『謡東の夜』

『謡東の夜』

著/遥 彼方
絵/Scarlet.D.T

原稿用紙換算枚数65枚

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 橋のたもとは半円形の広場になっており、ぐるりと土産物屋や観光客向けの食堂が軒を連ねていた。わたしはカートに括りつけた革のトランクを引いて、そのうちの一軒に近寄って行った。赤地に黄色い行書体で「あゆめし」と書かれたのぼりが、冷えた風にちろちろとはためいている。
 川沿いに発展してきたこの謡東の町では、秋に採れる鮎がいちばんの名産品になっている。鮎飯といえば焼いた鮎を米と一緒に醤油で炊く、というのがよく知られた料理法だが、しかし謡東では魚と飯を別々に炊くのである。醤油と生姜とで飴色に炊き上げた鮎を麦飯に載せて、少しずつほぐしながら麦飯と一緒に食べる。プリミティヴだわ、と、わたしの死んだ妻はそんな風に評していた。彼女はわたしと違い、西洋風の、小綺麗に盛られた味の濃いものを好む傾向にあったと思う。
 紺色の地に白い文字で「御食事処」と書かれたのれんをめくり、ごろごろと引き戸を開けると、「いらっしゃあい」と関西訛りの温かみのある声が迎えてくれた。
 小さな店だった。所々塗装の剥がれた白い壁に、椅子もテーブルも黒で統一された、ごくシンプルな内装。店の奥でストーブがあかあかと灯っていたが、さほど効いてもいなかった。カウンターの奥に据え付けられた小さなテレビの中では、昼時のワイドショーが流れている。他に客といえばカウンター席の隅にぽつんと並んだ初老の男性が二人だけである。どちらも灰色のコートにマフラーをしたまま、ゆっくりとした口調で野球の話をしながらそばをすすっていた。
 わたしは窓のそばのテーブルに陣取った。トランクを横に置き、堅い椅子に腰掛ける。木製のテーブルには、よく見たら肌色の引っかき傷や落書きがいくつも残っていた。
 褪せたような桜色のエプロンを着た老女がぱたぱたとやってきて、黒い素焼きの湯飲みとおしぼりをわたしの前に置いてくれた。緑茶の甘い香りがふわりと、冷えた空気に溶けた。
「どこからきはったんね?」
 老女は柔らかな声で問うてきた。
「ああ、東京から来ました」
「はぁそれかねえ、またえらい遠くから」
「ええ、まあ。……鮎飯、ください」
「はいはい」
 老女はにこやかに頭を下げると、またぱたぱたと離れて行った。
 わたしは窓の外に目をやる。川にかかる香坂橋を、実に絶妙な角度から見ることが出来た。釘や金具を用いることなく檜だけでくみ上げられた橋は、ちょうど石切りの軌跡のような五つの円弧を描く。川の中にはがっしりした石造りの橋脚が三つと、それから向こうの岸には木製の橋脚。典雅な形である。何度か台風の被害に遭ったものの、流される度に架け替えられてきた。今ではこの小さな町の貴重な観光資源といえよう。橋の上には人影がまばらに見える。地味な色の外套を着た、そのほとんどが年寄りのように思える。冬の入りの曇りの日、しかも平日であるから、観光客といってもこのくらいだろう。
「おそろしいねえ」
 急に耳に入った言葉に振り返ると、先程の老女が客と一緒に、カウンターに据え付けられたテレビの小さな画面を眺めていた。瓦の間から草の生えた、半ば廃墟のような古い家が映し出されていた。玄関口を覆う、青いビニールシートが風にはためいている。カーキ色のジャケットを着た若いリポーターが緊張した面持ちで、半ば叫ぶような口調で話をする。
「えー、こちらはこのようにですね、古い住宅が多く立ち並んでいまして、道も狭く人通りは少なくなっています。行方不明になっているのは野間勉さんと美耶子さん夫婦で、居間から浴室にかけて大量の血の跡が見られ……」
「へえぇ夫婦で行方不明だって」
 と老女。
「こりゃあ助からんよ、部屋に大量の血の跡だって、はあどっちも死んどるね」
 どうやら常連らしい、灰色コートの男が決め付けるように言う。
「強盗かねえ」
「わからんよ、たとえばねえ、どっちかがどっちかを殺して逃げよったかもしれんし」
 わたしはひどく苛立った。
「ちょっと、注文通ってますか」
 老女が、ぱっ、と振り向き、
「へ、ああ、ああ、えらいすいません」
 ちょんと頭を下げると、厨房へ駆け込んで行った。灰色コートの男も体をねじってわたしを見たが、特には何も言わず表情も変えず、すぐに元のほうへ向き直ってしまった。
「はい、おまちどさん」
 老婆が鮎飯をお盆に載せて戻ってきた。海苔を敷いた白米の上に、飴色に光る大きな鮎が姿のままででろんと乗っかっている。……最近は小さく切り分けて出すところも多いらしいのだけれど。
 いただきます、と箸を割って、わたしは鮎の身をほぐしにかかる。老女はお盆を両手で持ったまま、にこにこと突っ立っている。
「あんたも橋が好きなんね」
「……ええ。まあ」
 初めて謡東に来たのは五年前の夏である。妻と二人で旅行に行った帰り、新幹線の窓からたまたま見えた橋の形が気にかかって、無理矢理に途中下車したのである。
 それを切っ掛けにして、年に一度は二人でここを訪れるようになった。
「あれはねえ、昔ここのお殿様がじきじきに設計しなすったんよ」
「ええ……彼はキリシタンだったそうですね」
「そうそう」老女は嬉しげに目を細めて言った。自分の土地が、自分の土地の歴史が、好きらしかった。
「島流しにされたんやけれど、船が難破してねえ、南のほうに流れ着いて」
「そこで亡くなった、と聞きました」
「それがねえ」そこで彼女は少し目を見開いて、悪戯っぽく笑った。
「えらい先生方はみなそう言うそうやけどね、本当は違うんよ」内緒の話をするように、声を低くして、言う。「殿様は生きとってからねえ、向こうでお金持ちになったんよ。それで向こうの家来と、向こうで手に入れた宝物や楽器をたくさん持って謡東に帰ってきたんよ」
 そんな話は初めて聞いた。
 生来の性質か、旅先の歴史をあれこれと調べるのが好きなのである。謡東藩初代藩主香坂重允《しげまさ》は所謂キリシタン大名である。一六一三年に流刑に処され、マニラへ向かうが中途で船が難破、当時は東インドと呼ばれていたインドネシアのある小島に漂着し、そこで十年を過ごした後に客死した。香坂氏はその後とりつぶしに遭い、その末裔は現在誰一人として残っていない。これがわたしの知る歴史だ。わたしの知る、正史。
 この老女は、店を訪ねてくる旅行者の誰にもこうやってほら話をするのだろうか。……それもまた、彼女の小さな楽しみのひとつなのかもしれない。
「知りませんでした」
「そうかい。この土地の人間なら皆知っとるよ」
 老女の背後でくつくつと押し殺したような笑い声がした。何だか意地の悪い客である。
「時間があったら川向こうのね、西のほうに行ってみんさい、その時お殿様と一緒に来た人の、子孫が住んどる地区があるから。けったいな店も多いから、何かおもしろいものも見つかるかもしれんよ」
 老女はそう続けた。
「ええ。行ってみますよ、ありがとう」
 わたしにはどういうわけか、大変な昔に一度、マレー人に会った記憶がある。だぶだぶのジーンズを穿いて、上半身は裸で、そしてオレンジ色の肌をしていた。……まあ、おそらくは、夢だったのだと思う。古い記憶は時々夢と区別がつかない。
 時間をかけて炊かれた鮎は、骨まで容易に噛み砕ける程に柔らかかった。
「美味しいです」と言うと、老婆は顔一面これ幸福そのものといった様子になって、頭を下げた。
 直後に玄関から、おおおい、としわがれた声が聞こえた。
「ああ、いらっしゃあい」老女は声を張り上げながら、ぱたぱたとわたしの席を離れて行った。
 わたしは再び、箸の先で鮎をほぐす作業にとりかかる。
 重允が逗留していた島は海面上昇の影響で数年前に沈んだと聞く。今はもう、どこにもない。


 橋を渡るためにはチケットを買わなければいけない。大人なら三百円。妻と最後に来た去年の冬は確か、ひとり頭二百五十円だったのだが。どうやら最近になって値上げしたらしい。電話ボックス程の小さな受付の中では、肩まである髪を真紅に染めた少女が、椅子の上に行儀悪く膝を抱えて座っていた。いらっしゃい、と呟いて、大きな目でぎょろりとわたしを見上げる。しかし外国人のように綺麗な面立ちをしている。千円札を渡したら、ふてくされた顔でおつりとチケットを渡してくれた。
 橋に足をかけると、ほのかに木の匂いがした。荷物を引きずる音がごろごろとよく響く。足の裏に、かすかに木の軋む感触が伝わってくる。
 弧を描く橋を、ゆっくりと登って行く。ふと、鋭く冷たいものが鼻先に触れて、わたしは立ち止まる。
 細かな雪が、灰色の空からはらはらと降り始めていた。
 ──窓の外さらとも云はず雪が舞ふなつかしきかな謡東の夜
 妻は短歌を好んだ。
 彼女の部屋は玄関に面した日当たりの良い六畳の和室、古いエレクトーンと彼女が高校生の頃から使い続けている学習机が置かれていた。妻が死んで、わたしはひどく混乱し、どうしたらよいのかうまく気持ちの整理もつけられぬままに、とりあえずその部屋を整理しにかかったのである。机の右の一番下の引き出しには習作を書きとめた大学ノートが山のように詰め込まれていた。硬い鉛筆の芯で走り書きしたその筆跡にさえ胸が詰まる思いがして、夢中になってめくるうちに、ふと目に留まったのがこの句だった。わたしは二秒で決断を下し、荷物をまとめて列車に乗ったのだった。
 折りたたみ傘を持ってくることなど、頭にはなかった。仕方がないので、マフラーに顎まで埋めて、降られるままに進むことにする。
 橋の途中、いちばん高くなっているところで、来たほうを振り返ってみる。立ち並ぶ店舗の色とりどりのひさしやのぼりが、まるでミニチュアの玩具のようにかわいらしく見えていた。その背後に目をやれば黒々と山の影、なだらかな稜線、まだらの曇り空の向こうに滲む太陽の光。まるでよく出来た絵画のような景色。
 その風景画の中からこちらへ向けて、楚々とした足取りで橋を渡ってくる女性があった。藤色の和服に臙脂色の厚いショール、しかし何よりも目を引くのは、頭上に差したその真っ黒な蝙蝠傘である。
 とっさにわたしは母を思い出していた。……色あせた大きな蝙蝠傘を、いつもいつも細い白い手首に下げて持ち歩いていたわたしの母。ひらひらと動く藤色の和服の裾。傘の柄を握る、白く骨ばった手、長い指と椿色に染めた爪。
 わたしの心臓が、一度大きく波打った。
「あの」
 我に返ったのは声をかけてからで、傘の下からきょとんとした顔をこちらに向ける見知らぬ女性に、わたしは何と言えばいいのかわからない。そして一方で……実に身勝手な話ではあるが……いささか落胆に似た気持ちも覚えていたのである。二重瞼のぱっちりとした目にはブラウンのアイシャドー、上品な肌色の口紅を引いたその顔は、当然のことではあるけれど、ほんの少しも母に似てはいなかった。何よりもその髪である。肩口でばっさりと切り落として栗色に染めた髪。
「何でしょう?」
 彼女は曖昧な笑みを浮かべて小首を傾げる。
「ええと……その。外国人の住む地区が、向こう岸にあるって聞いたんですけど」
「はあ」
「……ありませんよねえ、そんなの」
「ああ、ひょっとして、広場の食堂のおばあちゃんに聞きなすったんですか」
 彼女はくすくすと上品に笑った。
「あの人はねえ、観光で来はった方にその手のほらを聞かせるのがすきなんですよ。どうかお気を悪くなさらんでくださいね。わたしら川向こうの人間も困っているんですけれども……」
「ああ、いいえ、そんな」わたしは慌てて手を振った。
「勿論知っています、何度かここには来たことがありまして……。どうもごめんなさい」
「いいえ。それじゃ、あたしはこれで」
 滑らかな動作でお辞儀をして、彼女は去って行った。
 その華奢な後姿が橋に隠れて見えなくなるまで、わたしはぼうっとそこに立ち尽くしていた。
 母は……彼女は腰まである長い黒髪を肩甲骨の辺りでひとつにまとめていた。近所の人々がその髪を綺麗だと誉めそやす度に、わたしは子供心に誇らしい気持ちになったものである。
 父は、わたしが物心もつかないうちに、列車に撥ねられて死んだ。酔っ払って帰る途中、警報音の鳴り響く踏み切りの中で転んだのだと、ずっと後になってから叔父にそう聞いた。蝙蝠傘はもともと父の愛用していたもので……母は外出する時は必ずそれを持って出ていた。お父さんも一緒に行くのよ、と言って。
 雪や雨の降る日は、二人でその大きな傘の下に入った。傘はまるで父親そのもののように、わたしたちを守ってくれた。ただ天辺のところにごく小さな穴が開いていた。そこから白い空が見えて、ちろちろと木漏れ日のように光って見えた、そんな記憶が、かすかにある。
 母はわたしが高校生の頃に、肺病にかかって死んだ。その後わたしは叔父の家に預けられ、二年経ったら大学に行くためにそこも出た。


 橋の裏側を見たいと思った。わたしは向こう岸に渡るとすぐに河川敷に降りて、砂利の上を、荷物を無理矢理に引きずりながら橋脚に近づいて行った。
 複雑に組み合わされた木材が、整然とした美しい幾何学模様を描いている。いつだったか、妻と一緒にここを見上げた時、近所の体育館の天井によく似ているとわたしが言ったら、ぜんぜん違うじゃないと鮮やかな声で返されたものだ。それから、こんな模様の着物があればきっと欲しい、とも言った。機嫌の良い時の彼女の声は、いつもわたしに、夏の真昼の強い太陽の光を想起させた。そのせいか、あの時は明るい日光の中で、橋の裏の様子も今よりいっそうはっきりと浮かび上がっていたような気がする。
 橋脚のそばに小さな、黒ずんだ木の案内板が立っていた。
 統治者であり宗教家であり、また優秀な技師でもあった重允は、どこよりもこの位置から橋を見上げるのを好んだという。橋の構造の完璧さを手にとるように感じることが出来ると言って。
 ふと気付くと、わたしから少し離れたところで、学生服に踝まである黒いコートを羽織った少年が、同じようにぽかんと頭上を見上げていた。随分古めかしい印象を与える服装である……制帽なんて、まだ使っている学校があるとは。
 わたしが見ていることに気付くと、彼はほんの少し顔を赤らめ、にらむようにこちらを見た。
 わたしは
「こんにちは。ここの人ですか?」
 と言って笑いかけた。
 瞬間、ごく淡い後悔に似た奇妙ないたたまれなさが、ざわと心を走った。少年は、ぱっ、ときびすを返し、駆け去ってしまった。
 風が吹いた。どうと音を立てて、雪交じりの風がわたしのカーキ色のコートの中を吹き抜けて行った。
 きっと今のわたしは、いささか情けない顔をしているのだろう。妻が生きてこの場にいたら、何と言ったろうか。……いつもの高飛車な調子を滲ませて、くすくす笑ったに違いない。
 わたしはまともに笑うことが出来ない……いや、落ち着いて笑うことが出来ない、と言うべきか。
 母親は、虫の居所の悪い時には、わたしの歯並びの悪いことをさんざんになじったものだ。「汚い歯をむき出しにして笑うんじゃない」母は非常に滑舌が良く、きざみつけるようにはっきりと言葉を発した。しかられる時などはそれがひどく堪えるのだった。
 彼女はわたしの歯の矯正具が取れるよりも先に死んでしまった。
 それでも、笑顔を浮かべる度に、わたしは今もなお奇妙な違和感を感じずにはおれない。
 この場所に今はひとりで居ることが、急に強く意識された。トランクをつけたカートの取っ手を、強く握り締めると、安堵と寂しさの混じった奇妙な混乱が、胸のそこから浮かび上がってくる。


 河川敷から堤防に登り、そこから西に折れて宿のあるほうを目指すことにする。
 川を渡ると町の景色は急に大人しくなる。新幹線の駅のある町の東岸は、観光客向けの土産物屋や旅館、喫茶店などが軒を連ね、それなりに彩りのある様子をしているが、西岸、つまり今わたしの歩いている辺りはほとんど民家ばかりが建ち並んでいる。
 かつての統治者のことも関係しているのだろう、今でも家々の間に小さな教会堂が散見される。最も古く美しいのは商店街に入る手前にあるものだろう。大正時代に建てられたと聞く。
 蔦の這う白い壁、綺麗な左右対称のつくりをしており、正面の壁に小さな円形のステンドグラス。緑色のかわいらしい丸屋根の上に、小さな銀色の十字架が見える。
 入り口で先程の少年が、タータンチェックのジャンバーを着た同じ年頃の少女と何やら押し問答をしていた。
「ねえ、だから今度の日曜には一緒に礼拝に行きましょうよ、ね」
 そう言って腕を掴んでくる少女に、辟易した様子で少年は言った。
「だから、だから行けないって……かあさんが怒るんだ」
「まあ何よ、いい年しておかあさんがおかあさんが、って」
 少女は彼の腕を両手で掴み、ふざけた調子でぶんぶんと上下に振った。
 わたしはその様子を横目で見ながら通り過ぎて行った。そういえばわたしの母も宗教嫌いで、仏教もキリスト教もそこらの新興宗教も一緒くたに嫌っていた。
 幼い頃住んでいた家のそばにも、ほとんど民家と変わらないようなささやかなものだったけれど、教会があった。それで近所の子供らのほとんどは日曜になると礼拝へ行って、子供向けに催される聖書の勉強会などにも参加していたのだけれど、わたしは一度も行ったことがなかった。家に来た友人が教会に関係した話を口に出すだけでも、母は眉根を寄せて、早く帰れと言わんばかりに急に冷たい態度を取ったものだ。
 わたしの世界観は母親の価値観と直結していたから、今でもわたしは宗教的なものが苦手だ。
「祈れば救ってくれるような、そんな神様がいるわけがないじゃあないの」扇子のように美しく指を広げ、爪に椿色のマニキュアを塗りながら、口癖のように言っていたのを思い出す。「もし本当にそんな人がいるとしたら、今頃あたしは……」
 ……いや、あれは母でなく、妻だったろうか?
 はたと立ち止まる。
 藤色の和服を着て、彼女は丹念にマニキュアを塗っていた、「今頃あたしは……」紫煙の向こうから、上目遣いにわたしを見て意味ありげに黙り込んだ。その先は聞かなかった、わたしは……。
 駄目だ。どうも妻が死んでからというもの、記憶の順序が混乱していけない。昔のことと最近のことが平行に思い出されるようなことがある。やはり何か、精神的な衝撃とか、そういうことが関連しているのだろうか。
 妻に惹かれたそもそもの切っ掛けが、母に似たその立ち居振る舞いだったことは否定出来ない。
 最初に出会った時、わたしはまだ大学生で、彼女は池袋の喫茶店に勤めていた。明るいオレンジ色の壁に、額装された植物画や絵本のページなどが飾られた、小さな店だった。彼女はテッポウユリの色あせた水彩画を、ひとまわり小さなポインセチアの版画と架け替えるところで、わたしは古いほうの絵を譲ってもらえないかと尋ねたのだ。
 彼女が振り返る時、腰まである黒髪がふわりと広がった。
「ええどうぞ、好きにもってっちゃってください。倉庫にまだあるから、何だったらそっちも見ます?」
 彼女の発する言葉は、そのひとつひとつが、夏の陽に当てたようなくっきりとした輪郭を持っていた。オレンジ色の壁を背景に、彼女は形の良い笑みを浮かべた。骨ばった白い手を椅子の背に添え、背筋をすっと伸ばし、まさに端正、という言葉がしっくりくるようなすばらしい笑顔をわたしにくれたのだ。
 その後わたしは、足繁く店に通った。たいてい雨の降る午後とか、あまり他に客の居なさそうな時間帯を選んで行った。カウンターで煙草をふかしながら(彼女が吸うこともあった……わたしたちはアルミ製の、底の少し歪んだ灰皿に、一緒に灰を落としたものだ)、くだらない話をしつつ彼女の一挙手一投足を眺めていた。大学に行っていなかった彼女は、よくわたしの受けた講義の話を聞きたがった。
「授業の話してよ。昨日は水曜だから史学があったでしょう」そう言って彼女はコーヒーの入ったカップを出してくれる。わたしはその、繊細な手の動きが特に好きだった。彼女はあの頃から、爪を鮮やかな椿色に染めていた。
「キリシタン迫害のやつの続きだよ」そう言ってわたしは学校で聞かされた、いくつかの、聞くに堪えない拷問の事例を(少し抑制して)話してやる。
「あそこまでされても信仰を捨てない、っていうのは、どういう情熱なんだろうね。大名でもキリシタンだった人も居て、それが原因で家系が断絶したりしてて……何でそこまで、って。僕にはよくわからない」
「そうね、あたしにもわかんない。ただとっても愚かだと思うわ」
 紫煙を吐きながら、妙にきっぱりとした口調で彼女はそう言った。
「幸せのために神様にすがって、それで却って辛い思いをするんじゃあ、どうしようもないわよね」
 その声には深い侮蔑がこもっていて、わたしは背筋が寒くなった。
 それで、彼女と一緒に謡東に来た時は、教会の前で立ち止まることなど一度もなくて、ただ奇妙な居心地の悪さのようなものを感じながら、そそくさとその前を通り過ぎたりしていたものだ。
 少年と少女はいつのまにかどこかへ行ってしまった。
 少しずつ、雪は強さを増してきている。
 頬が冷え切っていた。マフラーを直し、首をすくめてわたしは歩き出す。


 古風な町並みを歩く。教会を離れてからは誰ともすれ違うことがなかった。謡東の家々はどこも、屋根や塀が低い。都会で見られるような、たとえば三階建ての、パステルカラーのセラミックの壁をした家などはひとつも見当たらない。比較的新しいものでもほとんどが平屋で、屋根は黒か青の瓦。二階部分などがあったとしても、さほど広いものではない。
 そういう家の間を、古くからの細い道が網の目のように走っている。入り組んでいる上に直進出来ないよう細かく折れ曲がっており、もし車で来ようものなら、きっと動けなくなるに違いない。謡東の町はただこうしてゆっくり歩くのが、最も相応しい。
 どこからともなく味噌汁のやわらかな匂いが漂ってくる。漆喰がすべて剥がれ落ち、土がむき出しになっている塀に沿って、わたしは坂を登る。トランクを引くごろごろという音がいやにやかましく、静まり返った近所に、いっそ申し訳なくなってくる程だ。
 ここを登り切って右に曲がれば、両側に松の植わった、少し広い通りに出る。そこを真っ直ぐに南下して、コンビニエンスストア(昔は漢方薬の店だった)のそばの信号を渡れば、わたしと妻がいつも泊まっていた宿に着く。
 雪はいつのまにか止んでしまっており、それだけが少々残念だった。二年前のこの時期に来た時には、道にも、この塀にも、既にうっすらと雪が積もっていたのだが。これもまた気候変動の影響なのか、近頃はどこでも、雪が積もるまで降ることはあまりなくなっていると聞く。
 しかし、あの時の妻のはしゃぎ方は微笑ましいものだった。いつも通りの快活さで、何気ない風を装いながら、あちらこちらの塀の瓦やら植え込みやらに溜まった雪を集め、大通りに出る頃には、ちゃんと南天の眼と木の葉の耳のついた兎が一匹完成していたのだ。
 白い兎はちょうどわたしの、革の手袋をしたこの両手のひらにすっぽりと収まるサイズだった。彼女はしばらく兎の顔を覗き込み、それからわたしの手に自分の手を重ねるようにして、そいつをぐっと握って潰してしまった。ぼとぼとと黒い地面の上に落ちたのは、もはや兎としての形と意味を失ったただの雪と、何でもない南天の実と二枚の木の葉。
「何か気に入らなかったの?」
 いささか当惑しながらわたしが尋ねると、妻は
「何言ってるの? 宿には持って入れないじゃない」
 と言うのだった。
 わたしも幼い頃は雪だるまを作るのが好きだった。母との散歩の道すがら、小さな雪だるまを作っては、家に入る前に母に潰されてひどく悲しかった記憶がある。
 中学校に上がるよりも少し前のことだったろうか、あの、ぼたん雪の降りしきる中で、母に捨てられ踏みつけられ原型を失った雪だるまを前に、恨みがましく彼女をにらみ上げていた時に母がきっぱりと吐いた台詞と妻の言葉が重なり合い、……ああ、思えばあの時からだったろうか。妻の凛とした姿を見ると、ひどく息苦しいような、不安に似た感覚に襲われるようになったのは。
 ……いいや。わたしは母を憎んでいるわけではない。妻のことも、だ。
 断じて憎んではいない。
 勿論、わたしは彼女を愛している。勿論だ。いささか情緒の不安定なところがあったとはいえ彼女は優しく美しかった。


 脈絡もなく考えを走らせながら、わたしは坂を登る。……何だか坂道が、記憶にあるよりも随分と長いような気がする。顔を上げるとまだ先は長そうである。左手にはゆるやかにうねりながら塀が伸びて、右手には黒く焦げた壁の古い民家が並ぶ。数メートル置きに、背の低い街灯。
 奇妙だった。確か前に来た時は、これ程長い坂ではなかったような気がするのだが。
 振り向くと町が、割合に遠くまで見えた。青や黒の屋根が折り重なり、川の辺りから先は、家屋の密度がまばらになっているのが見て取れる。
 道を間違えたのかもしれない。
 あるいは、これまでは二人で語らいながら来た道を、今ではひとり黙って歩いているせいで、時間の過ぎるのが遅く感じられるというだけか。
 立ち止まるとカートの音が止まり、急に静かになった。
 かすかに、耳慣れない音色が聞こえてくる。きらびやかな金属的な音だ。そして、とん、た、とん、太鼓に似た音。
 音楽?
 息を詰め、耳を澄ますとメロディラインが少しずつはっきりと浮かび上がってくる。普段耳にする音楽とは違う、どこか宗教的な感じのする、金属的な和音の集合体。雅楽なんかに少しだけ似ているような気がする。
 何だろうか。
 ぐるりと辺りを見回すと、急に鮮やかな朱色が視界に飛び込んできた。
 左手に、見たことのない道が伸びている。真っ赤な路地だ……立ち並ぶ平屋の壁が、遠くのほうまで一様に、深みのある朱色に染め上げられている。屋根や窓枠、引き戸はすべてつや消しの黒。道は舗装されておらず、肌色の土がむき出しである。
 その色合いに反して、いささかのけばけばしさも感じさせない、奇妙な風合いの景色。
 今までに少なくとも五、六回はこの坂を登っているのだが、こんな道があることは今まで知らなかった。最近になって作られたものだろうか、しかしそれなら何故舗装されていないのだろう。何かの店だろうか。それにしては看板のひとつも見当たらない。色が少々変わっているだけの、ただの民家のようにも思える。
 音楽はこの奥から聞こえているようだった。
 わたしは物珍しさに駆られて、通りに足を踏み出す。ざく、と音が立つ。


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