよ。誰かを巻き込むなよ。迷惑をかけるな。村から出たくないなら、世界を回りたくないなら、それでもいいんだよ。なにも強制じゃないんだ。強制に旅に行かせるなんて、無意味だ。そんなの旅じゃない。自由に、こそが旅の醍醐味なんだ。意味分かるかおい?」

 それは、真っ黒なおじさんの呪詛とは違うなにか。
 呪詛ではないのに、その言葉もまた肉体を構成する細胞に直接なにかを訴えかけていた。耳は塞げない、塞ぐことなんて出来ない。少年の言葉は、どうしようもなくぼくらに叫んでいた。

「旅立つってのはよぉ、住んだ場所から離れなきゃいけないのか? 旅立つってのはよぉ、翼がないといけないのか? 旅立つってのはよぉ、両腕がないといけないのか? ふざけんな、そんなの誰が決めた。誰も決めてない。決めるのは、お前等だろうが、勝手にてめぇでつまらないルール作り上げて、自分を追い込んでんじゃねぇよ」

 少年は立ち上がった。
 無数に上に乗っかっていた黒い人たちをはねのけて、謎の少年は旅立つことについて、叫んだ。
 自身の心臓を叩いて、激しく訴えかけた。

「ここが飛ばなきゃ話にならないんだよ! 旅立つってのはよぉ、汚されることでもなんでもない、強くなることでもなんでもない。旅立つってのはよぉ、飛ぶことなんだ! 大切なものを掴むために、走って走って走り抜けることが大事なんだ! 掴めるか分からないのに、努力が報われるか分かるはずないのに、それでも走るんだ。それが旅立つことなんだ。大事なのは、村から離れることじゃねぇ! 汚されることじゃねぇ! 強くなることじゃないんだよ! イカロスでもなんでもいい、自分の足でもなんでもいい、翼となるものを使って追いかけることなんだよ!」

 まっ、これもオレっちが決めた勝手な理屈なんだがな。
 と言い、謎の少年は──翼を広げた。

「翼──あ、あの子は、よ、翼人なのか?」

 小さい少年には非常に不釣り合いな大きな翼。
 それは汚れ無き白ではなく、ところどころ傷だらけで汚れていて、だけど勲章のように見えた。
 その翼は、まるで輝いているかのように光を浴びていた。

「──なんて愚かな翼だろうか。あまりにも汚れすぎていて、美しい。それは君たちの傲慢というものだよ。それは、人間が持っていていい翼なんかじゃない」

 真っ黒なおじさんは、手を翳し、黒い人たちを向かわせた。
 謎の少年を止めるため、彼を殺すため、永遠を保つため、自称神さまはたった一人の人間に殺意を向けた。
 だけど、黒い人たちは吹き飛ばされていく。
 勢い良く回転するコマは、誰も寄せ付けず、触れたモノを跳ね返す。まるで、その光景を眺めているかのように、少年は広げた翼をまるで両腕のように器用に使って、黒い人たちをはねのけていた。

「悪いな。オレッちは伝説の旅人だぜ? 神さま如きが、伝説を止められると思い上がるなよ」

 少年は周りにいた黒い人たちを全て一掃すると、今度はこちらに向かって大きく翼を羽ばたかせて飛び立った。
 「させん!」と言った自称神さまの邪魔も全然意味はなく、少年は豪快に辺りの黒い人たちを吹き飛ばして、そしてぼくらを取り押さえている奴等を吹き飛ばして、ぼくらの前へ降り立った。

「おい、飛ぶぞ。このまま、空に向かってひたすら飛ぶぞ。この村は、外に出れないが空には行けるはずだ。空さえも囲むなんて、出来るはずがないからな。ひたすら、空に向かって上れば、この永遠から抜け出せるかもしれない」

 そう言い、少年はついてこいと翼を羽ばたかせて飛び立つ──が、ぼくらは思いとどまって動けないでいた。
 ハルナは泣きながら動けずに、ニコルはなにも表情に出さずに、ぼくは歯を噛みしめながら、動けないでいた。

「あぁたくっ、この期に及んでしょっぱい奴等だなちきしょう!」

 少年のどこにそんな力があるのか、ぼくら三人まとめて、抱きかかえて空へと飛び立った。

「えっ……ええぇ!?」

「ちょっ、おいちょっと!」

 とハルナとニコルは声に出して、驚いていたが、そんなのお構いなしに少年は空に向かって一直線に飛び立った。
 ぼくら三人抱きかかえて空を飛んでるはずなのに、先ほど黒い人たちと戦闘までしていたはずなのに、少年は疲れを知らず、そして恐れを知らず、空に向かって、ただ一直線に風を突き抜けて飛んでいた。不思議と全身にくらう風は痛くなかった。痛いと思うのは、永遠が終わることに悲しむぼく自身だった。

 下を見ると、恐ろしいことに自称神さまは追っかけて来ていた。
 少年のように大きい翼を広げて、悪魔の大群に見える翼が生えた黒い人たちを連れて、ぼくたちを追いかけて来た。

「やばっ、あいつら飛べるのかよ。飛んだらこっちの勝ちだと思ったのによぉ、そんなのありかよ。……あぁちきしょう、おめぇら、早く願え! さっさと願えよ!」

 少年は抱きかかえる(今は正確には、こちらが抱きついてる形だが)、ぼくらをポコスカ殴りながら、文句を垂れる。そして、願えと言った。
「願いってなんだよ……これ以上なにを願えってんだよ」
「はっ、そんなの一つに決まってるじゃねぇかよ」
 少年は大きく息を吸って、叫ぶ。
「こんな永遠、さっさとブチ壊れてしまえ! ってな」
 そう、叫んだ。

「そんなの、嫌だ」

 ぼくは呟いた。
 彼の考えを、否定した。
 ニコルとハルナも、それに驚いたのか目を丸くしていた。ただ、少年だけはぼくが反対するのを知っていたのか、平然としていた。
「キミみたいに飛べるやつと一緒にするな。ぼくは空が飛べないんだ。イカロスの翼だって? あんなのと一緒にするな。ぼくのはもっと精巧な義翼なんだ。なのに飛べないんだよ! 何度も何度も翼を広げたさ。何度も何度も空を飛ぼうとしたさ。でも駄目だったんだ……ぼくは空が飛べなかったんだ」
「……オレも、この永遠を壊すのは嫌だ」
 そして、次にニコルも反対した。
「オレはもうこの両手じゃなにも掴めないよ。あんたは、掴むためにとかなんとか追いかけるとか言ってたよな。でもな、オレにはもう最初から出来ないんだ。そりゃまぁ、物理的に掴むことは出来るさ。だけど、そんなの問題じゃないんだ。オレにはもうなにもかもが、感触がないんだよ。掴んだときのな。義手は自由自在に動かせる。細部にわたってな。指だって好きなことが出来るんだぜ? だけどな、感触がねぇんだ。温かいのか分からない、冷たいのか分からない。柔らかいのか分からない、固いのか分からない。なにもかもが分からないんだ。だかだオレは嫌なんだ。ただでさえ、他の奴から変な目で見られそうなのによ。なにも掴めないのに、なんで旅に行かなきゃいけないんだよ。お前は、ここに居続けたいと言え、とか言ってたが、言えるはずないだろ。ここは旅立ちの村なんだよ。強制的に旅立たされるんだよ」
 そして、意外にもハルナも反対した。
「私……こんな性格だから……誰かと喋るのも苦手だし……それに辛いことあったらすぐ泣いちゃう……私……このままがいいよ……」
 涙して、彼女は言った。

「くだらねぇ」

 だけど謎の少年は、くだらねぇとただ一言。それで片付けた。
「ちょっ、お前……男ならもっとなにか言えよ」
「泣き言に対する言葉はあまり持ち合わせがねぇんだよ。甘えるな、こなちきしょうが」
 冷酷にしか思えない言葉が、ぐさぐさと突き刺さる。
「てめぇらのせいで、明日を目指せなくなってる奴等の気持ちを考えろよ。てめぇがよければなんでもよいはずねぇだろ。させるかよ、そんなことをよ」
「それって、他の奴等がよければぼくらはどうなってもいいってことだよね」
「妙な観点でつっつくなネクラ! お前絶対性格悪いだろ。ったく、まぁ正直どうなってもいいんだけどよぉ……なんだろな、やっぱオレっちとしてはせっかく作り上げた村なんだから、台無しにされたくないってのが強いんだろうな。……なぁ、オレっちの腕を見てみ?」
 大サービスだぞと言い、少年はダボダボの裾をこちらに向ける。ぼくらは、言われたとおりに、その裾を全部まくり上げてみた。……そこには、腕なんて存在しなかった。肘から先が、存在してなかった。
「えーと、そこの金髪は落石で両腕失ったんだっけ? そかそか、オレっちは飛んでるときに落ちちゃってそれからなんだな。自業自得だから、なおさら救えないなオレっちは。オレっちのときは、そこまで精巧な義手なんて存在しなかったからなぁ、こうするしかなかったんだよ。……あぁちなみに、今飛んでるこの翼も、実は偽物だからな」
 えっと、思わず不安になって眺める。
「あぁ大丈夫。義翼は意外と義手よりも前の時代からあったんだぜ? オレッちのときからもちゃんと存在したよ。だがまぁ、ネクラのよりかは性能低いけどな。けっこうボロボロで穴が開いてるとこがあると思うけど、そこから見えないかな、中身はただの機械さ」
 ニコルはどうにか顔を上げて見ようとしていたが、ぼくにはそれはとても恐くて見る気がしなかった。
「ついでに昔は大人しい性格だったんだ。今の……えーとなんだっけ、ハルマキか? あぁ違うか、ハルナか。ごめんごめん、お前って怒ったときの方がちょっと可愛いな。うん、多分オレッちの性癖も関係してるのかもしれないが、いやまぁオレッちの性癖はどうでもいい。てか、なに言ってるんだろ、オレッち」
 少し自分と葛藤しているが、すぐに戻った。
「でも、オレッちは旅人だ。なんでか分かるか?」
 ぼくたちは、それは即答した。「分からない」と、間もあけないで、妙に息が合っていた。
「あの山の向こうには、また違う山が見える。その山の向こうには、またさらに違う山が。……ただそれを、追いかけたいと思っただけなんだ。どこまで続いてるか、知りたかっただけなんだ」
 ……え、それだけ?
「……おいおい、それだけかよ? 旅出るには理由が単調じゃないか」
「まるで……子供みたい」
「あまりにも幼稚だね」
 三人同時攻撃。謎の少年は、マジで憤怒。
「うるせー、三人一緒だと強くなってんじゃねぇよ! しかもこの女、弱気なくせに言うこと刃じゃねぇか、女信じられなくなりそうだよ、こんちきしょう!」
 ……ぼくら、自称だけど神さまに追いかけられてるのに、こんなにテンション高くて大丈夫なのかなぁ。
「理由なんてどうでもいいんだよ。後付けでもかまわねぇよ。小説家と同じだ。ぶっちゃけ、勢いで書いて、あとは後付け設定決めるの多いだろ! 多分そうだよな、蒼い下野郎とかそうらしいぞ。理由なんて適当でいいんだよ。どうせ、辛かったらすぐ戻る。家に帰る。とかでも万事OKな気楽な旅なんだ。遊びと同じだよ。ただこの遊びは一生懸命にやらなきゃいけない、ただそれだけでしかない。理由なんてどうでもいいんだ」
 謎の少年は語る。
「ただ胸躍らされるなにかがあればそれでいいんだ。足が弾むような、思わず口笛吹いちゃう様な、翼だって必要以上にパタパタ羽ばたかせちゃうなにかがな。それがあれば、それでいいんだ。それでいいのだ」
「……ははっ、いいのかなぁ。それで」
「気楽すぎて、笑えるな」
「うん……面白い」
 吹き抜ける風はまるで揺りかごのよう。
 眩しく照らす太陽はまるで道しるべのよう。
 青く広がったこの空は、まるでぼくらがこれから大地のよう。
「でも、いいよね。そういのも」
「男らしいな」
「……なんか憧れる」
 気のせいか、少年はそのとき笑っていたような気がした。
 いつも怒ったり、叫んだりしていたが、最後には笑っていた気がした。
 なんだかあまりにもその笑みが、不敵すぎて、そして優しすぎて、ぼくは口をあけて笑いながら、涙した。


 

9:00 a.m.。



 そして、これは永遠となった。大事なものは残された。いらないものは捨てた。
 ここは、時間を思い出してしまった。


「なぁ、本当にこの方角であってるのか?」

「……多分」

「多分ってなんだよ。それでも男か。男なら男らしく、もっとちゃんと確かめてだな」

「そう言うなら、キミがやればいいじゃないか。いつもめんどうなことはぼくとかに押し付けてさ。それでよくもまぁ、男らしいって言えるね」

「んだとコラ」

「あぁ……やめて……ケンカやめてよぉ」

 ここはとある丘の上。
 気持ちよい風が吹き抜けて、透明度が高い青い空が広がっている。丘から見える景色は、新緑が広がっていて、遥か遠い光景だというのに動物たちの鳴き声が聞こえてきそうだった。
 新緑に包まれた森に囲われた湖には、青空が映し出されていて、それを太陽の日差しが鮮やかに輝かせていた。
 そんな素敵な場所で、ぼくらは……もめてた。

「だから、お前に任せるのは嫌だったんだ。男のくせにブツブツ戯れ言を呟いては、適当に流すんじゃねぇよ。それでも男か」

「男さ。キミみたいに自分はなにもしないで、人に任せるようなやつよりかは男らしいね」

「やってんだろ! ……えーと、寝ずの番とか」

「えーとってなんだよ、えーとって! なにが寝ずの番だよ、三人の中で一番真っ先に寝るじゃんか!」

 ぼくらは、結局あれから村を旅立った。
 謎の少年の言うとおり、村から出たくなければ出たくないって言えばよかったのかもしれないが、どういう心境の変化か。
 ぼくら三人は、全員村から旅立つことを決めていた。
 なんでかは分からない。

「あのね……みんな仲良くしようよ……わ……わたしたち……仲間……でしょ?」

「うっさい、ハルマキ」

「静かにしててくれないか、ハルマキちゃん」

「ハ、ハルマキじゃないもん!」

 マジ泣きするハルマキ、いや違うハルナ。
 今日もまた、馬鹿みたいに道を歩いたり、空を飛んだりして、旅をしていた。いつのまにか、ぼくは空を飛べていた。単純に心の問題だったのかもしれない。医者も、キミはもう空を飛べるはずなんだけどねぇ、と言っていたし、おそらく心境の変化なんだろう。昔のぼくは、焦っていたからなぁ。
 結局、素敵な風景が見れる丘はそんなに長居せず、ぼくらは移動していた。
 今は分かりやすく道が続いている野原を、歩いているところだ。本当は飛んだ方が早いのだろうが、今は歩いた方が気分がいいため、歩いている。
 ぼくらは目的のために旅をしてるんじゃない、目的をどうやって成すかを求めているんだ。
 そう、これはきっと気楽な旅なんだろう。

 温かくて優しい風が吹き抜けてきた。青い空は、ぼくらが望んだ悲しい永遠なんかじゃなくて、温かくて眩しい永遠を広げていた。
 緑色の草花が広がる野原。そんな野原に一本の作られた道を歩いて、ぼくらは今日も旅をしていた。
 そんな道中、一つの銅像に巡り会った。

「おい……これって」

「……はははっ、これって」

「あっ……これ……」

 それはぼくらが見たときよりも、大きくなっていた。
 服装も少しばかり変わっていた。だが、彼の人格からなのか、独特なファッションセンスが放つ個性は蓋が閉まってなかった。
 どんだけ裾上げしてるか分からない、これでもかというくらい穴開け加工されたジーンズに、黒色の生地に何処の外国人か分からない顔がプリントされたシャツ、そしてサイズが二つくらい飛び越してると思われるダボダボの黒いカーディガン。肩からは、旅のせいでボロボロになったバックをかけていた。
 顔つきは相変わらず生意気そうだった。
 銅像のくせに、こちらを挑発してるようにしか見えない笑みを浮かべていた。どんだけ精巧に再現したのだろうか。この銅像を作った人物は、稀代の天才じゃないだろうか。
 ……よく見たら、銅像の制作者には彼の名前が書いてあった。
 隣のニコルも、それに気付いたのか目が険しくなってた。多分、いや確実に、むかついたのだろう。
 だが、彼の名前が刻まれてるのは、この銅像を制作した人のとこだけで、彼の偉業を称えるために作ったはずの銅像は、偉業を成した人の名前が見えなくなっていた。
 年月の経過によって錆びてしまったのだろう。
 この銅像の人物は、たった一人でこの野原に道を作り上げた偉大なる人物と書いてあったのだが、肝心のその人物の名前が見えなくなっていた。
 なんだこれは、あの少年らしいといえば、らしいのだが少し切ないぞ。

「……どうするよ、これ」

「ぼくらは答えを知ってるけどね。……んぅ、でも名前を彫ることも出来ないしなぁ。どうやって、名前を記そうか」

「……紙でも書いて……張る?」

 それ賛成。と、ぼくとニコルは同時に指さして肯定した。
 あんな生意気の子供(調べたら、あのときの彼は、ぼくらと同い年だったらしいが)のことで、時間を費やすのもバカバカらしい。
 恩人にこんなこと言うのはひどいかもしれないが、謎の少年にはこんな扱いで丁度良い。どうせあっちだって、ぼくらにひどい扱いをするのだから、いいんだ。そう、これでいいんだ。

 ぼくらは、空を見上げて今日も旅を続ける。
 きっと、この気持ちは永遠。
 ぼくらは時間を忘れた旅人。

「ダヴィンツベル」と書いた紙を銅像に張って、ぼくらは旅を続けた。

『これは永遠 ここは時間を忘れた場所』

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