『Over the S.K.Y.』

『Over the S.K.Y.』

著/雨下 雫

原稿用紙換算枚数15枚

 彼らは知りたかった。ただ、この空の彼方にある果てを。
「邪魔立てするかい、相棒」
 男が応えた。立ちはだかる友に、古びた騎銃を向けて。
「俺の目指す空のためならな」
 男が応えた。立ち向かう友に、煌く白刃を抜き放って。
 彼らの頭上に、星が瞬いた。
 空の果てから降り注ぐ未知への灯の如く、その輝きは二人の指標であり、追い求めた答えの、一つの結晶であった。
「違いない」
「そうだとも」
 その一つを――彼らにとって唯一の、生涯の証足り得るものに至る過程で、二人は出遭った。
 なればこそ、たとえ同じ夢を追い求める同志であるとしても。
「止められるかな」――弾倉の無い銃に、内側から弾が込められる。
「互いにな」――玉鋼の刃が、不可視の磁場をその切っ先へと集束させる。
 ――避けられぬ衝突であり、必然の対決であった。

 人類が地下にその生活を移し幾星霜――そこには空があった。分厚い人工の層に覆われた、天蓋という空が。
 その空に果てがあり、さらにその向こうがあるという。
 誰かがそう説いた。誰でもない何者かが、その噂を、真実に足らしめる数量と密度でもって流布していた。
 誰も、そんなことは考えもしなかったし、疑問にも思わなかったというのに。
 昼には太陽が、夜には星が輝くこの世界の理に、あらゆる人々が満足し、地に足を付けた生活に、全くもって疑いを抱いたことなどないというのに。その噂は、伝染病のように地下世界に生きる人々の間を駆け巡り、その心象を激しく揺さぶった。
 そしてある一人の戦士が、長き闘争の末に、その証であるとされるものを掴んだ。天蓋の彼方に輝く、人工的にもたらされる地下世界の昼夜の法則を無視してその存在を居ましめる、一つの星の輝蹟を。
『この空には確かに果てがあったのだ』――天蓋を暴き、輝ける星の屑を降らせたある一人の戦士の穿孔が、誰かが説いた風説を、夢追い希望を抱く人々の心に巻き起こる嵐に変えた。
 地下を出よう――空の彼方を目指そう。その末に何が待つのか、何が起こるのか定かではないが、あの星の明かりに照らされると、そんな瑣末を顧みずに、この世界を飛び立ちたくなってしまう。
 嵐が興した好奇の心象は、何人も逆らい難い意志にその姿を変えて、人々の心に深々と打ち込まれた楔のように根差すこととなった。

 時は流れ、星の輝きは依然として煌々と地下世界を照らし、人々の心を捉えて止まぬ光を降らせていた。
 好奇はいまだ衰えを知らず、冒険心に満ちた輩を次々と空の果てへと送り出していく。ある戦士が天蓋を穿って以来、何一つ変わらぬ時代が展開されていた。
 何一つ変わらぬことに、好奇と対を成すほどの猜疑が生まれ育つに足るだけの時間が経過するまでの時代が訪れていた。
『空の彼方とは、此処に戻ることさえ思わせぬほどの素晴らしい場所なのだろうか』『いやいや、或いは戻ることのかなわぬ所なのかもしれんぞ』『そもそも空の果てから彼方へ向かう術などあるのだろうか』『ひょっとすると、旅立った誰一人も、辿り着けていないのかもしれない』『そうか、空の果てには番人がいるのやもしれん』『番人だって?』『そうともよ、番人さ。相応しくない者を寄せ付けず、それでも立ち向かおうとする輩を、殺してしまうような類の』『なんでそう思うのさ』『旅立った連中は誰も戻らない。今や伝説となった、最初の戦士でさえ、その後の消息は定かではないというぞ。いや、ひょっとすると、その戦士が、番人を務めているのかもしれない』『一体全体なんだってそんな』『独り占めしているのかもしれない』『希望を失わせないためかもしれない』『誰にも立ち入らせたくない理想郷か』『誰にも知らせたくない絶望の世界か』『空の果てには、何があるのだろう』
 概ね、このような噂が生まれては消え、また生まれることを繰り返している。
 ただ明らかであることは、旅立った者は誰一人として戻らず、空の果てに何があるのか、依然として分からずじまいであるということだった。

 その、空の果てと呼ばれる場所に、二人の男が遂に、そして、申し合わせたかのようにして同時に辿り着いていた。
 一人――最初の戦士の愛銃を手にした、銀髪巨躯の男。狼を思わせる強靭な身体の至るところに傷を負い、満身創痍と呼ぶに相応しい状態でなお希望の唸りを帯びた瞳を輝かせ、誰よりも疾く、強く、空の果てに至る道程を駆け上った銀狼。
 纏った傷を勲章という毛皮に変えて、あらゆる闘争を勝ち抜き、生き延びたという強烈な自負を矜持に、もう一人と対峙している。
 一人――最初の戦士を屠った凶刃を携える、金髪痩身の男。油断ならぬ気配を絶えず発散し、静謐の内に獰猛なる牙を隠し持つ蛇さながらの風情で、地下世界の秘密をその最深部にて解き明かした鋭利の眼差しを向け、その先にあるもの全てを覆いつくす無限の蛇。
 世界を解明すると共に、自己を生まれ変わらせたかのような勢いで鍛えられ、成長したという凄絶な実感を胸に、もう一人と対峙している。
 彼らは夢抱く冒険者であり、好奇に招かれた来訪者であり、それを互いに確かめ合い、認め合った仲間であり、昔馴染みの友人であり、そして一人の戦士だった。
『空の果てを目指す』――その意志を、誰にも譲れぬ想いにまで高めた、最強にして最高の闘争者であった。
 その二人の間には、何かが存在していた。
 共に抱いた意志だとか、高めあった力だとか、知らぬ間に結ばれた絆だとか、そういった目に見えぬ想いと――黒煙を上げて斃れる、人の形をした何かの残骸が。
「まさか、本当に番人がいるとはなぁ」
 男が、呆れたようにして頭を掻く。
「知らずに来たのか……相変わらず無鉄砲というか、向こう見ずというか」
 男が、それこそ呆れた様子で目を瞠っていた。
「そうでなくっちゃ冒険なんてやってられんぜ実際」
「もっともな言い分だがな。俺には真似できん」
「そりゃあこっちの台詞だ。いちいち回り道して、それでも俺と大差ない頃合いでここまで辿り着けるなんてよ。信じられねぇ」
 二人は視線を交わし、静かに笑った。
 旅の最中、何の縁合ってか、最初の戦士の愛銃とされる武器と寸分違わぬ得物を手に入れ、大気を鋼の弾丸に変えるその特質を使いこなすに至った男は、その後も数々の闘争を繰り返し、気が付けば、地下世界の最高峰とされる地点に到着していた。空の果てと呼ばれる、その場所に。
 一方、この世界の謎――存在の事由そのものを解き明かすべく、さらに地下深く潜るという手段を取った男は、あらゆる未知との遭遇と戦闘を積み重ね、遂には管理機構と呼ばれるものを発見し、世界の理を知った。天蓋の意味、空の正体、かの星の真名、天と地の狭間に座す英雄の形骸――その全てを造り上げた遠き民の由縁が、悠久なる時流と共に得体の知れぬ『誰か』へと変貌した経過を。その折に、あらゆる力と拮抗する磁気を放出する稀少鉄から精製された刀を入手していた。
 男――力強き銀狼がそこに至ると、果たして、眉唾物の噂話に過ぎぬと思われた番人が存在し、戦いが始まった。
 彼にとってはいつも通りの展開と思われたそれは、しかし、予想を遥かに上回る機動と、そもそも予測さえしなった武装の前に苦戦し、苦境に立たされ、やがて窮地へと追い込まれた。
 軌道を読ませぬ不可視の弾丸は、まるで同様の銃に迎撃され、ならば懐に潜り込めばと、どうにか至近に相対すれば、撃発の全てが沈黙に終わってしまう。
 番人が持つもう一つの得物である刀が怪しいと睨み、武器が使い物にならぬなら肉弾あるのみと決意を固めたものの、戦いが長引けば長引くほど、その最中において急速に成長するかのような機動を発揮する機械仕掛け番人の前を前にして、いよいよ死に場所を得たという風に覚悟を極めた彼は、善戦するようで着々と追い詰められていた。
 男――世界の謎を解き明かし、空の果てとその彼方にあるものの正体を知り驚愕しつつも、既知は好奇を潰す鉄槌にはなり得ず、彼は空の果てと呼ばれる地点がこの世界の最高峰にあることを確認し、最短距離でそこへと至った。
 すると、先客があるではないか。まさか、という驚異と、やはり、という確信が、彼にその先客の正体を問わせず、番人――管理機構によって抹殺され、機械化された最初の戦士にして、英雄の形骸と成り果てた存在に、必死の局面にまで追い込まれていた、彼の良く知る誰かを援護するべく一足一刀一振一代。
 鍛え抜かれた体術によって、最速最心最大最効の域にまで高められた、無力化の磁場を竜巻のように纏う剣閃が、同様の特性を持つ番人の刀――都市機構最深部に鎮座していた、彼の揮う白刃の模造品を叩っ斬るという、これ以上ない分かり易さでその威力を発揮し、そうして助けられた男が、やはり良く知る誰かを見やると、ただ不敵に笑って、無限の弾丸を放つ特質を取り戻した騎銃の引鉄を、正確無比なる虚無さをして絞り抜き、希望の唸りがもたらす正当なる結末を、番人存在の中枢に叩き込んでいた。

 ――衝突。激突。突破。
 無限の弾丸を装填する騎銃の特質を殺がれた男は、今やただの鉄塊に過ぎぬそれの先端に取り付けられた銃剣を、壮絶なる威勢で、槍のように振るい戦った。
 無力化の磁場を纏う刃を煌かせる男は、やはり自分の対手として相見えたこの男は最高の戦士であり、それと戦う自分もまた同様の存在であることを、斬戟の一合ごとに実感していた。
 もはや、結末を問うところではない。
 彼らは――男たちは、二人の戦士は、この一戦を生涯最高の栄誉として散る覚悟を極めた。
 それでも、追い求めた夢は消え果てぬと。
 自分を討ち斃した、最大最強の好敵手たる戦士が、夢の続きを見てくれる。追いかけてくれる。その至福を、確信した。
 故に、この戦いにもはや意味は無い。好奇に導かれるがままに追い求めた夢から覚める、まどろみの一時――或いはこれこそが一睡の夢幻であるかのように。
 この刹那に出逢った歓喜を闘争に変えて、二人は猛る。世界を穿孔する意志そのものたる咆哮を上げる。
 銃剣が、切り上げる斬撃の前にとうとう叩き折られた。
 決着を意味するその光景を目にしてなお、男は鉄塊そのものを威力とするようにして猛然と突き込んだ。
 相手の武装を打ち破ったことに気を緩めることのなかった男は、切り返してそれに真っ向から立ち向かう。
 そして、耐久の限界に達していた刀身と銃身が、相討つようにして砕け散った。
 その瞬間、彼らは、互いの肩を抱くようにしてその場に崩れ落ちた。
「……寄るんじゃねぇよ気持ち悪ぃ」
「――倒れ込んだのはそっちだろう」
 自身の武器が失われると同時に、緊張もまた途切れているようだった。
 そこにいるのは、もはや夢見る者でもそれを諦めた者でもない。
 戦士の彼らは、銃と刀と共に砕け散った。好敵手としての絆もろともに。
 ただ、好奇を抱く親友同士が、互いを認め合う者として存在するのみである。
 寝覚めの悪い少年が、面白くない様子で起き上がるように不機嫌そうな視線を交わすと、どちらともなく噴き出し、大笑いしながらその場に大の字になっていた。
「あー、畜生。結局二人して星を拝むことになっちまった」
「そう言うな。存外、悪くないもんだぞ」
「うるせぇ。ったく……空の向こうに最初に足跡付けるのは俺だったはずなのによう」
「ああ、それは諦めろ。大昔に、先人が歩き回ったらしいからな」
「ぬ――ならアレだ。地下世界出身で最初ってことにしよう」
「ふむ、それならいけるな。頑張れよ」
「んだよ、てめぇは興味無いのか?」
「あるにはあったんだがな。今は別のことに移った」
「ほう、なんだいそりゃ」
「この空の彼方――かの星の最初の一歩を目指す。今度は譲らんぞ」
「へっ――上等じゃねぇか。その夢、乗ったぜ!」
 ――彼らの、二人の、男たちの冒険はここに終わり、そしてまた始まる。
 夢を追い、希望を抱き、好奇と共に進む者たちを、かの星は照らし続けていた。
 その、母なる青の輝きをして、荒廃から甦りつつある衛星の地表を――地下世界の天蓋の下に棲む、遥か遠き住民の心を、郷愁に満たすように。

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