『寄る辺なさに』

『寄る辺なさに』

著/小田牧央

原稿用紙換算枚数40枚

 夫の手紙を盗み読んだのは、日曜の朝だった。
 郵便受けにそれをみつけたときから怪しいと思った。いまどき封書でこんなに分厚い手紙を送ってくるのは珍しいし、なにより差出人の名前も住所もない。なんだか気味が悪いと思いながらも帰宅した夫に手渡した。
 感受性が鈍いのか、夫のほうは改めもせず無造作に封を破り、私がいるのも気にせず便箋を広げて読み始めた。なんだかプライバシーに触れるのも悪いかと思って先に寝たけれど、夫は遅くまでそれを読んでいたようだった。
 翌朝、接待ゴルフにでかける夫のため、早起きして弁当を作った。縦縞のパジャマを着た夫はぼりぼり腹をかきながら起きてきた。
「なあ、結婚記念日にフランス料理の店、行ったことあったよな」
 突然そんなことを言いだした夫に、そうねえとうなずきながら私はご飯をよそった。
「あのとき確かお前、ハンカチ落としたとか言って駅に戻らなかったか?」
「あったわねえ、予約した時間に遅れたらどうしようって焦ったわ。ホントに私ったらそそっかしくって」
 ペロリと舌をだした私に、うんうん覚えてるならいいんだと夫はモゴモゴつぶやくと、唐突な話題を唐突なまま打ち切ってしまった。
 ゴルフクラブを抱えた夫を見送った後、私は汚れ物を取りに寝室へ行った。二組の布団、横向きに眠り込んでいる娘の可愛らしい寝顔に、昨夜のことが思い出され笑みがこぼれる。何気なく夫の枕元を見ると、あの手紙が封筒に戻された状態で残されていた。
 さて、どうしよう。悩みながらも拾い上げる。パジャマと枕カバーを洗濯機に放り込んでキッチンへと戻った。今日は日曜日だから娘を幼稚園に送る必要は無いけれど、だからといって自堕落に朝寝をさせてしまうわけにもいかない。このまま自分と娘の分の朝食も作ろう。
 フライパンを火であぶる間も、視線はチラチラと手紙のほうに行ってしまう。おかげで目玉焼きを少し焦がしてしまった。
 朝食の準備ができた。そろそろ娘を起こさないと。そう思いながらも私はなぜか椅子に座ってしまった。親指と人差し指で手紙をつまみ、ブラブラと揺らす。
 まあ、疑うわけじゃないけどね。意味無く独り言をつぶやきながら便箋を抜きとった。びっしりと手書きの文字が並んでいる。それもどうやら、女の文字だ。
 後ろめたい手紙なら隠すだろうしと思いつつ、文章の初めを読んでみた。ううん、これはやっぱり、そういう手紙なのかな。
 いつしか娘を起こすことを忘れ、私はだんだん文章にのめり込んでいった。


※ ※ ※


 前触れもなくこのような長い手紙を突然お送りする非礼お許しください。封筒に私の名前は記さないつもりですから今これを読むあなたは送り主が誰なのか見当もつかず訝しみ不安がられていることでしょう。失礼ながら未だしばらく名を明かすことはできません。この先を読んで頂ければ私が誰なのかは自然と思い至ることでしょうし、なにより今この時点で名を明かせばたちの悪い冗談か私の頭がおかしいと思われてしまうのは火を見るよりも明らかだからです。
 ああ、しかし事実そうなのかもしれません。私の心は壊れたのかもしれません。他ならぬこの私こそ自ら見たもの耳にしたことを信じられず狂おしいばかりの後悔の念にさいなまれているのですから。ほんの少し前まで人並みの幸福を甘受し心曇りのない生活を送ってきましたというのに、今は鎖につながれた無期囚よりも惨めな気持ちでいっぱいです。寒さに震える手でこうして便箋にたどたどしい文字を綴りながら北へ向かう連絡船の到着を待つ間にも、過去に犯してきた自分の過ちひとつひとつが次々と心に浮かんでは針のように突き刺さり痛みをもたらすのに耐えるばかりです。
 和彦さん、どうか、どうかこの手紙を最後まで読み終えて下さい。こんな手紙を書くことで私の抱えている問題はなにひとつとして解決しないのはわかりきっていますし、なんの責任もないあなたにこんな怪しげな手紙を長々と読んで頂くのも心苦しいばかりです。けれど、それでもなお書かずにいられない。あなたにこれを読んで頂きたい。私がいったいどのような窮地にあるのか理解頂き、私がいまここに一人の生きた人間として存在することを知って頂き、かつてあなたに犯した私の罪を、あなたの知らない私の過ちを心から詫びることだけが私をわずかながらも苦しみから救うことになるのです。和彦さん、どうかこの愚かな女の最後の頼みを叶えてやってください。

 思えば幼少の私に流浪への憧憬を根付かせるきっかけとなったのは祖母でした。他の家庭と同じように孫として可愛がられた記憶もわずかながらあるのですが、寄る年波に逆らえなかったのか晩年には痴呆とまえでは言えないにしても頑固で扱いづらい性格へと変わり、私はことあるごとにお前は鬼の子だ世間様に顔向けできぬ恥の子だと打擲を受けたものです。なんの事情があったのか私には父が無く、母は製菓工場勤めで早朝から夜遅くまで家を空けていました。高校を卒業するまでの日々は私にとって監禁生活と同じでした。一挙手一投足を祖母に見張られ、やれ足音が大きい箸使いが悪いとひがな小言を浴びせられました。十二のときに家出同然で友人の家に泊まろうとしたときは押しかけてきた祖母に髪をつかまれ往来へとひきずりだされました。夕焼けで真っ赤に染まった顔を皺くちゃにして怒り狂っていた凄まじい形相が忘れられません。
 それは寂しさもあったのでしょう。祖父に先立たれていた祖母にとって日々成長する私が手元から離れていくのは物寂しく恐ろしいことなのかもしれない。当時の私はそんなふうに慮ることで自身を慰めていました。しかし門限を決められ修学旅行や部活動の参加を許されずクラスメートからも家庭事情を噂され学校ですら惨めな想いをしなければならない日々に、いつしか私はここから逃げだしたい、どこか遠くの地で生まれ変わった自分としてやり直したいという願いを抱くようになったのです。
 私は勉学に打ち込みました。自分がこの家から逃げだすには大学進学を口実に一人暮らしを始めるしかありませんでした。もちろん祖母に反対されることは目に見えていましたから気取られぬよう母だけに模試の結果を見せ奨学金のことを説明しました。高校三年の冬、大学進学の意志を明かすと祖母は烈火のごとく怒り狂いました。丸一日働き通しの母親を置き去りにして家に金を入れることもせずお前はまだ遊び暮らすつもりか、女に学問など必要ないとさんざ罵声を浴びせられました。一度で説得できるはずがないくらいのことは心得ていましたのでその後も幾度となく言葉を重ね頭を下げました。母や担任教師の言葉添えもありましたし、さすがに往時の覇気を失っていたこともあったのでしょう、やがて英単語帳をめくる私を祖母は皮肉のひとつもなく無言で見守ってくれるようになりました。
 無事に東京の大学に合格し、一人暮らしの準備を進めていた春休みのことです。お供を命じられ祖母と一緒に菩提寺へでかけました。墓参りかと思えば祖母は寺の裏にある細い山道のほうへ向かっていきます。数分ばかり歩くと大きな岩の下に少しばかり開けたところがあり、春の訪れを予感させる暖かな陽が射していました。小さな握り拳大の石が草に隠れるようにして転がっており、祖母はそれに柄杓で水をかけ、線香と花を添えました。わけがわからず面食らっている私になんの説明もなく、ただ肩を小突かれ目を閉じ合掌しました。ひょっとするとこれはお父さんの墓だろうか、大学合格を報告しておけということだろうか。そう思い至った途端にぐっと熱いものが込み上げ瞼に涙が滲むのを感じました。祖母と過ごしてきたこれまでの長い日々が胸の内を過ぎり、なにかすべてが遠いような清々しいような気持ちになりました。
 目を開け、そっと祖母の顔を横目でうかがいました。眉間に皺を寄せて祖母はただ無言で墓碑銘の無い石ころを見下ろしていました。そしてゆっくり振り向くと不快そうに顔を歪めて私をみつめ、どうにでもなるがいいという意味のことを言いました。そこにはひとかけらの愛情も窺えませんでした。まるで不浄の畜生を見るような蔑みの表情で睨みつけられました。
 そうです。このとき私は勘違いをしていたのです。東京へと旅立つ日、特急列車に乗り込むさいに母から分厚い封筒を手渡されました。どうしても私には面と向かって明かすことができなかったこと、父と離婚した経緯がそこにありました。母の浮気が原因で父が私を連れて出て行ったこと。それにも関わらず、どうやら私は一人きり父の新居を飛びだし帰ってきたらしいこと。母が私の気持ちを汲んで祖母の家へと身を寄せたこと、父も私を連れ戻しに来ることはなかったこと、現在の父は新しい家族を築いているらしいことが便箋に細い文字で連綿と綴られていました。
 肘をつき車窓から過ぎゆく光景を眺め額に手の平をあてて記憶を探ってみても、父の顔が思い浮かぶことはありませんでした。見知らぬ家を母恋しさに抜けだしたという記憶も、なにひとつとして蘇りませんでした。欠けていた人生絵図の始まりが繕われてみても、見も知らぬ父を恋しく思うような気持ちは湧き上がらず、代わりに蘇ったのはあの日のこと、化け物を見るような目つきをしていたあの日の祖母の顔でした。父は生きている。いまも生きている。それならば、あの名も無き墓の下には誰が眠っていたのでしょう。父以外の誰があそこに眠り、私はいったいなんのために墓参りをさせられたのでしょう。

 新しい土地での生活は私のすべてを変えていきました。初めのうちこそ残してきた母への申し訳なさが身を律していましたが、実家へ手紙を書くことは二ヶ月と保たず盆暮れも帰省することはありませんでした。家庭教師やビラ配りのアルバイトにいそしみ、授業料以上の経済的余裕は今まで知らなかった類の愉悦へと蕩尽されていきました。友人達とのつきあいから遊びのしかたを覚え衣服の選び方を知り大学の講義よりも繁華街をうろつく時間のほうが長くなるようになっていきました。家庭事情に翻弄され親しい友人関係を結べなかった辛い思い出から逃れるように私は社交家たろうと努めました。事実、ある意味においては私はそれを実現できたのです。大学でもバイト先でもあらゆる人に明るく声をかけ沈黙には話題を提供し、おどけたしぐさで場を和ませ下らない冗談にもころころと笑い人当たり良く振る舞いました。それは自分でも意外な才能でした。家庭事情の足枷から逃れた私は人付き合いの輪の中を活き活きと華麗に踊ることができたのです。
 ただ気付けなかったのは、それが人々を魅了すればするほど観客達との間に明瞭な線を引くということです。表向き誰とも仲の良い私はいつしか根も葉もない悪評を噂されるようになりました。やれ誰それの恋人を寝取っただの、やれ誰それのアパートに居候したまま帰らなくなっただの、身に覚えのない噂話に私は傷付きとまどい次第に大学から足が遠のき無為な日々を過ごすようになりました。誰にでも声をかけ誰とでも気楽につきあえる私は特定の誰かと深く互いの気持ちを交歓することができず、やがて強い孤独感にさいなまれるようになりました。それは例えば深酔いした夜、不意に目が覚め頭痛に顔をしかめながら額に手をあて煙草をふかすときです。自分の部屋、カーテンを細く開けた隙間から白んでいく空を眺めます。夜明けの静かな時間、誰もいない往来を見下ろしながら、自分が一人きりだという感覚に強くさいなまれるのです。部屋を見渡し、ここは自分の居場所ではない、ここは自分が一生を終える場所ではないと強く感じ、これまで言葉を交わしてきた一人一人の顔を思い浮かべながら自分と他人達との距離を確認し自嘲するのです。
 やがて大学を中退した私は引越を繰り返すようになりました。早稲田から高円寺へ、高円寺から西日暮里へ、江古田、町田、蒲田、西荻窪とあてどもなくさまよいました。長くて三年、短くて二ヶ月で移ったことさえありました。バイトを辞めた、治安が悪い、家賃が高すぎる、近所づきあいが面倒。表向きの言い訳はさまざまでしたが心の奥底にある本当の理由は自分でも気付いていたのです。他人という存在のわずらわしさ、自分という存在の哀しみ、それらがひとところに住み続ければ雪のように降り積もり重く背中にのしかかってくるのです。いつしか私は引越のたびに過去を忘れ人間関係を改めるようになりました。新しい住所や連絡先を誰にも教えず、携帯電話の番号を変え住所録を抹消し、髪型を変え古い衣服や小物の類を捨てました。
 波岡と出会ったのは私が二十三のときです。通り雨に軒下を借りたとき偶然一緒になって会話を交わしたのがきっかけでした。もともと近くに住んでいた彼とは路地や駅近くの喫茶店ですれ違うことが多く、初めは近所のよしみくらいに思っていたそれは次第に親しい仲へと変わっていきました。人見知りするというほどでもないのですが波岡は口下手で挙動がゆったりしており、それまで私が付き合ってきた男性達とはどことなく違った雰囲気がありました。寂しげに笑い寂しげに遠くをみつめる彼はどことなく私と同じ類の不安を抱えていることが察せられ、やがて私は彼と静かな時間を共有するようになりました。鈍重で鬱の傾向がある彼はときとして自分が不幸なのか幸福なのかわからないという意味のことを繰り返し口にしました。そのたびに私はいつもの軽薄な口調で彼をからかい、あるいは励まし、そして後になって一人のときに彼の言葉を思い返しながら胸のうちの鈍い痛みに耐えるのでした。
 あまり過去のことは語りたがらない波岡でしたが些細なきっかけでそれを知ることになりました。彼の部屋で私は一冊の古い地図帳をみつけたのです。そこには青いボールペンでいくつもの線が引かれていました。それはかつての彼が戯れに記したもの、これまで暮らし移ってきた場所を結んだものでした。かすれかけた線を指で追いながら彼は懐かしそうに都市や町の名前をひとつひとつ口にしました。青い線は彼の生まれ故郷で途切れていました。かつて一人の女性と駆け落ちし、実家とは何年も連絡をとっていないこと、その女性が今は別の男性と暮らしていること。彼は曖昧な表現でそんなことを語りながらパラパラとページをめくると水性ペンを手にし東京の一箇所に丸を記しました。それは私達がいまここにいる場所、彼のアパートがある場所でした。ぼくはふしあわせだ。彼はそう言って地図を閉じました。
 それから数日後のことです。例年より寒さの厳しい冬の晩、喉の乾きに眠りから覚めました。流しで水を飲み布団に戻りかけたところで、なんの気なしにカーテンを細く開け外の様子を伺いました。明け方が近いのでしょう、空が白みかけていました。往来を新聞配達のバイクが通り過ぎ、しんとした静寂が訪れました。私は自分の部屋を見渡し、寝乱れた布団をみつめ目覚まし時計の針の音を聞きました。不意に、衝動が込み上げました。それは彼に会いたいという気持ちでした。この場所を離れたい、ここから逃げだしたい。すべてを捨てて彼とともにやり直したい。冷たい朝の空気に凍え手の平を口の周りにあて息で温めました。うっすらと涙がにじんでガクガクと背中が揺れるのを感じました。
 私は服を着替えました。旅行鞄をとりだし、身の回りの品々を詰め込むと外にでました。彼の部屋を訪れ、そっと玄関チャイムを押しました。もしも拒絶されれば、その日のうちに私はどこか遠い別の土地へ一人で旅だったことでしょう。玄関扉が開き、驚いた顔の彼がいました。なにも言えないまま私は込み上げてくる感情に震えていました。当惑しながらも迎え入れてくれた波岡に、祖母との長い確執を語りました。それは初めてのことでした。あの日、故郷を遠く離れたあの日から初めて、私はそれを言葉にして人に語ったのです。明るく陽気で誰にでも受け容れられる社交家の私には存在するはずのない過去、決して誰にも語ってはならない暗い秘密を私はただ溢れるまま語り、泣きながら彼の前にさらけだしたのです。
 すべてを語り終え、私達は抱き合ったまま長い沈黙にさまよいました。彼の胸に顔を押しつけたままの私は彼の表情をうかがうこともできず、ただ汗の匂いと髪を撫でてくれる手の平の柔らかさだけを感じていました。やがて不意に布団を抜けでた彼は、なにか買ってくるよ冷蔵庫が空っぽだからと玄関を後にしました。それが、私の聞いた波岡の最後の言葉になりました。うつうつと彼の布団で私が至福のまどろみにひたっている間に彼は二軒隣に建つ十階建てマンションの非常階段から自転車置き場の硬いコンクリートの上へと身を投げたのです。

 和彦さん、恐らくあなたは私が誰なのか薄々お察しのことでしょう。そうです、美代子です。あなたに命を助けられ妻となった美代子です。波岡についての辛い記憶から私は決してあなたに過去について語ってはきませんでしたがそれでも断片なことは口にした覚えがありますし文字の形にも見覚えがあるかと思います。しかしそれと同時にあなたはなぜ私が今更このような長い手紙を書き連ね惨めな過去を告白しているのか見当もつかないでしょうし、そして恐らくは消印の日付や地名に首をひねっていることでしょう。しかしそのことについて事情を説明するのは今しばらくご辛抱ください。ここから先はあなたにとって尚更に信じがたい文章となりますがどうかどうかお願い通り最後まで読み進めてほしいのです。
 そうです、あの冷たい雨の晩、あなたの車に飛び込んだのは事故ではありませんでした。急ぎの用事に気が急き不注意だったというのはただの口実、あのとき私は自らの生を終わらせるために車道へと躍りでたのです。濡れたアスファルトに横たわり漆黒の夜に浮かび上がる銀の雨を仰ぎながら血の抜けていく心地よさにうっとりとし私はやっと長い長い旅路を終えることができた解放感に満たされていました。駆け寄ったあなたに肩を揺さぶられるのを感じながら波岡との日々を思い返していました。彼が死んでからの三ヶ月間、心底まで悲しみにうちひしがれ魂の抜けたボロ屑として過ごしました。いったいなぜ突然の死を選んだのかどれだけ記憶をたぐり頭を巡らせてみてもわからなかったのです。あの朝、私を置いて部屋をでた彼はコンビニエンスストアで便箋とペンを買い、短い遺書をしたためていました。残していく私への詫び言が短く記され、そして最後に、取り返しがつかなくなる前に実家へ電話してほしいとありました。そこにはなにひとつとして死の理由をうかがわせるものはなかったのです。
 病院で意識を取り戻してからの日々はあなたもご存知の通りです。優しいあなたは私のあやふやな言い訳を問い返すこともしませんでしたね。左足を少し引きずるようになったことをあなたはいつまでも気に病んでくれましたが、そのことであなたが表情を曇らせることのほうがむしろ私にとって痛々しく身を切る思いでした。それは哀れみですかと問い直した私にあなたは本当の愛だと誓ってくれましたね。和彦さん、ごめんなさい。私はいっそ哀れみでよかったのです。どれだけ肌を重ねても他人に心を開くことなど私にはできなくなっていたのです。あなたの場所は居心地がよかった。あなたの暖かな両親、閑静な住宅街に建つ真新しい家と結婚生活、今はあの頃のすべてがまばゆくきらめき正視することができません。波岡と死に別れたとき打ち捨てた虚飾の仮面を泥の中から手探りで拾い、凍りついた微笑で私は再び踊り始めました。一人の平凡な主婦として当たり前の日常に身を投げ息をとめました。私はいつしか私自身さえ騙して幸福な人になろうと決意したのです。
 実際それはうまくいったように思えました。過ぎゆく季節に流されるまま家事をこなし無難にご近所とのつきあいを重ねました。妊娠を告げたときのあなたやご両親の喜び溢れる顔を忘れてはいません。明里が生まれたとき、出張先から病院に駆けつけたあなたが恐る恐る赤ちゃんを抱くのを目にして思わず涙がこぼれたのも嘘偽りではありません。あの子の小さな手が思いがけず強い力ですがるようにして私の指をつかんだとき、やっと気付いたのです。いつの間にか私は過去の呪縛から逃れ、暖かな日常に癒される人間になっていたのです。帰るべき場所にやっと帰れたように心の底から思えたのです。まさかそれからたった五年後にあなたを残して姿を消すことになるなど、そのときの私が知らされても信じることはできなかったでしょう。
 きっかけは些細なことでした。私は黄昏の雑踏に亡霊を見かけたのです。明里をお義父様お義母様にお願いしフレンチレストランにでかけた結婚記念日のことを覚えているでしょうか。ハンカチが無い、きっと改札で切符を取りだしたときに落としたに違いない、そう言ってあなたに待っていてもらい、夕暮れの商店街を一人で駅へと戻りましたよね。あのとき本当はハンカチなど落としていなかったのです。私は一人、この世に存在するはずのない人影を探していたのです。かつて私が愛し、すべてを打ち明けることのできた唯一の人、波岡の姿をみかけたように錯覚したのです。茜色に染まる駅前広場をさまよいながら私は高ぶっていく鼓動にうろたえていました。彼の死は間違いのないことであり、黄昏に惑わされ人違いしたのは明らかでしたがそれでもなお周囲の光景が変わってゆくのをとめることができませんでした。夕闇にまどろむ幸福そうな恋人達や家族連れと行き違いながら過去の幻影を追って心乱れる私は、愛する夫と娘に囲まれた主婦ではなく薄汚れた放浪者の目へと戻っていたのです。
 私はできる限り耐えたつもりです。眠りが浅くなり睡眠薬を常用するようになっても、お義母様と明里の養育のことで些細な行き違いが生じたときも、自分にできる限りの快活さで演技し、あなたに心配をかけまいとしてきました。静かに狂っていく私はあなたが会社にいる間に何冊もの旅行雑誌やマンション情報誌を買い込み読みふけり空想の旅にさすらいながら新しい土地での新しい暮らしに焦がれていました。明里が私の言うことを聞かず粗相をしたとき四時間ばかり外出したことをあなたは知らなかったでしょう。幼稚園児の娘を一人きり家に残して母であるはずの私はなんの不安も後悔もなく石神井公園の紅葉を眺めていたのです。帰りの電車で正気を取り戻した私は自分を呪いました。込み上げてくる涙を抑えきれず電車の中で啜り泣きました。胸の内に祖母の罵声が轟き渡り波岡の遺書が過ぎりました。そのとき初めて私は自分の過去と向き合わねばならないと決意したのです。
 いま、これを書く私の周りにはカレンダーがありません。記憶を手繰ればそれは四日前のことです。上京して十年以上ぶりに私はやっと勇気を振り絞って携帯電話を手にとり記憶の隅で埃を被っていた実家への電話番号を押したのです。番号が変わっているのではという淡い期待をみすかすように呼び出し音は繰り返し鳴り響き、やがて一人の若い女性の声がしました。てっきり母がでるものと思っていた私はどこか聞き覚えのある声にとまどいながら祖母に代わってほしい旨を伝えました。名乗りもしない私を不審にも思わず、どこか世間知らずの幼げな声で電話の女性はハイわかりましたと応え、オルゴールの保留音がしばらく続きました。不意にそれが途切れたかと思うと嗄れた大声が響きました。しっかり覚悟を決めていたはずの私は急に喉が詰まったようになり、おろおろと世迷い事のようなことを口走りました。
 なんじゃ、またか。電話の向こうで、祖母がそう言うのがハッキリと聞こえました。赤ん坊の泣き声がし、それをあやす母親らしき誰かの声がしました。おまえなんぞ孫とは思うとらんぞ鬼の子め、さっさと消え失せい。老人とは思えない押し殺した低い声がし、一方的に通話が切られました。

 携帯電話を耳に押し当てたまま、私は動けないでいました。小春日和に表の芝生が美しく輝き、近所から布団を叩いている音が聞こえました。自分の中でなにかが途切れ、重い歯車が動きだすような感じがありました。
 またか、と祖母は言いました。十年以上も音信不通だった孫に祖母はどうしてそんなことを言ったのでしょう。それにあの赤ん坊の声はいったいなんだったのでしょう。まさか私のいなくなった後で母が再婚したのでしょうか。ひょっとして近所の赤ちゃんの面倒でもみているのでしょうか。考えあぐねていると不意に、最初に電話にでた女性の声に思い至りました。しかしそれはあまりにも馬鹿げた考えで、すぐに首をふって打ち消しました。しかし……気付いたときには表にでていました。サンダル履きでフラフラと駅のほうへと向かっていました。
 それからの半日間ばかりの行動を私はうまく思い返すことができません。裏寂れた飲屋の並ぶ小さな通りを歩いた記憶もあれば、夕焼けに逆光となった電信柱の長い列を目で追っていた記憶もあります。どこかの団地を訪ね前の住人が首吊り自殺したらしいという話を聞いたこともあれば薄汚れたモルタル二階建てのアパートを路地の影から見上げていた覚えもあります。河原沿いの東屋で眠っていたのを夜の雨が冷たく身を濡らしハッと目覚めたときもあれば電車の中でブツブツと独り言をつぶやく私の顔を背広姿の男性が気味悪そうに覗き込んだこともありました。あてどもない思考を巡らし書店でペンと地図を買い見知らぬ家の玄関を拳で叩き公園の砂場で嘔吐しました。
 早朝、朝陽に照らされる住宅街をとぼとぼと歩いていました。サンダルの片方はどこかへ消え失せ、どこで転んだのか左半身のところどころが泥にまみれていました。ふと、子供の声が聞こえた気がしました。うつむき歩いていた私が顔をあげると、パジャマ姿の明里が玄関柵の向こうに立っていました。いつの間にか、家へと帰っていたのです。郵便受けに新聞を取りに行くのは明里の役目でした。私は言葉もなく棒のようにつったっていました。丸い瞳をきょとんとさせて、明里は見知らぬ人を見るように私を見上げていました。昨夕、幼稚園にいつまでも迎えに来なかったことを娘はどう思っただろう。泣いただろうか、寂しかっただろうか、つらかっただろうか、私を恨んだだろうか。とうとう和彦さんにも知られてしまった。私の異常さを知られてしまった。ああ、いったいどうすればいいのだろう。
 誰かの声がしました。明里、と名を呼ぶ声が。開け放しにされた玄関扉、あがりかまちに、あくびをしている私が立っていました。
 パジャマ姿のまま、家の中にいる私はううんと背伸びをしていました。新聞を胸に抱えると明里は私によく似た顔の女のほうに向かって勢いよく走っていきました。玄関扉がバタンと音を立てて閉まると同時に、私は家とは逆方向のほうへ駆けだしていました。猿のような奇声をあげながら顔を手の平で覆って全速力で駆けていきました。
 そのとき、私はようやくすべてを知ったのです。祖母が私につらくあたった理由を、波岡が死を選んだ訳を、呪われた生の秘密を知ったのです。私は住む場所を変えると、初めに居た場所に分身を残してしまうのです。自分とそっくりの現し身が初めに寝泊まりしていたほうの家に居残り私の代わりに有り得たもうひとつの人生を引き受けるのです。
 あまりに非常識で非科学的で馬鹿げたことだと頭ではわかっていても、それをこの目で見てしまった以上は否定できません。過去のことを思い返せば思い返すほどすべての帳尻が合っていくのがわかりました。幼い私は離婚した父の家を飛びだしたと母は手紙で綴っていましたが、それは正確には違ったのです。父の家には私の分身が残されたのです。それを知らずに幼い私が母恋しさに抜けだしてきたと勘違いしたのです。だから父も私を追ってくることなどあるはずがなかったのです。父にしてみれば私の分身がちゃんと残っているのですから。それなのに父が追ってくるのを恐れて母は祖母の家に身を寄せました。ひょっとすると、残った荷物でも取りに祖母は元の家を訪れたのかもしれません。祖母はそこでなにを見たのでしょうか。そしてなにをしたのでしょうか。菩提寺の裏山に人知れず放置されていた石ころの下にはなにが埋められたというのでしょうか。孫娘を二十年近くも鬼の子と蔑み足蹴にするような心変わりはいったいなにがきっかけだったというのでしょうか。
 今にして思えば祖母も辛かったことでしょう。とても赤の他人に相談できることではありませんでしたし母や私に明かすことさえできなかったでしょう。そのうえで祖母はできるだけのことをしたのです。私が友人の家に寝泊まりすることのないよう門限を定め、修学旅行はもちろん合宿などの機会がある部活動も禁じました。十数年ぶりに実家へ電話したとき最初にでた女性、あれは私の分身だったのです。聞き覚えのある声は他の誰でもない、自分自身の声だったのです。墓参りをさせられたとき祖母がつぶやいた、どうにでもなるがいいという言葉。あれは、祖母にしてみれば私が上京し家族を忘れたとしても、分身が手元に残ってくれることがわかっていたからだったのです。あのとき受話器越しに耳にした、どこか舌足らずな幼さが残る声を思い出すたび私はゾッとします。あれは私の分身の声、祖母に服従し母を恋い慕い地元に残り誰かと幸福な結婚をした私の声だったのです。なんじゃ、またか。あのときの祖母の言葉は更に恐ろしい想像を招きます。いったい私の分身は関東地方にどれだけ存在するのでしょう。
 信じがたいことですが、今にして思えば波岡もまた私と同じ体質だったのではないかと思うのです。だからこそ、祖母との長い確執を聞き知った彼はそこから私が特殊体質の持ち主だと推理できたのでしょう。しかし考えてもみて下さい、同じ分身能力を持つ者同士が果たして平穏な家庭を築けるでしょうか。かつて駆け落ちした女性がいること、その女性は別の男性と暮らしていることを波岡は告白しました。その男性とは、波岡の分身だったのではないでしょうか。一時の心変わりから波岡は駆け落ちした女性と別れ、結果として分身を生んでしまったのではないでしょうか。もしもあの朝、波岡のアパートにそのまま留まったならば私の住んでいたアパートのほうに私の分身が生じていたことでしょう。家庭を築くにはどちらかがどちらかの家に住まなければなりません。けれど私や波岡はそうすることで分身を生んでしまい、相手と添い遂げられない不幸せな自分を残してしまうのです。かつてその不幸せな自分として残されてしまった波岡にはそれを選択することはどうしてもできず、かといって私に真実を告白することもできないまま投身自殺という結論を選んでしまったのです。取り返しがつかなくなる前に実家へ電話してほしいという遺書はたんなるお節介などではなく、私に分身能力のことを気付かせるためのメッセージだったのです。

 あなたの家を後にしてから私はしばらく錯乱していましたが、落ち着きを取り戻すと財布にあったクレジットカードで身支度を整えました。さまざまなことを推論しながら私はそれでも確信することができず、かつて移り住んできた町を放心状態のまま巡っていたのです。そして行く先々で分身の証拠をみつけ混乱し、精神的に打ちのめされ茫然自失のまま一晩が過ぎ、とうとうあなたの家にまで分身を残してしまったのです。
 和彦さんにしてみれば私はなんら変わりなく家にいるわけで、見も知らぬ土地から妻の名を騙る手紙が届いたことにさぞやご不審のことでしょう。これからは北の地で、人付き合いをすべて絶った生活をするつもりです。思えばあのとき駅前広場でみかけたのは亡霊でも錯覚でもなく波岡の分身の一人だったのかもしれません。今となっては確かめようのないことですし、たとえその波岡と再び巡り会っても分身を生じてしまう問題は解決しないのです。この世に生まれ落ちたときから私は孤独以外のなにも選択してはならない無期囚の罪人だったのです。
 私の人生はあてどのない旅のようなものでした。後世に恥以外のなにも残さない痴れ者の旅でした。ただ願わくば和彦さん、あなたには私のことを覚えていてほしいのです。一人の人間として生きた私の存在を受け止めてほしいのです。それが叶わぬならば、どうかあなたの妻に、こんな私の可能性があったということだけは記憶に留めてください。それが、寄る辺なき身の哀れな塵屑として無情の風に舞った、愚かな私のたったひとつの願いです。


※ ※ ※


 なんなの、これ。呆れた思いで便箋を置いた。
 長くて読みにくい文章に目が疲れ、私は強く瞼を閉じた。まったく、バカにしてる。私が分身ですって? どこの誰だか知らないけど、よくもこんな気味の悪い文章を書いたものだわ! 腹立たしい思いでヤカンを手にとり、湯飲みにお茶を注ぐ。熱々だったはずのそれは既に冷め始めていた。
 まあ、確かに祖母とは仲が良くなかったし、大学を中退する前に陰口されたこともあった。ああ、そうね、他人の恋人を寝取ったとか勝手に居候したとかいうのも嘘じゃなくて分身の仕業だったわけね……ん? なに言ってるのよ! 騙されちゃダメだって!
 確かに波岡さんのことはショックだったけど、夫の車に轢かれたのは本当に事故だったし、実家に電話したことなんか無い。娘を置き去りにして紅葉見物なんてとんでもないし、だいたい分身だなんて保険証とか戸籍とかはどうするのよ。財布だってクレジットカードだって私の手元に残ってるじゃない。ウーン、ひょっとして身体そのものがふたつになるくらいだから、分身は身の回りのものもコピーされるのかしら?
 早起きしたうえに変な文章を読んだせいか、なんだか眠くなってきた。食卓に肘をつき瞼を閉じると、うつらうつらし始めた。
 誰かの足音がした。小さな足音。ペタペタと裸足の足音が寄ってくる。
「ねえ、ママー、私のお人形」
 そうそう、明里を起こしに行くつもりだったんだっけ。小さな手が私の服の裾を引っぱる。
 ああもう、変な手紙に邪魔されたせいで、朝ご飯冷めちゃったじゃない。早く温め直さないとね。そう思いつつも、いったん閉じた瞼はなかなか開いてくれない。
「起きて、ねえ起きて。あの子がお人形、返してくれないの」
 まったくもう、いくつになっても甘えん坊なんだから。昨日の夜だって初めて一人部屋で寝かせてみたら、いつの間にか私の布団に潜り込んでるんだもの。個室をあげれば自立心が養われるなんて嘘ね。
 うっすらと瞼を開ける。台所の戸口に、娘がいた。兎の人形をぶらさげて、警戒するような目でこっちを見ている。
「ねえ、ママー」
 誰かが、服を引っぱっていた。私はゆっくりと視線を下へ向けた。

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